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9/12

#9-1

◇◇◇


侑は、白い門の前に立っていた。

奥に広がるのは、底の見えない漆黒。

三日前、あの少女を追って飛び込んだ時と、同じ闇だ。

あの時と違うのは、今の俺には、武器がある。

そして、逃げるためではなく、攻略するために入るということ。


「……零奈が起きるまでには何があっても帰る。」


そう小さく呟いて、侑は門へ足を踏み入れた。

一瞬の浮遊感。

音が消え、光が消え、世界が反転する。

次の瞬間、足裏に、硬い石畳の感触が戻ってきた。


「……ここは。」


そこは、霧に沈んだ古い社の跡だった。

朽ちた鳥居。

苔むした石灯籠。

折れた幟が、風もないのに揺れている。

森でも、荒野でもない。

どこか懐かしく、そして異様に静かな――和の異界。

あの森とは、まるで空気が違った。


《源光の門 内部に侵入》


《推奨レベル:20》


《現在レベル:1》


「……推奨レベル20。」


侑は苦笑した。


「今のレベル、1なんだけどな。」


その時、霧の向こうから何かが近づいてくる気配がした。

ずるり、と石畳を這う音。

やがて霧を割って現れたのは、黒い靄をまとった、人型の影だった。

落武者の亡霊――そう呼ぶのが、一番近いだろう。

うつろな目が、侑を捉える。


「……初めての、相手か。」


侑は槍を構えた。

初めての、実戦。

怨兵が、朽ちた刀を振り上げ、突っ込んでくる。

遅い。

はっきりと、そう感じた。

七曜の【槍術】が、身体を導く。

侑は半歩踏み込み、最短距離で槍を突き出した。

ズンッ。

穂先が、怨兵の胸を貫く。

黒い靄が、霧散する。

手応えはあっけないほど軽かった。


《怨兵を討伐》


《経験値を獲得》


《レベルアップ》


《Lv1 → Lv4》


「……上がった。」


一体倒すだけで、三つもレベルが上がる。

推奨レベル20の門だ。

一体一体の魔物が、外の世界とは比べ物にならないほど濃いのだろう。

だが、感傷に浸る暇はなかった。

霧の奥から、次々と怨兵が湧いてくる。

二体。

三体。

五体。

侑は槍を振るう。

突き、薙ぎ、回転。

七曜が与えた技術が、無駄なく敵を捌いていく。

一体倒すごとに、身体が軽くなっていく。

レベルが上がり、力が満ちていくのが、はっきりと分かった。


《Lv4 → Lv7》


《Lv7 → Lv9》


「……なるほど。」


それにしても、上がり方が異常だった。

戦いながら、侑は理解する。

これが、能力者が門で強くなる仕組みか。

いや――違う。


《補足》


《七曜の継承者は、経験値取得に大幅な補正がかかります。》


「……そういうことか。」


システムの淡々とした一文で、腑に落ちた。

門の中で一気にレベルを稼げるのは、能力者共通の仕組み。

だが、この異常な上がり方は、七曜そのものの力だ。


最後の怨兵を突き伏せ、侑は息を吐いた。

霧が、少しだけ晴れる。

その先に古い、崩れかけた社殿が見えた。

そして、その石段の上に。

一人の人影が、立っていた。



黒い装束。

枯れ枝のように痩せた身体。

白い髪。

深く刻まれた皺。

老人だった。

だが、その手に握られた一本の槍が、この老人がただ者ではないと告げていた。

穂先は、微動だにしない。

まるで、そこだけ時間が止まっているかのように。


《門主》


《源光 -Genmitsu- Aランク》


「……あんたが、源光か。」


侑は、静かに問いかける。

老人は、答えなかった。

ただ、その落ち窪んだ双眸が、じっと侑を見据えている。

値踏みするような、静かな視線。

そして、ゆっくりと槍を構えた。

それが、答えだった。

次の瞬間。

源光の姿が、掻き消えた。


「――っ!?」


気づいた時には、穂先が目の前にあった。

侑は咄嗟に、槍の柄でそれを受ける。

ガキンッ。

重い。

そして、速い。

たった一撃で、侑の腕が痺れた。


(速すぎる……!)


怨兵とは、次元が違う。

いや、比べることすら失礼だ。

これが、Aランク。

これが、槍の達人。

そして、そこから――地獄が始まった。

源光の槍が、止まらない。

突き。

薙ぎ。

石突きの打撃。

右から。

左から。

上段から。

下段から。

まるで、無数の槍に囲まれているかのようだった。

一つ一つが正確で、重く、そして無駄がない。

七曜の【槍術】で受け続けても、まるで追いつかない。


「くっ……あぐっ……!」


一撃を受けるたび、身体が軋む。

二撃目で、体勢が崩れる。

三撃目で、吹き飛ばされた。

背中から、石畳へ叩きつけられる。


「がはっ……!」


肺の空気が、一気に押し出される。

だが、休む間などない。

源光は既に、次の間合いへ入っていた。

侑は転がるように、その穂先から逃れる。

突き込まれた槍が、石畳を砕く。

石の破片が、頬を切り裂いた。


(起きろ……立て……!)


侑は歯を食いしばり、立ち上がる。

そして槍を構え――反撃を試みる。

渾身の突き。

だが、源光は、それを見てすらいなかった。

半身をずらすだけで、侑の槍は空を切る。

そして、がら空きになった脇腹へ、石突きが叩き込まれた。

ゴッ。


「かはっ……!?」


肋骨が、軋む音がした。

侑の身体が、くの字に折れる。

そこへ、追撃。

柄で顎を撥ね上げられ、視界が白く弾けた。


「ぐぅっ!」


再び、地面を転がる。

口の中に、鉄の味が広がった。

血だ。

唇が切れ、頬が腫れ、あちこちから血が滲んでいる。


「……はぁ……はぁ……。」


もう、何度倒されたか分からない。

立っては、叩きのめされ。

また立っては、吹き飛ばされる。

その繰り返しだった。

源光は、一言も発さない。

ただ、淡々と。

まるで、稽古でもつけるように、侑を打ち据え続ける。

その表情には、怒りも、殺意もない。

そこにあるのは、絶対的な"格の違い"だけだった。


(なんだよこいつ...勝てる要素が……何一つ、ないじゃねーか……。)


侑の意識が朦朧とする。

眼の前に立ちはだかるは圧倒的な強者。


その強者は、倒れ込んだ侑を静かに見ていた。


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