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第12話「46歳のおじさん、王城に呼び出される」

第12話「46歳のおじさん、王城に呼び出される」


「……本当に来ちゃったよ、王城」


 俺は目の前にそびえ立つ巨大な城を見上げた。


 白い石造りの城壁に、空へ伸びる尖塔。


 門の両脇には、銀色の鎧を着た衛兵が立っている。


 ……おお。


 これぞ異世界ファンタジー。


 召喚された勇者が王様に謁見する展開なら、ゲームや小説で何度も見たことがある。


 ただし、俺は勇者じゃない。


 冒険者ランクF。


 登録職業は相談員。


 しかも、呼ばれた理由は騎士団の人間関係を改善したから。


 ……王城に呼ばれる理由として、ずいぶん地味じゃない?


『――おじさん、お城、大きいですね!』


 足元のミドリがぴょんぴょん跳ねた。


「そうだねぇ。掃除が大変そうだ」


『――そこですか!?』


 いや、だって。


 こんな建物、維持費だけでも相当かかるだろう。


 住宅ローンを抱えていた身としては、ついそういうことを考えてしまう。


「成田!」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向くと、セリスがこちらへ歩いてくる。


 今日も銀色の鎧姿だ。


「おはようございます、セリスさん」


「うむ! よく来たな!」


「迎えの騎士さんが宿まで来てくださったので」


「そうか。では、早速行こう!」


 セリスが城門へ向かって歩き出す。


 俺は慌てて後を追った。


「あの、セリスさん」


「なんだ?」


「今日は面接なんですよね?」


「そうだ」


「……剣を振ったりはしませんよね?」


「安心しろ。今日はしない」


 ……今日は。


 その一言が、非常に気になる。


 ◇◆◇


 王城の中は、想像以上に豪華だった。


 磨き上げられた大理石の床。


 壁に飾られた絵画。


 天井から吊り下がる巨大なシャンデリア。


 ……うわぁ。


 靴の裏、汚れてないかな。


 俺は思わず足元を確認した。


「成田、緊張しているのか?」


「そりゃしますよ。こんな場所、初めてですから」


「普段どおりで構わん」


「そう言われましても……」


 日本にいた頃だって、役員面接は苦手だった。


 それが異世界の王城である。


 ……胃が痛い。


 やがて、セリスは大きな扉の前で立ち止まった。


「ここだ」


 衛兵が扉を開ける。


 中には、長い机と立派な椅子が並んでいた。


 その奥に、一人の男性が座っている。


 年齢は五十代くらいだろうか。


 白髪交じりの髪を後ろへ撫でつけ、濃紺の礼服を着ている。


 いかにも偉い人、という雰囲気だ。


「失礼します!」


 セリスが敬礼した。


「騎士団長セリス・ヴァルハイト、成田和彦殿をお連れしました!」


「ご苦労、セリス団長」


 男性は静かに頷いた。


 そして、俺に視線を向ける。


「君が成田殿か」


「は、はい! 成田和彦と申します!」


 ……声が裏返った。


 恥ずかしい。


「私は王国騎士団の総監、アルベルト・ローゼンだ」


「よろしくお願いいたします!」


「そう緊張しなくていい。今日は話を聞きたいだけだ」


 ……よかった。


 少なくとも、いきなり剣の腕を試されることはなさそうだ。


 ◇◆◇


「さて、成田殿」


 アルベルト総監が口を開いた。


「昨日、第三小隊で興味深いことが起きたと聞いている」


「……はい」


「長年対立していた二人の騎士が、見事な連携を見せたそうだな」


「いえ、俺は少し話を聞いただけで……」


「その『少し』が、我々には難しいのだ」


 アルベルト総監はため息をついた。


「騎士団は、命令に従う組織だ。だが、人間の心まで命令で動かすことはできん」


 ……なるほど。


 この人、ちゃんとわかっている。


「腕の立つ騎士が、必ずしも優れた指揮官になるとは限らない。逆もまた然りだ」


「そうですね」


 俺は頷いた。


「仕事ができる人と、人をまとめるのが上手な人は、必ずしも同じではありませんから」


「……ほう」


 アルベルト総監の眉が動いた。


「君の国でも、そうなのか?」


「はい。俺が働いていた職場でも、よくありました」


 優秀な営業担当が、管理職になった途端に苦労する。


 部下に仕事を任せられない。


 自分と同じやり方を押しつけてしまう。


 ……思い出すなぁ。


「人には、それぞれ得意なことがあります。大切なのは、全員を同じ形にすることじゃなくて、それぞれの強みを生かすことだと思います」


 アルベルト総監はしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくり頷いた。


「……なるほど。セリス団長が推薦するわけだ」


「恐縮です」


「そこで、君に騎士団の特別相談役を依頼したい」


 ……来た。


 本題だ。


「待遇については、週に二日の勤務で、月に銀貨四十枚を考えている」


「……四十枚?」


 俺は思わず聞き返した。


 今泊まっている宿は、一泊銀貨二枚。


 つまり、単純計算で二十泊分。


 ……おお。


 かなりありがたい。


 ただし。


「あの、一つ確認してもよろしいでしょうか?」


「なんだね?」


「俺は、騎士団の正式な指揮官になるわけではありませんよね?」


「もちろんだ。あくまで相談役だ」


「それと、ほかの仕事をしても大丈夫でしょうか?」


 アルベルト総監が首を傾げた。


「ほかの仕事?」


「はい。将来的には、自分の相談所を開くことも考えていまして」


 まだ具体的な計画はない。


 でも、いつまでも騎士団に頼るわけにはいかない。


 自分にできることでお金を稼ぎながら、この世界を調べる。


 そして、家族のもとへ帰る方法を探す。


 そのためには、ある程度自由に動ける立場がいい。


「構わん。勤務日以外の行動を制限するつもりはない」


「ありがとうございます」


「ただし、騎士団の内部情報を外へ漏らさないこと。それが条件だ」


「もちろんです」


 守秘義務。


 うん。


 相談業務では基本中の基本だ。


「では、契約成立だな」


 アルベルト総監が微笑んだ。


 ピロン♪


【新たな契約が成立しました】


 王国騎士団・特別相談役


 勤務:週二日


 報酬:月額銀貨四十枚


【称号獲得】


 《王国騎士団の相談役》


「……おお」


 なんか、また称号が増えた。


 異世界に来て、初めての定期収入。


 ……よかった。


 これで、しばらく宿代の心配は減りそうだ。


 もちろん、給料が入るまでは節約だけど。


 ◇◆◇


「では、早速一つ相談がある」


 アルベルト総監が言った。


「……はい?」


 ……え。


 もう仕事?


 契約したばっかりなんですけど。


「実は、ある人物のことで困っていてな」


「どのようなことでしょう?」


「その人物は、非常に優秀だ。剣の腕も立ち、責任感も強い」


「……はい」


「だが、少々融通が利かん」


 ……ん?


 なんか、聞き覚えがあるぞ。


「自分にも他人にも厳しく、弱みを見せることを嫌う」


「……はあ」


「そして、私生活では、ある問題を抱えている」


 アルベルト総監は深いため息をついた。


「……結婚相手が見つからんのだ」


「…………」


 俺はゆっくり隣を見た。


 そこには、腕を組んで堂々と立つセリス。


 ……ああ。


 やっぱり。


「……総監」


 セリスが低い声で言った。


「その話は、今ここでする必要があるでしょうか」


「大いにある」


「……む」


 アルベルト総監は俺に向き直った。


「成田殿。君は、結婚に関する相談も得意だそうだな?」


「はい。元々、それが本業でしたので」


「それは心強い」


 総監の顔がぱっと明るくなった。


「実は、セリスの父親からも相談を受けていてな」


「……父上が!?」


 セリスの声が裏返った。


 ……おお。


 この人でも、こんな声を出すんだ。


「娘が仕事ばかりで、まったく結婚する気配がないと」


「私は結婚する気があります!」


 セリスが即座に反論した。


「ただ、条件に合う男性がいないだけです!」


「その条件が問題なのだろう」


「……ぐっ」


 ……うわぁ。


 親戚の集まりで繰り広げられる結婚トークみたいになってきた。


 異世界でも、こういう話は変わらないんだなぁ。


「成田殿」


 アルベルト総監が真剣な表情で言った。


「どうか、セリスのことも頼む」


「もちろん、ご本人が望まれるなら」


 俺はセリスを見た。


「セリスさん。どうします?」


「……何がだ?」


「結婚の相談です。続けたいなら、お手伝いします。でも、今は必要ないなら、無理に進めることはありません」


 セリスは少し驚いた顔をした。


 そして、しばらく考えたあと。


「……続けたい」


 小さく答えた。


「私は、いつか家庭を持ちたい。それは本心だ」


「わかりました」


 俺は微笑んだ。


「では、焦らず一緒に考えていきましょう」


「……うむ」


 セリスが頷いた。


 その表情は、いつもの勇ましい騎士団長とは少し違っていた。


 ◇◆◇


「さて、話は変わるが」


 アルベルト総監が机の上の書類を手に取った。


「成田殿には、もう一人、会ってもらいたい人物がいる」


「……もう一人?」


「ああ。ただし、こちらは騎士団の相談とは事情が異なる」


 総監の表情が引き締まった。


「王家の婚姻に関わる問題だ」


 ……王家の婚姻。


 それって、つまり。


「政略結婚、ですか?」


「理解が早いな」


 アルベルト総監は頷いた。


「第二王女殿下に、これまで七人の婚約候補が推薦された。だが、殿下はすべて断っておられる」


「……七人ですか」


「いずれも王家や貴族会議が選んだ相手だ。国内の有力貴族や、隣国との関係を考慮した縁談も含まれている」


 ……なるほど。


 単なるお見合い話じゃない。


 国の政治に関わる問題だ。


「失礼ですが、王女様には断る権利があるんでしょうか?」


 俺が尋ねると、アルベルト総監は少し驚いた顔をした。


「……そこを聞くか」


「はい。本人が断れない話なら、相談の仕方も変わりますから」


 総監は、しばらく俺を見つめていた。


「国王陛下は、殿下の同意なしに婚約を成立させないと約束しておられる」


「……国王陛下が?」


「ああ。陛下には、そうお考えになる理由があるのだ」


 総監はそこで言葉を切った。


「だが、王家の婚姻は国政にも関わる。貴族会議も、いつまでも黙ってはいない」


「……なるほど」


「次の春の建国祭までに、王家は婚姻についての方針を示す必要がある」


 ……期限付き、というわけか。


 国王は娘の意思を守りたい。


 でも、政治的な責任もある。


 そして王女様自身も、その間に立たされている。


 ……これは、難しい相談だな。


「一つ確認してもよろしいですか?」


「なんだね?」


「王女様ご自身は、結婚を望んでいらっしゃるんでしょうか?」


 アルベルト総監は、少し意外そうな顔をした。


「……それを最初に聞くのかね?」


「はい。ご本人の気持ちがわからないと、相談のしようがありませんから」


 総監はしばらく俺を見つめた。


 そして、静かに笑った。


「……やはり、君に頼んで正解かもしれんな」


 その時。


 コンコン。


 扉がノックされた。


「失礼いたします」


 若い侍女が入ってくる。


「総監閣下。エレノア殿下がお見えです」


「うむ。お通ししてくれ」


 ……え?


 もう来てるの?


 心の準備ができてないんですけど。


 扉が開いた。


 現れたのは、淡い金色の髪をした少女だった。


 年齢は十代後半くらいだろうか。


 上品なドレスを身にまとい、背筋をぴんと伸ばしている。


 その姿は、まるで物語に出てくるお姫様のようだった。


 ……いや、待て。


 ここ、王城だよな。


 そりゃ、本物のお姫様もいるか。


「紹介しよう」


 アルベルト総監が立ち上がった。


「こちらは、エレノア・アルフォード殿下。国王陛下の第二王女だ」


 俺は慌てて頭を下げた。


「初めまして! 成田和彦と申します!」


 王女様は俺をじっと見つめた。


 そして。


「……あなたが、例の相談員?」


「はい」


「ふうん」


 王女様は、少しだけ目を細めた。


「先に言っておくけれど」


 彼女は、はっきりと告げた。


「私は、誰とも結婚するつもりはありません」


 ……なるほど。


 これは、なかなか手強そうだ。


 でも。


 俺は少しだけ安心した。


 少なくとも、この人は自分の意思を言葉にできる。


 それなら、まずはそこから始めればいい。


「わかりました」


 俺は頷いた。


「では、結婚のお話はしません」


「…………え?」


 王女様が目を丸くした。


 アルベルト総監も、セリスも、驚いた顔をしている。


 ……いや。


 そんなに驚くことかな。


 結婚したくない人に、無理やり結婚を勧める。


 そんなの、相談でも何でもない。


「今日は、普通にお話ししませんか?」


 俺は微笑んだ。


「好きなことでも、最近困っていることでも。話したいことがなければ、それでも構いません」


 王女様は、しばらく俺を見つめていた。


 そして、小さくつぶやいた。


「……変な人」


 ……はい。


 最近、よく言われます。


 その瞬間。


 ピロン♪


【固有スキル《縁結び》発動】


 対象:エレノア・アルフォード


 現在の感情:警戒・困惑・微かな興味


【詳細解析】


 対人関係に強い負担を検知。


 本人が望まない縁談の継続により、信頼関係が低下しています。


【注意】


 対象者の意思を尊重してください。


「……やっぱりな」


 俺は心の中でつぶやいた。


 これは、単なるわがままじゃない。


 何か、理由がある。


 そして、その理由を知るには。


 まず、この王女様に安心して話してもらう必要がありそうだ。


 ――第12話・完――

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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