第5話「人見知りエルフ、オタクトークで覚醒する」
「それじゃあ、簡単な練習をしてみましょうか」
「……は、はい……!」
俺の言葉に、リリアは緊張した様子で背筋を伸ばした。
まるで、これから就職面接でも受けるかのようだ。
……いやいや。
そんなに身構えなくてもいいんだけどな。
「大丈夫ですよ。難しいことはしませんから」
「……は、はい……!」
……ダメだ。
完全に緊張している。
ちなみに俺は成田和彦。
46歳。
妻子持ちの元婚活アドバイザー。
異世界に転生して早々、なぜか128歳のエルフの恋愛相談に乗っている。
しかも今から、会話の練習まで始めようとしているのだ。
……俺、いつになったら冒険者登録できるんだろう。
まあ、いいか。
困っている人を放っておけないのは、昔からだ。
「じゃあ、まずは自己紹介から始めてみましょう」
「……じ、自己紹介……」
「はい。好きな食べ物とか、趣味とか。何でもいいですよ」
リリアは少し考えた。
「……わ、私は……リリア・フォーレスト……です……」
「はい」
「……好きな食べ物は……森の果実で……」
「おお、いいですね」
「……趣味は……読書……です……」
「読書!」
俺は思わず身を乗り出した。
「どんな本を読むんですか?」
「ひゃっ!?」
リリアが驚いて身体を震わせた。
「あ、すみません! つい!」
いかんいかん。
読書と聞いてテンションが上がってしまった。
オタクの悪い癖である。
ただ、趣味の話は相手の緊張をほぐすのに最適な話題だ。
俺は少し距離を取り、落ち着いた声で尋ね直した。
「……よかったら、好きな本を教えてもらえますか?」
「……あ、あの……」
「はい」
「……物語が……好きで……」
「物語?」
「……はい……。勇者様が……魔王を倒すような……冒険のお話とか……」
「おおっ!」
今度こそ声が出た。
まさか。
この世界にも、そういう娯楽作品があるのか!
「いいですね! 俺も大好きですよ!」
「……えっ?」
「勇者が魔王を倒す話とか、仲間と冒険する話とか! 最高ですよね!」
リリアの目が少しだけ輝いた。
「……ナリタ様も……?」
「もちろん!」
俺は大きく頷いた。
「昔から、そういう物語が大好きでしてね。剣と魔法の世界に憧れてたんですよ」
……まさか、本当に来ることになるとは思わなかったけど。
「……す、すごい……」
リリアは少し興奮した様子で続けた。
「……私……最近……『銀の勇者と七つの秘宝』っていう物語に……ハマっていて……」
「ほう!」
「……第六巻で……勇者が……仲間のために……」
そこからだった。
リリアが、少しずつ話し始めたのだ。
好きな物語。
お気に入りの登場人物。
感動した場面。
そして、続きが気になって仕方がないこと。
最初は小さかった声が、徐々に大きくなっていく。
目も輝いていた。
……ああ。
なるほど。
こういうことか。
俺は思わず嬉しくなった。
これこそ、オタク同士の会話だ。
好きなものについて話している時、人は自然と表情が明るくなる。
無理に話題を作らなくてもいい。
共通の趣味があれば、会話は広がっていく。
「……それで、第六巻の最後が……すごいところで終わるんです!」
「ええっ!? そこで終わっちゃうんですか!?」
「……はい!」
「それは続きが気になりますね!」
「……そうなんです!」
リリアが笑った。
今度は、はっきりと。
俺は少しだけ嬉しくなった。
……よし。
第一段階は成功だ。
その瞬間。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》発動】
対象:リリア・フォーレスト
心理的障壁が低下しました。
対人不安:75 → 60
信頼度:65 → 80
【新たな適性を確認】
対象は共通の趣味を持つ相手との会話に高い適性があります。
推奨行動:趣味を通じた交流
「……なるほどねぇ」
俺は思わず頷いた。
やっぱりそうか。
これは、現実世界のオタク婚活と同じだ。
共通の趣味。
共通の話題。
そして、お互いの価値観を尊重すること。
この三つがあれば、初対面でも自然と会話が続くことがある。
……よし。
俺の経験、異世界でも通用するぞ!
◇◆◇
「……あ、あの……ナリタ様……」
しばらく話した後、リリアが申し訳なさそうに口を開いた。
「……すみません……。私ばかり……お話ししてしまって……」
「いえいえ。楽しかったですよ」
「……ほ、本当ですか……?」
「もちろんです」
俺は笑った。
「好きなものについて楽しそうに話す人を見るの、俺は好きなんですよ」
リリアは少し照れたように俯いた。
「……ありがとう……ございます……」
「それに、さっきよりずっと自然に話せていましたよ」
「……えっ?」
「声も大きくなっていましたし、ちゃんと目を見て話せていました」
リリアは驚いたように自分の口元に手を当てた。
「……ほ、本当ですか……?」
「はい。大成功です」
俺は親指を立てた。
すると、リリアの顔がぱっと明るくなった。
「……う、嬉しい……です……!」
……うん。
やっぱり笑顔が一番だな。
ところが。
その時だった。
「……おい、リリア」
背後から低い声が聞こえた。
振り向くと、先ほどの冒険者バルドが立っていた。
「……あ、バルドさん」
リリアが少し緊張した様子で答えた。
バルドは腕を組んだ。
「お前、そんなに喋れるんだな」
「……えっ……?」
「いや、いつも小声で何言ってるかわかんねえからさ」
リリアの表情が曇った。
……ああ、まずい。
悪気はないんだろうけど。
こういう一言が、人を傷つけることもある。
俺はすかさず口を挟んだ。
「バルドさん」
「あん?」
「リリアさん、好きな本の話をしてたんですよ」
「本?」
「はい。冒険物語が好きなんですって」
バルドが少し驚いた顔をした。
「……へえ」
そして。
「そういや、俺も昔読んでたな。『炎の戦士ガルディア』とか」
「……えっ!?」
リリアが顔を上げた。
「……ガ、ガルディア……ご存じなんですか……?」
「おう。子供の頃、何度も読んだぞ」
「……わ、私も……大好きです……!」
リリアの目が輝いた。
バルドが笑う。
「おお、そうか! あれ面白いよな!」
「……は、はい!」
俺は二人を見ながら、そっと頷いた。
……よし。
これだ。
共通の趣味があれば、会話のきっかけが生まれる。
相手を怖いと思っていても、好きなものの話なら自然と話せることがある。
現実世界でも、婚活イベントで何度も見てきた光景だ。
……もっとも。
この二人を恋愛関係にするつもりはない。
まずは、気軽に話せる知り合いを増やすことが大切なのだ。
しばらくして、バルドは笑いながら去っていった。
リリアは嬉しそうに俺を見た。
「……ナリタ様……!」
「はい?」
「……私……ちゃんと……お話しできました……!」
「ええ。とても上手でしたよ」
「……ありがとうございます……!」
その瞬間。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》発動】
対象:リリア・フォーレスト
新たな対人関係の改善を確認しました。
対人不安:60 → 50
【経験値獲得】
経験値:150
「……おお」
俺は心の中でガッツポーズした。
この調子なら、リリアさんも少しずつ自信を取り戻せるだろう。
……それにしても。
恋愛相談に乗っているだけで経験値が入る。
人間関係を改善するだけでも経験値が入る。
しかも、戦闘は一切なし。
「……ふふふ」
俺は思わず笑った。
これ、ひょっとして。
俺にとっては最高のレベル上げ方法なんじゃないか?
『――おじさん!』
「ん?」
足元から声がした。
ミドリだ。
『――お腹すいたって言ってませんでした?』
「……あ」
そうだった。
すっかり忘れていた。
……いや、正確には忘れようとしていた。
なぜなら。
俺には金がない。
財布には日本円しか入っていない。
異世界の通貨なんて、一枚も持っていないのだ。
「……そうだったな」
俺は腹を押さえた。
ぐぅぅぅ……。
盛大に鳴った。
「…………」
リリアが俺を見た。
「……ナリタ様……?」
「……すみません。朝から何も食べてなくて」
「……えっ!?」
リリアが驚いた顔をした。
「……お、お食事……まだなんですか……?」
「ええ、まあ……」
「……そ、それは……大変です……!」
彼女は慌てて立ち上がった。
「……あ、あの……もしよろしければ……」
「はい?」
「……ギルドの食堂で……何か……召し上がりませんか……?」
「……え?」
「……わ、私が……ご馳走します……!」
……マジか。
異世界に来て、初めての食事。
しかも、美人エルフのおごり。
いや、待て。
46歳の妻子持ちが、若い女性に食事をおごってもらうってどうなんだ?
……ちょっと情けなくないか?
「いやいや、そんな。悪いですよ」
「……で、でも……」
「お気持ちだけで十分ですから」
俺がそう言うと、リリアは少し困った顔をした。
「……その……」
「はい?」
「……私……ナリタ様と……もう少し……お話ししたくて……」
「…………」
俺は一瞬、固まった。
……おや?
この流れ。
どこかで見たことがあるぞ。
婚活相談。
共通の趣味。
会話が盛り上がる。
そして、食事のお誘い。
……完全に初デートの流れじゃないか!
「……いやいやいや!」
俺は慌てて首を振った。
リリアが驚く。
「……ひゃっ!?」
「あ、すみません! 何でもないです!」
落ち着け。
落ち着くんだ、成田和彦。
俺は妻子持ち。
しかも46歳。
リリアは人間換算で二十代前半。
いくら異世界でも、それはまずい。
……いや、そもそも彼女はそんなつもりじゃないだろう。
これは単なるお礼だ。
そう。
単なるお礼。
俺は心の中で自分に言い聞かせた。
「……じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
「……は、はい!」
リリアが嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、俺は小さく息を吐いた。
……まったく。
異世界に来てまで、こんな展開になるとは。
こうして。
46歳の社畜おじさんは、128歳の美人エルフと食事をすることになった。
ただし。
俺はまだ、この食事が新たなスキルの覚醒につながることを知らなかった。
――第5話・完――
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