第21話「王女様の研究仲間、守るには手続きが必要です」
「つまり、ルークさんには入退室記録を消す権限がなかったんですね?」
俺が確認すると、セリスが頷いた。
「ああ。ただし、共犯者がいた可能性までは否定できない」
「……なるほど」
そりゃそうだ。
権限がないから無実、とは言い切れない。
でも、少なくとも疑いを向ける相手は一人じゃなくなった。
「それで、ルークさんはどうなるんでしょう?」
「事情聴取は続くが、図書館内での待機命令は解除される見込みだ」
「……よかった」
俺は胸をなで下ろした。
あの青年、昨日からずっと青い顔をしていたからなぁ。
◇◆◇
「ただし、問題が一つある」
セリスが続けた。
「王立図書館は、今回の事件を受けて古文書の閲覧規則を厳しくするそうだ」
「……まあ、それは仕方ないですね」
「特に、王族が関わる研究については、担当者の登録と閲覧目的の申告が必要になる」
……あれ?
それって、前に俺が提案した正式な研究活動と似てないか?
「むしろ、いい機会かもしれませんね」
「……いい機会?」
「はい。王女様の研究を、正式な活動として認めてもらうんです」
セリスは少し考えた。
「総監も、その方向で陛下に進言すると言っていたな」
「だったら、まず必要な条件を確認しましょう」
……うん。
ようやく、俺にもわかる仕事が出てきた。
書類と面談。
これなら日本でも散々やってきた。
◇◆◇
午後。
俺はアルベルト総監の執務室に呼ばれた。
机の上には、三枚の書類が置かれている。
「成田殿。殿下の研究活動について、陛下から回答があった」
「……おお!」
早い。
さすが王城。
日本の会社なら、稟議が一週間は止まりそうなのに。
「条件付きで、正式な研究活動として認められることになった」
「本当ですか!」
「ただし、いくつか条件がある」
総監は書類を指さした。
「研究目的を明文化すること。閲覧資料を記録すること。そして、担当する研究者を正式に登録することだ」
「……なるほど」
どれも、特別おかしな条件ではない。
「それなら、王女様も納得されるんじゃないでしょうか」
「問題は、担当研究者だ」
「……ルークさんですか?」
「そうだ。現在、事件の関係者として事情聴取を受けている」
……ああ。
そこか。
「事件が解決するまで、担当から外すという話でしょうか?」
「一部の文官が、それを求めている」
「……なるほど」
俺は腕を組んだ。
難しいなぁ。
疑いが晴れていない以上、慎重になるのはわかる。
でも、正式に処分されたわけでもない人を、いきなり仕事から外していいのか?
「ルークさん本人には、どう説明されているんでしょう?」
「まだだ」
「だったら、まず本人の意見を聞いてもいいでしょうか?」
総監は頷いた。
「構わん。ただし、最終的な人事判断は図書館側が行う」
「承知しました」
◇◆◇
ルークさんは、王立図書館の閲覧室にいた。
昨日より顔色はよくなっている。
「成田様」
「こんにちは。少しお時間いいですか?」
「はい」
俺は、研究活動の正式承認について説明した。
ルークさんは驚いた顔をした。
「……殿下の研究が、正式に?」
「はい。条件付きですが」
「それは、よかった……!」
心から嬉しそうだった。
……うん。
この人、本当に研究が好きなんだな。
「ただ、担当者の登録については、まだ決まっていないそうです」
「……そうですか」
ルークさんの表情が曇った。
「僕が事件に関わっているから、ですね」
「その点も含めて、今後の判断になると思います」
俺は頷いた。
「ルークさん自身は、どうしたいですか?」
「……続けたいです」
答えは早かった。
「殿下と一緒に、あの時代の記録を調べたい」
「はい」
「でも……」
ルークさんは視線を落とした。
「僕が担当することで、殿下の研究が止まるなら、辞退した方がいいのかもしれません」
……ああ。
なるほど。
この人も、自分のせいで王女様に迷惑がかかると思っているのか。
「その気持ちは、王女様に伝えましたか?」
「……いいえ」
「だったら、まず話してみませんか?」
ルークさんは目を丸くした。
「……殿下と?」
「はい。研究を続けたい気持ちも、心配していることも」
俺は少し笑った。
「相手のためを思って決めることでも、相手の意見を聞かないと、すれ違うことがありますから」
……婚活相談でも、よくある話だ。
気遣いのつもりで黙って身を引いたら、相手は置いていかれたと感じてしまう。
もちろん、今回は恋愛の話じゃない。
大切な研究仲間としての話だ。
◇◆◇
その日の夕方。
王城の小会議室で、エレノア王女とルークさんの面談が行われた。
同席したのは、俺とセリス。
王女様は、ルークさんを見るなり立ち上がった。
「ルーク!」
「殿下。ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「あなたが謝ることじゃないわ!」
……おお。
さっそく全力だ。
セリスが小さく咳払いをした。
「殿下。まずは、お掛けください」
「……わかったわ」
王女様は渋々椅子に座った。
俺は二人を見渡した。
「今日は、研究を今後どう続けたいか、お二人の考えを聞かせてください」
王女様が即答した。
「私は、ルークと研究を続けたいわ」
ルークさんが驚いた顔をした。
「……殿下」
「あなたがいなかったら、第三巻だって見つからなかったもの」
「ですが、僕が担当すると、またご迷惑が……」
「それを決めるのは、あなた一人じゃないでしょう?」
……おお。
王女様、ちゃんと自分の気持ちを言えてる。
ルークさんは、しばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……僕も、続けたいです」
王女様の表情が明るくなった。
「本当?」
「はい。ただし、図書館の規則には従います」
「もちろんよ」
……よし。
少なくとも、二人の希望は確認できた。
◇◆◇
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》】
【対象:エレノア・アルフォード/ルーク・フェルナー】
相互信頼:上昇
共同目標:歴史研究の継続
【特殊な縁の反応】
《運命の縁》に変化を検知。
……お?
俺の視界に、二人をつなぐ金色の糸が浮かんだ。
以前より、少しだけはっきり見える。
でも、これは恋愛感情を示すものとは限らない。
二人が同じ目標に向かって進もうとしている。
その変化を、スキルが拾ったのかもしれない。
……うん。
それなら、いいことだ。
「では、今後の進め方を整理しましょう」
俺は紙を取り出した。
「まず、研究計画書を作る。次に、担当者の登録を申請する。そして、事件の調査状況に応じて、閲覧できる資料を確認する」
王女様が頷いた。
「わかったわ」
「ルークさんも、それでいいですか?」
「はい」
……よし。
これで一歩前進だ。
◇◆◇
面談が終わったあと。
俺はアルベルト総監に結果を報告した。
「二人とも、研究を続けたいそうです」
「そうか」
「ただし、正式な登録については、図書館側の判断を待つことになります」
「うむ。こちらでも調整しよう」
総監は書類を受け取った。
「……成田殿」
「はい?」
「君は、なぜそこまで二人の研究を支えようとする?」
……え?
また、その質問?
俺は少し考えた。
「王女様が、大切にしていることだからです」
「……それだけか?」
「それと……」
俺は言葉を選んだ。
「俺自身も、あの研究に興味があるんです」
総監の目が細くなった。
「……境界の神殿か」
「はい」
俺は頷いた。
「まだ詳しくは話せませんが、俺にとって重要な手がかりかもしれません」
総監は、しばらく黙っていた。
「……わかった」
そして、机の引き出しから一通の封書を取り出した。
「ちょうど、君に見せようと思っていたものがある」
「……何でしょう?」
「十年前、境界の神殿で起きた魔力異常についての報告書だ」
……おお!
ついに来た!
「閲覧許可が下りたんですか?」
「一部だけだがな」
総監は封書を差し出した。
「ただし、内容を読んでも慌てるなよ」
「……え?」
嫌な予感がする。
俺は封を開け、最初のページに目を落とした。
そこには、こう書かれていた。
【境界の神殿・第七次調査報告】
【調査日:王国暦三一二年】
【観測された異常現象】
空間の歪曲。
未知の魔力反応。
そして――
【異世界由来と思われる物品を、一点発見】
「…………」
……え?
異世界由来の、物品?
俺は、思わず総監を見た。
「……これ、どういう意味ですか?」
総監は静かに答えた。
「それを確かめるために、君にも読んでもらいたかったのだ」
俺は、報告書を握りしめた。
……まさか。
俺以外にも。
この世界に来た人間が、いるのか?
それとも。
日本から持ち込まれた何かが、あの神殿に残っているのか?
――第21話・完――ふ
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