↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/31

第27話「怪しい外交顧問、でも犯人と決めつけるのは早すぎます」

「……ベルク卿が、予備鍵の貸し出しを承認していた?」


 翌朝。


 アルベルト総監の執務室で、俺は新たな報告を聞いていた。


「そうだ」


 総監は机の上に書類を置いた。


「王立図書館の保管室に入るための予備鍵。その貸出申請を、ベルク卿が承認していた」


「……なるほど」


 うーん。


 これは、かなり怪しい。


 十年前の神殿調査。


 非公開になった記録。


 王家の婚姻同盟に関する提案書。


 そして、今回の古文書盗難事件。


 ……ベルク卿の名前、出すぎじゃない?


「……総監」


「何だね?」


「その鍵、実際に使われたんでしょうか?」


「そこは、まだ確認中だ」


「……そうですか」


 俺は頷いた。


 貸し出しを承認したことと、盗難に使われたことは別だ。


「それと、補佐官の方は何と?」


「王家の婚姻同盟に関する資料を確認するためだった、と説明している」


「……それ自体は、不自然ではないですね」


「うむ」


 総監は腕を組んだ。


「問題は、貸出申請の時期だ」


「……時期?」


「古文書がなくなった前日だった」


「…………」


 ……うわぁ。


 それは、さすがに気になる。


 ◇◆◇


「補佐官の名前は?」


「ユリウス・ハーゼン。三十二歳。外交顧問室に所属して七年になる」


「……なるほど」


「本人は、ベルク卿の指示で資料を確認したと話している」


「ベルク卿も認めているんですか?」


「資料確認を命じたことは認めている。ただし、保管室の予備鍵を借りる必要があったとは知らなかったそうだ」


 ……あれ?


 そこは少し食い違っているのか。


「つまり、資料確認の指示はあったけれど、鍵の貸し出しまで具体的に指示したかは不明なんですね」


「そういうことだ」


 ……なるほど。


 これは、捜査担当者に任せるしかない。


 俺が勝手に事情聴取を始めたら、余計にややこしくなる。


「総監。ベルク卿とユリウスさんの話は、担当官が確認するんですよね?」


「もちろんだ」


「でしたら、俺は王女様の研究の方を進めます」


 総監が少し驚いた顔をした。


「……事件のことは気にならんのか?」


「気になりますよ」


 俺は苦笑した。


「でも、俺がやるべき仕事は、そこじゃないと思うので」


 ……そう。


 俺は探偵じゃない。


 婚活相談員だ。


 しかも、異世界ではまだFランク。


 事件の捜査に首を突っ込みすぎて、王女様の相談がおろそかになったら本末転倒だ。


 ◇◆◇


 その日の午後。


 俺は王女様の研究室を訪れた。


「成田さん!」


 エレノア王女が、ぱっと顔を上げた。


「ちょうどよかったわ!」


「……何か見つかったんですか?」


「ええ。見てほしいものがあるの」


 王女様は机の上に、一枚の古い地図を広げた。


 そこには、王国統一戦争の時代の領地が描かれていた。


「この五つの領地が、当時の婚姻同盟に関わった家のものなの」


「……はい」


「でも、現在の地図では、そのうち一つが消えているでしょう?」


 俺は頷いた。


 前にも聞いた話だ。


「それで、さらに調べてみたの」


 王女様は、別の地図を重ねた。


「消えた領地は、単純に他の貴族へ吸収されたわけじゃなかったの」


「……え?」


「王家の直轄地になっていたのよ」


 ……なるほど。


 それなら、記録から家名が消えても、土地そのものは残る。


「いつ頃からですか?」


「約百年前。正確な年は、まだ確認できていないわ」


 ……百年前。


 神殿が封鎖された十年前より、ずっと昔だ。


「その時、何か大きな出来事が?」


「そこが、まだわからないの」


 王女様は少し悔しそうに唇を噛んだ。


「ただ、王家の直轄地になった時の記録に、気になる言葉があるの」


「……どんな?」


 王女様は、古い文書の写しを差し出した。


【第五領地の管理権を王家に返還する】


【ただし、境界の誓約に関わる権利は、従前の定めに従うものとする】


 ……ん?


 管理権は返す。


 でも、誓約に関わる権利は残る?


「……つまり、土地の所有と、何か別の権利が分かれていたんでしょうか?」


「私も、そう考えているわ」


 王女様は頷いた。


「でも、その権利が何なのか、資料が見つからないの」


 ……なるほど。


 それは、気になるな。


 ◇◆◇


「ルークさんは、この件について何か?」


 俺が尋ねると、王女様の表情が曇った。


「まだ相談できていないの」


「……そうですか」


「研究活動は正式に認められたけれど、担当者の登録が保留になっているでしょう?」


「はい」


「ルークが事件の関係者だから、という理由で」


 ……うん。


 そこは、まだ解決していない。


「ただ、研究そのものは続けられますよね?」


「ええ。でも……」


 王女様は、机の上の資料を見つめた。


「一人で調べていると、見落としが怖いの」


 ……なるほど。


 歴史研究って、そういうものなのかもしれない。


 資料の読み方。


 解釈の違い。


 年代の確認。


 一人より、複数人で検討した方がいいこともある。


「王女様」


「……何?」


「ルークさん以外にも、研究に協力できる方はいませんか?」


 王女様は、少し考えた。


「……王立図書館の司書長なら、知識はあると思うわ」


「……なるほど」


「でも、今回の事件で忙しいでしょうし……」


 ……確かに。


 しかも、司書長自身も事情聴取を受けている。


 今すぐ頼むのは難しそうだ。


「それなら、研究計画書に『複数の研究者による資料確認』を加えるのはどうでしょう?」


「……複数?」


「はい。ルークさんが正式に戻れるまでの間、ほかの方にも確認をお願いできるようにしておくんです」


 王女様は、しばらく考えていた。


「……それなら、研究を止めずに済むかもしれないわね」


「はい」


 ……よし。


 少しは前に進めそうだ。


 ◇◆◇


「それと、成田さん」


「はい?」


 王女様が、少し真剣な顔になった。


「私、最近考えていることがあるの」


「……何でしょう?」


「結婚のことよ」


 ……おお。


 ようやく本題が来た。


「今まで、私は候補者の方々と会うことすら嫌だった」


「はい」


「でも、父上が困っていることも、貴族たちが不安に思っていることも、わかっているの」


 王女様は、静かに続けた。


「だから、ただ断るだけではいけないと思うようになったわ」


 ……なるほど。


 これは、大きな変化だ。


「では、どうしたいと?」


「……私の希望を、正式に伝えたいの」


「……希望?」


「結婚するなら、研究を続けられること。それから、私自身を一人の人間として尊重してくれること」


 俺は頷いた。


「大切な条件ですね」


「でも、それだけでは足りないでしょう?」


 王女様は、少し不安そうに笑った。


「王族として、国のために何ができるかも考えないと」


 ……うん。


 ちゃんと向き合っている。


 逃げずに、自分の責任を考えている。


「でしたら、一度整理してみませんか?」


「……整理?」


「はい。王女様が大切にしたい条件と、王国が必要としている条件を、分けて書き出すんです」


 王女様は目を丸くした。


「……そんなことで、何か変わるの?」


「少なくとも、話し合いはしやすくなります」


 俺は笑った。


「結婚相談でも、希望条件を整理するところから始めることが多いんですよ」


 ……まあ。


 王族の婚活相談なんて、日本でも経験ないけど。


 ◇◆◇


 俺たちは紙を二枚用意した。


 一枚目には、王女様の希望。


【研究活動の継続】


【人格と意思の尊重】


【結婚後も王国の歴史研究に関わること】


 二枚目には、王国側の条件。


【外交関係の安定】


【貴族間の均衡】


【王家の権威の維持】


【建国祭までの方針決定】


 ……うん。


 並べてみると、わかりやすい。


「……成田さん」


「はい?」


「こうして見ると、必ずしも全部が対立しているわけじゃないのね」


「そうですね」


 俺は頷いた。


「例えば、研究活動を続けること自体が、王国の不利益になるとは限りません」


「……確かに」


「むしろ、王国の歴史を調べることが、外交や政治に役立つ可能性もあります」


 王女様の目が輝いた。


「……それ、いいわね!」


 ……おお。


 食いつきがいい。


「ただし、研究の内容によっては慎重な扱いが必要です」


「……そうね」


 王女様は頷いた。


「だからこそ、正式な研究活動にする意味があるのね」


「はい」


 ……よし。


 王女様自身が、少しずつ答えを見つけ始めている。


 ◇◆◇


 その日の夕方。


 俺はアルベルト総監に、王女様との面談内容を報告した。


「……なるほど」


 総監は、二枚の紙を見比べた。


「殿下が、自ら条件を整理されたのか」


「はい」


「……成長されたな」


 総監は、少し感慨深そうに呟いた。


「陛下にも、お伝えしてよろしいでしょうか?」


「もちろんです。ただ、王女様ご本人の言葉として伝えていただけるとありがたいです」


「うむ」


 総監は頷いた。


「……ところで、成田殿」


「はい?」


「君に、もう一つ頼みたいことがある」


 ……おっと。


 また仕事が増える予感。


「何でしょう?」


「近いうちに、王女殿下の婚姻政策について、関係者を集めた協議が開かれる」


「……協議?」


「陛下、王宮の重臣、貴族代表、そして殿下ご本人が出席する予定だ」


 ……うわぁ。


 完全に政治の会議じゃないですか。


「そこで、君にも同席してもらいたい」


「……俺が?」


「そうだ。殿下の相談役としてな」


 ……いやいや。


 俺、Fランク相談員ですよ?


 王国の婚姻政策を決める会議に、異世界から来たおじさんが同席?


 ……場違いにもほどがある。


「……総監」


「何だね?」


「俺、政治の専門家じゃないんですが」


「承知している」


「……ですよね」


「だからこそ、殿下の意思を確認する役割を頼みたい」


 ……なるほど。


 それなら、わかる。


「わかりました。ただし、政治的な判断は皆さんにお願いします」


「もちろんだ」


 ◇◆◇


 その夜。


 王宮の別室では、オズワルド・ベルクが一人、書類を見つめていた。


 机の上には、十年前の提案書。


 そして、今回の古文書盗難事件に関する報告。


「……まさか、今になって」


 ベルクは、小さく呟いた。


 その時、扉がノックされた。


「ベルク卿。ユリウスです」


「……入れ」


 若い文官が部屋に入ってきた。


「予備鍵の件で、担当官から再度の事情聴取を求められています」


「……そうか」


 ベルクは静かに頷いた。


「正直に答えなさい」


「……よろしいのですか?」


「何を隠す必要がある?」


 ユリウスは、少し驚いた顔をした。


「……ですが、十年前の件まで調べられれば」


「それは、私が説明する」


 ベルクは、机の上の古い提案書に目を落とした。


「……ただし」


 その声が、わずかに低くなった。


「第五の誓約については、まだ話すな」


「……承知しました」


 ユリウスが部屋を出る。


 ベルクは、一人になった部屋で深く息を吐いた。


「……エレノア殿下」


 そして、窓の外を見つめた。


「どうか、あの誓約だけは……」


 その先の言葉は、誰にも聞こえなかった。


 ――第27話・完――

最後まで読んでいただきありがとうございます。

評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。