第35話 石板の文字と、二回目のお見合いの約束
【主な登場人物】エレノア王女(成田の相談者)/アドリアン・ヴェルナー(王女の婚約候補。侯爵家の嫡男)/マティアス・クロイツ(記録監査官)/セリス(王国騎士団長)
「成田さん。昨日の石板について、少しお時間をいただけますか?」
翌朝。
王宮を訪れた俺に、エレノア王女が声をかけてきた。
「もちろんです。何かわかったんですか?」
「まだ、はっきりしたことは。ただ、昨日読み取れた言葉が気になっていて……」
『境界を守る者』
昨日、森で発見した石板の写しに残されていた言葉だ。
森には、二つの円が重なる紋様を刻んだ石の台座もあった。
どちらも現物は森に残してある。
セリスさんの判断で、勝手に動かしたり、魔法を使って調べたりすることはしなかった。
……当然だ。
得体の知れない古代施設に、46歳のおじさんが興味本位で触れて大惨事。
そんな展開、ライトノベルなら読んだことがある。
だが、自分が当事者になるのは勘弁してほしい。
『――おじさん!』
「ん?」
『――今日は石板のお仕事ですか?』
「そうみたいだね」
『――お見合いのお仕事は?』
「……そっちも気になってるんだよねぇ」
ミドリが、肩の上でぽよんと跳ねた。
◇◆◇
王宮の記録室。
机の上には、昨日作成した二種類の写しが並べられていた。
一つは、森の台座に刻まれていた二つの円の紋様。
もう一つは、小さな石板に刻まれていた文字と、古い道筋のような線。
「この文字が、問題ですね」
ルークさんが、石板の写しを指さした。
「『境界を守る者』。古い誓約文にも似た表現が見られます」
「誓約……約束のようなものですか?」
「そう考えられます。ただ、誰が何を守るのかまでは、この一節だけではわかりません」
「なるほど……」
俺は腕を組んだ。
境界。
守る者。
そして、森の台座。
日本へ帰るための手がかりになるかもしれない。
そう思うと、つい気持ちが先走りそうになる。
「現物を調べるには、正式な許可が必要なんですよね?」
俺が尋ねると、セリスさんが頷いた。
「はい。次に森へ向かうなら、騎士団の護衛と調査計画を整えます。少なくとも、今の段階で台座に触れることは認められません」
「了解です」
安全第一。
異世界に来てまで、無茶をして命を落とすわけにはいかない。
「ところで、アドリアン様の地図についてですが」
ルークさんが、別の紙を取り出した。
「先日見せていただいた交易地図ですね」
「はい。古い街道の位置を調べるうえで、重要な手がかりになると思います」
そうだった。
アドリアンさんが持ってきた、古い交易地図。
彼の父親が、その地図を誰に見せるか気にしていたという話もあった。
「アドリアンさんのお父様、あの地図の扱いには慎重だったんですよね」
「ええ。私も、その点は気になっています」
エレノア王女が答えた。
「ただ、古い商家の資料ですから、取引上の秘密が含まれている可能性もあります。今の段階で、何かを隠していると決めつけることはできません」
「……そうですね」
婚活でも、相手が話したがらないことには理由がある。
だからといって、すぐに嘘だと判断してはいけない。
大事なのは、話せる関係をつくることだ。
その時だった。
「……この紋様は」
マティアスさんが、小さく呟いた。
「どうかしました?」
「いえ」
彼は、二つの円が重なる紋様の写しから目を離した。
「古い印章に似たものがあると思っただけです。今の段階では、何とも申し上げられません」
「そうですか」
マティアスさんは、それ以上何も言わなかった。
……少し気になったが。
根拠もないのに問い詰めるのは、俺の仕事じゃない。
◇◆◇
記録の確認がひと段落したところで、俺はエレノア王女と別室へ移った。
「王女様。アドリアンさんとの初回の面談、いかがでしたか?」
「……誠実な方だと思いました」
「はい」
「こちらの話を、きちんと聞いてくださいました」
「それは、いいことですね」
「ですが……」
「何か、気になることが?」
王女は、少し考えてから口を開いた。
「私が王女だから、気を遣ってくださっているのではないかと」
なるほど。
王女という立場。
相手は貴族の跡取り。
普通の男女なら気にしなくてもいいことが、いくつもある。
「王女様。ひとつ、お聞きしてもいいですか?」
「はい」
「アドリアンさんと、もう一度お話ししてみたいと思いますか?」
王女は、すぐには答えなかった。
俺は待った。
こういう時、仲人が答えを急がせてはいけない。
少しして、王女が口を開いた。
「……はい」
「それは、王家のためですか?」
「……」
「それとも、王女様ご自身が、そう思われたからですか?」
王女は目を伏せた。
そして。
「……もう少し、あの方のことを知りたいと思いました」
小さな声だった。
だが、はっきりとした言葉だった。
「でしたら、それで十分です」
俺は笑った。
「二回目のお見合いは、結婚を決めるための場ではありません。もう少し知りたいと思った相手を、もう少し知るための時間です」
「……そういうものなのですね」
「はい。初回で全部決められる人なんて、そう多くありませんから」
王女の表情が、少し和らいだ。
◇◆◇
その日の午後。
アドリアンさんが王宮を訪れた。
俺は、王女の意向を伝えた。
「エレノア様が、もう一度お話しする機会を希望されています」
「……そうですか」
アドリアンさんは、少し驚いたようだった。
「もちろん、お断りいただいても構いません。これは王家からの命令ではありませんので」
「いえ」
彼は、静かに首を振った。
「私も、もう一度お話ししたいと思っていました」
……おっ。
いいじゃないですか。
こういう時の俺は、つい嬉しくなってしまう。
『――おじさん、顔がにやにやしています!』
「……ミドリさん?」
『――すごく、にやにやしています!』
「……念話で実況しなくていいから」
アドリアンさんが、不思議そうにこちらを見た。
「どうかされましたか?」
「いえ、何でもありません」
危ない。
仲人の威厳が失われるところだった。
その時。
『――婚活支援の成果を確認しました』
目の前に、青白い画面が浮かんだ。
『――双方の自由意思による、次回面談への合意を確認』
『――《縁結び》熟練度が上昇しました』
「……おっ?」
「成田さん?」
「あ、いえ。こちらの話です」
俺は慌てて姿勢を正した。
なるほど。
成婚だけじゃない。
無理に結論を出さず、二人が自分の意思で次の一歩を選ぶこと。
それも、俺の力になるらしい。
……婚活アドバイザー冥利に尽きるじゃないか。
◇◆◇
「次回は、何をお話しすればよいでしょうか」
アドリアンさんが尋ねた。
「そうですね……」
俺は少し考えた。
「お互いの家族の話なんて、どうでしょう」
「家族、ですか?」
「はい。家の格式や領地の話ではなく、普段どんなふうに過ごしているか、といった話です」
「なるほど」
「それから、結婚したあと、どんな暮らしをしたいのか」
アドリアンさんは、静かに頷いた。
「……考えたことがありませんでした」
「え?」
「家を継ぐ者として、結婚は果たすべき役目だと思っていましたので」
俺は、少しだけ胸が痛くなった。
結婚は、役目。
それも、ひとつの考え方なのかもしれない。
でも。
「アドリアンさん」
「はい」
「結婚したあとも、毎日は続きますからね」
「……毎日」
「朝起きて、一緒に食事をして、くだらない話をして。時には喧嘩もするでしょう」
ふと、美咲の顔が浮かんだ。
節約しろと怒られること。
結衣の塾代が上がったこと。
悠斗の三者面談。
……ああ。
あんな何でもない毎日が、どれほど大切だったか。
「……そういう毎日を、誰と過ごしたいか。そこも大事だと思うんです」
アドリアンさんは、しばらく黙っていた。
やがて、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。考えてみます」
◇◆◇
夕方。
王宮の記録室に戻ると、マティアスさんが古い台帳を広げていた。
「成田さん。少しよろしいですか」
「はい?」
「先ほどの交易地図と照合してみたところ、関連がありそうな記録が見つかりました」
机の上には、古い交易記録。
そして、森で見つかった台座の紋様の写し。
「この台帳に、似た印が記されていました」
「……本当だ」
二つの円が重なる紋様。
ただし、台帳の方は少し形が違う。
「同じ印かどうかは、まだわかりません」
「そうですよね」
「問題は、こちらです」
マティアスさんが指さしたのは、台帳の余白だった。
そこには、小さな文字でこう書かれていた。
『北方境界祠』
「境界祠……」
「三百年前、北方交易路の記録に登場する施設です」
「じゃあ、森の台座は……」
「関連している可能性があります。ただし、同じ施設だと確認できたわけではありません」
なるほど。
日本へ帰るための道。
その手がかりが、ここにあるのかもしれない。
俺は、台帳を見つめた。
その時だった。
『――《縁結び》の熟練度が解放条件に達しました』
『――新たな補助機能を解放します』
『《縁の履歴》』
……新しいスキル?
説明を読むと、物や記録に残された縁の手がかりを、たどれるようになるらしい。
ただし、資料の調査には管理者の許可が必要。
特定の人物の縁を詳しく調べるには、本人の同意が必要になる。
過去の出来事が映像で見えるわけでも、真実が全部わかるわけでもない。
「マティアスさん。この台帳、少し調べてもいいですか?」
「どのような方法ですか?」
俺は、新しいスキルについて説明した。
マティアスさんは慎重に聞き、しばらく考えた。
「台帳の管理担当者として、非破壊的な確認は許可します。ただし、原本を傷つけるようなことはしないでください」
「もちろんです」
俺は、手をかざす前にステータスを確認した。
【ステータス】
名前:成田和彦
年齢:46歳
レベル:8
固有スキル:《縁結び》EX
新機能:《縁の履歴》
……レベル8。
だが、筋力も敏捷も、相変わらず心許ない。
「……足が速くなる日は、まだ遠そうだなぁ」
『――おじさん! 私の方が速いです!』
「……知ってるよ」
剣も使えない。
強い魔法も使えない。
相変わらず、ただのおじさんだ。
でも。
人の話を聞いて、誰かの次の一歩を支えることならできる。
それが、新しい力につながるのなら。
「……よし」
俺は、台帳に意識を集中させた。
「《縁の履歴》」
青白い光が、台帳の上に浮かんだ。
細い糸のようなものが、記録から伸びている。
ひとつ。
ふたつ。
そして、そのうちの一本が。
王宮の奥へと、続いていた。
「……あれ?」
「何かわかりましたか?」
マティアスさんが尋ねた。
「誰が何をしたかまでは、わかりません。ただ……」
俺は、糸の先を目で追った。
糸は、記録室の壁を越えたところでぼやけている。
誰につながるのか。
いつ生まれた縁なのか。
そこまでは、わからない。
それでも。
「……この台帳の保管に関わる縁が、王宮の奥に続いています」
マティアスさんの表情が変わった。
「王宮の奥、ですか」
「はい」
彼は、しばらく黙っていた。
やがて、低い声で言った。
「……では、明日。保管記録を確認しましょう」
俺は、もう一度、壁の向こうを見た。
森で見つけた石板。
『境界を守る者』という言葉。
そして、三百年前の台帳。
それらが今、王宮の奥に残る何かへとつながっている。
……この糸の先に、いったい何があるんだ?
――第35話・完――
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
第35話では、エレノア王女とアドリアンが、それぞれの意思で二回目のお見合いを希望しました。
その成果によって成田のスキルも成長し、新たな《縁の履歴》が解放!
王宮の奥へ続く謎の糸は、何につながっているのでしょうか。
次回もお楽しみいただけると嬉しいです!
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