第25話「使用禁止の魔法陣、帰宅したいおじさんには危険すぎます」
「……研究員が、一人消えた?」
俺はアルベルト総監の言葉を繰り返した。
「ああ。十年前、王宮の研究施設で起きた事故だ」
「……その人は、今も行方不明なんですか?」
「そうだ」
……うわぁ。
異世界ものなら、ここで主人公が目を輝かせる場面かもしれない。
『消えた研究員! 謎の魔法陣! これは異世界転移の手がかりだ!』
……みたいな。
でも、俺は四十六歳。
妻子持ち。
住宅ローンも、まだ二十年以上残っている。
帰るために、もう一回行方不明になるわけにはいかない。
「……総監」
「何だね?」
「その魔法陣、今すぐ動かしたりしませんよね?」
「もちろんだ」
……よかった。
「まずは記録を調べる。君にも、その内容を確認してもらいたい」
「はい。それなら喜んで」
◇◆◇
案内されたのは、王宮の地下にある研究資料室だった。
石造りの廊下。
頑丈な扉。
壁には魔力を抑えるための紋様。
……うん。
完全に危険物保管エリアだ。
扉の前には、白いローブを着た女性が立っていた。
「お待ちしておりました」
年齢は三十代半ばくらいだろうか。
短く切り揃えた黒髪に、丸い眼鏡。
いかにも研究者という雰囲気だ。
「宮廷魔術研究所の主任研究員、マリア・エルデンです」
「成田和彦です。よろしくお願いします」
「あなたが、異世界の文字を読めるという方ですね」
「……はい。読める範囲であれば」
マリアさんは眼鏡を押し上げた。
「実に興味深い」
……あ。
この人、研究者モードに入ってる。
「いくつか質問しても?」
「できれば、先に事故の記録を見せていただけると……」
「……失礼しました」
マリアさんは小さく咳払いをした。
「つい、好奇心が先走ってしまいました」
……わかる。
オタクにも、よくあるやつだ。
◇◆◇
机の上に、古い報告書が置かれた。
【王宮魔術研究所・第七実験室】
【境界紋章反応試験】
【実施日:王国暦三一二年】
【結果:実験中断】
【事故:研究員一名、所在不明】
……うん。
文字だけでも、嫌な予感しかしない。
「この実験では、何をしようとしていたんですか?」
俺が尋ねると、マリアさんが説明してくれた。
「境界の神殿で発見された紋章を、王宮の魔法陣で再現しようとしたのです」
「……再現?」
「はい。二つの円が重なった、あの紋章です」
……境界の守り手。
やっぱり、あの紋章が関係しているのか。
「それで、何が起きたんですか?」
「魔法陣を起動した直後、室内に強い魔力の乱れが発生しました」
「……はい」
「その後、実験室の中央にいた研究員が、突然姿を消したのです」
……突然?
「光に包まれたとか、扉が開いたとか、そういうことは?」
「記録にはありません」
「……そうですか」
俺は報告書を読み進めた。
実験開始。
魔力上昇。
紋章発光。
空間歪曲。
そして。
【研究員、視認不能】
……怖っ。
何だよ、視認不能って。
「その人が別の場所へ移動した証拠は?」
「ありません」
マリアさんは首を振った。
「ただ、遺体も発見されていません」
……なるほど。
転移したのか。
消滅したのか。
どこかに閉じ込められたのか。
まだ、わからない。
◇◆◇
「……その研究員の名前は?」
「エドガー・リヒト。二十八歳でした」
「……若いですね」
「はい」
マリアさんの声が少し沈んだ。
「当時、境界魔術の研究を担当していた優秀な研究員です」
「……ご家族は?」
俺が尋ねると、マリアさんは少し驚いた顔をした。
「……家族、ですか?」
「はい。行方不明になった方にも、待っている人がいたんじゃないかと思って」
マリアさんは、しばらく黙っていた。
「……婚約者がいたと聞いています」
「…………」
……そうか。
婚約者。
帰ってこない人を、十年間待っていたのかもしれない。
「その方は、今どうされているんでしょう?」
「詳しくはわかりません。ただ、事故のあと王都を離れたそうです」
……なるほど。
俺は報告書を閉じた。
「……ありがとうございます」
◇◆◇
「成田殿」
アルベルト総監が声をかけた。
「何か気づいたことはあるか?」
「……いくつか、確認したいことがあります」
「聞こう」
「まず、この実験は神殿の紋章を再現したものですよね?」
「そうだ」
「では、実際に神殿で起きた現象と、同じだったとは限りませんよね?」
マリアさんが頷いた。
「そのとおりです」
「それと、実験中に消えた研究員が、別の世界へ行った証拠もない」
「はい」
「つまり……」
俺は少し考えた。
「この魔法陣を動かせば日本へ帰れる、とはまだ言えないんですね」
総監が頷いた。
「うむ」
……よし。
そこは、はっきりさせておこう。
希望があるのと、安全に帰れるのは別の話だ。
「ただし、調べる価値はあります」
俺は続けた。
「特に、十年前の実験で使われた道具や、魔力の記録が残っているなら」
マリアさんの目が輝いた。
「……あります!」
「……え?」
「当時の測定記録が、一部残っています!」
……おお。
それは助かる。
「見せていただけますか?」
「もちろんです!」
◇◆◇
マリアさんが持ってきたのは、分厚い記録帳だった。
魔力の数値。
魔法陣の配置。
実験に使われた魔石の種類。
……うん。
専門的すぎて、さっぱりわからん。
「……すみません」
「はい?」
「俺、魔法の知識はほとんどないんです」
「……そうでしたか」
マリアさんが少し残念そうな顔をした。
……いや。
そんな顔されても。
俺の専門は婚活相談ですから。
「ただ、一つ気になることがあります」
「何でしょう?」
俺は記録帳の端に描かれた図を指さした。
「この二つの円、重なり方が少し違いませんか?」
マリアさんが目を凝らした。
「……違う?」
「はい。神殿の紋章は、二つの円が横に重なっていましたよね?」
「ええ」
「でも、こちらは少し上下にずれています」
……ほんの少しだけ。
でも、気になる。
「……確かに」
マリアさんは、記録帳を引き寄せた。
「当時の研究者が、安定性を高めるために配置を調整したようです」
「……なるほど」
「ただ、それが事故に関係したかはわかりません」
……そりゃそうだ。
俺が見つけたからって、いきなり真相が判明するわけじゃない。
「でも、比較する価値はありそうですね」
「はい。詳しく調べてみます」
……よかった。
俺でも、少しは役に立てたらしい。
◇◆◇
その時だった。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》】
【特殊な魔力反応を検知】
【対象:境界紋章の記録】
【既知の反応との類似性あり】
……お?
また、この反応か。
以前、王女様が見せてくれた古文書でも感じたものだ。
俺は記録帳を見つめた。
……縁結び。
人と人をつなぐスキル。
そして、境界の紋章。
異なる世界を結ぶという伝承。
……何か関係があるのか?
でも、まだわからない。
スキルが似た反応を示しただけだ。
「……成田殿?」
セリスが声をかけた。
「どうした?」
「……いえ。少し気になることがありまして」
俺は、今見えた反応について説明した。
マリアさんは興味深そうに頷いた。
「なるほど。あなたの固有スキルが、紋章に反応したのですね」
「はい。ただ、意味まではわかりません」
「それでも、重要な情報です」
……そう言ってもらえると、ありがたい。
◇◆◇
調査を終えた頃には、すっかり夕方になっていた。
俺は研究資料室を出て、長い廊下を歩いた。
……十年前。
境界の神殿で見つかったスマートフォン。
帰還装置の試作機・第七号。
行方不明になった研究員。
そして、使用禁止の魔法陣。
……手がかりは増えている。
でも、まだ帰る方法は見えてこない。
『――おじさん』
肩のミドリが話しかけてきた。
『――今日は、帰る方法が見つかりませんでしたね』
「……そうだね」
『――でも、昨日よりは近づいたんじゃないですか?』
……うん。
そうかもしれない。
「……ありがとう、ミドリ」
『――えへへ!』
◇◆◇
その夜。
宿『月見亭』に戻った俺は、今日の内容を簡単に書き留めていた。
すると、部屋の扉がノックされた。
「成田様。王城からお手紙です」
「……はい?」
こんな時間に?
俺は宿の主人から封書を受け取った。
差出人は、宮廷魔術研究所。
マリアさんからだった。
……何だろう。
俺は封を開けた。
そこには、短い文章が書かれていた。
【成田様】
【本日の調査後、十年前の実験記録を再確認しました】
【その結果、重要な記載を発見しました】
【行方不明となった研究員エドガー・リヒトは、実験直前に、ある言葉を口にしていたそうです】
……言葉?
俺は続きを読んだ。
【その言葉は、当時の記録では意味不明とされていました】
【しかし、あなたなら理解できるかもしれません】
そして、最後の一行。
そこには。
『ニホンニ、カエリタイ』
と、書かれていた。
「…………」
……え?
日本に、帰りたい?
俺は、手紙を握りしめた。
……待て。
エドガー・リヒト。
この世界の研究員だよな?
それなのに。
どうして、日本という言葉を知っていたんだ?
――第25話・完――
最後まで読んでいただきありがとうございます。
評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




