第37話 盗まれたはずの原本、正規の手続きで移されていました
【主な登場人物】マティアス(記録監査官)/ルーク(王宮図書館の司書。記録を消した疑いをかけられている)/セリス(王国騎士団長)
「……ありました」
翌朝。
王宮の記録室に入った俺を、マティアスさんの声が迎えた。
「えっ、何がですか?」
「第五誓約原本です」
「……ええっ!?」
思わず声が裏返った。
昨日まで、盗まれたかもしれないと言われていた古文書。
それが、たった一晩で見つかった?
「ま、まさか、机の引き出しに?」
「そんなわけがないでしょう」
「ですよねぇ……」
マティアスさんは、いつもの真面目な顔で一枚の書類を差し出した。
「正確には、保管先が判明しました。王家の承認記録と監査記録、双方の番号が一致しています」
「……つまり?」
「原本は二十年前、正式な手続きによって別の保管庫へ移されていました」
……!
俺は、思わず書類を見つめた。
昨日、王女様の婚活相談で気づいたこと。
片方の話だけで、決めつけてはいけない。
資料も同じだ。
移した側の記録だけではなく、受け取った側の記録を確かめる。
その結果が、これだった。
『――おじさん!』
「ん?」
『――見つかったんですか!?』
「……うん。見つかったみたいだよ」
『――じゃあ、お祝いのパンですね!』
「……まだ朝ごはん食べたばかりでしょうが」
◇◆◇
「ただし、成田さん」
マティアスさんが、俺の喜びに待ったをかけた。
「書類だけで結論を出すわけにはいきません」
「……現物の確認ですね」
「はい」
なるほど。
保管先がわかっただけで、そこに本当に原本があるとは限らない。
婚活でも、プロフィールに『料理が得意』と書いてあったからといって、毎日手料理を作ってくれるとは限らない。
……いや、料理が得意でも、作る義務なんてないんだけど。
「では、確認に向かいましょう」
マティアスさんが立ち上がった。
「私も同行します」
入口から声がした。
振り返ると、セリスさんが立っていた。
「保管庫への立ち入りには、警備担当者の同席が必要です」
「……了解です」
俺は頷いた。
古文書を探すだけなのに、なんだか大仕事になってきたな。
◇◆◇
王宮の奥にある、古い保管庫。
分厚い扉の前で、マティアスさんが管理番号を読み上げた。
保管係が帳簿を確認し、セリスさんが封印の状態を確かめる。
俺は、その様子を黙って見守った。
……うん。
こういうのは、専門家に任せるのが一番だ。
俺ができるのは、人の話を聞くこと。
そして、見落とされているつながりに気づくことくらいだからな。
「……確認できました」
保管係が、奥から細長い箱を運んできた。
黒ずんだ木箱。
蓋には、古い封蝋が残っている。
マティアスさんが、帳簿と箱の番号を照らし合わせた。
「移管番号、一致」
保管係が頷く。
「受領番号も、一致しています」
セリスさんが封印を確認する。
「封蝋に破損はありません。開封の記録も残っていません」
「……では」
俺が息をのむと、マティアスさんが静かに答えた。
「第五誓約原本として保管されている箱が、正規の手続きでここへ移されたことは確認できました」
「……盗まれていなかったんですね」
「少なくとも、原本が保管場所から消えたという説明は、誤りだったことになります」
……よかった。
そう思った瞬間。
俺の頭に、ひとりの顔が浮かんだ。
「……ルークさんは?」
マティアスさんが、こちらを見た。
「原本を盗んだという疑いは、これで晴れるんじゃないですか?」
「その点については、重要な反証になります」
「……その点?」
「はい。まだ、閲覧記録の問題が残っています」
……ああ。
そうだった。
消された記録。
そして、ルークさんの名前。
原本が見つかっても、全部が解決したわけじゃない。
◇◆◇
記録室へ戻る途中、エレノア王女と顔を合わせた。
「成田さん。調査はいかがでしたか?」
「第五誓約原本の保管先が確認できました」
「……本当ですか?」
「はい。正式な手続きで移されていたそうです」
王女は、ほっとしたように息をついた。
「それなら、ルークにも……」
「原本の盗難については、疑いを見直す大きな材料になります」
俺は、慎重に言葉を選んだ。
「ただ、別の問題が残っているそうです。今は、確認を続けています」
「……そうですか」
王女の表情に、わずかな影が落ちた。
俺は、少し考えてから話題を変えた。
「ところで王女様。アドリアンさんとの二回目のお見合い、準備はいかがですか?」
「……え?」
「昨日、結婚後の暮らしについて考えていただきましたよね」
「はい」
「今度は、それを相手に聞いてみましょう」
王女は、少し戸惑ったようだった。
「私の望みを、すべてお伝えするのですか?」
「いえ。まずは、王女様が聞いてみたいことを、質問にしてみるんです」
「質問……」
「はい。例えば、『お休みの日は、どんなふうに過ごしますか?』とか」
王女が、少し笑った。
「……普通の質問ですね」
「普通でいいんですよ」
俺も笑った。
「結婚してからの生活って、普通の日がほとんどですから」
◇◆◇
俺たちは、王女の執務室で紙を広げた。
「では、三つだけ考えてみましょう」
「三つ、ですか?」
「はい。あんまり質問が多いと、お見合いじゃなくて採用面接になっちゃいますから」
「……採用面接?」
「あ、こちらの世界だと、少し違うかもしれませんね」
王女が、くすくすと笑った。
……よし。
少し緊張がほぐれたかな。
「まず、ひとつ目は?」
王女は考えた。
「……ご家族とは、普段どのように過ごしていらっしゃるのか」
「いいですね」
「二つ目は……意見が違った時、どうなさるのか」
「それも大切です」
「三つ目は……」
王女は、しばらく黙った。
やがて、小さな声で言った。
「……私が王女でなかったとしても、同じように話してくださるのか」
……。
俺は、思わず顔を上げた。
それは、きっと。
王女様が、一番聞きたかったことだ。
「……いい質問だと思います」
「ですが、失礼ではありませんか?」
「聞き方は、一緒に考えましょう」
俺は、紙に別の言葉を書いた。
『私の立場を離れて、ひとりの人間として、どんなところを知りたいと思われますか?』
「……これなら、どうでしょう」
王女は、その文章をじっと見つめた。
「……はい」
そして、少しだけ笑った。
「聞いてみたいです」
……うん。
それでいい。
相手に気に入られるための質問じゃない。
相手を知るための質問だ。
◇◆◇
相談が終わる頃、王女が俺に尋ねた。
「成田さんは、奥様と意見が違った時、どうなさっていたのですか?」
「……えっ?」
不意打ちだった。
美咲と意見が違った時?
……そりゃあ、いろいろあったな。
家計のこと。
子供たちの進路。
俺の趣味に使うお金のこと。
最後のは、だいたい俺が怒られていた気がする。
「……まず、話を聞くようにしていました」
「まず?」
「はい。最初から反論すると、余計にこじれることがあるので」
「……なるほど」
「まあ、いつも上手にできていたわけじゃありませんけどね」
俺が苦笑すると、王女も笑った。
「少し、安心しました」
「え?」
「成田さんのような方でも、難しいことがあるのですね」
「……いやあ。難しいことだらけですよ」
俺は、頭をかいた。
夫婦だって、最初から何でもわかり合えるわけじゃない。
だから、話す。
何度でも。
それが、俺なりの答えだった。
◇◆◇
午後。
記録室に戻ると、マティアスさんが難しい顔で帳簿を見つめていた。
「……何かありました?」
「成田さん。少し、気になることが見つかりました」
彼は、一枚の閲覧記録を差し出した。
「第五誓約原本の所在が問題になった際、関係する資料の閲覧履歴が一部消されています」
「……はい」
「その操作に使われた権限が、ルーク殿のものだったのです」
「……え?」
俺は、思わず書類を見つめた。
そこには、確かにルークさんの名前があった。
「でも、ルークさんがやったとは限りませんよね?」
「そのとおりです」
マティアスさんは頷いた。
「記録に残るのは、使用された権限です。実際に操作した人物までは、これだけでは断定できません」
「……なるほど」
俺は、書類を見つめた。
婚活でも、似たようなことがある。
本人が言ったと思われていた言葉が、実は家族や仲介者を通じて伝わったものだった。
そんな行き違いは、珍しくない。
だからこそ。
「……誰が使ったのか、確かめる必要がありますね」
「ええ」
マティアスさんが、別の記録を広げた。
「こちらは、閲覧権限の貸与申請を管理する帳簿です」
「貸与……?」
「特別な事情がある場合、責任者の承認を得て、別の担当者が一時的に権限を使うことがあります」
「……じゃあ」
俺は、息をのんだ。
「ルークさんの権限を、誰かが借りた可能性がある?」
「可能性はあります。ただし、正規の貸与だったのか、不正に使われたのかは、まだわかりません」
……そうか。
これも、片方の記録だけでは決められない。
俺は、書類を見つめた。
「《縁の履歴》で、何かわかるでしょうか」
「手がかりは得られるかもしれません。ですが、人物を調べるには本人の同意が必要です」
「……ですよね」
俺は頷いた。
「なら、まずは記録を調べましょう」
マティアスさんは、静かに微笑んだ。
「その方が確実です」
◇◆◇
夕方。
マティアスさんと俺は、貸与申請の帳簿を一枚ずつ確認していた。
「……あれ?」
俺は、ある欄で手を止めた。
「マティアスさん。ここ、名前が書かれていませんね」
「……どちらですか?」
「この日付です。ルークさんの権限が使われた日と、同じ日じゃないですか?」
マティアスさんが、身を乗り出した。
そして。
「……確かに」
彼の表情が変わった。
そこには、貸与された権限の番号だけが記されていた。
だが、借りた人物の名前は空欄だった。
「……記入漏れでしょうか」
俺が尋ねると、マティアスさんは首を振った。
「それだけなら、まだ説明はつきます」
「……それだけなら?」
「こちらを見てください」
彼は、別の欄を指さした。
そこには、小さな印が押されていた。
「この印は?」
「貸与手続きが完了したことを示す印です」
「……え?」
俺は、思わず顔を上げた。
「借りた人の名前がないのに、手続きは完了しているんですか?」
「……そういう記録になっています」
記録室が、静まり返った。
原本は、盗まれていなかった。
だが、誰かが閲覧履歴を消している。
そして、その操作には、ルークさんの権限が使われていた。
……もし。
ルークさんが知らないうちに、誰かが権限を使っていたとしたら。
俺は、空欄になった名前の欄を見つめた。
そこには、誰の名前もない。
なのに。
手続きが完了したことを示す印だけが、はっきりと残っていた。
……いったい誰が、ルークさんの名前を借りたんだ?
――第37話・完――
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
第37話では、第五誓約原本が正規の手続きで移されていたことが判明しました。
しかし、原本が見つかっても、ルークへの疑惑は完全には晴れません。
借りた人物の名前が空欄のまま、完了印だけが押された貸与記録。
この不自然な記録は、何を意味しているのでしょうか。
そして次回は、エレノア王女とアドリアンの二回目のお見合いです。
次回もお楽しみいただけると嬉しいです!
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