第38話 王女様の二回目のお見合い、聞くべきは家族の話です
【主な登場人物】エレノア王女(成田の相談者)/アドリアン(王女の婚約候補)/ギルベルト・ドラウゼン侯爵(婚姻同盟の家の当主)
「成田さん。ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい、何でしょう?」
二回目のお見合いを控えた朝。
エレノア王女は、いつになく真剣な顔で俺を見つめていた。
「もし、アドリアン様が私を気に入ってくださったとして……私も、必ずお応えしなければならないのでしょうか」
「いいえ」
俺は即答した。
王女が目を丸くする。
「……そんなに、すぐに?」
「そこは迷うところじゃありませんから」
俺は椅子に座り直した。
「お見合いは、お互いを知るための場です。相手が自分を気に入ってくれたからといって、同じ気持ちにならなきゃいけないわけじゃありません」
「ですが、相手の方を傷つけてしまうかもしれません」
「そうですね。お断りすれば、残念に思われることもあるでしょう」
俺は頷いた。
「だからこそ、相手を尊重して、誠実に伝えるんです。気持ちがないのに期待を持たせ続ける方が、つらいこともありますから」
王女は、膝の上で両手を重ねた。
「……相手を大切にすることと、結婚を選ぶことは、別なのですね」
「はい。別です」
王女は、その言葉をゆっくり確かめるように頷いた。
……よし。
今日のお見合いで、何がわかるかはまだわからない。
でも、少なくとも。
王女様が自分の気持ちを置き去りにしないよう、俺はそばで支えよう。
『――おじさん!』
「ん?」
『――今日のお見合い、お菓子は出ますか?』
「……君は自分の気持ちに正直すぎるね」
肩の上で、ミドリがぽよんと弾んだ。
◇◆◇
今回の会場は、王宮の小さな応接室だった。
大広間ほど格式張らず、窓からは中庭の花が見える。
俺が選んだのは、二人が落ち着いて話せる場所だ。
立会人は俺と、少し離れた場所で警護に当たるセリスさんだけ。
もちろん、王宮の決まりは守っている。
だが、余計な視線はできるだけ減らした。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
アドリアンさんが、丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ。お越しいただけて嬉しく思います」
エレノア王女も微笑む。
……うん。
初回より、少し表情が柔らかい。
「では、お二人とも」
俺は、仲人らしく咳払いをした。
「今日は、家の格式や交易の利益だけではなく、普段の暮らしについてお話ししていただければと思います」
「普段の暮らし、ですか」
アドリアンさんが頷いた。
「はい。例えば、ご家族とどんな時間を過ごしているか、なんてところから」
俺は二人を見た。
「それから、今日ここで結論を出す必要はありません。お互いに、気になることを聞いてください」
王女とアドリアンさんが、顔を見合わせた。
そして、少しだけ笑った。
◇◆◇
「では、私からお尋ねしてもよろしいでしょうか」
最初に口を開いたのは、王女だった。
「もちろんです」
「アドリアン様は、ご家族と普段、どのように過ごされているのですか?」
「……そうですね」
アドリアンさんは、少し考えた。
「父とは、食事の席でも商売の話になることが多いです」
「お食事の席でも?」
「はい。新しい交易路の話や、各地の物価の話ばかりで」
彼は、困ったように笑った。
「母には、食卓くらい仕事を忘れなさいと、よく叱られています」
王女が、くすりと笑う。
「少し、意外です」
「そうでしょうか」
「ヴェルナー家の方々は、いつも厳格に過ごされているのかと」
「いえ。母の前では、父も頭が上がりません」
……ああ。
わかる。
非常によくわかる。
美咲が「食事中はスマホを置いて」と言えば、俺も悠斗も素直に従ったものだ。
……いや、俺が一番注意されていたかもしれない。
『――おじさん、にやにやしています』
「……静かにね、ミドリ」
◇◆◇
「成田さんから、結婚したあとの暮らしについて考えてみては、と助言をいただきました」
アドリアンさんが言った。
「ですが、正直に申し上げると、私には難しい問いでした」
「……なぜですか?」
王女が尋ねる。
「私は幼い頃から、ヴェルナー家を継ぐ者として育てられてきました」
彼は、まっすぐ王女を見た。
「結婚もまた、家を守るために果たすべき役目だと思っていたのです」
王女の表情が、わずかに変わった。
「……私も、同じです」
「エレノア様も?」
「はい。王家のために、国のために。誰と結婚すべきかを考えることが、当然だと思っていました」
二人の間に、静かな時間が流れた。
俺は口を挟まなかった。
大切な話だ。
ここは、本人たちの言葉を待とう。
「ですが」
王女が、ゆっくり続けた。
「成田さんから、結婚したあとにも毎日は続くのだと教えていただきました」
「……毎日」
「一緒に食事をしたり、仕事のことを話したり。意見が違っても、きちんと話し合えたり……」
王女は、少し照れたように笑った。
「そんなことを、望んでもよいのだと」
アドリアンさんは、静かに頷いた。
「……素敵なことだと思います」
「ありがとうございます」
「私も、考えてみたいです。家のためだけではなく、自分がどんな暮らしをしたいのか」
……うん。
いい会話だ。
条件を並べるだけだった二人が、ようやく自分自身の話を始めている。
◇◆◇
「では、アドリアン様」
王女が、もう一つ質問した。
「意見が違った時は、どうなさいますか?」
「……意見が違った時、ですか」
「はい。例えば、私が王家の仕事を優先しなければならず、ヴェルナー家のご都合と合わなかった場合などです」
おっ。
具体的で、いい質問だ。
アドリアンさんは、しばらく考えた。
「まず、理由を伺います」
「理由を?」
「はい。エレノア様が何を大切にされているのか、理解したいので」
「……それでも、意見が合わなかったら?」
「互いに譲れるところを探すと思います」
彼は少し苦笑した。
「商人の家で育ちましたので、交渉の癖が抜けません」
「ふふっ」
王女が笑った。
「ですが、話し合えるのは、よいことだと思います」
「ありがとうございます」
二人は、穏やかに微笑み合った。
俺は、少しだけ肩の力を抜いた。
……よかった。
少なくとも、会話の相性は悪くない。
だが。
それだけで結婚が決まるわけじゃない。
◇◆◇
しばらくして、アドリアンさんが口を開いた。
「エレノア様。私からも、ひとつお尋ねしてよろしいでしょうか」
「はい」
「もし、王女というお立場がなかったとしたら……どのようなことをなさりたいですか?」
……おっ。
王女が用意していた質問に、少し似ている。
王女は驚いたようだったが、やがて窓の外へ目を向けた。
「……そうですね」
少し考えてから、答える。
「図書室で、古い歴史を調べてみたいです」
「歴史、ですか」
「はい。知らない土地のことや、昔の人々の暮らしを知るのが好きなのです」
……なるほど。
ルークさんと一緒に調べ物をしていた時も、楽しそうだったな。
「それから」
王女が、少しだけ声を弾ませた。
「街へ出て、普通のお店で食事をしてみたいです」
「普通のお店?」
「はい。王宮の外で、皆さんがどんなものを食べているのか、興味があります」
『――おじさん!』
「……ん?」
『――パン屋さんを紹介しましょう!』
「……今はお見合い中だからね」
思わず笑いそうになった。
アドリアンさんも、楽しそうに頷いた。
「それでしたら、私の知っている店をご紹介できるかもしれません」
「本当ですか?」
「はい。ただし、王女様が街へ出られるなら、警護の方々と相談が必要でしょうが」
「……そうですね」
二人は、また笑った。
◇◆◇
お見合いが終わりに近づいた頃。
アドリアンさんが、少し姿勢を正した。
「エレノア様。今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ。とても楽しい時間でした」
「私もです」
彼は、少し言葉を探した。
「……ですが、ひとつ、正直に申し上げたいことがあります」
王女が、静かに頷く。
「はい」
「私は、エレノア様を尊敬しています」
「……ありがとうございます」
「王女としての責任を果たしながら、ご自身の考えも大切にしようとなさっている。そのお姿は、とても立派だと思います」
アドリアンさんは、そこで一度、息をついた。
「ただ……」
俺は、黙って二人を見守った。
「結婚という話になると、どうしても家のことが先に浮かんでしまうのです」
王女の表情が、少しだけ揺れた。
「……はい」
「今日、お話ししていて楽しかったのは本当です。ですが、それが結婚したいという気持ちなのかと問われると……まだ、わかりません」
……。
誠実な答えだ。
そして、簡単には言えない言葉だっただろう。
王女は、少し考えてから口を開いた。
「……私も、同じです」
「エレノア様?」
「アドリアン様は、誠実で、話しやすい方です。もっとお話ししてみたいと思ったのも、本当です」
王女は、ゆっくり続けた。
「ですが、私も……結婚相手としてお慕いしているのかと聞かれると、まだ、そうとは言えません」
部屋が静かになった。
だが、不思議と気まずい空気ではなかった。
二人とも、相手を否定したわけじゃない。
むしろ。
相手を大切に思うからこそ、正直に話している。
俺は、そっと口を開いた。
「……お二人とも、ありがとうございます」
二人がこちらを見た。
「今日のお見合いは、十分に意味があったと思います」
「……そうでしょうか」
王女が尋ねる。
「はい。結婚するかどうかは、まだ決めなくていいんです」
俺は笑った。
「今日は、お互いを少し深く知ることができました。それだけで、大きな前進ですよ」
アドリアンさんが、ほっとしたように息をついた。
「……ありがとうございます」
◇◆◇
お見合いのあと。
俺は、アドリアンさんと短く話をした。
「今日は、正直にお話ししてくださってありがとうございました」
「……失礼ではなかったでしょうか」
「いいえ。むしろ、誠実だったと思います」
アドリアンさんは、少し安心したようだった。
「……実は、もうひとつお話ししておきたいことがあります」
「何でしょう?」
「以前、お見せした古い交易地図のことです」
……おっ。
北方の手がかりになる、あの地図か。
「父が、地図の扱いに慎重だったとお話ししましたね」
「はい」
「その理由を、改めて確認しました」
アドリアンさんは、小さく笑った。
「昔の交易路には、今は使われていない取引先や、ヴェルナー家独自の仕入れ先が書き込まれているそうです」
「……なるほど」
「商家として、競争相手に知られたくない情報が含まれている。それだけのことでした」
「そうだったんですね」
……よかった。
少なくとも、地図を見せたがらなかった理由には、商売上の事情があったわけだ。
「父も、王宮の正式な調査に協力することには同意しています」
「それは助かります」
「ただ、写しを作る際には、現在の取引に関係する書き込みを伏せてほしいとのことでした」
「もちろんです。必要な範囲だけ使いましょう」
アドリアンさんが頷いた。
「それから、地図に記されていた北方の旧道について、商会の古い運送記録も調べてみました」
「……何かわかったんですか?」
「はい。三百年前の記録と、二十年前の調査記録で、同じ地名が使われていました」
彼は、一枚の紙を取り出した。
そこには、古い道筋と、いくつかの地名が書かれていた。
「この辺りです」
俺は、紙を覗き込んだ。
「……北方境界祠?」
「その近くに、かつて荷を運ぶための中継所があったようです」
「……中継所」
「今は使われていませんが、運送記録に残る距離を照らし合わせれば、場所を絞れるかもしれません」
……!
これは、大きな手がかりだ。
王宮の記録と、商家の記録。
別々の場所に残っていた情報が、少しずつつながっていく。
「ありがとうございます、アドリアンさん」
「いえ。私にできることでしたら」
彼は、穏やかに笑った。
「今日のお見合いで、私も考えることが増えましたから」
◇◆◇
夕方。
王宮の記録室に戻ると、マティアスさんとルークさんが、古い地図を広げていた。
「成田さん。お見合いはいかがでしたか?」
ルークさんが尋ねた。
「いいお話ができましたよ」
「……それは、よかった」
ルークさんは、少しだけ微笑んだ。
だが、その顔には疲れが見えた。
閲覧記録の件が、まだ解決していないからだろう。
俺は、アドリアンさんから預かった紙を広げた。
「それから、こちらも」
「……これは?」
「ヴェルナー家の古い運送記録です。北方境界祠の近くに、中継所があったらしいんです」
マティアスさんが、紙を覗き込んだ。
「……距離の記録がありますね」
「はい。場所を絞れませんか?」
「王宮の地図と照合してみましょう」
ルークさんも、身を乗り出した。
「……この地名なら、古い地誌に記載があるかもしれません」
……よし。
少しずつだが、前に進んでいる。
原本の所在。
北方の旧道。
そして、まだ消えていないルークさんへの疑惑。
調べることは山ほどある。
でも。
今日は、婚活相談もきちんとできた。
それだけは、胸を張っていいだろう。
その時だった。
「成田殿」
記録室の入口から、低い声がした。
振り返ると、見知らぬ男が立っていた。
五十代くらいだろうか。
立派な衣装に身を包み、背筋をまっすぐ伸ばしている。
その後ろには、王宮の従者が控えていた。
「……失礼ですが、どちら様でしょうか」
俺が尋ねると、男は静かに名乗った。
「ギルベルト・ドラウゼンと申します」
マティアスさんの表情が、わずかに硬くなった。
「……ドラウゼン侯爵」
……侯爵?
また偉い人が来たぞ。
ギルベルトさんは、俺をまっすぐ見つめた。
「あなたが、王女殿下の縁談を取りまとめている成田和彦殿ですね」
「はい。そうですが……」
「それなら、話が早い」
彼は、穏やかな笑みを浮かべた。
「次のお見合いについて、ご相談があります」
……次?
「我が息子、ラウル・ドラウゼン。二十七歳です」
俺は、思わず瞬きをした。
「……息子さん?」
「はい。エレノア王女殿下との面談を、正式に申し込みたい」
……ええっ!?
今日、二回目のお見合いが終わったばかりなんですが!?
『――おじさん!』
「……ん?」
『――新しいお客さんですか!?』
「……どうやら、そうみたいだね」
ギルベルト侯爵は、笑みを崩さなかった。
「王家にとっても、悪い話ではないはずです」
……なるほど。
家の利益。
王家との縁。
そういう話になるのだろう。
だが。
俺は、さっきの王女の言葉を思い出していた。
『相手を大切にすることと、結婚を選ぶことは、別なのですね』
……そうだ。
どんなに立派な家柄でも。
どんなに条件がよくても。
決めるのは、本人たちだ。
「侯爵様」
「何でしょう」
俺は、いつもの営業用スマイルを浮かべた。
「まずは、息子さんご本人のお気持ちを確認させていただけますか?」
ギルベルト侯爵の笑みが、ほんの一瞬だけ止まった。
――第38話・完――
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
第38話では、エレノア王女とアドリアンの二回目のお見合いが行われました。
互いを尊重しながらも、結婚を家の役目として考えていた二人。正直に話したことで、少しずつ自分の望みに向き合い始めます。
一方、ヴェルナー家の運送記録からは、北方境界祠につながる新たな手がかりが見つかりました。
そして、ギルベルト・ドラウゼン侯爵が、息子ラウルとの縁談を申し込みます。
次回もお楽しみいただけると嬉しいです!
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