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第30話「王女様のお見合い相手、履歴書だけではわかりません」

「成田さん。最初の面談相手が決まったわ」


 エレノア王女が、少し緊張した面持ちで一枚の書類を差し出した。


 王宮の小会議室。


 昨日まで七人分並んでいた婚約候補者の資料が、今日は一人分だけ机に置かれている。


「おお。いよいよですね」


「……ええ」


 王女様は小さく頷いた。


「でも、まだ少し不安なの」


「そうですよね」


 俺は書類に目を落とした。


【婚約候補者】


【アドリアン・ヴェルナー】


【年齢:二十四歳】


【身分:ヴェルナー侯爵家嫡男】


【主な役職:王国西部交易協議会・補佐役】


【婚姻による期待効果:西部貴族との関係強化、交易路の安定】


 ……うん。


 相変わらず、立派な経歴だ。


 でも。


 この人がどんな性格なのか、まったくわからない。


「……殿下」


「何かしら?」


「この方について、何かご存じですか?」


「父上の会議で、お名前を聞いたことがあるくらいね」


「……なるほど」


 俺は頷いた。


「では、まずはお相手を知るところから始めましょう」


「……そうね」


 王女様は、少しだけ笑った。


 ◇◆◇


「ところで、成田さん」


「はい?」


「面談では、何を話せばいいのかしら」


 ……おお。


 来た。


 婚活相談では、かなりよくある質問だ。


「まず、最初から結婚の話ばかりしなくても大丈夫です」


「……そうなの?」


「はい。例えば、お仕事のことや、普段どんなことに興味があるのか」


 俺は指を折りながら説明した。


「そこから、考え方や価値観が見えてくることもあります」


 王女様は、少し考えた。


「……歴史の話をしてもいいのかしら」


「もちろんです」


「でも、相手の方が興味を持っていなかったら?」


「その時は、どう反応されるかを見るのも大切ですよ」


「……反応?」


「はい。自分が興味のない話でも、相手の大切なものとして尊重できるかどうか」


 王女様は、ゆっくり頷いた。


「……なるほど」


 俺は笑った。


「もちろん、殿下もお相手の話を聞いてくださいね」


「ええ。それは、わかっているわ」


 ……よし。


 今のところ、いい感じだ。


 ◇◆◇


 その日の午後。


 俺はアルベルト総監の執務室に呼ばれた。


「成田殿。少し相談がある」


「……はい」


 総監は、机の上に一枚の報告書を置いた。


「古文書盗難事件について、記録監査官マティアス・クロイツへの聞き取りが行われた」


「……おお」


 例の新しい人物だ。


「何かわかったんですか?」


「マティアスは、古い文書管理術式について詳しく説明したそうだ」


「……なるほど」


「予備鍵に残っていた魔力反応は、かつて王宮で使われていた管理用複製術式と一致する可能性が高い」


 ……うん。


 そこまでは、前回の話とつながる。


「ただし、現在ではほとんど使われていない技術だ」


「……そうなんですね」


「しかも、その術式を扱うには、専用の魔術印章が必要だった」


 ……魔術印章?


「印鑑みたいなものですか?」


「似たようなものだ」


 総監は頷いた。


「術式の使用権限を示す印章だ。一般の職員が勝手に使えるものではない」


 ……なるほど。


 つまり、鍵を複製できる人は、さらに限られるわけだ。


「その印章は、今どこに?」


「文書管理部門の保管庫にあるはずだ」


「……はず?」


 総監は、少し眉を寄せた。


「現在、所在を確認している」


 ……ああ。


 これは、嫌な予感がする。


 ◇◆◇


「マティアスさん自身は、何と説明しているんですか?」


「術式の仕組みは知っているが、近年は使用していないそうだ」


「……なるほど」


「また、当時の印章管理には複数の責任者が関わっていたため、自分だけが扱えたわけではないとも説明している」


 ……うん。


 それは、筋が通っている。


 少なくとも、今の段階では。


「担当官は、保管庫の記録を調べているんですね?」


「そうだ」


 俺は頷いた。


「……総監」


「何だね?」


「ルークさんの件は、どうなっていますか?」


 総監は、少し表情を和らげた。


「彼については、改めて行動記録を確認している」


「……はい」


「事件当日、ルークが古文書を閲覧したことは事実だ」


「そうですね」


「だが、予備鍵の複製や入退室記録の削除について、彼が関与した証拠は見つかっていない」


 ……おお。


 少しずつ、状況が整理されてきた。


「では、そろそろ……」


「まだ早い」


 総監は、静かに首を振った。


「無実だと断定するにも、確認が必要だ」


「……はい」


 そうだ。


 俺たちが望む結論と、証拠が示す結論は別だ。


 ◇◆◇


 その日の夕方。


 王女様の研究室を訪れると、エレノア王女が何かを書き込んでいた。


「……殿下?」


「あら、成田さん」


「何をされているんですか?」


「面談で聞きたいことを、整理していたの」


 ……おお。


 準備が早い。


 俺は紙を覗き込んだ。


【王国の歴史について、どう思われますか?】


【結婚後、私が研究を続けることについて、どうお考えですか?】


【ご自身が大切にしていることは何ですか?】


 ……うん。


 いい質問だ。


「とてもいいと思います」


「……本当?」


「はい。ただ、一つだけ」


「何かしら?」


「質問ばかりにならないように、気をつけましょう」


 王女様が首を傾げた。


「……質問ばかり?」


「はい。面談は試験ではありませんから」


 俺は笑った。


「お相手が答えたら、殿下もご自分の考えを少し話してみるといいと思います」


 王女様は、少し考えた。


「……なるほど」


「お互いを知る場ですからね」


 ……まあ。


 俺自身、妻との初デートで仕事の話ばかりして、後から怒られたことがあるけど。


 ……あれ?


 この話、王女様にしていいのかな。


 やめておこう。


 ◇◆◇


「成田さん」


「はい?」


 王女様が、少し真剣な顔になった。


「私、ルークのことも気になっているの」


「……はい」


「事件の調査が終わらない限り、研究に戻ってもらえないのでしょう?」


「そうですね」


「……でも、私が無理に頼んだら、かえって彼の立場が悪くなるかもしれない」


 ……うん。


 そこまで考えられるようになったのか。


「その心配は、もっともだと思います」


 俺は頷いた。


「だから、正式な手続きを待ちましょう」


「……ええ」


「その間も、研究は続けられます」


 王女様は、小さく微笑んだ。


「……ありがとう」


 ◇◆◇


 翌朝。


 王宮の文書管理部門。


 保管庫の調査が行われた。


 担当官たちが、古い帳簿と保管箱を確認していく。


 その中に、問題の魔術印章が保管されているはずだった。


「……ない?」


 担当官の一人が呟いた。


 保管箱は、空だった。


 ただし、鍵は壊されていない。


 封印も破られていない。


 ……まるで、正規の手続きで持ち出されたかのように。


 担当官は、急いで帳簿を確認した。


 すると、数週間前の日付で、一件の貸出記録が見つかった。


【管理用魔術印章・貸出記録】


【用途:旧式文書保管設備の点検】


【申請部署:王宮記録監査室】


【承認者:マティアス・クロイツ】


 ◇◆◇


 その報告は、すぐにアルベルト総監のもとへ届けられた。


「……マティアスが?」


 総監は、書類を見つめた。


「はい。記録上は、彼が貸し出しを承認しています」


 報告に来た担当官が答えた。


「ただし、実際に印章を受け取った職員については、確認中です」


「……なるほど」


 総監は、しばらく考えた。


「印章の所在を、最優先で確認せよ」


「承知しました」


「それと、マティアス本人にも改めて事情を聞くように」


「はい」


 担当官が部屋を出る。


 総監は、机の上に並ぶ書類を見つめた。


 ベルク卿。


 ユリウス。


 マティアス。


 それぞれが、事件に関わる記録のどこかに名前を残している。


 だが、まだ誰が何をしたのかはわからない。


 ◇◆◇


 その日の午後。


 俺は王宮の廊下で、ベルク卿と顔を合わせた。


「……成田殿」


「ベルク卿。こんにちは」


 ベルク卿は、いつものように丁寧に会釈した。


「殿下の面談準備は、順調ですかな?」


「はい。少しずつですが」


「それは何よりです」


 ……うん。


 相変わらず、落ち着いている。


 この人、本当に何を考えているんだろう。


「……ベルク卿」


「何でしょう?」


「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」


「もちろんです」


 俺は、少し言葉を選んだ。


「第五の婚姻同盟について、王女様が調べていらっしゃいます」


「……存じております」


「その資料を、王女様が正式な手続きで閲覧することは可能でしょうか?」


 ベルク卿は、少し考えた。


「……一部は可能でしょう」


「一部、ですか」


「はい。第五の誓約には、現在の王家と貴族の権利関係に関わる記述がございます」


 ……なるほど。


「だから、慎重に扱う必要があるんですね」


「そのとおりです」


 ベルク卿は頷いた。


「ただし、殿下が研究を続けること自体に反対するつもりはありません」


 ……おお。


 そこは、はっきり言うんだ。


「ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、ベルク卿は少しだけ表情を和らげた。


「成田殿」


「はい?」


「殿下の結婚について、あなたはどうお考えですかな?」


 ……おっと。


 急に来た。


「……そうですね」


 俺は少し考えた。


「王女様ご本人が、納得できる形になることが大切だと思います」


「……国家の利益よりも?」


「どちらか一方だけでは、難しいと思います」


 俺は答えた。


「王国の事情も大切です。でも、王女様の人生も一度きりですから」


 ベルク卿は、しばらく黙っていた。


 そして、静かに頷いた。


「……なるほど」


 その表情は、少し寂しそうにも見えた。


「……あなたは、よい相談役ですな」


「……ありがとうございます」


 ……いやぁ。


 褒められると、ちょっと照れる。


 ◇◆◇


 その夜。


 王宮記録監査室。


 マティアス・クロイツは、机の上の書類を整理していた。


 そこへ、部下が入ってきた。


「監査官。文書管理部門から、魔術印章について問い合わせが来ています」


「……そうですか」


 マティアスは、静かに頷いた。


「貸出記録の確認を求められています」


「わかりました。必要な資料を用意してください」


「……はい」


 部下が出ていく。


 マティアスは、一人になった部屋で、窓の外を見つめた。


「……ずいぶん早いですね」


 小さく呟く。


 そして、机の引き出しを開けた。


 中には、古い封筒が一通。


 表には、見覚えのある紋章が押されていた。


 二つの円が重なった紋章。


 ――境界の守り手。


 マティアスは、その封筒をしばらく見つめていた。


「……第五の誓約」


 そして、静かに引き出しを閉めた。


 王女の結婚問題と、古文書盗難事件。


 その二つをつなぐ何かが、少しずつ姿を現し始めていた。


 ――第30話・完――

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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