第23話「帰還座標を検索中、って普通のスマホには出ませんよね?」
「……帰還座標を検索中?」
俺は、宮廷魔術師が差し出した紙を見つめた。
そこには、確かに日本語が書かれている。
しかも、かなり気になる内容だ。
「成田殿。この文字に心当たりは?」
「……読めます」
俺は頷いた。
「『帰還座標を検索中』と書いてあります」
「……帰還?」
アルベルト総監が眉を寄せた。
「それは、故郷へ戻るという意味か?」
「おそらくは。ただ……」
俺は箱の中のスマートフォンを見た。
「普通のスマートフォンには、こんな表示は出ません」
「……普通ではない?」
「はい。少なくとも、俺が知っているものとは違います」
……いや、待て。
スマホの形をした魔道具?
異世界転移用の専用端末?
それとも、俺の知らない技術?
……うーん。
オタクとしては、いろいろ想像してしまう。
でも、今は妄想している場合じゃない。
「その表示が出た時の状況を、詳しく教えていただけますか?」
宮廷魔術師が頷いた。
「十年前の記録によれば、発見直後は画面に光が灯っていたそうです」
「はい」
「調査員が触れたところ、文字が変化したと」
「……変化?」
「最初は、何かの数字が並んでいたそうです。その後、この文字が表示された」
……数字。
座標みたいなものか?
「その数字は記録されていますか?」
「残念ながら、完全には」
魔術師は首を振った。
「当時の調査員は、この文字の意味を理解できませんでした。形を写し取るだけで精一杯だったようです」
……まあ、そうだろうな。
日本語なんて、この世界の人には読めない。
「ただ、一つだけ」
魔術師は別の紙を取り出した。
「画面が消える直前、最後に表示された記号が残っています」
そこには、こう書かれていた。
【ERROR】
……エラー。
ですよねぇ。
なんか、そんな気はしてました。
◇◆◇
「……この文字も読めるのか?」
セリスが尋ねた。
「はい。『エラー』です」
「……どういう意味だ?」
「何かが正常に動かなかった、という意味です」
俺は説明した。
「つまり、帰還座標を探していたけれど、途中で失敗した可能性があります」
総監が腕を組んだ。
「……なるほど」
「ただし、なぜ失敗したのかはわかりません」
電池切れかもしれない。
通信できなかったのかもしれない。
そもそも、何の仕組みで動いていたのかも不明だ。
「この端末を、もう少し調べてもいいでしょうか?」
保管責任者が頷いた。
「破損させない範囲であれば」
「ありがとうございます」
俺は慎重に端末を手に取った。
……重さも、質感も、普通のスマホだ。
側面のボタンを押してみる。
当然、反応はない。
……十年も経ってるんだから、そりゃそうか。
俺は背面を確認した。
メーカー名らしきものはない。
ただ、小さな文字が刻まれていた。
……ん?
これ、何だ?
俺は目を凝らした。
『試作機・第七号』
「…………」
……試作機?
しかも、第七号?
おいおい。
ますます普通のスマホじゃなくなってきたぞ。
◇◆◇
「……成田殿?」
アルベルト総監が声をかけた。
「何かわかったのか?」
「……はい。少しだけ」
俺は端末を見せた。
「ここに『試作機・第七号』と書かれています」
「……試作機?」
「完成品ではなく、実験用に作られたもの、という意味です」
総監の表情が険しくなった。
「……つまり、誰かが意図的に作った道具なのか」
「その可能性が高いと思います」
……ただし。
誰が、何のために?
それが問題だ。
「十年前、この端末の持ち主について何かわかっていないんでしょうか?」
俺が尋ねると、宮廷魔術師が首を振った。
「神殿では、持ち主と思われる人物は発見されていません」
「……そうですか」
「ただし、調査記録には奇妙な証言があります」
「……証言?」
魔術師は、古い報告書を開いた。
「発見の数日前、神殿の周辺で見慣れない服装の人物が目撃されていたそうです」
……え?
「どんな人物ですか?」
「成人男性と思われます。年齢は不明。言葉が通じず、何かを探している様子だったと」
……日本人?
いや。
それだけではわからない。
「その人は、どうなったんですか?」
「目撃された翌日から、姿を見せなくなったそうです」
……消えた。
帰ったのか?
それとも。
……考えたくないな。
◇◆◇
「……総監」
俺は静かに口を開いた。
「お願いがあります」
「何だね?」
「この端末を持っていた人について、もう少し調べさせていただけませんか?」
総監は、しばらく俺を見つめた。
「……帰還の手がかりを探すためか?」
「はい。それもあります」
俺は頷いた。
「でも、それだけじゃありません」
……そう。
もし、この端末の持ち主が日本人だったなら。
その人にも、帰りたい場所があったかもしれない。
家族がいたかもしれない。
友達がいたかもしれない。
「その人が、どうなったのか知りたいんです」
総監は静かに頷いた。
「……わかった」
そして、宮廷魔術師に目を向けた。
「十年前の調査関係者を確認してくれ。可能なら、当時の証言も集めたい」
「承知しました」
……ありがとうございます。
俺は心の中で、深く頭を下げた。
◇◆◇
保管庫を出ると、セリスが隣を歩いていた。
「成田殿」
「はい?」
「君の故郷には、あのような道具が普通にあるのだな」
「ええ。ほとんどの大人が持っていますよ」
「……驚きだ」
セリスは感心したように頷いた。
「魔法も使わず、遠くの人間と話せるとは」
「まあ、便利なんですけどね」
俺は苦笑した。
「その分、仕事の連絡もいつでも来るんですよ」
「……休みの日にも?」
「はい」
「……それは、恐ろしい道具だな」
……うん。
ある意味、魔王より怖いかもしれない。
◇◆◇
その日の夕方。
俺は宿『月見亭』に戻り、ベッドに腰を下ろした。
ポケットから、自分のスマートフォンを取り出す。
……試作機・第七号。
帰還座標を検索中。
エラー。
頭の中で、言葉がぐるぐる回っていた。
……もし。
あの端末が本当に世界を移動するためのものなら。
誰かが、帰る方法を研究していたということだ。
そして、その研究が失敗したのか、成功したのか。
まだ、わからない。
「……美咲」
俺は小さく呟いた。
帰るからな。
絶対に。
……いや。
絶対、なんて簡単に言えない。
でも。
諦めるつもりはない。
『――おじさん』
肩のミドリが、静かに声をかけてきた。
『――帰りたいんですね』
「……うん」
『――じゃあ、探しましょう』
俺は、思わず笑った。
「……ありがとう」
◇◆◇
翌朝。
俺が王城へ向かおうとすると、宿の前に一台の馬車が止まっていた。
扉が開き、中からアルベルト総監が顔を出した。
「成田殿。少しよいか」
「……総監?」
朝から直々に?
何事だ?
「昨夜、十年前の調査関係者について報告があった」
「……何かわかったんですか?」
総監は、険しい表情で頷いた。
「当時、境界の神殿で発見された人物について、追加の記録が見つかった」
「……人物?」
「正確には、その人物が残したとされる言葉だ」
……言葉?
俺は思わず身を乗り出した。
「何と言っていたんですか?」
総監は、一枚の紙を差し出した。
そこには、古い文字で短い文章が書かれていた。
「調査員には意味がわからなかったらしいが、君なら読めるかもしれん」
俺は紙を受け取った。
そこに書かれていたのは。
『帰還装置は未完成。第八号を探せ』
「…………」
……え?
第八号?
昨日見たのは、第七号だよな?
つまり。
まだ、別の試作機が存在するってことか!?
――第23話・完――
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