第16話「王女様の歴史研究、どうやら国家機密に触れていました」
「王女殿下が何を調べているのか、知りたがっている者がいる」
アルベルト総監の言葉に、俺は首を傾げた。
「……歴史の研究ですよね?」
「そうだ」
「三百年前の?」
「そうだ」
「……ずいぶん熱心な歴史好きの貴族がいるんですねぇ」
「成田殿」
「はい」
「そういう話ではない」
ですよね。
わかってました。
ちょっと現実逃避しただけです。
総監は廊下の窓に目を向けた。
「三百年前の王国統一戦争では、多くの貴族家が領地や特権を得た。その根拠となるのが、当時の条約や婚姻契約だ」
「……なるほど」
「殿下は、その原本を調べておられる」
……ん?
それって、もしかして。
「今の貴族の権利が、三百年前の結婚の約束で決まっているってことですか?」
「大まかには、そうだ」
総監が頷いた。
「古い契約の解釈が変われば、現在の利害関係にも影響する」
……うわぁ。
歴史研究のつもりが、現代の法律問題につながってる。
異世界の古文書、怖い。
◇◆◇
「ただし、殿下が何か不正を見つけたわけではない」
総監は念を押した。
「今のところ、あくまで研究だ」
「わかりました」
「だからこそ、騒ぎにしたくないのだ」
……なるほど。
証拠もない段階で疑惑が広まれば、王女様にもルークさんにも迷惑がかかる。
「それなら、俺が口を出せることは少なそうですね」
「……意外だな」
「何がです?」
「君なら、何か解決策を提案するかと思った」
「いやいや。古文書の専門家でも、政治家でもありませんから」
俺は苦笑した。
「わからないことに首を突っ込んで、余計にこじらせたくないんです」
総監は少し考え、頷いた。
「……賢明だ」
……よかった。
異世界に来て初めて、無理をしない判断を褒められた気がする。
「ただ、殿下の相談相手にはなってやってほしい」
「もちろんです。ご本人が望まれるなら」
総監はそれを聞いて、少しだけ表情を和らげた。
◇◆◇
「……成田!」
背後から声がした。
振り向くと、エレノア王女が廊下を小走りにやってくる。
腕には、先ほどの分厚い本。
後ろから侍女が慌ててついてきていた。
「殿下、廊下ではお静かに!」
「わかっているわ!」
……いや。
あんまりわかってなさそうだなぁ。
王女様は俺の前で立ち止まった。
「一つ、聞いてもいいかしら?」
「はい。何でしょう?」
「あなた、さっき私の研究を正式な活動にしてはどうかと言ったでしょう?」
「ええ」
「だったら、研究内容も聞いてくれる?」
……おお。
これは、ありがたい。
本人から話してくれるなら、聞かない理由はない。
「もちろんです」
俺が答えると、王女様は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、図書室へ来て!」
……え?
今から?
俺、そろそろ宿に戻って昼ご飯を食べようと思ってたんだけど。
『――おじさん、お腹すきました!』
肩のミドリが念話で訴えてきた。
……うん。
俺もだよ。
◇◆◇
王城の図書室は、とんでもなく広かった。
天井まで届く本棚。
壁一面に並ぶ古い書物。
中央には、長い閲覧机。
……すごい。
ファンタジー作品に出てくる魔法図書館みたいだ。
ただし、俺にとって一番気になるのは別のことだった。
……これ、地震が来たら大丈夫なのかな。
日本人の習性って、なかなか抜けない。
「ここよ!」
王女様が机の上に本を広げた。
そこには、複雑な紋章と古い文字が並んでいた。
「三百年前、初代国王は五つの有力家と婚姻同盟を結んだの」
「はい」
「そのうち四つは、今も貴族家として残っているわ」
「……なるほど」
「でも、五つ目だけ、記録がほとんど残っていないの」
王女様は一つの紋章を指さした。
円の中に、二つの輪が重なったような模様。
「この家の名前は、古い年代記では『境界の守り手』と記されているの」
「……境界?」
「そう。国境なのか、魔法的な境界なのか、それすらはっきりしない」
……へえ。
ちょっと面白そうだ。
「それで、今回の第三巻に手がかりが?」
「ええ。ルークが見つけてくれたの」
王女様はページをめくった。
そして、一節を指さした。
「ここを見て」
……えーっと。
文字が読めない。
いや、普通の文字なら不思議と理解できるんだけど、これは古語らしい。
「すみません。俺には読めなくて」
「あ、ごめんなさい。古王国語だったわね」
王女様は少し照れたように笑った。
「ここには、こう書かれているの」
彼女はゆっくり読み上げた。
「『五つ目の誓約は、血によってではなく、異なる世界を結ぶ縁によって守られる』」
「…………」
……え?
今、何て言った?
「……異なる世界?」
「ええ。変わった表現でしょう?」
王女様は楽しそうに続けた。
「普通なら『異なる国』とか『異なる種族』と書くところなのに、わざわざ『世界』という言葉を使っているの」
俺の心臓が、どくんと跳ねた。
……異なる世界。
まさか。
◇◆◇
「……王女様」
「何?」
「その『異なる世界』というのは、どういう意味なんでしょう?」
「まだわからないわ」
王女様は首を振った。
「古い魔法の比喩かもしれないし、当時の宗教的な表現かもしれない」
「……なるほど」
「でも、私は気になっているの」
王女様は目を輝かせた。
「もし本当に、別の世界という意味だったら?」
……別の世界。
日本。
美咲。
悠斗。
結衣。
家族の顔が、頭に浮かんだ。
……帰れるのか?
いや。
まだ何もわかっていない。
ただの比喩かもしれない。
期待しすぎるな。
そう自分に言い聞かせても、胸の鼓動は速くなるばかりだった。
「……成田?」
王女様が不思議そうに俺を見た。
「顔色が悪いわよ?」
「……いえ、少し驚いただけです」
「そう?」
俺は深呼吸した。
「王女様。その記録について、もう少し詳しく調べることはできますか?」
「もちろんよ!」
王女様は嬉しそうに頷いた。
「ただ、問題があるの」
「……問題?」
「五つ目の誓約に関する記録は、王立図書館にもほとんど残っていないの」
「……そうなんですか」
「でも、ルークが一つだけ手がかりを見つけてくれたわ」
王女様は、別の紙を取り出した。
そこには、古い地図が描かれていた。
「王都から北へ三日の場所に、古い神殿跡があるの」
「……神殿?」
「ええ。今は立ち入りが制限されているけれど、昔は『境界の神殿』と呼ばれていたらしいわ」
……境界の神殿。
なんだ、その名前。
いかにも何かありそうじゃないか。
その時。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》発動】
【特殊な情報を検知】
古王国語の記録に、固有スキル《縁結び》と類似する魔力反応を確認。
【詳細解析】
解析不能。
関連情報が不足しています。
「…………」
……おいおい。
ちょっと待ってくれ。
ただの歴史研究じゃなかったのか?
俺のスキルと、三百年前の記録が関係している?
……まさか。
《縁結び》は、人と人との関係をつなぐスキルだ。
でも、もし。
人だけじゃなく、世界と世界の間にも「縁」があるとしたら?
……いや、さすがに考えすぎか。
それでも、俺はその可能性を捨てきれなかった。
俺は、机の上の古い地図を見つめた。
王都から北へ三日。
境界の神殿。
……行ってみたい。
いや。
行かなきゃいけない気がする。
だって。
もしかしたら、そこに。
家族のもとへ帰る手がかりがあるかもしれないんだから。
――第16話・完――
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