第19話「おじさん、古文書泥棒より気になることがある」
「三百年前の『境界の守り手』の紋章と、よく似ているそうだ」
アルベルト総監が差し出した報告書を、俺はもう一度見た。
円の中に、重なり合う二つの輪。
確かに、昨日エレノア王女が見せてくれた紋章に似ている。
「……これ、同じものなんでしょうか?」
「まだ断定はできん」
総監が答えた。
「魔力の痕跡を図形に置き換えたものだからな。似ているからといって、同じ魔法とは限らん」
……なるほど。
指紋みたいに見えるけど、指紋ほど確実な証拠じゃないわけか。
「それにしても、妙ですねぇ」
「何がだ?」
「盗まれたのは古文書ですよね?」
「そうだ」
「だったら、なぜこんな魔力反応が残ったんでしょう?」
総監が眉を上げた。
「魔法で盗んだからではないのか?」
「その可能性はあります。でも……」
俺は報告書を指さした。
「ルークさんが閲覧したあと、保管室に誰かが入った。そこで魔力反応が発生して、古文書が消えた」
「うむ」
「つまり、犯人はわざわざ保管室まで来たんですよね?」
「……そうなるな」
「だったら、普通に持ち出せばいいのに、どうして目立つ魔法を使ったんでしょう?」
総監は黙った。
……いや。
俺も、答えは知らないんだけど。
◇◆◇
「魔法を使わなければ持ち出せなかった、という可能性は?」
セリスが言った。
「それもありますね」
俺は頷いた。
「あるいは、魔法を使った目的が盗難とは別だったとか」
「……別?」
「例えば、何かを調べるためだったとか」
俺は自分で言ってから、首を傾げた。
……うーん。
さすがに考えすぎか?
婚活相談なら、相手の行動について「どうしてそうしたんだろう?」と考えることはある。
でも、事件捜査は専門外だ。
「すみません。素人の思いつきです」
「いや」
総監が静かに答えた。
「捜査担当にも、確認させよう」
……おお。
採用された。
ただ、これで名探偵扱いされても困る。
俺、推理小説なら犯人を当てる前に寝落ちするタイプなんですけど。
◇◆◇
「ところで、王女殿下には事件のことを伝えたんですか?」
俺が尋ねると、セリスが頷いた。
「すでに報告している」
「……反応は?」
「ルークは無実だ、と」
……ああ。
やっぱり。
「かなり怒っているそうだ」
セリスは苦笑した。
「彼が疑われたことに加え、研究資料の閲覧を一時的に制限されたらしい」
「それは……」
王女様にとっては、二重の打撃だ。
大切な研究仲間が疑われている。
しかも、自分の研究まで止められた。
「少し、お話ししてきてもいいでしょうか?」
総監が頷いた。
「頼む。ただし、捜査情報は必要以上に話さぬように」
「承知しました」
◇◆◇
王女様は、図書室の窓際に座っていた。
机の上には本が積まれているが、開かれた形跡はない。
「……成田」
「こんにちは、王女様」
「ルークに会ったのでしょう?」
「はい」
「どうだった?」
「とても不安そうでした」
王女様が顔を曇らせた。
「……そう」
「でも、図書館の仕事を続けたいと話していましたよ」
王女様は、小さく息を吐いた。
「……あの人らしいわ」
俺は向かいの椅子に座った。
「王女様。今、一番心配なのは何ですか?」
「決まっているでしょう。ルークが犯人にされることよ」
「はい」
「それから……」
王女様は言いよどんだ。
「私のせいで、あの人が疑われているんじゃないかって」
……なるほど。
そこか。
「研究を頼んだのは、私だもの」
「でも、今回の資料はルークさん自身が気になって調べていたそうですよ」
「それでも、私と知り合わなければ、こんなことには……」
俺は少し考えた。
「王女様。それは、ルークさん自身の選択まで、王女様の責任にしてしまっていませんか?」
「……え?」
「ルークさんは歴史が好きで、自分の意思で研究をしているんですよね?」
「……ええ」
「だったら、その気持ちも尊重してあげてほしいんです」
王女様は黙り込んだ。
「もちろん、王女様が心配するのは自然なことです。でも、彼が何をしたかは、ちゃんと調べてもらいましょう」
「……そうね」
しばらくして、王女様が頷いた。
「私、少し焦っていたみたい」
「無理もありません」
俺は微笑んだ。
「大切な研究仲間ですからね」
王女様は、その言葉を聞いて少しだけ笑った。
◇◆◇
「……そうだわ」
突然、王女様が顔を上げた。
「成田。あなたに見せたいものがあるの」
「何でしょう?」
王女様は机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。
「昨日、ルークが届けてくれた年代記の写しよ」
そこには、古い紋章と短い文章が記されていた。
「これを見て」
王女様が指さしたのは、紋章の下にある一節だった。
「『境界の守り手は、門を開く者にあらず。門を閉ざす者なり』」
「……門を閉ざす?」
「ええ」
王女様は頷いた。
「私はずっと、境界の神殿は何かをつなぐ場所だと思っていたの」
「……はい」
「でも、この文章だと、逆の意味にも読めるでしょう?」
……確かに。
世界と世界をつなぐ。
その可能性に、俺は期待していた。
でも。
もし、その境界を閉じるための神殿だったら?
「……なるほど」
俺は腕を組んだ。
「ただ、門を閉じるなら、開くこともあるのかもしれませんね」
「そうなの!」
王女様が身を乗り出した。
「私も、それが気になっているの!」
……おお。
急に元気になった。
歴史オタク、恐るべし。
「それでね。もう一つ、不思議なことがあるの」
「……まだあるんですか?」
「この文章、王立図書館にある別の年代記では、まったく違う表現になっているの」
「違う表現?」
王女様は別の紙を広げた。
「そちらには、こう書かれているわ」
彼女はゆっくり読み上げた。
「『境界の守り手は、二つの世界を結ぶ誓約を継ぐ者なり』」
「…………」
……え?
閉じる者。
結ぶ者。
全然違うじゃないか。
「どちらが正しいんでしょう?」
「わからないわ。でも、年代記が書かれた時期は違うの」
「……時期?」
「『門を閉ざす者』と書かれた方が、百年以上古いのよ」
……なるほど。
後の時代に、意味が変わった?
それとも、誰かが書き換えた?
「だから、原本を確かめたかったの」
王女様は悔しそうに唇を噛んだ。
「なのに、関連する調査記録が盗まれてしまった」
……ああ。
そういうことか。
ルークさんが調べていた理由が、少し見えてきた。
◇◆◇
その時。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》】
【特殊な縁の反応を検知】
対象:古王国語の記録
【解析結果】
《縁結び》と類似する魔力反応を確認。
反応の性質:不明
……またか。
昨日と同じだ。
でも、今回は少しだけ違う。
俺が見つめていたのは、「門を閉ざす者」と書かれた方の写しだった。
……つまり。
《縁結び》と似た力が、必ずしも何かを結ぶために使われるとは限らない?
……いや。
まだ決めつけるのは早い。
「……成田?」
王女様が首を傾げた。
「どうかした?」
「いえ、少し考え事を」
俺は慌てて笑った。
……まずい。
この話、想像以上に複雑だ。
◇◆◇
図書室を出ると、廊下でアルベルト総監が待っていた。
「成田殿。少しよいか」
「はい?」
「捜査担当から、新しい報告があった」
総監の表情は険しい。
「保管室に残っていた魔力反応について、宮廷魔術師が解析したそうだ」
「……何かわかったんですか?」
「うむ」
総監は声を落とした。
「魔法の種類までは特定できなかった。しかし、少なくとも古文書を運び出すための転移魔法ではなかったらしい」
「……え?」
俺は思わず聞き返した。
「じゃあ、何の魔法だったんですか?」
「それを調べているところだ」
……なるほど。
まだ謎は残っている。
「それと、もう一つ」
総監が続けた。
「盗まれた『北方神殿調査記録・補遺』だが、保管目録を調べ直したところ、妙なことがわかった」
「……妙なこと?」
「その資料は、十年前の神殿立ち入り制限が始まった直後、一度だけ王城へ持ち出されている」
「……誰が?」
総監は、少し間を置いて答えた。
「当時、エレノア殿下の婚約候補となる家々との交渉を担当していた、王宮の文官だ」
「…………」
……え?
神殿の調査記録と、政略結婚の交渉?
何の関係があるんだ?
俺は思わず、王女様が見せてくれた二つの文章を思い出した。
門を閉ざす者。
二つの世界を結ぶ者。
そして、三百年前の婚姻同盟。
……まさか。
この事件。
単なる古文書泥棒じゃなくて。
王女様の結婚問題にも、つながっているのか?
俺は、深く息を吐いた。
……勘弁してくれ。
俺はただ、家族のもとへ帰る方法を探したいだけなんだけどなぁ。
――第19話・完――
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