第31話 王女様のお見合い、条件より先に聞くことがあります
王女様のお見合い当日。
俺は、王宮の小さな応接室の前に立っていた。
……いやぁ。
ついに、この日が来てしまった。
昨日まで、エレノア王女と一緒に面談の準備をしていた。
何を聞くべきか。
どんなことを伝えるべきか。
そして、相手の話をどう受け止めるか。
婚活アドバイザーとして、できる限りの助言はしたつもりだ。
でも。
実際にお見合いをするのは、俺じゃない。
「……成田さん」
隣から、小さな声がした。
振り向くと、エレノア王女が一枚の紙を握っていた。
昨日、研究室で一緒に確認した質問事項だ。
「どうされました?」
「……少し、緊張しているの」
……おお。
王女様でも、やっぱり緊張するんだな。
「そうですよね。初めてお会いする方ですから」
「ええ。それに、私の結婚は王国のことにも関わるでしょう?」
「……そうですね」
「失礼なことを聞いてしまったら、どうしようかと思って」
俺は、王女様の手元に目を落とした。
紙の端が、少し折れている。
きっと、何度も読み返したんだろう。
「殿下」
「はい?」
「昨日、何のために質問を考えたか、覚えていますか?」
「……相手のことを知るため、です」
「はい。それと、殿下のことも知ってもらうためですね」
王女様は、小さく頷いた。
「……ええ」
「だったら、全部うまく聞こうとしなくても大丈夫です」
「そうなの?」
「はい。会話ですから。予定どおりに進まないこともあります」
俺は笑った。
「相手の答えを聞いて、もっと知りたいと思ったことを聞いてみてください」
エレノア王女は、少し考えた。
そして、手元の紙を丁寧に折りたたんだ。
「……わかったわ」
その表情が、ほんの少し柔らかくなった。
「ありがとう、成田さん」
「いえいえ」
……さて。
あとは、見守るだけだ。
まあ、それが一番難しいんだけど。
◇◆◇
面談は、王宮の小さな応接室で行われた。
大広間ではない。
儀礼的な挨拶を最小限にして、落ち着いて話せる場所を選んでもらった。
もっとも、扉の外には護衛がいる。
室内には侍女も控えている。
俺も同席している。
……落ち着いているのか、これ?
そんなことを考えていると、扉が開いた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
入室してきた青年が、丁寧に頭を下げた。
アドリアン・ヴェルナー。
ヴェルナー侯爵家の嫡男で、現在は西方交易に関わる仕事をしている。
七人の縁談候補のうち、最初に正式な面談へ進んだ人物だ。
明るい茶色の髪に、穏やかな表情。
華美ではないが、仕立てのいい服を着ている。
「こちらこそ。お越しいただき、ありがとうございます」
エレノア王女も礼を返した。
……よし。
まずは問題なし。
俺は二人の間に見える糸を、さりげなく確認した。
《縁結び》で見えるつながりは、今のところ穏やかだ。
ただ、これだけで相性を決めるつもりはない。
結局は、本人たちの言葉を聞くしかないのだから。
◇◆◇
「アドリアン様は、普段どのようなお仕事を?」
エレノア王女が尋ねた。
「主に西方交易路の運営に関わっています。父の補佐ですが、最近は自分で判断を任される案件も増えました」
「そうなのですね」
「はい。もっとも、失敗も多いのですが」
アドリアンは苦笑した。
「昨年は、輸送日程を詰めすぎて商人たちに怒られました」
「商人の方々に?」
「ええ。数字の上では可能でも、人と馬が休まなければ荷物は届かない、と」
……おっ。
俺は少しだけ感心した。
失敗を隠さず話せるのは、悪くない。
「それで、どうなさったのですか?」
王女が尋ねる。
「現場の責任者に教えを請いました。以来、輸送計画を作る前に、必ず彼らの意見を聞くようにしています」
「それは大切なことですね」
「殿下は、いかがですか。普段はどのようにお過ごしなのでしょう」
……よし。
ちゃんと質問が返ってきた。
会話のキャッチボールが成立している。
まずは一安心だ。
「私は、王国の歴史を調べることが好きなのです」
「歴史ですか」
「はい。特に建国期の記録に興味があります」
エレノア王女の表情が明るくなった。
……ああ。
やっぱり、好きな話をしている時は違うな。
「古い記録は欠けている部分も多く、調べれば調べるほど疑問が増えるのです」
「それは大変そうですね」
「ですが、とても面白いのです」
王女は微笑んだ。
「同じ出来事でも、記録した人によって書き方が違います。何が書かれているかだけでなく、何が書かれていないかも考える必要があります」
アドリアンは、興味深そうに耳を傾けていた。
そして言った。
「……それは、交易の記録にも似ていますね」
「交易の?」
「はい。帳簿には荷物の数や金額は残りますが、なぜその取引が行われたのかまでは書かれていないことがあります」
「……なるほど」
「昔の商人が何を考えていたのか、数字だけではわからないんです」
エレノア王女の目が輝いた。
「それは、ぜひ詳しく伺いたいです!」
……おお。
いいじゃないか。
共通の趣味がなくても、物事の考え方が重なることはある。
俺は、思わず笑みを浮かべた。
◇◆◇
面談が半分ほど進んだ頃。
エレノア王女が、姿勢を正した。
「アドリアン様」
「はい」
「一つ、率直に伺ってもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
「もし婚姻することになった場合、私は歴史研究を続けたいと考えています」
アドリアンが頷く。
「承知しました」
「王宮の図書室や資料庫に通うこともあるでしょう。場合によっては、地方の史跡へ調査に出向くこともあります」
「……なるほど」
「そのような生活を、どうお考えになりますか?」
アドリアンは、すぐには答えなかった。
……おっ。
これは大切な質問だ。
昨日、王女様が何度も考えていたことでもある。
俺も、黙って見守った。
しばらくして、アドリアンが口を開いた。
「正直に申し上げても?」
「はい」
「少し、不安はあります」
エレノア王女の表情が曇った。
だが、アドリアンは続けた。
「私も交易の仕事で王都を離れることがあります。殿下も調査で各地へ出向かれるなら、夫婦で過ごす時間が少なくなるかもしれません」
「……そうですね」
「ですが、研究をやめていただきたいとは思いません」
アドリアンは静かに言った。
「私自身、仕事を大切にしていますから」
……うん。
これは、いい答えだと思う。
相手の希望を何でも受け入れると言うのは簡単だ。
でも、実際に生活を考えた時の不安まで話せる方が、ずっと誠実な場合もある。
「ありがとうございます」
エレノア王女が頭を下げた。
「私も、アドリアン様のお仕事について、もっと知りたいと思います」
……よし。
少なくとも、今日の面談は意味のあるものになった。
そう思った時だった。
◇◆◇
「ところで、殿下」
アドリアンが何気なく言った。
「建国期の研究をなさっているなら、古い交易路についてもご存じでしょうか」
「古い交易路?」
「はい。西方の商家には、昔から伝わる通行記録が残っていることがあります」
エレノア王女が興味を示した。
「どのような記録ですか?」
「三百年ほど前のものです。王国統一の頃ですね」
……三百年前。
俺は、思わず顔を上げた。
王宮で調べている古い誓約も、同じ時代のものだったはずだ。
エレノア王女も、少し驚いたようだった。
「その記録には、何が書かれているのですか?」
「詳しい内容は、私もまだ確認していないのですが……」
アドリアンは、少し考えてから続けた。
「当時の交易路には、今では使われていない道があったそうです」
「使われていない道?」
「はい。現在の地図には載っていない場所を通っていた、と」
……おや。
俺は、背筋を伸ばした。
古い道。
三百年前。
そして、今の地図には載っていない場所。
偶然かもしれない。
でも、気になる。
「その記録は、今も残っているのでしょうか?」
エレノア王女が尋ねた。
「おそらく、ヴェルナー家の古い書庫にあるはずです」
「……拝見することは可能でしょうか」
「確認してみましょう。ただ、かなり古いものですから、保存状態はわかりません」
「それでも、ぜひ」
王女様の目が、研究者のそれになっていた。
……ああ。
これは、もうお見合いのことを忘れかけているな。
俺は、思わず苦笑した。
ただ。
アドリアンは、そんな王女様を困った顔で見てはいなかった。
むしろ、楽しそうに微笑んでいた。
「殿下は、本当に歴史がお好きなのですね」
「……え?」
エレノア王女が、はっとした。
「も、申し訳ありません。つい、研究の話ばかり……」
「いえ。とても興味深いです」
アドリアンは、穏やかに答えた。
「私も、自分の仕事についてこんなに質問していただけるとは思っていませんでした」
「……そうですか?」
「はい。ですから、私も殿下の研究をもっと知りたいと思いました」
王女様は、少し照れたように微笑んだ。
……うん。
いい感じだ。
結婚相手としてどうなるかは、まだわからない。
でも。
少なくとも、この二人はお互いの話を聞こうとしている。
それだけでも、今日のお見合いには十分意味があったと思う。
◇◆◇
面談を終え、アドリアンが退出したあと。
エレノア王女は、しばらく黙っていた。
「……殿下?」
「成田さん」
「はい」
「私、少し驚いているの」
「何にですか?」
「お見合いというのは、もっと窮屈なものだと思っていたわ」
……なるほど。
「そうですね。条件を確認するだけだと、そうなりがちです」
「でも、今日は……」
王女様は、少し考えた。
「もっと話してみたい、と思えたの」
俺は、思わず笑った。
「それは、よかったですね」
「……ええ」
エレノア王女は、嬉しそうに頷いた。
ただ、すぐに真剣な顔に戻った。
「それから、成田さん」
「はい?」
「三百年前の交易記録のことだけれど……」
……ああ。
やっぱり、そこも気になりますよね。
「第五の誓約と、関係があるかもしれませんね」
「ええ。まだ何もわからないけれど」
王女様は、窓の外に目を向けた。
「もし、今の地図から消えた道が本当にあったのなら……」
その先は、言わなかった。
俺も、すぐには答えられなかった。
王女様の結婚問題。
古文書盗難事件。
そして、三百年前の誓約。
別々だと思っていた話が、少しずつ近づいている。
……いやぁ。
お見合いの付き添いをしていたはずなんだけどな。
どうして、また謎が増えているんだろう。
俺は、小さくため息をついた。
ただ、一つだけ確かなことがある。
今日の面談で、エレノア王女はアドリアンという人物を少し知ることができた。
そして、思いがけず新しい手がかりも得た。
どちらも、まだ結論を急ぐ段階ではない。
だからこそ、次に何を確かめるべきか。
それを、一つずつ考えていこう。
――第31話・完――
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