第18話「図書館司書ルーク、古文書盗難事件の容疑者になる」
「ルーク・フェルナーが、古文書盗難の容疑者だと?」
俺は思わず聞き返した。
「正確には、事情を確認している段階です」
迎えに来た若い騎士が答える。
……よかった。
まだ犯人と決まったわけじゃないのか。
「では、王城へ向かいましょう」
「はい!」
俺は残りのパンを口に放り込み、立ち上がった。
『――おじさん、急いでますね!』
肩のミドリが揺れる。
「そりゃそうだよ」
『――パンのおかわり、忘れてません?』
「今それ言う!?」
……いや。
ちょっと惜しかったけど。
◇◆◇
王城の会議室には、アルベルト総監とセリス団長がいた。
机の上には、王立図書館の見取り図が広げられている。
「成田殿。朝早くからすまない」
「いえ。それで、何があったんでしょう?」
総監は書類を一枚差し出した。
「昨夜、王立図書館の保管室から古文書が一冊消えた」
「どんな本ですか?」
「『北方神殿調査記録・補遺』。約百年前にまとめられた資料だ」
……補遺。
つまり、追加の調査記録か。
「それが、境界の神殿に関係しているんですね?」
「そうだ。昨日、殿下が調査を希望された場所だ」
……タイミングが悪すぎる。
「ルークさんが疑われている理由は?」
「昨日の夕刻、彼がその資料を閲覧していた。保管室への入室記録も残っている」
「それだけですか?」
「今のところはな」
セリスが腕を組んだ。
「ただし、彼は閲覧後、規定どおりに資料を戻したと主張している」
「……なるほど」
俺は考え込んだ。
最後に触った人が、犯人とは限らない。
それは当然だ。
でも、疑われる理由があるのも確かだ。
「ルークさん本人には、もう話を聞いたんですか?」
「警備担当が事情を確認した。現在は図書館内で待機させている」
「……俺も話してみていいでしょうか?」
総監が眉を上げた。
「君は捜査官ではないぞ」
「わかっています」
俺は頷いた。
「犯人探しをするつもりはありません。ただ、ルークさんが何を考えて、何を心配しているのか。それなら、少しはお役に立てるかもしれません」
総監はしばらく黙っていた。
「……セリス。立ち会ってくれ」
「承知しました」
よし。
まずは、本人の話を聞こう。
◇◆◇
ルークさんは、王立図書館の小さな控室にいた。
昨日と同じ茶色い髪。
ただし、顔色はかなり悪い。
「……成田様?」
「おはようございます。少し、お話ししてもいいですか?」
「はい……」
俺は向かいの椅子に座った。
セリスは扉のそばに立っている。
「最初にお伝えしますが、俺は事件の調査官ではありません」
「……はい」
「ですから、犯人かどうかを決める立場でもありません」
ルークさんは、少しだけ肩の力を抜いた。
「今日は、あなたが困っていることを聞きに来ました」
「……困っていること、ですか?」
「はい。今、一番心配なことは何でしょう?」
ルークさんは俯いた。
しばらくして、小さな声で答えた。
「……殿下に、ご迷惑がかかることです」
……なるほど。
自分が疑われているのに、まず王女様の心配か。
「どうして、そう思うんですか?」
「僕が殿下の研究を手伝っていることは、図書館の人間なら知っています」
「はい」
「もし僕が古文書を盗んだと思われたら、殿下が命じたのではないかと疑われるかもしれません」
……ああ。
そういうことか。
昨日、アルベルト総監が警戒していた問題そのものだ。
「それは、怖いですね」
「……はい」
ルークさんは唇を噛んだ。
「僕は、ただ歴史を調べたかっただけなのに……」
◇◆◇
「昨日の夕方、何を調べていたんですか?」
俺が尋ねると、ルークさんは少し顔を上げた。
「境界の神殿についてです」
「王女様の研究のために?」
「はい。ただ、殿下に頼まれたわけではありません。僕が自分で気になって調べていました」
……おっと。
そこは重要だな。
「何か気になることがあったんですか?」
「三百年前の記録と、百年前の調査記録で、神殿の位置が少し違っていたんです」
「……位置が?」
「はい。古い地図では山の東側なのに、新しい記録では西側になっているんです」
……え?
神殿って、移動するものだっけ?
いや、普通はしないよな。
「地図の誤差という可能性は?」
「もちろんあります。でも、距離が離れすぎているんです」
ルークさんは机の上に指で線を描いた。
「だから、百年前の調査記録を確認しようと思って……」
「それが、盗まれた本だったんですね」
「はい」
ルークさんは頷いた。
「僕は読み終わったあと、確かに保管棚へ戻しました」
「その時、誰かいましたか?」
「……司書長が、廊下にいたと思います」
俺はセリスを見た。
彼女も小さく頷いた。
……これは、捜査担当に伝えた方がいい情報だな。
「ありがとうございます。その話は、担当の方にも伝えてください」
「はい……」
◇◆◇
その時。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》】
【対象:ルーク・フェルナー】
現在の感情:不安・焦燥・責任感
エレノア・アルフォードへの信頼:高
【注意】
感情情報は、発言の真偽を保証するものではありません。
……だよな。
不安そうだから無実、なんて判断はできない。
俺はスキルの表示を閉じた。
「ルークさん」
「はい」
「もし、この事件が解決したら、どうしたいですか?」
「……え?」
「図書館の仕事を続けたいですか?」
ルークさんは驚いた顔をした。
そして、ゆっくり頷いた。
「……続けたいです」
「はい」
「もっと勉強して、いつか自分でも歴史書を書いてみたいんです」
……おお。
いい夢じゃないか。
「それなら、今はそのために必要なことをしましょう」
「……必要なこと?」
「知っていることを、正確に伝えることです。わからないことは、わからないと言っていいんです」
ルークさんは、しばらく黙っていた。
「……はい」
その返事は、さっきより少しだけ力強かった。
◇◆◇
控室を出ると、セリスが俺に声をかけた。
「成田殿」
「はい?」
「彼を信じるのか?」
「……うーん」
俺は少し考えた。
「信じたいとは思います」
「だが、証拠はない」
「そうですね」
俺は頷いた。
「だから、信じたい気持ちと、事実を確認することは分けて考えないといけません」
セリスは黙って俺を見た。
「婚活相談でも、似たようなことがあるんです」
「……ほう?」
「相談者さんが『相手は絶対に自分を好きなはずだ』と言っても、それだけではわかりません」
「……確かに」
「大事なのは、本人の気持ちを尊重しながら、事実もちゃんと確認することです」
セリスは小さく笑った。
「君は、何でも婚活相談に結びつけるな」
「いやぁ。それしか専門がないもので」
……ほんとに。
俺にできるのは、婚活相談くらいなんだけどなぁ。
◇◆◇
会議室へ戻ると、アルベルト総監が新しい報告書を読んでいた。
「成田殿。ちょうどよかった」
「何か進展が?」
「保管室の入退室記録を再確認した」
総監は書類を机に置いた。
「昨夜、ルークが退室したあとにも、保管室の扉が開いている」
「……え?」
「ただし、入室者の名前が記録されていない」
……名前がない?
「そんなこと、あるんですか?」
「通常はない。保管室の扉には、入室者を記録する魔道具が設置されている」
「……魔道具」
便利だなぁ。
異世界の入退室管理システム。
「故障でしょうか?」
「その可能性もある。だが、昨夜の記録には妙な点がある」
総監は、ある時刻を指さした。
「この時刻だけ、記録の一部が欠けている」
「……なるほど」
つまり。
ルークさんが最後の入室者とは限らない。
でも、誰が入ったのかはわからない。
「捜査担当には、この情報を伝えてありますか?」
「もちろんだ」
総監が頷いた。
「それと、もう一つ」
「……はい?」
「欠けた記録の直後に、保管室の魔力反応が一瞬だけ大きく変化している」
……魔力反応?
俺は思わず身を乗り出した。
「どんな変化ですか?」
「詳細は解析中だが、通常の開錠魔法とは異なるらしい」
総監は、さらに一枚の紙を差し出した。
「そして、その反応は――」
そこには、見覚えのある模様が描かれていた。
円の中に、重なり合う二つの輪。
……え?
これって。
昨日、王女様が見せてくれた古い紋章じゃないか。
「三百年前の『境界の守り手』の紋章と、よく似ているそうだ」
「…………」
……ちょっと待ってくれ。
古文書の盗難。
記録の欠落。
謎の魔力反応。
そして、境界の守り手。
……これ、全部つながってるのか?
俺は、机の上の報告書を見つめた。
家族のもとへ帰る手がかりが、ようやく見つかったと思ったのに。
どうやら、その手がかりを追っているのは。
俺たちだけじゃないらしい。
――第18話・完――
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