↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/28

第19話「おじさん、古文書泥棒より気になることがある」

「三百年前の『境界の守り手』の紋章と、よく似ているそうだ」


 アルベルト総監が差し出した報告書を、俺はもう一度見た。


 円の中に、重なり合う二つの輪。


 確かに、昨日エレノア王女が見せてくれた紋章に似ている。


「……これ、同じものなんでしょうか?」


「まだ断定はできん」


 総監が答えた。


「魔力の痕跡を図形に置き換えたものだからな。似ているからといって、同じ魔法とは限らん」


 ……なるほど。


 指紋みたいに見えるけど、指紋ほど確実な証拠じゃないわけか。


「それにしても、妙ですねぇ」


「何がだ?」


「盗まれたのは古文書ですよね?」


「そうだ」


「だったら、なぜこんな魔力反応が残ったんでしょう?」


 総監が眉を上げた。


「魔法で盗んだからではないのか?」


「その可能性はあります。でも……」


 俺は報告書を指さした。


「ルークさんが閲覧したあと、保管室に誰かが入った。そこで魔力反応が発生して、古文書が消えた」


「うむ」


「つまり、犯人はわざわざ保管室まで来たんですよね?」


「……そうなるな」


「だったら、普通に持ち出せばいいのに、どうして目立つ魔法を使ったんでしょう?」


 総監は黙った。


 ……いや。


 俺も、答えは知らないんだけど。


 ◇◆◇


「魔法を使わなければ持ち出せなかった、という可能性は?」


 セリスが言った。


「それもありますね」


 俺は頷いた。


「あるいは、魔法を使った目的が盗難とは別だったとか」


「……別?」


「例えば、何かを調べるためだったとか」


 俺は自分で言ってから、首を傾げた。


 ……うーん。


 さすがに考えすぎか?


 婚活相談なら、相手の行動について「どうしてそうしたんだろう?」と考えることはある。


 でも、事件捜査は専門外だ。


「すみません。素人の思いつきです」


「いや」


 総監が静かに答えた。


「捜査担当にも、確認させよう」


 ……おお。


 採用された。


 ただ、これで名探偵扱いされても困る。


 俺、推理小説なら犯人を当てる前に寝落ちするタイプなんですけど。


 ◇◆◇


「ところで、王女殿下には事件のことを伝えたんですか?」


 俺が尋ねると、セリスが頷いた。


「すでに報告している」


「……反応は?」


「ルークは無実だ、と」


 ……ああ。


 やっぱり。


「かなり怒っているそうだ」


 セリスは苦笑した。


「彼が疑われたことに加え、研究資料の閲覧を一時的に制限されたらしい」


「それは……」


 王女様にとっては、二重の打撃だ。


 大切な研究仲間が疑われている。


 しかも、自分の研究まで止められた。


「少し、お話ししてきてもいいでしょうか?」


 総監が頷いた。


「頼む。ただし、捜査情報は必要以上に話さぬように」


「承知しました」


 ◇◆◇


 王女様は、図書室の窓際に座っていた。


 机の上には本が積まれているが、開かれた形跡はない。


「……成田」


「こんにちは、王女様」


「ルークに会ったのでしょう?」


「はい」


「どうだった?」


「とても不安そうでした」


 王女様が顔を曇らせた。


「……そう」


「でも、図書館の仕事を続けたいと話していましたよ」


 王女様は、小さく息を吐いた。


「……あの人らしいわ」


 俺は向かいの椅子に座った。


「王女様。今、一番心配なのは何ですか?」


「決まっているでしょう。ルークが犯人にされることよ」


「はい」


「それから……」


 王女様は言いよどんだ。


「私のせいで、あの人が疑われているんじゃないかって」


 ……なるほど。


 そこか。


「研究を頼んだのは、私だもの」


「でも、今回の資料はルークさん自身が気になって調べていたそうですよ」


「それでも、私と知り合わなければ、こんなことには……」


 俺は少し考えた。


「王女様。それは、ルークさん自身の選択まで、王女様の責任にしてしまっていませんか?」


「……え?」


「ルークさんは歴史が好きで、自分の意思で研究をしているんですよね?」


「……ええ」


「だったら、その気持ちも尊重してあげてほしいんです」


 王女様は黙り込んだ。


「もちろん、王女様が心配するのは自然なことです。でも、彼が何をしたかは、ちゃんと調べてもらいましょう」


「……そうね」


 しばらくして、王女様が頷いた。


「私、少し焦っていたみたい」


「無理もありません」


 俺は微笑んだ。


「大切な研究仲間ですからね」


 王女様は、その言葉を聞いて少しだけ笑った。


 ◇◆◇


「……そうだわ」


 突然、王女様が顔を上げた。


「成田。あなたに見せたいものがあるの」


「何でしょう?」


 王女様は机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。


「昨日、ルークが届けてくれた年代記の写しよ」


 そこには、古い紋章と短い文章が記されていた。


「これを見て」


 王女様が指さしたのは、紋章の下にある一節だった。


「『境界の守り手は、門を開く者にあらず。門を閉ざす者なり』」


「……門を閉ざす?」


「ええ」


 王女様は頷いた。


「私はずっと、境界の神殿は何かをつなぐ場所だと思っていたの」


「……はい」


「でも、この文章だと、逆の意味にも読めるでしょう?」


 ……確かに。


 世界と世界をつなぐ。


 その可能性に、俺は期待していた。


 でも。


 もし、その境界を閉じるための神殿だったら?


「……なるほど」


 俺は腕を組んだ。


「ただ、門を閉じるなら、開くこともあるのかもしれませんね」


「そうなの!」


 王女様が身を乗り出した。


「私も、それが気になっているの!」


 ……おお。


 急に元気になった。


 歴史オタク、恐るべし。


「それでね。もう一つ、不思議なことがあるの」


「……まだあるんですか?」


「この文章、王立図書館にある別の年代記では、まったく違う表現になっているの」


「違う表現?」


 王女様は別の紙を広げた。


「そちらには、こう書かれているわ」


 彼女はゆっくり読み上げた。


「『境界の守り手は、二つの世界を結ぶ誓約を継ぐ者なり』」


「…………」


 ……え?


 閉じる者。


 結ぶ者。


 全然違うじゃないか。


「どちらが正しいんでしょう?」


「わからないわ。でも、年代記が書かれた時期は違うの」


「……時期?」


「『門を閉ざす者』と書かれた方が、百年以上古いのよ」


 ……なるほど。


 後の時代に、意味が変わった?


 それとも、誰かが書き換えた?


「だから、原本を確かめたかったの」


 王女様は悔しそうに唇を噛んだ。


「なのに、関連する調査記録が盗まれてしまった」


 ……ああ。


 そういうことか。


 ルークさんが調べていた理由が、少し見えてきた。


 ◇◆◇


 その時。


 ピロン♪


【固有スキル《縁結び》】


【特殊な縁の反応を検知】


 対象:古王国語の記録


【解析結果】


 《縁結び》と類似する魔力反応を確認。


 反応の性質:不明


 ……またか。


 昨日と同じだ。


 でも、今回は少しだけ違う。


 俺が見つめていたのは、「門を閉ざす者」と書かれた方の写しだった。


 ……つまり。


 《縁結び》と似た力が、必ずしも何かを結ぶために使われるとは限らない?


 ……いや。


 まだ決めつけるのは早い。


「……成田?」


 王女様が首を傾げた。


「どうかした?」


「いえ、少し考え事を」


 俺は慌てて笑った。


 ……まずい。


 この話、想像以上に複雑だ。


 ◇◆◇


 図書室を出ると、廊下でアルベルト総監が待っていた。


「成田殿。少しよいか」


「はい?」


「捜査担当から、新しい報告があった」


 総監の表情は険しい。


「保管室に残っていた魔力反応について、宮廷魔術師が解析したそうだ」


「……何かわかったんですか?」


「うむ」


 総監は声を落とした。


「魔法の種類までは特定できなかった。しかし、少なくとも古文書を運び出すための転移魔法ではなかったらしい」


「……え?」


 俺は思わず聞き返した。


「じゃあ、何の魔法だったんですか?」


「それを調べているところだ」


 ……なるほど。


 まだ謎は残っている。


「それと、もう一つ」


 総監が続けた。


「盗まれた『北方神殿調査記録・補遺』だが、保管目録を調べ直したところ、妙なことがわかった」


「……妙なこと?」


「その資料は、十年前の神殿立ち入り制限が始まった直後、一度だけ王城へ持ち出されている」


「……誰が?」


 総監は、少し間を置いて答えた。


「当時、エレノア殿下の婚約候補となる家々との交渉を担当していた、王宮の文官だ」


「…………」


 ……え?


 神殿の調査記録と、政略結婚の交渉?


 何の関係があるんだ?


 俺は思わず、王女様が見せてくれた二つの文章を思い出した。


 門を閉ざす者。


 二つの世界を結ぶ者。


 そして、三百年前の婚姻同盟。


 ……まさか。


 この事件。


 単なる古文書泥棒じゃなくて。


 王女様の結婚問題にも、つながっているのか?


 俺は、深く息を吐いた。


 ……勘弁してくれ。


 俺はただ、家族のもとへ帰る方法を探したいだけなんだけどなぁ。


 ――第19話・完――

最後まで読んでいただきありがとうございます。

評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。