第2話「初めての相談者はスライムでした」
「チートシステム来たー!!」
俺の歓声が、見知らぬ異世界の草原に響き渡った。
46歳。
妻子持ち。
住宅ローン残り二十年以上。
そんな俺が、まさか異世界でチート能力を手に入れる日が来るとは。
長年アニメやゲーム、ライトノベルを嗜んできた身としては、これほど胸が熱くなる展開はない。
「いやー、まさか本当にあるとはなぁ。チートスキル!」
思わずニヤニヤしてしまう。
目の前では、緑色のスライムが不思議そうに俺を見つめていた。
『ギュ?』
「ああ、ごめんごめん。ちょっと嬉しくなっちゃって」
『ギュル』
スライムは小さく跳ねた。
なんだか可愛い。
さっきまで俺を襲おうとしていた魔物とは思えないほどだ。
「しかし、これってどういう仕組みなんだ?」
俺は先ほど表示された青い画面を思い出す。
固有スキル《縁結び》。
対象との相性や感情を可視化し、信頼関係を築くことで能力が成長する。
さらに、新たに解放された《契約仲介》という機能。
異なる種族間の契約を成立させることで、相手の潜在能力を一部共有できるらしい。
「つまり、仲間を増やせば増やすほど強くなるってことか?」
『――条件付きで肯定します』
「うおっ!?」
突然、頭の中に声が響いた。
「な、なんだ!?」
『――固有スキル《縁結び》の補助機能です』
「……補助機能?」
『――はい。能力の使用方法について、質問に回答することが可能です』
なるほど。
ゲームでいうところのヘルプ機能みたいなものか。
「じゃあ、質問。俺って今どのくらい強いの?」
『――ステータスを表示します』
目の前に青い画面が現れた。
【ステータス】
名前:成田和彦
年齢:46歳
種族:人間
職業:なし
レベル:1
体力:12
魔力:8
筋力:9
敏捷:6
知力:21
魅力:11
固有スキル:《縁結び》EX
称号:《異世界からの来訪者》《魔物の心を理解する者》《魔物と対話せし者》
「…………」
なんとも微妙な数字が並んでいた。
「……これ、平均値っていくつ?」
『――成人男性の平均は、おおむね20です』
「低っ!!」
ほぼ全部平均以下じゃないか!
しかも敏捷6ってなんだよ!
確かに最近、駅の階段を上がるだけで息が切れるようになったけどさ!
「せめて転生特典で身体能力くらい上げてくれてもいいだろ……」
女神の顔が脳裏に浮かんだ。
あの人、絶対に仕事が雑だ。
いや、神様だから人じゃないのか。
「まあ、文句を言っても仕方ないか……」
俺はため息をついた。
今は自分の能力を把握することが先決だ。
「ところで、契約って具体的には何をすればいいんだ?」
『――双方の合意が必要です』
「合意?」
『――はい。対象との間に一定以上の信頼関係が成立している場合、契約の提案が可能になります』
「なるほど……」
俺はスライムを見た。
『ギュ?』
「なあ、スライムくん」
『ギュル』
「ちょっと相談があるんだけど」
俺はしゃがみ込み、できるだけ優しい声で話しかけた。
「俺さ、この世界に来たばっかりなんだよね」
『ギュ』
「正直、右も左もわからなくてさ。近くの街がどこにあるのかも知らないんだ」
『ギュル?』
「だから、もしよかったら一緒に来てくれないかな?」
スライムは首を傾げるように身体を傾けた。
いや、首なんてないんだけど。
「もちろん、無理にとは言わないよ。君にも都合があるだろうし」
仕事柄、こういう時に一方的なお願いはしない。
相手の気持ちを尊重する。
まずは話を聞く。
これ、婚活アドバイザーの基本である。
『ギュ……』
スライムが少し沈んだ。
どうやら迷っているらしい。
「……何か気になることがある?」
その瞬間、目の前に新しい画面が表示された。
【対象情報】
グリーンスライム(雌)
現在の感情:不安・期待
主な悩み:群れに馴染めない
望んでいること:仲間と安心して暮らしたい
「……群れに馴染めない?」
『ギュ……』
スライムが小さく震えた。
俺は少し考えた。
なるほど。
この子は一人ぼっちなのかもしれない。
「……もしかして、仲間とうまくいってないの?」
『ギュッ!』
大きく跳ねた。
どうやら図星らしい。
「そっか……」
俺は腕を組んだ。
こういう相談、実は珍しくない。
もちろん、人間の場合だけど。
職場に馴染めない。
友達ができない。
趣味の話ができる相手がいない。
自分のことを理解してもらえない。
結婚相談所に来る会員の中にも、そんな悩みを抱えている人は多かった。
だからこそ、俺はまず相手の話を聞くことにしている。
「無理に周りに合わせる必要はないと思うよ」
『……ギュ?』
「人間だって、みんな同じじゃないからね。好きなものも違うし、得意なことも違う」
スライムは黙って俺を見ている。
「例えばさ、俺は昔からアニメとかゲームが大好きでね」
『ギュ』
「でも、学生時代は周りに同じ趣味の友達が少なくてさ。結構、肩身の狭い思いをしたんだ」
懐かしい記憶がよみがえる。
当時は今ほどオタク趣味が一般的ではなかった。
深夜アニメを見ているだけで変わり者扱いされることもあった。
漫画やゲームの話をできる友達も限られていた。
「でもさ、世の中には同じものを好きな人が必ずいるんだよ」
『ギュル……』
「無理して合わない相手と一緒にいるより、気の合う相手を探した方がいい場合もある」
そう言うと、スライムが少しだけ明るくなったように見えた。
……いや、実際に緑色が明るくなっている気がする。
「……お?」
目の前に青い画面が表示された。
【固有スキル《縁結び》発動】
対象の心理的抵抗が低下しました。
信頼度が上昇しました。
信頼度:45 → 70
「おおっ!」
数字が上がった!
まるで恋愛シミュレーションゲームじゃないか!
しかも、こちらが何かを無理やり操作しているわけではない。
普通に話を聞いているだけだ。
「……これ、すごくないか?」
俺は思わずつぶやいた。
相手の悩みがわかる。
気持ちが見える。
信頼関係が数値化される。
婚活アドバイザーとしては、喉から手が出るほど欲しい能力だ。
現実世界でこれがあれば、どれだけ仕事が楽になったことか。
「……いや、待てよ」
俺は首を振った。
楽になるとは限らない。
相手の気持ちがわかったところで、それをどう扱うかは自分次第だ。
数字だけを追いかけても、良い関係が築けるとは限らない。
むしろ、数字に振り回される危険すらある。
「……まあ、そこは気をつけないとな」
『ギュ?』
「ああ、ごめん。こっちの話」
俺はスライムに笑いかけた。
「とりあえず、君の仲間を探してみようか」
『ギュルッ!?』
スライムが大きく跳ねた。
「この辺りに他のスライムっている?」
『ギュ!』
どうやらいるらしい。
スライムはぴょんぴょんと跳ねながら、森の方へ向かい始めた。
「えっ、ちょっと待って!」
慌てて後を追う。
……そして、五分後。
「はぁ……はぁ……ちょっと……休憩……」
俺は木にもたれかかっていた。
『ギュ?』
「君……結構……速いんだね……」
スライムは不思議そうに俺を見上げた。
くそっ。
スライムに体力で負ける46歳。
情けなさすぎる。
◇◆◇
森の奥に、小さな泉があった。
透き通った水。
周囲には色とりどりの花が咲いている。
そして、その泉のそばには――。
「……うわっ」
大量のスライムがいた。
赤。
青。
緑。
黄色。
大きさもさまざま。
まるでゲームのスライム祭りだ。
「……壮観だな」
『ギュル!』
俺の隣にいたグリーンスライムが嬉しそうに跳ねた。
しかし、他のスライムたちは一斉にこちらを向いた。
『ギュルルル……』
『ギュギュッ!』
『ギュルッ!』
……あれ?
なんか怒ってない?
「ちょっと待って。俺、敵じゃないからね?」
俺は両手を上げた。
だが、スライムたちは警戒を解かない。
すると。
隣のグリーンスライムが、俺の前に飛び出した。
『ギュッ! ギュギュッ!』
必死に何かを訴えている。
それを見た一匹の大きな青いスライムが、ゆっくりと近づいてきた。
「……お?」
俺は《縁結び》を発動させた。
【対象情報】
ブルースライム(雄)
年齢:7歳
性格:責任感が強い・慎重
立場:群れのまとめ役
現在の感情:警戒・困惑
主な悩み:群れの統率が難しい
「……ああ、なるほど」
俺は思わず頷いた。
この青いスライム。
どうやらリーダーらしい。
しかも、群れのまとめ役として苦労しているようだ。
……なんだか親近感が湧いてきた。
「お疲れさまです」
『……ギュ?』
「いやー、集団をまとめるのって大変ですよね」
『ギュル?』
「わかりますよ。みんな考え方も違うし、言うことも違うし。全員を満足させるなんて、なかなかできませんよね」
『……ギュ』
青いスライムの動きが止まった。
「特に、こういう大所帯だとね。全員の意見を聞くだけでも大変でしょう?」
『ギュル……』
おや。
反応が変わった。
俺は話を続けた。
「ちなみに、この緑の子なんですけど」
『ギュ?』
「どうも群れの中でうまく馴染めていないみたいなんですよ」
青いスライムが緑のスライムを見る。
緑のスライムは小さく縮こまった。
「別に誰かが悪いって話じゃないんです」
俺はゆっくりと言葉を選んだ。
「ただ、この子にはこの子の良さがあると思うんですよね」
『ギュ……』
「例えば、すごく人懐っこいところとか」
緑のスライムが小さく跳ねた。
「俺、さっきこの子に助けてもらったんですよ。知らない場所で困っていた俺を、ここまで案内してくれたんです」
『ギュル?』
「これって、立派な長所じゃないですか?」
その瞬間。
目の前に新しい画面が現れた。
【固有スキル《縁結び》発動】
対象同士の相性を解析中……
グリーンスライム(雌)
ブルースライム(雄)
相性:94%
「……は?」
俺は画面を二度見した。
94%。
めちゃくちゃ高いじゃないか。
さらに、詳細情報が表示される。
【相性診断結果】
グリーンスライムは感情表現が豊かで、周囲への共感能力が高い。
ブルースライムは責任感が強い一方で、感情表現が苦手。
互いの短所を補い合える、非常に良好な組み合わせです。
「…………」
俺は腕を組んだ。
なるほど。
これは、あれだ。
婚活アドバイザーとしての経験が告げている。
この二匹。
かなり相性がいい。
「……ちょっといいですか?」
俺は青いスライムに話しかけた。
『ギュ?』
「この子のこと、どう思ってます?」
『ギュルッ!?』
青いスライムが大きく跳ねた。
明らかに動揺している。
……おや?
これは、もしかして。
「いやいや、変な意味じゃないですよ。ただ、この子が群れに馴染めないって悩んでましてね」
『ギュ……』
「リーダーとして、この子のことをどう見ているのかなと」
青いスライムはしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと緑のスライムに近づいた。
『……ギュ』
『……ギュル?』
二匹が向かい合う。
その瞬間、目の前に新たな画面が表示された。
【感情解析】
ブルースライム
現在の感情:好意・心配・照れ
「…………」
俺は思わず口元を押さえた。
おいおい。
マジか。
この青いスライム。
緑の子のこと、好きなのか。
「……なるほどねぇ」
俺は小さく頷いた。
こういうケース、現実世界でもよくある。
気になる相手がいる。
でも、どう接していいかわからない。
その結果、必要以上に距離を取ってしまう。
相手は相手で、嫌われていると勘違いする。
すれ違いの典型例だ。
「……よし」
俺は二匹のスライムに向き直った。
「お二人とも、ちょっとお話ししましょうか」
『ギュ?』
『ギュル?』
「いやー、実はですね」
俺は自然と仕事モードに切り替わっていた。
背筋を伸ばし、穏やかな笑顔を作る。
そして、いつもの調子で話し始めた。
「お互いに、少しだけ誤解があるように感じるんですよ」
二匹は黙って俺を見つめている。
「まず、緑の子」
『ギュ!』
「君は、青い子に嫌われていると思ってない?」
『……ギュ』
小さく沈んだ。
やっぱりか。
「でもね、そうとは限らないんだよ」
俺は青いスライムに視線を移した。
「青い子も、君のことを心配してるんじゃないかな?」
『ギュルッ!?』
青いスライムが跳ね上がった。
図星らしい。
「大事なのは、ちゃんと気持ちを伝えることなんです」
俺は二匹を交互に見た。
「言葉にしないと、伝わらないことってありますからね」
……まあ、この子たちは言葉を話さないんだけど。
そこは気にしない。
すると。
青いスライムが、ゆっくりと緑のスライムに近づいた。
『……ギュ』
『……ギュ?』
青いスライムが、自分の身体を少しだけ緑のスライムに寄せた。
緑のスライムが驚いたように跳ねる。
そして。
『ギュルッ!』
今度は緑のスライムが、青いスライムに身体を寄せた。
二匹が並んだ。
その瞬間。
パァァァァッ!!
周囲が金色の光に包まれた。
「うわっ!?」
俺は思わず目を閉じた。
そして、頭の中に声が響く。
『――固有スキル《縁結び》が発動しました』
『――対象二体の相互信頼度が最大値に到達しました』
『――特殊条件を達成しました』
『――グリーンスライムとブルースライムの間に、強固な縁が成立しました』
『――世界初の実績を確認』
『――称号《異種族婚活アドバイザー》を獲得しました』
「…………」
俺はゆっくりと目を開けた。
目の前では、緑と青のスライムが仲良く寄り添っていた。
周囲のスライムたちも、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
「……え?」
そして、最後の通知が表示された。
【祝福】
グリーンスライムとブルースライムの縁が結ばれました。
両者の意思により、生涯の伴侶関係が成立しました。
初回成婚ボーナスを付与します。
獲得スキル:《魔力感知》
獲得スキル:《簡易念話》
獲得経験値:500
レベル:1 → 5
「…………」
俺はしばらく画面を見つめていた。
そして。
「……ちょっと待って」
もう一度、画面を見る。
成婚。
成婚ボーナス。
レベルアップ。
「……え?」
さらに、もう一度。
「……マジで?」
目の前では、二匹のスライムが幸せそうに寄り添っていた。
俺は思わず頭を抱えた。
「異世界に来てまで婚活アドバイザーやってるじゃねーか!!」
森の中に、46歳のおじさんの叫びが響き渡った。
しかし。
次の瞬間、俺はあることに気づいた。
「……あれ?」
成婚ボーナス。
経験値500。
レベルが一気に5まで上昇。
しかも、新しいスキルまで手に入った。
「……待てよ」
俺はゆっくりと顔を上げた。
これって、つまり。
「……誰かの恋愛を成功させれば、俺が強くなるってこと?」
『――肯定します』
「…………」
俺の口元が、ゆっくりと緩んだ。
スライム二匹をくっつけただけで、これだけの報酬。
だったら。
人間は?
エルフは?
獣人は?
もしかして、ドラゴンや魔族だって……?
「……いやいやいや」
俺は首を振った。
落ち着け、成田和彦。
お前は46歳の社会人だ。
妻も子供もいる。
こんなところではしゃいでどうする。
……そう自分に言い聞かせたのだが。
「……ふふ」
どうにも笑いが止まらない。
なぜなら。
俺が二十年以上かけて培ってきたオタク知識。
そして、婚活アドバイザーとして積み重ねてきた経験。
それがこの異世界では、誰にも負けない武器になるかもしれないのだ。
「……よし」
俺は拳を握りしめた。
「待ってろよ、美咲。悠斗。結衣」
必ず帰る。
そのためなら、何だってやってやる。
たとえ、この異世界中の独身者を結婚させることになったとしても。
「……まずは街を探さないとな」
俺は周囲を見渡した。
すると、頭の中に声が響いた。
『――あの』
「……ん?」
小さな、女の子のような声だった。
『――おじさん』
「……はい?」
俺は慌てて辺りを見回す。
誰もいない。
いるのはスライムたちだけ。
『――こっちです』
声のする方を見る。
そこには、先ほどの緑のスライムがいた。
『――あの、ありがとうございました』
「…………」
俺は固まった。
「……しゃべった?」
『――はい。おじさんがもらった《簡易念話》というスキルで、お話できるみたいです』
「……マジか」
『――それで、あの……』
緑のスライムが、もじもじと身体を揺らした。
『――お礼がしたいんです』
「お礼?」
『――はい。おじさん、街に行きたいんですよね?』
「あ、ああ。そうだけど」
『――それなら、案内できる子を知っています』
「本当!?」
思わず身を乗り出す。
ようやく人のいる場所へ行ける!
『――ただ……』
「……ただ?」
緑のスライムが少し困ったように身体を縮めた。
『――その人、ちょっと怖いんです』
「……怖い?」
『――はい』
スライムは小さく頷くように揺れた。
『――人間が大嫌いな、森のエルフさんなんです』
「…………」
俺は遠くを見つめた。
人間嫌い。
エルフ。
森の奥。
……なんだか、また面倒なことになりそうな予感がする。
すると、目の前に青い画面が表示された。
【新たな縁を検知しました】
対象:リリア・フォーレスト
種族:エルフ
年齢:128歳
現在の感情:孤独・不安・諦め
特記事項:極度の人見知り
推奨対応:丁寧なヒアリング
「…………」
俺は画面を見つめた。
そして、深いため息をついた。
「……これ、絶対にまた仕事の依頼じゃん」
こうして。
異世界に転生した46歳の社畜おじさんは、初めての成婚実績をスライムで達成した。
次なる相談者は、128歳の独身エルフ。
どうやら俺の異世界生活は、まだまだ波乱万丈らしい。
――第2話・完――
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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