第17話「おじさん、帰還の手がかりを見つけるも王城から出られない」
「……その神殿、今は入れないんですか?」
俺は机に広げられた地図を見つめた。
王都から北へ三日。
古い山道の先に、小さな印がついている。
境界の神殿。
もし、そこに日本へ帰る手がかりがあるなら。
一刻も早く行ってみたい。
「ええ。十年ほど前から、王国が立ち入りを制限しているの」
エレノア王女が答えた。
「……何か危険が?」
「魔力の異常が観測されたそうよ。詳しい報告書は、私もまだ読めていないけれど」
……魔力の異常。
嫌な響きだなぁ。
俺の初期HP、たったの十二だったんだけど。
レベルは少し上がったとはいえ、戦闘が苦手なのは変わらない。
「調査するには、許可が必要なんですね?」
「そうね。王国の管理区域だから、国王陛下か担当部署の承認がいるわ」
……なるほど。
勝手に入ったら不法侵入。
異世界に来てまで前科はつけたくない。
「その許可、申請することはできますか?」
王女様が首を傾げた。
「成田も、神殿に興味があるの?」
「……はい。かなり」
自分でも驚くほど、声が真剣になった。
王女様は少し目を丸くした。
「そう。歴史が好きなのね!」
「いえ、そういうわけでは……」
……いや。
完全に違うとも言い切れない。
歴史は好きだ。
ただ、今回はそれ以上に切実な理由がある。
「もしよろしければ、調査に同行させていただきたいんです」
王女様は嬉しそうに頷いた。
「もちろん! 私も現地を見てみたかったの!」
……おお。
話が早い。
さすが王女様。
◇◆◇
「――許可できん」
話が早いと思った俺が、甘かった。
王城の執務室。
アルベルト総監は、俺たちの申し出を聞くなり即答した。
「……え?」
王女様が不満そうに眉を寄せた。
「どうして?」
「殿下。境界の神殿は、現在も立ち入り制限区域です」
「だから、正式に許可を取ろうとしているのでしょう?」
「王女殿下が同行されるとなれば、護衛や調査隊の編成が必要になります」
「セリスがいれば十分じゃない!」
「十分ではありません」
……ああ。
これ、よくあるやつだ。
偉い人が「ちょっと出かけたい」と言っても、周囲の人は大変なんだよなぁ。
しかも、行き先は魔力異常のある神殿。
俺だって、王女様を危険な場所に連れていくのは反対だ。
「……あの」
俺はそっと手を挙げた。
「何だね、成田殿?」
「王女様の同行は、いったん保留でいいと思います」
「……成田!?」
王女様が驚いた顔をした。
「だって、まだ何が危険なのかわかっていませんから」
「……それは、そうだけど」
「まずは報告書を確認して、安全性を調べるところから始めませんか?」
アルベルト総監が頷いた。
「妥当な判断だ」
……よかった。
今回は、俺の意見が通ったらしい。
「ただし、報告書の閲覧にも許可が必要だ」
「…………」
……あれ?
結局、そこから?
◇◆◇
「成田殿」
アルベルト総監が俺を見た。
「一つ、聞いてもよいか?」
「はい」
「君は、なぜそこまで神殿に関心を持つ?」
……来た。
当然の質問だ。
王女様は歴史研究のため。
でも、俺は違う。
……どう説明すればいい?
異世界から来ました。
日本に妻と子供がいます。
帰る方法を探しています。
……うん。
怪しすぎる。
下手をすると、今度は俺が調査対象になる。
「……個人的な事情です」
俺は正直に答えた。
「今は、詳しくお話しできません。ただ、俺にとって大切なことなんです」
アルベルト総監は黙っていた。
王女様も、俺をじっと見ている。
「……そうか」
総監が静かに頷いた。
「無理に聞くつもりはない」
「ありがとうございます」
「だが、王国の管理区域に入る以上、理由を伏せたまま許可を出すことはできん」
……ですよねぇ。
それは、まったくそのとおりだ。
「必要な時には、きちんと説明します」
「うむ」
総監は少し考えた。
「まずは、十年前の調査報告書を取り寄せよう。それを確認した上で、次の判断をする」
「……ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げた。
まだ神殿に行けるわけじゃない。
でも、一歩前進だ。
◇◆◇
王城を出る頃には、すっかり夕方になっていた。
空は茜色に染まり、街の向こうに沈む太陽が見える。
『――おじさん、今日は大変でしたね!』
肩のミドリが、ぷるんと揺れた。
「そうだねぇ」
『――でも、神殿に行けそうですね!』
「まだわからないよ」
俺は苦笑した。
「報告書を読んで、危険だったら諦めるしかないかもしれないし」
『――諦めるんですか?』
「……いや」
俺は少し考えた。
「別の方法を探すかな」
危険な場所に無理やり突っ込んで死んだら、元も子もない。
家族に会いたいからこそ、生きて帰らなきゃいけない。
……そうだ。
焦るな。
まだ、始まったばかりだ。
◇◆◇
宿『月見亭』に戻ると、俺は部屋のベッドに腰を下ろした。
そして、ポケットからスマートフォンを取り出した。
画面は、まだ点いた。
もちろん、圏外のままだ。
……美咲。
悠斗。
結衣。
みんな、どうしているだろう。
俺がいなくなって、困っていないだろうか。
……いや。
困っているに決まってる。
住宅ローンだって、まだ残っている。
子供たちの学費だって、これからかかる。
……俺、何やってるんだろうな。
異世界で騎士団の相談役になって。
王女様の人生相談をして。
神殿の調査許可を待っている。
……まるで、ゲームのサブクエストばっかり進めてるみたいだ。
でも。
俺にとってのメインクエストは、一つしかない。
家族のもとへ帰ること。
そのために、今できることをやる。
俺はスマートフォンをしまい、静かに息を吐いた。
◇◆◇
翌朝。
俺が宿の食堂で朝食を食べていると、突然、扉が開いた。
「成田和彦殿!」
鎧を着た若い騎士が入ってきた。
……え?
朝から何事?
「アルベルト総監より、至急王城へ来るようにとの伝言です!」
「……至急?」
俺はパンを持ったまま固まった。
「何かあったんですか?」
騎士は、周囲を気にしながら声を落とした。
「昨夜、王立図書館で事件が起きました」
「……事件?」
「境界の神殿に関する古文書が、何者かに持ち去られたそうです」
「…………え?」
俺は思わず立ち上がった。
古文書が、盗まれた?
しかも、よりによって神殿に関するものが?
「それだけではありません」
騎士は、さらに声を低くした。
「最後にその古文書を閲覧していたのは、図書館司書のルーク・フェルナーだそうです」
「…………」
……おいおい。
ちょっと待ってくれ。
ルークさんって、昨日、王女様に本を届けていた青年だよな?
まさか。
あの人が、犯人だっていうのか?
俺は、手に持ったパンを見つめた。
……いや。
まず、食べ終わってから考えよう。
腹が減っては、相談もできない。
――第17話・完――
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