第4話「128歳のエルフですが、恋愛経験ゼロです」
「……私、128歳なんですけど……一度も恋人ができたことがなくて……」
目の前のエルフの受付嬢が、消え入りそうな声でそう告白した。
銀色の長い髪。
透き通るような白い肌。
整った顔立ち。
そして、エルフ特有の長く尖った耳。
どう見ても美少女……いや、年齢的には美少女と言っていいのかわからないが、とにかく美人だ。
そんな彼女が、恋愛経験ゼロ。
しかも128歳。
「……なるほど」
俺はゆっくりと頷いた。
ちなみに俺は成田和彦。
46歳。
妻子持ち。
元オタク専門結婚相談所の婚活アドバイザーである。
現在は異世界に転生したばかりの、無職のおじさんだ。
なぜか冒険者ギルドに登録しに来たはずが、エルフの恋愛相談に乗ることになっている。
……人生とは、本当にわからないものだ。
「リリアさん。まず、一つ確認してもいいですか?」
「……は、はい……」
「エルフの方にとって、128歳というのはどのくらいの年齢なんでしょう?」
「……え?」
「人間とは寿命が違いますよね。ですから、そのあたりを教えていただけると助かります」
リリアは少し考えた。
「……エルフは……だいたい五百年くらい……生きます……」
「五百年!」
思わず声が出た。
すごい。
長寿種族のお約束とはいえ、実際に聞くと驚く。
「……じゃあ、128歳って、まだ若い方なんですか?」
「……そ、そうですね……。人間でいうと……二十代前半くらい……でしょうか……」
「なるほど!」
俺は大きく頷いた。
それなら話は早い。
「全然問題ないじゃないですか!」
「……え?」
「人間換算なら、まだ二十代前半ですよね?」
「……は、はい……」
「だったら、恋愛経験がなくても特別珍しいことではありませんよ」
リリアが目を丸くした。
「……そ、そうなんですか……?」
「はい。もちろん、人によって違いますけどね」
俺は微笑んだ。
「恋愛経験が多い人が偉いわけでもありませんし、少ないからダメということもありません」
これは婚活アドバイザーとして、何度も伝えてきたことだ。
恋愛経験がないことを気にする人は多い。
特に、周囲が結婚し始めると焦りを感じやすくなる。
だが、恋愛経験の数と、その人の魅力は別問題だ。
「むしろ大切なのは、これからどうしたいかですよ」
「……これから……」
「はい。リリアさんは、恋人が欲しいんですか? それとも結婚したいんですか?」
「……えっ!?」
リリアの顔が一瞬で真っ赤になった。
尖った耳まで赤くなっている。
「け、け、結婚……!?」
「あ、すみません。ちょっと急でしたね」
いかんいかん。
つい仕事の癖で、いきなり本題に入ってしまった。
初回面談では、相手のペースに合わせることが大切だ。
「急いで答えなくても大丈夫ですよ」
「……は、はい……」
リリアは胸に手を当て、何度か深呼吸した。
そして。
「……わ、私は……」
「はい」
「……いつか……好きな人と……一緒に暮らして……」
小さな声で続ける。
「……あ、温かい家庭を……作れたら……いいなって……」
俺は思わず微笑んだ。
いいじゃないか。
とても素敵な目標だ。
「……なるほど。いいですね」
「……え?」
「温かい家庭を作りたい。それって、すごく素敵な願いだと思います」
リリアは恥ずかしそうに俯いた。
「……でも……私には……無理なんです……」
「……どうしてですか?」
「……だって……」
リリアは両手をぎゅっと握った。
「……私……男の人と……まともに……話せないんです……」
……なるほど。
ここが一番の問題か。
◇◆◇
「……ちなみに、リリアさん」
「……は、はい……」
「男性が苦手になったきっかけって、何かあるんですか?」
俺がそう尋ねると、リリアは少しだけ身体を強張らせた。
……しまった。
踏み込みすぎたかもしれない。
「答えたくなければ、無理に話さなくても大丈夫ですよ」
「……い、いえ……」
リリアは首を振った。
「……昔……ちょっと……嫌なことが……あって……」
「……そうですか」
俺はそれ以上、無理には聞かなかった。
こういう時に、焦って話を引き出そうとしてはいけない。
信頼関係は、少しずつ築くものだ。
すると、リリアがぽつりと話し始めた。
「……私……昔から……人と話すのが……苦手で……」
「はい」
「……エルフの里でも……あまり……友達が……いなくて……」
俺は静かに頷いた。
「……それで……百歳の時に……一度だけ……好きな人が……できたんです……」
「……おお」
初恋か。
エルフの百歳が人間で何歳相当なのか、いまいちわからないが。
「……その人は……里に来た人間の……冒険者で……」
「……なるほど」
「……私に……優しくしてくれて……」
リリアは少しだけ微笑んだ。
「……初めて……ちゃんと話を聞いてくれる……男の人だったんです……」
俺は黙って続きを待った。
「……それで……勇気を出して……気持ちを伝えようとしたんですけど……」
声が震え始めた。
「……その人……私のことを……」
リリアは唇を噛んだ。
「……『エルフって、顔だけはいいよな』って……」
「…………」
俺は眉をひそめた。
「……それから……」
彼女の目に涙が浮かぶ。
「……『どうせ長生きするんだから、人間なんか相手にしなくてもいいだろ』って……」
……ああ。
なるほど。
それは、傷つく。
外見だけを褒められ、自分自身を見てもらえない。
しかも、種族の違いを理由に突き放された。
そんな経験をすれば、人間の男性が怖くなるのも無理はない。
「……それ以来……男の人と話すのが……怖くなって……」
リリアは俯いた。
「……どうせ……私なんか……って……」
俺はしばらく黙っていた。
彼女の姿を見ていると、昔担当した会員さんのことを思い出した。
過去の交際でひどく傷つき、もう誰にも好きになってもらえないと思い込んでいた女性だ。
その人も、最初はなかなか自分のことを話してくれなかった。
だけど、少しずつ自信を取り戻し、最後には素敵なパートナーと出会うことができた。
成婚退会の日に見せてくれた笑顔は、今でも忘れられない。
「……リリアさん」
「……はい……」
「その人に言われたこと、今でも辛いですよね」
「…………」
リリアは小さく頷いた。
「……そうですよね」
俺はゆっくりと続けた。
「でも、一つだけ覚えておいてほしいことがあります」
「……なん……でしょう……?」
「その人の言葉が、リリアさんの価値を決めるわけじゃありませんよ」
リリアが顔を上げた。
「……え?」
「たった一人に否定されたからって、リリアさんの魅力がなくなるわけじゃないんです」
俺は穏やかに笑った。
「その人とは、たまたま合わなかった。それだけのことです」
「……合わなかった……だけ……」
「はい。世の中には、いろんな人がいますから」
リリアは黙って俺を見つめていた。
「だから、どうか自分のことを嫌いにならないでください」
しばらく沈黙が流れた。
やがて、リリアの頬を一粒の涙が伝った。
「……ありがとう……ございます……」
その瞬間。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》発動】
対象:リリア・フォーレスト
心理的障壁に変化が生じました。
対人不安:85 → 75
信頼度:55 → 65
【新たな情報を確認】
対象は、過去の経験によって自己評価が著しく低下しています。
推奨行動:成功体験の積み重ね
「……なるほど」
俺は心の中で頷いた。
いきなり恋人を作る必要なんてない。
まずは、人と話すことへの苦手意識を少しずつ減らしていけばいい。
そのためには、小さな成功体験が必要だ。
「……リリアさん」
「……はい……?」
「もしよかったら、ちょっとした練習をしてみませんか?」
「……練習……?」
「はい。人と楽しくお話しする練習です」
リリアは驚いたように目を丸くした。
「……わ、私に……できますか……?」
俺は笑った。
「大丈夫ですよ。まずは好きなものの話から始めましょう」
そう。
俺には、とっておきの方法がある。
なにしろ、オタク専門の婚活アドバイザーを何年もやってきたのだ。
共通の趣味を通じたコミュニケーションなら、俺の得意分野である。
「……よし」
俺は小さく拳を握った。
異世界に来てまで婚活相談をするとは思わなかったが。
これも何かの縁だ。
やるからには、全力でサポートしてやろうじゃないか。
――第4話・完――
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