第36話 《縁の履歴》で、消えた記録の行方を追います
【主な登場人物】エレノア王女(成田の相談者)/マティアス(記録監査官)/ルーク・フェルナー(王宮図書館の司書。記録を消した疑いをかけられている)
「成田さん。こちらが、昨日の台帳の保管記録です」
翌朝。
王宮の記録室で、マティアスさんが分厚い帳簿を広げた。
「ありがとうございます」
昨日、新しく手に入れた《縁の履歴》。
記録に残された縁のつながりを、手がかりとして見ることができるスキルだ。
ただし、答えを教えてくれるわけじゃない。
だから今日は、マティアスさんと一緒に、実際の記録を確かめることになった。
「……それにしても」
俺は、机に積まれた帳簿を見上げた。
「これ、全部調べるんですか?」
「必要なものだけです」
「……その必要なものが、山になってるんですが」
「三百年分ですから」
「ですよねぇ……」
日本でも、役所の書類仕事は大変だった。
異世界でも、そこは変わらないらしい。
『――おじさん!』
「ん?」
『――今日も残業ですか?』
「……まだ朝だよ」
『――じゃあ、朝のパンですね!』
「……君は本当に、ぶれないなぁ」
◇◆◇
マティアスさんが、一冊の帳簿を開いた。
「昨日の交易台帳は、二十年前に旧北方資料庫から王宮へ移されています」
「なるほど」
「こちらが、移した側の記録です」
俺は、書かれた日付と番号を確認した。
……ふむふむ。
確かに、資料を移したことは書かれている。
「じゃあ、受け取った側の記録は?」
「……それが、見つかっていません」
「え?」
「少なくとも、通常の保管記録にはありません」
……なるほど。
移した記録はある。
でも、受け取った記録がない。
それは、ちょっと気になるな。
「《縁の履歴》を使ってみてもいいですか?」
「はい。管理者として、資料の確認を許可します」
「ありがとうございます」
俺は、台帳に手をかざした。
「……《縁の履歴》」
青白い糸が浮かんだ。
昨日と同じように、王宮の奥へ続く糸。
そして、もう一本。
隣に置かれた保管記録の、ある行へ伸びている。
「……あっ」
「何かわかりましたか?」
「この台帳と、こっちの記録につながりがあるみたいです」
マティアスさんが、俺の指さした行を確認した。
「……北方境界施設の封鎖工事に関する資料ですね」
「封鎖工事……」
俺は、思わず顔を上げた。
昨日見つけた『北方境界祠』という文字。
森に残してきた、二つの円が重なる紋様の台座。
……関係があるのかもしれない。
「これって、同じ施設なんですか?」
「まだ断定できません。ですが、調べる価値はあります」
マティアスさんは、関連資料を一冊取り出した。
俺は、もう一度スキルを使ってみる。
すると。
「……あれ?」
今度は、複数の細い糸が浮かんだ。
ひとつは、昨日の台帳へ。
もうひとつは、別の棚へ。
「……あちらですね」
俺が指さすと、マティアスさんが棚を確認した。
「封鎖工事の関連資料が保管されている区画です」
「なるほど……」
便利だ。
だが、これで全部わかるわけじゃない。
「マティアスさん。この糸がつながっているからといって、同じ人が触ったとは限らないんですよね」
「そのとおりです」
「同じ手続きに関係しただけかもしれない」
「ええ。判断するには、実際の記録を照合する必要があります」
……うん。
婚活でも同じだ。
相性がよく見える二人でも、実際に話してみなければわからない。
情報だけで、相手を決めつけてはいけない。
◇◆◇
昼前。
「成田さん。少し、お時間をいただけますか?」
エレノア王女が、記録室を訪れた。
「もちろんです」
「昨日、アドリアン様には家族の話をしていただくとおっしゃっていたでしょう。私も、自分のことを考えてみたのですが……」
おっ。
王女様の婚活相談だ。
俺たちは、隣の小部屋へ移った。
「では、王女様。結婚したあと、どんな毎日を送りたいですか?」
俺が尋ねると、王女は少し困ったように微笑んだ。
「……正直に申し上げると、まだ、よくわかりません」
「それでいいんですよ」
「……よいのですか?」
「はい。今日は、正解を出す日じゃありませんから」
俺は、紙とペンを差し出した。
「まずは、思いつくことを書いてみましょう」
「……思いつくことを?」
「はい。立派な答えじゃなくても構いません」
王女は、少し考えてからペンを取った。
しばらくして。
「……書けました」
「ありがとうございます」
そこには、丁寧な文字で、いくつかの言葉が並んでいた。
『一緒に食事をする時間』
『仕事のことを話せる相手』
『意見が違っても、きちんと話し合えること』
『自分の役目を理解してくれること』
……なるほど。
俺は、思わず頷いた。
「いいですね」
「……そうでしょうか」
「はい。とても大切なことだと思います」
王女は、少し不安そうだった。
「ですが、王女としては、もっと国のことを考えるべきなのではないかと……」
「もちろん、国のことも大切です」
俺は頷いた。
「でも、結婚は毎日の生活ですから」
「……毎日の生活」
「王女様が国のために働くことと、王女様ご自身が幸せになることは、必ずしも反対ではありませんよ」
王女は、黙って俺を見つめた。
「例えば、意見が違った時に話し合える相手なら、仕事でも助け合えるかもしれません」
「……はい」
「一緒に食事をして、くだらない話ができる相手なら、忙しい日でも少しは気持ちが楽になるでしょう」
「……そうですね」
「王女様が望んでいるのは、特別に贅沢なことじゃありません」
俺は、紙を指さした。
「誰かと一緒に生きていくうえで、大切にしたいことだと思います」
王女の表情が、少しずつ和らいでいった。
◇◆◇
「……成田さん」
「はい」
「私は、結婚というものを、ずっと役目だと思っていました」
「……はい」
「王家のために、国のために。そう考えることが、当然だと」
王女は、紙を見つめた。
「ですが……」
少しだけ、声が小さくなる。
「私にも、望んでよいことがあるのですね」
俺は、静かに頷いた。
「もちろんです」
王女は、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
……よかった。
こういう時が、一番嬉しい。
誰かが、自分の気持ちを言葉にできた時。
それは、婚活の大きな一歩だ。
相手に選ばれるためだけではなく、自分がどう生きたいかを考える。
それができて初めて、対等な関係を築けるのだと思う。
その時、俺はふと気づいた。
……そうか。
片方の話だけで、決めてはいけないんだ。
お見合いでも、紹介する側と、紹介された側。
どちらか一方の情報だけでは、判断を間違えることがある。
だったら。
資料の移管だって、同じじゃないか?
「……あっ!」
思わず声が出た。
王女が、驚いたように俺を見た。
「成田さん?」
「あ、すみません。ちょっと、仕事のことを思いつきまして」
「……お仕事?」
「はい。今の王女様のお話で、気づいたことがあるんです」
王女は、不思議そうに首を傾げた。
……いやあ。
まさか、婚活相談が古文書調査のヒントになるとは。
異世界って、本当に何が起こるかわからない。
『――おじさん!』
「ん?」
『――王女様、嬉しそうです!』
「……そうだね」
『――おじさんも嬉しそうです!』
「……うん」
『――じゃあ、パンを食べましょう!』
「……パンの話に戻るの、早いね」
王女が、くすくすと笑った。
◇◆◇
午後。
俺は、アドリアンさんへ短い手紙を書いた。
次回の面談では、家の格式や政治の話だけでなく、お互いの普段の暮らしについて話してみてほしい。
そんな内容だ。
もちろん、王女が書き出した希望を、勝手に伝えるようなことはしない。
相談で聞いた話には、守るべき秘密がある。
これは、日本でも異世界でも同じだ。
手紙を封じた俺は、記録室に戻った。
「マティアスさん。ひとつ、確認してもいいですか?」
「はい?」
「資料を移した側の記録と、受け取った側の記録って、別々に残るものなんですよね?」
「通常は、そうです」
「じゃあ、片方が見つからないからといって、移管そのものがなかったとは言えませんよね?」
「……ええ」
マティアスさんが、少し考え込んだ。
「なるほど。成田さんは、受け取った側の記録が別の場所に残っている可能性を考えているのですね」
「はい」
俺は頷いた。
「お見合いでも、片方の話だけで判断すると、勘違いすることがありますから」
「……お見合い、ですか」
「ええ。紹介した側と、紹介された側。両方の話を聞いて、初めてわかることもあります」
マティアスさんは、しばらく黙っていた。
そして。
「……確かに」
小さく頷いた。
「では、王家の承認記録と、監査官側の記録も確認しましょう」
「お願いします」
「ただし、閲覧には手続きが必要です。今日は、保管番号の照合までにとどめます」
「了解です」
急がば回れ、だ。
◇◆◇
夕方。
マティアスさんが、古い帳簿を机に広げた。
「成田さん。こちらを見てください」
「はい?」
「第五誓約原本に関する、通常とは異なる保管番号が見つかりました」
……!
「第五誓約原本……」
「はい。以前から所在が問題になっていた資料です」
「……盗まれたと言われていた?」
「その疑いが出ています。ただし、盗難と確定したわけではありません」
マティアスさんは、帳簿の一行を指さした。
そこには、通常の資料とは違う形式の番号が記されていた。
「……これが?」
「はい。通常の閲覧番号ではありません」
「じゃあ、何の番号なんですか?」
「それを確認する必要があります」
まだ、答えは出ていない。
だが、少なくとも。
今まで見ていた記録だけでは、わからないことがある。
「マティアスさん。ルークさんの件も、この記録と関係しているんですよね?」
「ええ」
マティアスさんの表情が、少し険しくなった。
「ルーク殿への疑惑も、この資料の閲覧記録が根拠の一つになっています」
「……そうでしたね」
「ですが、閲覧したことと、持ち出したことは別です」
俺は、思わず顔を上げた。
「……ですよね」
「記録が正しく管理されていたのか。まず、そこを確かめなければなりません」
マティアスさんは、静かに帳簿を閉じた。
「明日、王家の承認記録と監査官側の記録を照合します」
「それで、何かわかりますか?」
「少なくとも、この番号が何の手続きに使われたのかは確認できるはずです」
俺は、帳簿を見つめた。
消えた閲覧履歴。
盗まれたと疑われている原本。
そして、ルークさんへの疑惑。
もし、移した側と受け取った側の記録が、別々に残っていたとしたら。
もし、今まで誰も、その両方を確かめていなかったとしたら。
……待てよ。
そもそも。
記録の読み方そのものが、間違っていたとしたら?
――第36話・完――
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
第36話では、《縁の履歴》を使って北方境界施設の記録を調査しました。
そして、エレノア王女の婚活相談をきっかけに、成田が「記録は双方を確認する必要がある」と気づきます。
第五誓約原本に残された、通常とは異なる保管番号。
この番号は、いったい何を意味しているのでしょうか。
次回もお楽しみいただけると嬉しいです!
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