第24話「帰還装置の第八号、探す前に確認したいことがあります」
「帰還装置は未完成。第八号を探せ」
俺は紙に書かれた文字を、もう一度読み直した。
……第八号。
昨日見た端末には、『試作機・第七号』と刻まれていた。
ということは、少なくとも次の試作機が存在する可能性がある。
「……総監」
「何だね?」
「この言葉は、誰が残したんでしょう?」
アルベルト総監は頷いた。
「そこが問題だ」
「……問題?」
「記録によれば、神殿の近くで目撃された人物が、地面に文字を書き残したらしい」
「地面に?」
「そうだ。調査員がそれを写し取った」
……なるほど。
でも、それなら。
「その人が、実際に第八号を持っていたとは限りませんよね?」
「うむ」
「それに、誰か別の人が書いた可能性もあります」
総監は、少しだけ口元を緩めた。
「君は慎重だな」
「いやぁ。期待しすぎると、後がつらいので」
……本当に。
帰れるかもしれない。
そう思うだけで、胸が苦しくなる。
だからこそ、落ち着かないといけない。
◇◆◇
「それで、第八号について、ほかに記録は?」
「今のところない」
総監は首を振った。
「ただし、十年前の調査隊の名簿は残っている」
「……おお」
「その中に、現在も王都に住んでいる者が一人いる」
……それは大きい。
「お話を聞けますか?」
「すでに連絡を取っている。本人も協力する意向だ」
「……ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げた。
……よし。
まずは当時の話を聞こう。
◇◆◇
その日の午後。
俺はセリスと一緒に、王都の外れにある小さな工房を訪れた。
看板には『魔道具修理・グレン工房』と書かれている。
……おお。
いかにも職人さんの店だ。
中に入ると、金属を叩く音が響いていた。
「おう、誰だ?」
奥から出てきたのは、白髪混じりの男性だった。
年齢は六十歳くらいだろうか。
片腕には古い火傷の痕がある。
「王国騎士団のセリス・ヴァルハイトだ」
「……ああ。話は聞いてる」
男性は頷いた。
「俺がグレンだ。十年前、境界の神殿の調査隊に参加していた」
「初めまして。成田和彦です」
「……あんたが、あの黒い板の文字を読める男か」
……おっと。
もう話が伝わってる。
「はい。少しだけ」
「そうか」
グレンさんは、しばらく俺を見つめた。
「……じゃあ、聞きたいことが山ほどあるだろうな」
◇◆◇
「まず、十年前の調査について教えていただけますか?」
俺が尋ねると、グレンさんは椅子に腰を下ろした。
「ああ。あの時は、神殿の周辺で魔力異常が続いていた」
「……はい」
「空間が揺らぐような現象が起きて、調査隊が派遣されたんだ」
……空間が揺らぐ。
ますます、異世界転移っぽい。
「それで、黒い板を見つけたんですね?」
「ああ。神殿の奥にある石台の上に置かれていた」
「……石台?」
「そうだ。妙な紋章が刻まれた石台だ」
……紋章。
俺は思わず身を乗り出した。
「どんな紋章ですか?」
「円が二つ、重なったような形だったな」
……やっぱり。
境界の守り手の紋章だ。
「その時、誰か人はいましたか?」
「いや。俺たちが入った時には、誰もいなかった」
「……そうですか」
俺は頷いた。
「では、神殿の近くで目撃された人物については?」
グレンさんの表情が少し曇った。
「ああ……あいつか」
◇◆◇
「会ったことがあるんですか?」
「一度だけな」
グレンさんは頷いた。
「神殿の近くの山道で、妙な服を着た男を見かけた」
「……どんな人でした?」
「年齢は三十か四十くらい。黒っぽい上着を着ていた。髪も黒かったな」
……日本人の可能性はある。
でも、それだけじゃわからない。
「何か話しましたか?」
「ああ。だが、言葉が通じなかった」
「……そうですか」
「ただ、男は何度も同じ言葉を繰り返していた」
……同じ言葉?
「何と言っていたんですか?」
グレンさんは、少し考え込んだ。
「……『カエル』だったかな」
「…………」
……帰る?
「『カエル』って、言ってたんですか?」
「ああ。何度もな」
……うわ。
それは、かなり気になる。
「その人は、どうなったんですか?」
「わからん。翌日には姿を消していた」
グレンさんは首を振った。
「ただ、最後に見かけた時、ひどく焦っているようだった」
「……焦っていた?」
「ああ。何かに追われているみたいにな」
……追われていた?
俺はセリスを見た。
彼女も真剣な表情をしている。
◇◆◇
「グレンさん」
俺は、少し迷ってから尋ねた。
「その人が書き残したという言葉について、何か覚えていますか?」
「……ああ」
グレンさんは頷いた。
「『第八号を探せ』ってやつだろ?」
「はい」
「実はな……」
グレンさんは、声を落とした。
「俺は、あの文字を男が書いたところを見ていない」
「……え?」
「調査隊が神殿に入った時には、すでに地面に書かれていたんだ」
……なるほど。
つまり。
あの言葉を残したのが、目撃された男性とは限らない。
「それなのに、報告書には男性が書いたと?」
「ああ。調査隊長が、そう判断したらしい」
……うーん。
ちょっと雑じゃない?
いや、十年前の現場だから、仕方ない部分もあるのかもしれないけど。
「その調査隊長は、今どちらに?」
俺が尋ねると、グレンさんは首を振った。
「……三年前に亡くなった」
「……そうですか」
残念だ。
直接話を聞ければ、何かわかったかもしれないのに。
◇◆◇
「ところで、成田さん」
グレンさんが俺を見た。
「一つ、聞いてもいいか?」
「はい」
「あんた、あの黒い板を見たんだろ?」
「ええ」
「……あれは、何なんだ?」
……来た。
そりゃ、気になるよな。
「俺の故郷では、遠くの人と連絡を取るための道具です」
「……魔道具か?」
「いえ。魔力は使いません」
「……魔力を使わない?」
グレンさんは目を丸くした。
「そんな道具があるのか」
「はい。別の仕組みで動いています」
俺は簡単に説明した。
グレンさんは、興味深そうに頷いていた。
「……なるほどな」
そして、少し考え込んだ。
「だったら、あの時の現象も説明がつくかもしれん」
「……現象?」
「実は、神殿で妙なことがあったんだ」
……まだ何かあるのか?
「どんなことですか?」
「黒い板を石台から持ち上げた瞬間、周囲の魔力が一気に乱れた」
「……え?」
「それで、石台の紋章が光ったんだ」
……おいおい。
それ、かなり重要な情報じゃないか。
「報告書には?」
「書いたはずだが、最終版では削られていた」
「……削られた?」
グレンさんは苦い顔をした。
「上からの指示だった。魔力異常の原因が特定できないうちは、公表するなとな」
……なるほど。
隠蔽とまでは言えないけど、情報が制限されていたわけか。
「その指示を出したのは、誰ですか?」
グレンさんは少し考えた。
「……確か、王宮の文官だったな」
……文官。
俺の頭に、一人の名前が浮かんだ。
「……オズワルド・ベルクですか?」
グレンさんが目を見開いた。
「……ああ。そうだ」
……やっぱり。
◇◆◇
工房を出たあと、俺とセリスはしばらく無言で歩いた。
「……成田殿」
「はい」
「ベルク卿の名前が、また出てきたな」
「そうですね」
俺は頷いた。
「でも、まだ何か悪いことをしたとは限りません」
「……わかっている」
セリスも頷いた。
「当時、情報を制限する正当な理由があった可能性もある」
「はい」
……そうだ。
焦るな。
情報を集めることと、誰かを疑うことは別だ。
「まずは総監に報告しましょう」
「ああ」
◇◆◇
王城へ戻ると、アルベルト総監が俺たちを迎えた。
「……そうか。グレンがそんなことを」
「はい」
俺は聞いた内容を整理して伝えた。
総監は、しばらく考え込んでいた。
「……成田殿」
「はい?」
「君に、一つ確認したいことがある」
「……何でしょう?」
「十年前の神殿で、黒い板が石台から持ち上げられた時、魔力が乱れたという話だが」
「はい」
「君の持っている道具でも、同じ現象が起きる可能性はあるのか?」
……え?
俺のスマートフォンで?
……いや。
普通に考えたら、そんなことは起きない。
でも。
この世界では、何が起きるかわからない。
「……わかりません」
俺は正直に答えた。
「ただ、確かめるなら、安全な方法を考える必要があります」
総監は静かに頷いた。
「……そのとおりだ」
そして、机の上に一枚の書類を置いた。
「実は、宮廷魔術師から提案が来ている」
「……提案?」
「神殿の石台と同じ紋章を持つ魔法陣が、王宮の研究施設に残っているそうだ」
「……え?」
俺は思わず身を乗り出した。
「それって、神殿に行かなくても調べられるってことですか?」
「可能性はある。ただし、十年前から使用を禁止されている設備だ」
……使用禁止。
嫌な響きだなぁ。
「なぜですか?」
総監は、少し間を置いて答えた。
「最後にその魔法陣を起動した際、研究員が一人、姿を消したからだ」
「…………」
……え?
姿を消した?
まさか。
その人も、別の世界へ?
それとも。
……もっと危険なことが起きたのか?
俺は、机の上の書類を見つめた。
帰るための手がかりは、確かに増えている。
でも。
その手がかりの先には、どうやら。
簡単には踏み込めない危険が待っているらしい。
――第24話・完――
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