第27話「怪しい外交顧問、でも犯人と決めつけるのは早すぎます」
「……ベルク卿が、予備鍵の貸し出しを承認していた?」
翌朝。
アルベルト総監の執務室で、俺は新たな報告を聞いていた。
「そうだ」
総監は机の上に書類を置いた。
「王立図書館の保管室に入るための予備鍵。その貸出申請を、ベルク卿が承認していた」
「……なるほど」
うーん。
これは、かなり怪しい。
十年前の神殿調査。
非公開になった記録。
王家の婚姻同盟に関する提案書。
そして、今回の古文書盗難事件。
……ベルク卿の名前、出すぎじゃない?
「……総監」
「何だね?」
「その鍵、実際に使われたんでしょうか?」
「そこは、まだ確認中だ」
「……そうですか」
俺は頷いた。
貸し出しを承認したことと、盗難に使われたことは別だ。
「それと、補佐官の方は何と?」
「王家の婚姻同盟に関する資料を確認するためだった、と説明している」
「……それ自体は、不自然ではないですね」
「うむ」
総監は腕を組んだ。
「問題は、貸出申請の時期だ」
「……時期?」
「古文書がなくなった前日だった」
「…………」
……うわぁ。
それは、さすがに気になる。
◇◆◇
「補佐官の名前は?」
「ユリウス・ハーゼン。三十二歳。外交顧問室に所属して七年になる」
「……なるほど」
「本人は、ベルク卿の指示で資料を確認したと話している」
「ベルク卿も認めているんですか?」
「資料確認を命じたことは認めている。ただし、保管室の予備鍵を借りる必要があったとは知らなかったそうだ」
……あれ?
そこは少し食い違っているのか。
「つまり、資料確認の指示はあったけれど、鍵の貸し出しまで具体的に指示したかは不明なんですね」
「そういうことだ」
……なるほど。
これは、捜査担当者に任せるしかない。
俺が勝手に事情聴取を始めたら、余計にややこしくなる。
「総監。ベルク卿とユリウスさんの話は、担当官が確認するんですよね?」
「もちろんだ」
「でしたら、俺は王女様の研究の方を進めます」
総監が少し驚いた顔をした。
「……事件のことは気にならんのか?」
「気になりますよ」
俺は苦笑した。
「でも、俺がやるべき仕事は、そこじゃないと思うので」
……そう。
俺は探偵じゃない。
婚活相談員だ。
しかも、異世界ではまだFランク。
事件の捜査に首を突っ込みすぎて、王女様の相談がおろそかになったら本末転倒だ。
◇◆◇
その日の午後。
俺は王女様の研究室を訪れた。
「成田さん!」
エレノア王女が、ぱっと顔を上げた。
「ちょうどよかったわ!」
「……何か見つかったんですか?」
「ええ。見てほしいものがあるの」
王女様は机の上に、一枚の古い地図を広げた。
そこには、王国統一戦争の時代の領地が描かれていた。
「この五つの領地が、当時の婚姻同盟に関わった家のものなの」
「……はい」
「でも、現在の地図では、そのうち一つが消えているでしょう?」
俺は頷いた。
前にも聞いた話だ。
「それで、さらに調べてみたの」
王女様は、別の地図を重ねた。
「消えた領地は、単純に他の貴族へ吸収されたわけじゃなかったの」
「……え?」
「王家の直轄地になっていたのよ」
……なるほど。
それなら、記録から家名が消えても、土地そのものは残る。
「いつ頃からですか?」
「約百年前。正確な年は、まだ確認できていないわ」
……百年前。
神殿が封鎖された十年前より、ずっと昔だ。
「その時、何か大きな出来事が?」
「そこが、まだわからないの」
王女様は少し悔しそうに唇を噛んだ。
「ただ、王家の直轄地になった時の記録に、気になる言葉があるの」
「……どんな?」
王女様は、古い文書の写しを差し出した。
【第五領地の管理権を王家に返還する】
【ただし、境界の誓約に関わる権利は、従前の定めに従うものとする】
……ん?
管理権は返す。
でも、誓約に関わる権利は残る?
「……つまり、土地の所有と、何か別の権利が分かれていたんでしょうか?」
「私も、そう考えているわ」
王女様は頷いた。
「でも、その権利が何なのか、資料が見つからないの」
……なるほど。
それは、気になるな。
◇◆◇
「ルークさんは、この件について何か?」
俺が尋ねると、王女様の表情が曇った。
「まだ相談できていないの」
「……そうですか」
「研究活動は正式に認められたけれど、担当者の登録が保留になっているでしょう?」
「はい」
「ルークが事件の関係者だから、という理由で」
……うん。
そこは、まだ解決していない。
「ただ、研究そのものは続けられますよね?」
「ええ。でも……」
王女様は、机の上の資料を見つめた。
「一人で調べていると、見落としが怖いの」
……なるほど。
歴史研究って、そういうものなのかもしれない。
資料の読み方。
解釈の違い。
年代の確認。
一人より、複数人で検討した方がいいこともある。
「王女様」
「……何?」
「ルークさん以外にも、研究に協力できる方はいませんか?」
王女様は、少し考えた。
「……王立図書館の司書長なら、知識はあると思うわ」
「……なるほど」
「でも、今回の事件で忙しいでしょうし……」
……確かに。
しかも、司書長自身も事情聴取を受けている。
今すぐ頼むのは難しそうだ。
「それなら、研究計画書に『複数の研究者による資料確認』を加えるのはどうでしょう?」
「……複数?」
「はい。ルークさんが正式に戻れるまでの間、ほかの方にも確認をお願いできるようにしておくんです」
王女様は、しばらく考えていた。
「……それなら、研究を止めずに済むかもしれないわね」
「はい」
……よし。
少しは前に進めそうだ。
◇◆◇
「それと、成田さん」
「はい?」
王女様が、少し真剣な顔になった。
「私、最近考えていることがあるの」
「……何でしょう?」
「結婚のことよ」
……おお。
ようやく本題が来た。
「今まで、私は候補者の方々と会うことすら嫌だった」
「はい」
「でも、父上が困っていることも、貴族たちが不安に思っていることも、わかっているの」
王女様は、静かに続けた。
「だから、ただ断るだけではいけないと思うようになったわ」
……なるほど。
これは、大きな変化だ。
「では、どうしたいと?」
「……私の希望を、正式に伝えたいの」
「……希望?」
「結婚するなら、研究を続けられること。それから、私自身を一人の人間として尊重してくれること」
俺は頷いた。
「大切な条件ですね」
「でも、それだけでは足りないでしょう?」
王女様は、少し不安そうに笑った。
「王族として、国のために何ができるかも考えないと」
……うん。
ちゃんと向き合っている。
逃げずに、自分の責任を考えている。
「でしたら、一度整理してみませんか?」
「……整理?」
「はい。王女様が大切にしたい条件と、王国が必要としている条件を、分けて書き出すんです」
王女様は目を丸くした。
「……そんなことで、何か変わるの?」
「少なくとも、話し合いはしやすくなります」
俺は笑った。
「結婚相談でも、希望条件を整理するところから始めることが多いんですよ」
……まあ。
王族の婚活相談なんて、日本でも経験ないけど。
◇◆◇
俺たちは紙を二枚用意した。
一枚目には、王女様の希望。
【研究活動の継続】
【人格と意思の尊重】
【結婚後も王国の歴史研究に関わること】
二枚目には、王国側の条件。
【外交関係の安定】
【貴族間の均衡】
【王家の権威の維持】
【建国祭までの方針決定】
……うん。
並べてみると、わかりやすい。
「……成田さん」
「はい?」
「こうして見ると、必ずしも全部が対立しているわけじゃないのね」
「そうですね」
俺は頷いた。
「例えば、研究活動を続けること自体が、王国の不利益になるとは限りません」
「……確かに」
「むしろ、王国の歴史を調べることが、外交や政治に役立つ可能性もあります」
王女様の目が輝いた。
「……それ、いいわね!」
……おお。
食いつきがいい。
「ただし、研究の内容によっては慎重な扱いが必要です」
「……そうね」
王女様は頷いた。
「だからこそ、正式な研究活動にする意味があるのね」
「はい」
……よし。
王女様自身が、少しずつ答えを見つけ始めている。
◇◆◇
その日の夕方。
俺はアルベルト総監に、王女様との面談内容を報告した。
「……なるほど」
総監は、二枚の紙を見比べた。
「殿下が、自ら条件を整理されたのか」
「はい」
「……成長されたな」
総監は、少し感慨深そうに呟いた。
「陛下にも、お伝えしてよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ただ、王女様ご本人の言葉として伝えていただけるとありがたいです」
「うむ」
総監は頷いた。
「……ところで、成田殿」
「はい?」
「君に、もう一つ頼みたいことがある」
……おっと。
また仕事が増える予感。
「何でしょう?」
「近いうちに、王女殿下の婚姻政策について、関係者を集めた協議が開かれる」
「……協議?」
「陛下、王宮の重臣、貴族代表、そして殿下ご本人が出席する予定だ」
……うわぁ。
完全に政治の会議じゃないですか。
「そこで、君にも同席してもらいたい」
「……俺が?」
「そうだ。殿下の相談役としてな」
……いやいや。
俺、Fランク相談員ですよ?
王国の婚姻政策を決める会議に、異世界から来たおじさんが同席?
……場違いにもほどがある。
「……総監」
「何だね?」
「俺、政治の専門家じゃないんですが」
「承知している」
「……ですよね」
「だからこそ、殿下の意思を確認する役割を頼みたい」
……なるほど。
それなら、わかる。
「わかりました。ただし、政治的な判断は皆さんにお願いします」
「もちろんだ」
◇◆◇
その夜。
王宮の別室では、オズワルド・ベルクが一人、書類を見つめていた。
机の上には、十年前の提案書。
そして、今回の古文書盗難事件に関する報告。
「……まさか、今になって」
ベルクは、小さく呟いた。
その時、扉がノックされた。
「ベルク卿。ユリウスです」
「……入れ」
若い文官が部屋に入ってきた。
「予備鍵の件で、担当官から再度の事情聴取を求められています」
「……そうか」
ベルクは静かに頷いた。
「正直に答えなさい」
「……よろしいのですか?」
「何を隠す必要がある?」
ユリウスは、少し驚いた顔をした。
「……ですが、十年前の件まで調べられれば」
「それは、私が説明する」
ベルクは、机の上の古い提案書に目を落とした。
「……ただし」
その声が、わずかに低くなった。
「第五の誓約については、まだ話すな」
「……承知しました」
ユリウスが部屋を出る。
ベルクは、一人になった部屋で深く息を吐いた。
「……エレノア殿下」
そして、窓の外を見つめた。
「どうか、あの誓約だけは……」
その先の言葉は、誰にも聞こえなかった。
――第27話・完――
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