第14話「王女様の政略結婚、期限付きの自由でした」
「……お父様が、守ってくださっているからよ」
エレノア王女は、静かにそう言った。
「国王陛下が、ですか?」
「ええ。私が嫌だと言う相手とは、無理に婚約させないって約束してくださったの」
……なるほど。
だから、七人もの婚約候補を断れたのか。
とはいえ、王族の結婚だ。
国王様が娘思いだからといって、それですべて解決するわけじゃないだろう。
「お父様は昔、政略結婚で不幸になった親族を見ているの」
王女様は続けた。
「だから、私には同じ思いをさせたくないんですって」
「……そうだったんですね」
「でもね」
彼女は俯いた。
「その約束のせいで、お父様が困っていることも知っているの」
「……といいますと?」
「貴族会議から、何度も抗議が来ているのよ」
……ああ。
やっぱり、そういう話になるよなぁ。
「第二王女の婚姻は、王国の利益のために使うべきだって。私が縁談を断るたびに、お父様が責められているの」
国王としては、娘の幸せを守りたい。
でも、王としての責任もある。
そして王女様自身も、その板挟みになっている。
「……期限もあるんです」
「期限?」
「次の春の建国祭まで。それまでに婚姻についての方針を決めなければ、貴族会議が正式に介入することになっているの」
「……なるほど」
俺はゆっくり頷いた。
つまり、この王女様は好き勝手に縁談を断っているわけじゃない。
父親が守ってくれている限られた時間の中で、必死に自分の人生を考えているんだ。
……いや、待てよ。
これ、結構深刻な話じゃない?
婚活相談のつもりで来たら、国家レベルの問題が出てきたんですけど。
◇◆◇
「……だから、焦っているんですね」
俺が言うと、王女様は驚いたように顔を上げた。
「……え?」
「結婚相手を無理に決めたくない。でも、お父様にも迷惑をかけたくない。そういうことでしょうか?」
王女様の唇が、小さく震えた。
「……そうよ」
彼女は、かすれた声で答えた。
「私だって、王女としての責任はわかっているわ」
「……はい」
「でも、だからって……」
王女様は顔を伏せた。
「私の人生を、誰かの都合だけで決められたくないの」
……うん。
その気持ちは、よくわかる。
ただ。
これは、簡単に答えが出る問題じゃない。
本人の幸せも大切だ。
王国の事情も、無視できない。
だからこそ、俺は慎重に言葉を選んだ。
「王女様。今すぐ結婚相手を決める必要はないと思います」
「……でも、期限が」
「はい。だから、まずは何が変えられて、何が変えられないのかを整理しましょう」
「……整理?」
「ええ。婚約候補を選ぶ条件や、期限の延長が可能なのか。王女様ご自身の希望を、国王陛下にどう伝えるか」
俺は微笑んだ。
「結婚相手を探す前に、考えられることはまだありますよ」
王女様は、しばらく俺を見つめていた。
「……あなた、変な人ね」
「また言われましたねぇ」
「普通なら、私に誰かを選べって言うのに」
「選ぶのは王女様ですから」
俺は頷いた。
「もちろん、王国の事情を無視していいわけではありません。でも、王女様の希望を伝えることと、国のために何ができるか考えることは、両立できると思います」
……まあ。
具体的にどう両立させるかは、これから考えなきゃいけないんだけど。
俺は外交官でも政治家でもない。
ましてや、王国の法律なんて知らない。
ただ、本人の気持ちを整理することなら手伝える。
「俺にできるのは、そのためのお手伝いくらいです」
王女様は目を伏せた。
そして、小さく笑った。
「……ありがとう」
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》発動】
対象:エレノア・アルフォード
信頼度:35 → 60
警戒心:65 → 40
【新たな縁の可能性を検知】
対象者の周囲に、未成立の縁が存在します。
詳細解析には、さらなる情報が必要です。
「……ん?」
俺は画面を見つめた。
未成立の縁?
……誰だろう。
王女様の周りに、何か特別な相手がいるのだろうか。
◇◆◇
その時だった。
「……殿下」
扉の外から、控えめな声が聞こえた。
王女様の表情が、ぴくりと動く。
「……何?」
「王立図書館より、例の資料が届いております」
王女様の目が、ぱっと輝いた。
「本当!?」
……おお。
さっきまでの落ち着いた雰囲気が、一瞬で変わった。
「すぐに持ってきて!」
「かしこまりました」
しばらくして、若い男性が大きな本を抱えて入ってきた。
年齢は二十歳前後だろうか。
茶色い髪。
地味な服装。
少し緊張した様子で、丁寧に頭を下げる。
「エレノア殿下。ご依頼の『王国統一戦争年代記・第三巻』をお持ちしました」
「ありがとう、ルーク!」
王女様が嬉しそうに微笑んだ。
……ん?
なんだ?
今までの王女様とは、明らかに表情が違う。
「第三巻の写本、見つかったのね!」
「はい。北方の修道院に所蔵されていたものを、王立図書館が借り受けました」
「素晴らしいわ! これで、統一戦争後の婚姻記録を照合できる!」
「殿下のお考えどおりなら、従来の歴史書にない事実が見つかるかもしれません」
「そうなの! 私もそこが気になっていて――」
……おお。
会話が弾んでる。
しかも、かなり専門的だ。
俺には何を言っているのか、半分もわからない。
……いや、半分もわかってないな。
せいぜい二割くらいだ。
でも。
王女様が、心から楽しそうに話していることだけはわかる。
青年も、王女様の話を真剣に聞いている。
……なるほど。
この二人、歴史研究の話ができる仲なんだな。
俺は、そっと《縁の可視化》を発動した。
すると。
王女様と青年の間に、淡い金色の糸が浮かび上がった。
「……え?」
俺は思わず息を呑んだ。
……金色?
リリアさんの時にも見た、あの不思議な色だ。
ただし、今回は違う。
糸が、二人の間をしっかりとつないでいる。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》】
対象:エレノア・アルフォード
対象:ルーク・フェルナー
【特殊な縁を検知】
関係性:未解析
相性:測定不能
縁の種類:《運命の縁》
……運命の縁!?
俺は思わず二人を見た。
王女様は、嬉しそうに本を受け取っている。
青年は、少し照れたように微笑んでいた。
……いやいやいや。
ちょっと待て。
王女様と、図書館の青年?
これって、もしかして。
……身分違いの恋!?
俺の中のオタク魂が、思わず騒ぎ出した。
……いや、落ち着け。
まだ何もわかっていない。
そもそも、金色の糸が恋愛を意味するとも限らない。
勝手に恋愛関係だと決めつけるのはよくない。
それに、仮に二人が互いに好意を抱いていたとしても。
王女様の結婚には、国の事情がある。
相性がいいから結婚すればいい、なんて簡単な話じゃない。
……これは、ちょっと難しい相談になりそうだなぁ。
俺は、二人を見つめながら、静かに考えた。
すると、王女様がこちらを振り向いた。
「あら、成田。どうしたの?」
「いえ、楽しそうだなと思いまして」
「ええ! ルークは、私の研究の話をきちんと聞いてくれるの」
王女様は嬉しそうに笑った。
「私がどれだけ難しい話をしても、嫌な顔一つしないのよ」
「……それは、素敵ですね」
俺が微笑むと、青年は慌てて頭を下げた。
「い、いえ! 私はただ、殿下の研究に興味があるだけで……!」
……うん。
いい青年だ。
少なくとも、王女様のことを一人の研究者として尊重しているように見える。
だが、その時。
「……ルーク・フェルナー」
それまで黙っていたアルベルト総監が、低い声で言った。
「殿下への資料の受け渡しは済んだな?」
「は、はい!」
「では、下がりなさい」
「……かしこまりました」
青年は深く頭を下げ、部屋を出ていった。
王女様は少し残念そうに、その背中を見送った。
……ん?
今の総監の声。
なんだか、少し厳しかったような。
俺が首を傾げていると、アルベルト総監が静かに口を開いた。
「……成田殿」
「はい?」
「一つ、忠告しておこう」
総監は、真剣な表情で俺を見た。
「王女殿下と、あの青年の関係には、深入りしない方がいい」
「…………え?」
……いや。
俺、まだ何もしてないんですけど!?
どうやら。
この王城には、俺が思っていた以上に複雑な事情があるらしい。
――第14話・完――
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