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第15話「王女様と図書館司書、身分違いの縁を結べるか?」

「王女殿下と、あの青年の関係には深入りしない方がいい」


 アルベルト総監の言葉に、俺は思わず背筋を伸ばした。


「……何か問題があるんでしょうか?」


「問題があるかどうかも含めて、慎重であるべきだということだ」


 ……なるほど。


 ずいぶん含みのある言い方だ。


 俺はちらりとエレノア王女を見た。


 王女様は、さっきルークが持ってきた本を胸に抱え、むっとした顔をしている。


「総監。ルークは、ただ資料を届けてくれただけです」


「承知しております、殿下」


「それなのに、まるで悪いことをしたみたいに……」


「王城では、悪意のない行動が問題になることもございます」


 アルベルト総監の声は穏やかだった。


 だが、譲る気配はない。


 ……うーん。


 これは、単なる身分差の話じゃなさそうだ。


「失礼ですが、総監」


「何かね?」


「ルークさんは、何か規則を破ったんですか?」


「いや。資料の搬入手続きも、殿下への面会許可も正式なものだ」


「では、問題は彼の行動ではなく、周囲からどう見られるか、ということでしょうか?」


 総監の目が細くなった。


「……そのとおりだ」


 ◇◆◇


「現在、殿下の婚姻については貴族会議の関心が集まっている」


 総監は机の上の書類に目を落とした。


「七人の候補を断られたことで、一部の貴族は陛下の方針に不満を持っている。そんな状況で、殿下が特定の若い男性と親しくしているという噂が広まれば、どうなると思う?」


 ……ああ。


 嫌な予感がする。


「その男性が、縁談を断る理由だと疑われる?」


「そうだ。たとえ事実でなくともな」


「ちょっと待って!」


 王女様が立ち上がった。


「ルークは私の研究を手伝ってくれているだけよ!」


「私も、そう認識しております」


「だったら――」


「しかし、貴族会議の全員がそう受け取るとは限りません」


 王女様が言葉に詰まった。


 ……厄介だな。


 本人たちが何も悪いことをしていなくても、周囲が勝手に意味をつける。


 しかも、その噂が政治的な道具になる。


 日本の職場にも似たような話はあったけど、規模が違いすぎる。


「ルークさんは、王立図書館の職員なんですよね?」


「うむ。まだ若いが、古文書の解読では優秀だと聞いている」


「彼自身に、政治的な後ろ盾は?」


「特にない。地方出身の平民だ」


 ……なるほど。


 それは、立場が弱い。


 もし何か問題が起きれば、王女様より先に彼が責任を問われる可能性がある。


「総監のご心配は、ルークさんを守るためでもあるんですね」


 俺が言うと、アルベルト総監はわずかに頷いた。


「理解してもらえて助かる」


 王女様は、悔しそうに唇を噛んでいた。


 ◇◆◇


「……でも」


 しばらくして、王女様が口を開いた。


「私が誰と本の話をするかまで、決められなければならないの?」


 その声は小さかった。


「婚約候補とは会えと言われるのに、私が話したい人とは話すなと言われる」


 ……うん。


 それは、納得できないよな。


 俺は総監に向き直った。


「一つ、提案してもいいでしょうか?」


「聞こう」


「王女様の歴史研究を、正式な活動として認めてもらうことはできませんか?」


「……正式な活動?」


「はい。王立図書館との共同研究という形にするんです」


 俺は続けた。


「資料の受け渡しも、研究の打ち合わせも、決められた場所と手続きで行う。担当者も明確にする」


「……ふむ」


「そうすれば、少なくとも密会だとか、秘密の関係だとかいう誤解は減らせると思います」


 アルベルト総監は腕を組んだ。


「確かに、非公式な交流よりは説明がつく」


「もちろん、これだけで噂を防げるとは思いません。でも、何もしていない人が疑われるよりはいいかと」


 ……まあ。


 俺が思いつくのは、この程度だ。


 王国の政治制度も法律も、まだよく知らない。


 だから、最終的な判断は詳しい人に任せるしかない。


「ただし、王女様が望まれるなら、ですが」


 俺はエレノア王女を見た。


「どうでしょう?」


「……私は」


 王女様は本の表紙を指でなぞった。


「研究を続けたいわ」


「はい」


「ルークだけじゃなくて、ほかの研究者とも、もっと自由に議論したい」


 ……おお。


 いいじゃないか。


 単に一人の青年と会いたいだけじゃない。


 自分の好きなことを、ちゃんと続けたいんだ。


「それなら、その希望を国王陛下に伝えてみましょう」


「……お父様に?」


「はい。王女様の活動として認めてもらえれば、周囲の理解も少しは変わるかもしれません」


 アルベルト総監が静かに頷いた。


「私からも、陛下に進言しておこう」


「……ありがとう、総監」


 王女様の表情が、少しだけ明るくなった。


 ◇◆◇


 その時だった。


 ピロン♪


【固有スキル《縁結び》】


 対象:エレノア・アルフォード


【関係性の変化を検知】


 不安:減少


 自己決定への意欲:上昇


【特殊な縁について】


 《運命の縁》は、恋愛関係の成立を保証するものではありません。


 対象者の人生に大きな影響を与える可能性を示します。


 ……やっぱり。


 金色の糸が見えたからといって、恋人同士とは限らない。


 ルークさんは、王女様が自分らしく生きるための大切な理解者なのかもしれない。


 それなら、それでいい。


 無理に恋愛へ結びつける必要なんてないんだから。


「成田」


 王女様に呼ばれた。


「はい?」


「あなた、私に結婚相手を探すために来たのでしょう?」


「まあ、最初はそういう話でしたね」


「それなのに、どうして研究のことばかり考えてくれるの?」


 ……うーん。


 どう答えたものか。


「結婚って、その人の人生の一部ですから」


「……人生の一部?」


「はい。結婚したら、それまで大切にしていたものを全部諦めなきゃいけない、なんてことはないと思うんです」


 王女様は黙って聞いていた。


「もちろん、結婚すれば生活は変わります。でも、何を大切にしたいかは、人によって違います」


 俺は少し笑った。


「だから、結婚相手を考える前に、王女様がどんな人生を送りたいのか知りたかったんです」


 王女様は、しばらく俺を見つめていた。


「……そう」


 そして、小さく微笑んだ。


「少しだけ、わかった気がするわ」


 ◇◆◇


 相談が終わり、俺たちは部屋を出た。


 廊下には、窓から午後の日差しが差し込んでいる。


 ……ふう。


 疲れた。


 剣を振っていないのに、訓練場にいた時と同じくらい疲れた気がする。


『――おじさん、お疲れさまです!』


 俺の肩に乗ったミドリが、ぷるんと揺れた。


『――お姫様、少し元気になりましたね!』


「そうだねぇ」


『――でも、結婚のお相手は決まらなかったですね』


「そりゃ、今日決める話じゃないからね」


『――人間の結婚は難しいですねぇ』


「まったくだよ」


 ……いや。


 スライムの結婚が簡単すぎるのかもしれないけど。


 その時。


「成田殿」


 背後から声がした。


 振り向くと、アルベルト総監が立っていた。


「少し、話せるかね?」


「はい。何でしょう?」


 総監は周囲を確認してから、声を落とした。


「先ほどの件だが、君に一つ伝えておくことがある」


「……はい?」


「殿下の婚約候補の中には、今回の縁談を断られたことで、大きな損失を受けた家もある」


 ……損失?


「婚約が成立する前から、交易や領地に関する交渉を進めていた家だ」


「……なるほど」


「その中の一つが、殿下の研究活動にも関心を示している」


 ……ん?


 なんか、嫌な予感がする。


「どういう意味でしょう?」


 総監は、真剣な表情で言った。


「王女殿下が何を調べているのか、知りたがっている者がいるということだ」


「…………え?」


 歴史研究。


 三百年前の王国統一戦争。


 そして、婚姻同盟の記録。


 ……まさか。


 王女様が調べていることって、単なる歴史の趣味じゃないのか?


 俺は、さっき彼女が大切そうに抱えていた本を思い出した。


 どうやら。


 この王城での相談は、まだ始まったばかりらしい。


 ――第15話・完――

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