第13話「結婚したくない王女様、意外な趣味を語り出す」
「……結婚の話はしない?」
エレノア王女は、信じられないものを見るような目で俺を見つめた。
「はい。したくないとおっしゃっていましたから」
「あなた、何のために呼ばれたかわかっているの?」
「一応、相談員として呼ばれたと聞いています」
「だったら、私を説得するのが仕事でしょう?」
「いえ。話を聞くのが仕事です」
「…………」
王女様が黙った。
隣では、セリスも腕を組んだままこちらを見ている。
アルベルト総監は、なぜか少し楽しそうだ。
……いや、そんなに珍しいことかな。
結婚したくない人を説得して結婚させる。
それじゃ、相談員じゃなくて営業マンだ。
もちろん、結婚を勧める場面もある。
でも、本人の気持ちを無視していい理由にはならない。
「……変わった人ね」
エレノア王女が小さくつぶやいた。
「よく言われます」
「褒めていないわよ」
「でしょうねぇ」
俺が苦笑すると、王女様は一瞬だけ口元を緩めた。
……おっ。
少しだけ、緊張がほぐれたかな。
◇◆◇
「……それで?」
王女様が椅子に腰掛けた。
「何を話せばいいの?」
「何でも構いませんよ」
「……何でも?」
「はい。好きな食べ物でも、趣味でも」
王女様は怪訝そうな顔をした。
「……趣味?」
「ええ。俺は人の好きなものの話を聞くのが好きなんです」
「……ふうん」
彼女は少し考えた。
そして。
「……本」
「本ですか?」
「ええ。特に、昔の王国の歴史について書かれたものが好き」
「おお、歴史ですか」
……いいねぇ。
歴史好きの王女様。
なんか、知的な感じがする。
「どんなところが面白いんですか?」
俺が尋ねると、王女様は少し驚いた顔をした。
「……面白い?」
「はい。歴史って、人物の生き方とか、国の成り立ちとか、いろいろ興味深いですよね」
「……そうね」
彼女の目が、少しだけ輝いた。
「例えば、三百年前の王国統一戦争」
「はい」
「一般には、初代国王が武力で諸侯をまとめたとされているけれど、実際には婚姻同盟が大きな役割を果たしているの」
「……婚姻同盟」
……なるほど。
政治と結婚が結びついているわけか。
「戦わずに国をまとめる方法として、結婚が使われたんですね」
「そう! そうなの!」
王女様が身を乗り出した。
「でも、歴史書ではそこがあまり詳しく書かれていないのよ!」
「へえ、それは興味深いですね」
「でしょう!?」
……おお。
急に饒舌になった。
さっきまでの警戒心はどこへやら。
好きなことの話になると、人は変わる。
リリアさんの時もそうだった。
……やっぱり、趣味の話って大事だなぁ。
◇◆◇
「……でも」
しばらく話したあと、王女様は急に表情を曇らせた。
「私が歴史を好きだと言うと、みんな変な顔をするの」
「……変な顔?」
「『王女なら、もっと華やかなことに興味を持つべきだ』って」
……ああ。
そういうことか。
「舞踏会とか、宝石とか、ドレスとか。そういう話なら喜ばれるのに」
「……なるほど」
「歴史の話をすると、すぐに話題を変えられるの」
王女様は小さくため息をついた。
「……つまらない女だと思われているのかしら」
「そんなことないと思いますよ」
俺は即座に答えた。
「好きなものがあるって、素敵なことですから」
「……本当に?」
「はい」
俺は頷いた。
「俺も、昔から趣味の話をすると、周りに変な顔をされることがありました」
「……あなたも?」
「ええ。好きな作品の話を始めると、つい熱くなっちゃいまして」
……まあ、オタクあるあるだ。
相手が興味を持っていないのに、延々と語ってしまう。
若い頃は、それで失敗したこともある。
「でも、趣味そのものが悪いわけじゃないんです。相手に合わせて話すことも大切ですけど、好きなものを無理に隠す必要もないと思います」
王女様は黙って俺を見つめた。
そして、小さくつぶやいた。
「……そんなこと、初めて言われた」
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》発動】
対象:エレノア・アルフォード
警戒心:85 → 65
信頼度:10 → 35
現在の感情:困惑・安堵・興味
……よし。
少しずつ、心を開いてくれている。
◇◆◇
「……ねえ、成田」
「はい?」
「あなたは、結婚しているの?」
「はい。妻と子供が二人います」
「……そう」
王女様は少し考えた。
「……幸せ?」
……おっ。
なかなか直球の質問だ。
俺は少しだけ笑った。
「はい。幸せですよ」
「……即答なのね」
「もちろん、喧嘩もしますし、お金のことで悩むこともありますけどね」
住宅ローン。
子供たちの学費。
毎月の生活費。
……思い出すと、ちょっと胃が痛い。
でも。
「それでも、家族と一緒にいる時間が、俺にとっては一番大切なんです」
王女様は静かに聞いていた。
「……奥さんは、どんな人?」
「そうですねぇ」
俺は少し考えた。
「しっかり者で、現実的で。俺が趣味にお金を使いすぎると、ちゃんと叱ってくれる人です」
「……ふふ」
王女様が笑った。
「怖い奥さんなのね」
「ええ。でも、優しい人ですよ」
俺は微笑んだ。
「俺の好きなものを、全部理解してくれるわけじゃありません。でも、否定はしないでいてくれます」
「……否定しない」
「はい。それだけでも、すごくありがたいことなんです」
王女様は、しばらく黙っていた。
そして。
「……いいわね」
小さくつぶやいた。
その声には、少しだけ寂しさが混じっていた。
「……私ね」
王女様が静かに口を開いた。
「結婚そのものが嫌いなわけじゃないの」
「……はい」
「でも、今まで紹介された人たちは、誰も私を見ていなかった」
……なるほど。
俺は黙って頷いた。
「みんな、王女という立場しか見ていないの」
「……そう感じたんですね」
「ええ」
彼女は俯いた。
「私が何を好きなのか、何を考えているのか。そんなこと、誰も聞いてくれなかった」
……ああ。
これは、つらい。
結婚相手として見られているのに、一人の人間として見てもらえない。
それは、きっと孤独だ。
「……だから、断ったんですか?」
「……そうよ」
王女様は頷いた。
「七人とも、私に会う前から条件ばかり提示してきたの。領地のこと、交易のこと、王家との結びつきのこと……」
……なるほど。
本人と会う前から、政治的な話が先に進んでいたわけか。
「もちろん、それが大切なのはわかっているわ」
王女様は続けた。
「私は王女だもの。結婚が国の利益に関わることくらい、理解している」
……うん。
この人は、決して何も考えていないわけじゃない。
むしろ、よく考えている。
「……でも」
王女様は、膝の上でぎゅっと手を握った。
「だからって、私の人生を、誰かの都合だけで決められたくないの」
その言葉には、強い感情が込められていた。
俺は少し考えた。
王女としての責任。
一人の女性としての人生。
どちらも大切にしたいからこそ、苦しんでいるんだろう。
ただ、一つ気になることがあった。
「……王女様」
「何?」
「失礼を承知で、お聞きしてもいいですか?」
「……ええ」
「王家が選んだ七人の婚約候補を、どうして全員断ることができたんでしょう?」
王女様の表情が、ぴくりと動いた。
そして。
「……それは」
彼女は視線を落とした。
「お父様が、守ってくださっているからよ」
――第13話・完――
明日からは毎日10時,14時.20時の投稿を目標に頑張りたいと思います。




