第32話 お見合い相手の実家に、三百年前の秘密が眠っていました
「三百年前の交易記録、ですか?」
俺が尋ねると、アドリアン・ヴェルナーは頷いた。
「はい。ヴェルナー家には、古い通行税の記録や、商隊が通った道の覚え書きが残っています」
「それは興味深いですね」
エレノア王女が身を乗り出した。
「王国統一の頃の記録も?」
「断片的ですが、あるはずです」
……なるほど。
三百年前。
王国統一。
俺たちが調べている『第五誓約』と、時代が重なる。
もちろん、同じ時代というだけで関係があるとは限らない。
でも、確認する価値はありそうだ。
「その記録、今も閲覧できるんでしょうか?」
俺が尋ねると、アドリアンは少し考えた。
「家の文書庫に保管されています。父の許可が必要ですが、相談はできると思います」
「ぜひ、お願いしたいです」
エレノア王女が答えた。
アドリアンは丁寧に頭を下げた。
「承知しました。父に伝えておきます」
……うん。
お見合いの場で、まさか古文書の閲覧交渉が始まるとは。
いや、王女様らしいと言えば、王女様らしいけど。
◇◆◇
面談が終わったあと。
エレノア王女は、ほっと息を吐いた。
「……緊張しました」
「お疲れさまでした」
「ですが、思っていたよりも話しやすい方でした」
「それはよかったです」
俺は微笑んだ。
「ただ、今日だけで結論を出す必要はありませんよ」
「はい」
「今日わかったことと、まだわからないことを分けて考えましょう」
王女は頷いた。
「アドリアン様は、私の研究を否定しませんでした」
「そうですね」
「それに、ご自分の不安も率直に話してくださいました」
「はい」
「ですが、婚姻後の具体的な生活については、まだ話せていません」
……おお。
ちゃんと整理できている。
「その通りです」
俺は頷いた。
「お見合いは、一度で正解を出す試験ではありません。お互いを知るための時間ですから」
エレノア王女は、少し考えた。
そして、小さく笑った。
「成田さん」
「はい?」
「婚姻のことを考えるのは、もっと苦しいものだと思っていました」
……。
俺は、少し驚いた。
「でも、今日は少しだけ、楽しかったのです」
その言葉に、俺は胸が温かくなった。
「……それは、よかったです」
◇◆◇
面談後、俺はセリスさんに呼び止められた。
「成田さん。少し、お時間をいただけますか?」
「はい。何かありました?」
「例の魔法印章について、追加の資料が見つかりました」
……印章。
古文書の保管場所に関係する、あの道具か。
「どんな資料ですか?」
「古い管理台帳です。ただし、一部が破損していて、すべては読めません」
セリスさんは、慎重に紙を広げた。
「以前の台帳には、印章の用途が現在と違う形で記載されていました」
「違う用途?」
「はい。『文書庫予備鍵の複製及び、旧誓約文書の封印確認に用いる』と」
……旧誓約文書。
俺は思わず顔を上げた。
「それって、第五誓約と関係があるんでしょうか」
「可能性はあります。ただ、まだ断定はできません」
セリスさんは真剣な表情で続けた。
「貸出記録上の承認者はマティアス・クロイツです。ですが、実際に誰が印章を受け取ったのかは確認できていません」
「……なるほど」
承認した人間と、実際に使った人間が同じとは限らない。
それは、確かにそうだ。
「マティアスさん本人は?」
「承認記録があることは認めています。ただ、受け渡しの詳細については確認が必要だと」
……うーん。
また、わからないことが増えた。
ルーク君の疑いを晴らすためにも、慎重に調べる必要がある。
「セリスさん」
「はい」
「記録に名前があるだけで、犯人扱いはしない方がいいと思います」
「もちろんです」
セリスさんは頷いた。
「アルベルト団長も、同じ考えです」
「それなら、よかったです」
俺は少し安心した。
ただ、気になることが一つある。
「今日のお見合いで、三百年前の交易記録の話が出たんです」
「交易記録?」
「はい。ヴェルナー家に残っているそうです」
セリスさんの表情が変わった。
「……第五誓約と同じ時代ですね」
「そうなんです。関係があるかはわかりませんが」
「団長にも報告しておきます」
……うん。
お見合いと古文書事件。
まったく別の話だと思っていたのに、少しずつ接点が見え始めている。
ただの偶然かもしれない。
でも、見過ごすには気になる一致だった。
◇◆◇
夕方。
俺は王宮を出て、宿屋『月見亭』へ向かっていた。
肩の上では、ミドリが楽しそうに揺れている。
『――おじさん!』
「ん?」
『――王女様のお見合い、うまくいきましたか?』
「うーん。少なくとも、いい話し合いにはなったと思うよ」
『――結婚するんですか?』
「いや、まだ決めないよ」
『――どうしてですか?』
「結婚は、一回話しただけで決めるものじゃないからね」
『――じゃあ、何回話したら決めるんですか?』
「……それは、人によるかなぁ」
『――難しいですね!』
「……本当にね」
俺は苦笑した。
婚活相談員として、何度も聞かれた質問だ。
何回会えば結婚していいのか。
どんな条件なら幸せになれるのか。
何を基準に選べば後悔しないのか。
……でも。
そんなものに、万人共通の正解はない。
だからこそ、話すしかないのだ。
『――おじさん!』
「今度は何?」
『――わたしもパン屋さんとお見合いしたいです!』
「……え?」
『――おいしいパンを作る人と仲良くなりたいです!』
「それはお見合いじゃなくて、常連客になりたいだけだよ!」
ミドリが、ぷるぷると笑った。
俺も、つられて笑ってしまった。
……まったく。
異世界でも、婚活相談の仕事は尽きそうにない。
でも。
今日、王女様が少しだけ楽しそうに笑ってくれた。
それだけでも、十分に意味のある一日だったと思う。
俺にできるのは、婚活相談くらいなんだけどなぁ。
◇◆◇
その夜。
王宮の一室で、アドリアン・ヴェルナーは父へ宛てた手紙を書いていた。
『本日、エレノア王女殿下と面談いたしました』
筆が滑る。
『殿下は、王国史の研究に強い関心をお持ちです』
少し考えたあと、彼は続けた。
『つきましては、当家に保管されている建国期の交易記録について、閲覧の可否をご相談したく存じます』
そこまで書いて、アドリアンは筆を止めた。
父から、以前聞かされた言葉を思い出したのだ。
『古い交易路の記録には、今の地図にない土地が載っている。むやみに外へ出すな』
当時は、古い商家にありがちな慎重さだと思っていた。
だが。
今日、エレノア王女が見せた真剣な表情を思い出す。
「……あの記録には、何が書かれていたんだろう」
アドリアンは、窓の外を見た。
王都の夜景が、静かに広がっている。
彼はまだ知らない。
その古い交易記録が、王宮で調べられている失われた誓約と、思いがけない接点を持つ可能性を。
そして。
エレノア王女との次の面談が、単なる縁談の続きを超えた意味を持つことになるかもしれないことを。
――第32話・完――
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