第22話「異世界の遺物、どう見ても日本製なんですが」
【異世界由来と思われる物品を、一点発見】
俺は報告書のその一文を、三回読み直した。
……異世界由来。
つまり、この世界のものじゃない。
俺と同じように、別の世界から来た何かが存在するということだ。
「……総監」
「何だね?」
「その物品は、今どこにあるんでしょう?」
「王宮の保管庫だ」
「見せていただくことは?」
「それは、もう少し報告書を読んでから判断したい」
……なるほど。
いきなり見せてもらえるほど、甘くはないか。
俺はページをめくった。
【発見物の概要】
材質:不明
形状:薄い長方形
大きさ:約十五センチ
表面:黒色の平滑な板状
魔力反応:なし
「…………」
……ん?
薄い長方形。
十五センチ。
黒い板。
魔力反応なし。
……いやいや。
まさかね?
俺は次のページをめくった。
そこには、発見物の簡単なスケッチが描かれていた。
角の丸い長方形。
片面には黒い画面のようなもの。
側面には小さな突起。
そして、下部には細い穴。
「…………」
……おい。
これ。
どう見ても。
「……スマートフォンじゃないですか」
俺は思わず呟いた。
「……すまあと、ふぉん?」
アルベルト総監が首を傾げた。
……しまった。
つい、声に出してしまった。
「いえ、その……俺の故郷にある道具に、よく似ているんです」
「……故郷?」
総監の目が細くなった。
「君の故郷では、これが一般的なのか?」
……ああ。
これは、もう。
ごまかせないかもしれない。
◇◆◇
「……総監」
俺は報告書を閉じた。
「少し、長い話になります」
「構わん」
「ただ、信じていただけるかどうか……」
総監は椅子に深く腰掛けた。
「君は、これまで騎士団のために働いてくれた。少なくとも、話を聞く理由は十分にある」
……ありがたい。
俺は深く息を吐いた。
「俺は、この世界の人間ではありません」
総監は何も言わなかった。
「別の世界から来ました。そこには魔法も、スライムも、エルフもいません」
「……ふむ」
「俺には、妻と子供が二人います」
その言葉を口にした瞬間、胸が少し痛んだ。
「家族を残して、こちらの世界に来てしまいました」
総監は、静かに聞いていた。
「だから、帰る方法を探しているんです」
……言った。
ついに、話してしまった。
総監はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり口を開いた。
「……それが、君が境界の神殿にこだわる理由か」
「はい」
「なるほど」
……え?
それだけ?
「……信じていただけるんですか?」
「すぐに信じるとも、嘘だとも言えん」
総監は落ち着いた声で答えた。
「だが、君の話と、あの遺物の存在には接点がある」
……なるほど。
さすが総監。
感情だけで判断しない人だ。
「それに」
総監は、少しだけ笑った。
「君がこの国の常識に疎い理由も、説明がつく」
「……ああ」
それは、そうですね。
◇◆◇
「その道具について、詳しく説明してもらえるか?」
「はい」
俺はポケットから、自分のスマートフォンを取り出した。
「……これです」
総監の目が大きく見開かれた。
「……同じ形だな」
「ええ」
俺は画面を点けた。
薄暗い執務室に、光が浮かぶ。
「……光った!?」
総監が思わず立ち上がった。
……おお。
珍しく驚いてる。
「これは、俺の世界で使われている通信道具です」
「……通信?」
「離れた人と話したり、文字を送ったり、写真を撮ったりできます」
「……魔法を使わずに?」
「はい」
総監は、しばらく画面を見つめていた。
「……信じがたいな」
「ですよねぇ」
俺は苦笑した。
「ただ、この世界では通信できません。故郷とつながっていないので」
総監は静かに頷いた。
「……そうか」
俺は画面を消した。
電池は貴重だ。
充電できる保証もない。
「保管庫にある物品が本当にスマートフォンなら、俺の世界から来た可能性が高いです」
「……なるほど」
「できれば、実物を確認させていただけませんか?」
総監は、しばらく考えていた。
◇◆◇
「……わかった」
総監が頷いた。
「ただし、私の一存で保管庫を開くことはできん」
「……ですよね」
「宮廷魔術師と保管責任者の立ち会いが必要だ」
「承知しました」
……うん。
それくらいなら、いくらでも待てる。
「明日の午後、確認の場を設けよう」
「……ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げた。
……よし。
一歩前進だ。
◇◆◇
執務室を出ると、廊下でセリスが待っていた。
「成田殿」
「……セリスさん?」
「総監から、君の故郷について聞いた」
「……え?」
俺は思わず固まった。
「すまない。立ち会いが必要になるため、私にも共有された」
……なるほど。
そういうことか。
「……驚きました?」
「もちろんだ」
セリスは真剣な顔で頷いた。
「だが、君が家族のもとへ帰りたいという気持ちは、理解できる」
「……ありがとうございます」
「君の妻と子供たちは、今も向こうで待っているのだな」
……待っている。
そうであってほしい。
俺は小さく頷いた。
「はい」
セリスは、少しだけ微笑んだ。
「ならば、帰る方法を探さねばならんな」
……ああ。
なんだろう。
ちょっと、泣きそうだ。
「……ありがとうございます」
俺はもう一度、頭を下げた。
◇◆◇
翌日の午後。
俺は、王宮の地下保管庫に案内された。
分厚い石の扉。
壁には魔法陣。
入口には二人の衛兵。
……うわぁ。
完全に重要アイテムの保管場所だ。
セリスとアルベルト総監に加え、白いローブを着た宮廷魔術師が立ち会っている。
「成田殿。こちらへ」
保管責任者が、小さな箱を机の上に置いた。
そして、慎重に蓋を開けた。
中には、黒い板状の物体が入っていた。
「…………」
……間違いない。
スマートフォンだ。
しかも。
俺は、その背面を見て息を呑んだ。
そこには、見慣れた文字が刻まれていた。
『日本製』
「……日本語だ」
思わず声が震えた。
総監が尋ねる。
「読めるのか?」
「……はい」
俺は頷いた。
「俺の故郷の文字です」
……本当に。
日本から来たものが、ここにある。
十年前。
境界の神殿で見つかったスマートフォン。
……ということは。
少なくとも、俺以外にも。
日本とこの世界をつなぐ何かが存在したということだ。
「……成田殿」
宮廷魔術師が声をかけた。
「この物品について、一つ確認したいことがあります」
「……何でしょう?」
「我々は十年間、これを調べてきました。しかし、どうしても理解できない点があるのです」
魔術師は、スマートフォンの側面を指さした。
「この物品には、魔力がありません。にもかかわらず、発見当初は内部に光が灯っていたそうです」
「……それは」
電池だ。
魔力じゃなくて、電気で動く。
そう説明しようとした時。
魔術師が続けた。
「そして、光が消える直前に、奇妙な文字が表示されたと記録されています」
「……文字?」
「はい。調査員が、その形を写し取っていました」
魔術師は、一枚の古い紙を取り出した。
そこには、震えるような筆跡で、短い文章が書き写されていた。
『帰還座標を検索中』
「…………」
……え?
帰還座標?
そんな表示、普通のスマートフォンには出ないぞ?
俺は、目の前の黒い端末を見つめた。
……何なんだ、これ。
ただのスマートフォンじゃないのか?
それとも。
この世界から日本へ帰ろうとした人間が、すでにいたということなのか?
――第22話・完――
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