第28話「王女様の婚活会議、貴族の皆さんも条件が多すぎませんか?」
「成田さん。私、少し緊張しているわ」
王宮の控室。
エレノア王女は、膝の上で両手を握りしめていた。
……そりゃそうだ。
これから始まるのは、王女様の結婚について話し合う正式な協議。
出席者は国王陛下、王宮の重臣、貴族代表。
そして、当事者である王女様。
……ちなみに、俺も同席する。
四十六歳。
異世界から来た、Fランクの相談員。
なんで俺が、王国の婚姻政策を決める会議にいるんでしょうね?
「緊張するのは、当然ですよ」
俺は王女様に言った。
「今日は、ご自分の考えを伝える場ですから」
「……うまく話せるかしら」
「全部を完璧に話そうとしなくて大丈夫です」
俺は机の上の紙を指さした。
「昨日整理した条件を、一つずつ伝えればいいんです」
王女様は、紙を見つめた。
【研究活動の継続】
【人格と意思の尊重】
【結婚後も王国の歴史研究に関わること】
「……そうね」
王女様は、小さく頷いた。
「それに、今日は私だけが話すわけじゃないものね」
「はい」
俺は笑った。
「相手の話も聞きましょう」
……婚活相談でも、ここは大事だ。
自分の希望だけを伝えても、話し合いにはならない。
相手が何を求めているのか。
なぜ、その条件が必要なのか。
そこを確認しないと、解決策は見つからない。
◇◆◇
協議室に入ると、長い机の両側に重臣たちが座っていた。
正面には、国王陛下。
その隣には、アルベルト総監。
そして、少し離れた席にオズワルド・ベルク卿の姿があった。
……おお。
例の人だ。
ベルク卿は、俺に気づくと軽く会釈した。
俺も頭を下げる。
……いやぁ。
気まずい。
でも、まだ犯人と決まったわけじゃない。
普通に接しよう。
「エレノア。よく来た」
国王陛下が、穏やかな声で言った。
「はい、父上」
王女様は深く頭を下げた。
国王は俺にも目を向けた。
「成田殿。娘の相談に乗ってくれているそうだな」
「はい。微力ながら」
「今日は、必要に応じて助言してほしい」
「承知しました」
……うん。
政治判断は、皆さんにお任せします。
俺は、あくまで相談役。
◇◆◇
「では、協議を始める」
国王の言葉で、会議が始まった。
最初に発言したのは、貴族代表の一人だった。
五十代くらいの、立派な髭を蓄えた男性だ。
「陛下。まず確認させていただきたい」
「申せ」
「エレノア殿下の婚姻について、来春の建国祭までに方針を示すという約束は、今も変わりませんな?」
「変わらぬ」
国王は頷いた。
「ただし、娘の意思を無視して婚約を決めるつもりもない」
……おお。
最初から、はっきり言うなぁ。
「陛下のお考えは理解しております」
貴族代表は続けた。
「しかし、王家の婚姻は個人の問題だけではありません」
「承知している」
「周辺諸国との関係、国内貴族の均衡、王家の継承。これらを考慮せねばなりません」
……うん。
正論だ。
少なくとも、言っていることは理解できる。
「殿下が七人の候補をすべて退けられたことで、関係する家々には不安が広がっています」
王女様が、少し俯いた。
……ああ。
ここは、つらいだろうな。
でも、目を背けるわけにもいかない。
「エレノア」
国王が娘を見た。
「お前の考えを聞かせてくれ」
王女様は、ゆっくり立ち上がった。
◇◆◇
「私は、王族としての責任を理解しているつもりです」
王女様の声は、少し震えていた。
「ですが、結婚相手を選ぶ際に、私自身の意思も尊重していただきたいのです」
貴族たちは黙って聞いている。
「私は、歴史研究を続けたいと思っています」
その言葉に、何人かが顔を上げた。
「王国統一戦争の時代を調べることは、私にとって大切なことです」
……うん。
いいぞ。
ちゃんと伝わっている。
「結婚した後も、研究を続けられる環境を望んでいます」
王女様は、少し息を整えた。
「そして、私を王族としてだけでなく、一人の人間として尊重してくださる方と、将来を考えたいのです」
……よし。
言えた。
俺は心の中で、小さく拍手した。
◇◆◇
「……殿下のお考えは、理解いたしました」
貴族代表が口を開いた。
「しかし、研究活動の継続と、婚姻政策の安定は、必ずしも両立するとは限りません」
……来た。
現実的な反論だ。
「例えば、他国へ嫁がれる場合、王国の機密資料を自由に扱うことは難しくなります」
……ああ。
確かに。
そこは考えていなかった。
「また、国内の有力貴族との婚姻であっても、王家の歴史研究が政治問題に発展する可能性があります」
……うん。
今回の古文書事件を考えると、なおさらだ。
王女様も、少し考え込んでいる。
俺は、手を挙げた。
「……一つ、よろしいでしょうか?」
国王が頷いた。
「申せ」
「ありがとうございます」
俺は立ち上がった。
「今のお話を聞いて、確認したいことがあります」
貴族代表が、こちらを見た。
「……何でしょう?」
「皆さんが心配されているのは、王女様が研究を続けること自体でしょうか?」
「……どういう意味ですかな?」
「それとも、研究の内容が外交や政治に影響することを心配されているのでしょうか?」
貴族代表は、少し考えた。
「……後者ですな」
「なるほど」
俺は頷いた。
「でしたら、研究をやめるか続けるかではなく、どのような条件なら安全に続けられるかを話し合う余地があると思います」
会議室が、少し静かになった。
……あれ?
変なこと言った?
◇◆◇
「……具体的には?」
貴族代表が尋ねた。
「例えば、研究資料の管理を王立図書館が担当する。機密に関わる資料は、閲覧許可を必要とする」
「……ふむ」
「研究成果を公表する際にも、必要な確認を行う」
俺は続けた。
「そうすれば、王女様の研究を守りながら、王国側の懸念にも対応できるのではないでしょうか」
……まあ。
日本の会社でいうところの、情報管理規定みたいなものだ。
それが完璧な解決策になるかは、専門家の判断が必要だけど。
「……なるほど」
貴族代表は、顎に手を当てた。
「確かに、検討の余地はありますな」
……おお。
よかった。
話が通じる。
◇◆◇
「ただし」
別の貴族が口を開いた。
「研究活動の問題が解決したとしても、婚姻そのものの問題は残ります」
……ですよね。
そりゃそうだ。
「殿下が七人の候補を退けられた以上、新たな候補を探す必要があるのでは?」
王女様が、少し身を固くした。
俺は、もう一度手を挙げた。
「……よろしいでしょうか?」
「申せ」
「七人の候補の方々について、王女様はまだ直接お会いしていないと伺っています」
「……そうですな」
「では、候補としての条件は確認されていても、王女様との相性はまだわからないのではないでしょうか?」
貴族たちが、少しざわついた。
「……相性?」
「はい」
俺は頷いた。
「結婚は、家同士の関係でもありますが、実際に生活するのは本人同士です」
……ここは、婚活相談員として譲れない。
「政治的な条件を満たしていても、本人同士がまったく理解し合えなければ、長期的には問題になる可能性があります」
貴族代表は、しばらく考えた。
「……つまり、面談の機会を設けるべきだと?」
「はい。ただし、王女様が希望されるなら、ですが」
俺は王女様を見た。
「殿下は、どうお考えですか?」
王女様は、少し驚いた顔をした。
そして、ゆっくり口を開いた。
「……私」
会議室が静かになった。
「今まで、候補者の方々と会うこと自体を避けていました」
……うん。
「でも、相手の方がどんな人なのか、何も知らないまま断るのも、失礼だったかもしれません」
王女様は、深く息を吸った。
「ですから……」
そして、はっきりと言った。
「私自身の意思で、候補者の方々とお話しする機会を設けたいと思います」
……おお!
これは、大きな一歩だ。
◇◆◇
国王は、しばらく娘を見つめていた。
「……エレノア」
「はい、父上」
「それは、お前自身が望むことか?」
「はい」
王女様は頷いた。
「誰かに言われたからではありません」
国王の表情が、少し和らいだ。
「……そうか」
そして、貴族たちへ向き直った。
「では、候補者との面談について、具体的な方法を検討しよう」
……よし。
会議が、少し前に進んだ。
◇◆◇
その時だった。
「……陛下」
静かな声が響いた。
オズワルド・ベルク卿だった。
「一つ、確認させていただきたいことがあります」
「申せ」
「殿下が歴史研究を続けられることについて、私も異論はございません」
……お?
意外だ。
「ただし、王国統一戦争に関する資料の中には、現在の貴族制度に影響するものもあります」
……うん。
それは、前にも聞いた。
「特に、第五の婚姻同盟に関する記録については、慎重な取り扱いが必要です」
……第五の婚姻同盟。
やっぱり、そこか。
王女様が顔を上げた。
「ベルク卿」
「はい、殿下」
「第五の婚姻同盟について、何かご存じなの?」
ベルク卿は、少し間を置いた。
「……一部だけでございます」
「でしたら、教えていただけないかしら」
……おお。
王女様、攻めるなぁ。
ベルク卿は、静かに頭を下げた。
「正式な手続きを経たうえで、必要な資料をご覧いただくことは可能かと存じます」
……なるほど。
ここでは話さないのか。
でも、完全に拒否しているわけでもない。
国王が口を開いた。
「ベルク。第五の婚姻同盟については、後ほど別途報告せよ」
「……承知いたしました」
◇◆◇
協議は、その後も続いた。
最終的に、いくつかの方針が確認された。
王女様の研究活動は、正式な管理体制のもとで継続する。
候補者との面談は、王女様本人の希望を前提に、段階的に実施する。
そして、来春の建国祭までに、婚姻政策の方針をまとめる。
……うん。
結婚相手が決まったわけじゃない。
でも、今までよりずっと現実的な話になった。
会議が終わると、王女様が俺のところへ来た。
「成田さん」
「はい?」
「……ありがとう」
「いえいえ。俺は少し質問しただけですよ」
「でも、その質問がなかったら、私はまた自分の希望だけを話して終わっていたかもしれないわ」
王女様は、少し笑った。
「相手の事情も聞くことが大切なのね」
「はい」
俺は頷いた。
「お互いの条件を知ることが、話し合いの第一歩ですから」
……まあ。
王族の婚活は、普通の婚活より百倍くらい複雑だけど。
◇◆◇
その日の夕方。
俺はアルベルト総監に呼び止められた。
「成田殿」
「……はい?」
「今日の協議、ご苦労だった」
「いえ。こちらこそ、勉強になりました」
総監は頷いた。
「……ところで、古文書盗難事件について新しい報告が入った」
「……おお」
またですか。
本当に、毎日何か起きるなぁ。
「ベルク卿の補佐官が借りた予備鍵について、使用記録が確認された」
「……本当ですか?」
「鍵は、古文書がなくなった当日の夕方に返却されていた」
「……なるほど」
「だが、返却された鍵を調べたところ、奇妙な痕跡が見つかった」
「……痕跡?」
総監は、一枚の報告書を差し出した。
【予備鍵の表面に、微量の魔力残留を確認】
【残留魔力の性質:複製魔術に類似】
「……複製魔術?」
俺が尋ねると、総監が頷いた。
「鍵の形を写し取る魔術だ」
「……つまり」
俺は、ゆっくり言葉を選んだ。
「誰かが、予備鍵を複製した可能性があるんですか?」
「そういうことだ」
……なるほど。
それなら。
鍵を借りた人と、実際に保管室へ入った人が違う可能性もある。
「……総監」
「何だね?」
「複製された鍵って、今も使えるんでしょうか?」
総監は、少し険しい顔になった。
「そこが問題だ」
「……え?」
「もし複製が成功していれば、元の鍵が返却された後でも、保管室に入れる可能性がある」
……うわぁ。
それは、かなり厄介だ。
「では、今も保管室は危険なのでは?」
「すでに鍵と魔術式の変更を指示した」
……さすが。
対応が早い。
「ただし、誰が複製したのかは、まだわかっていない」
総監は、静かに続けた。
「そして、もう一つ」
「……まだあるんですか?」
「複製魔術の痕跡について、宮廷魔術師から報告があった」
総監は、報告書の最後を指さした。
【使用された魔術式は、一般的な鍵の複製魔術とは異なる】
【王宮内の古い術式に類似】
【詳細な照合が必要】
……古い術式。
俺は、思わず眉を寄せた。
「……十年前の神殿調査と、関係があるんでしょうか?」
「まだわからん」
総監は首を振った。
「だが、調べる必要はある」
……うん。
まだ、何も決めつけられない。
ただ。
今回の事件は、単なる古文書泥棒ではない。
それだけは、ますます確かになってきた。
俺は、窓の外を見た。
王女様の結婚問題は、ようやく話し合いが始まった。
ルークさんの容疑も、少しずつ状況が変わっている。
そして、ベルク卿。
……この人は、何を隠しているんだろう。
――第28話・完――
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