表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/12

#8

◇ ◇ ◇


問題は、力加減だった。

朝、ボールペンを握った瞬間、軸がミシリと鳴った。


「……あぶねぇ。」


慌てて力を抜く。

昼、自販機のボタンを押しただけで、ゴンッと嫌な音がした。

夕方、書類を運ぶ台車を軽く押したら、壁際まで滑っていった。

そのたびに、冷や汗をかく。


(意識してないとすぐ力加減を見誤ってしまうな...)


継承してから、まだ数日。

強化された身体は、油断するとすぐに本気を出そうとする。

普通に暮らすだけで、こんなにも神経を使うとは思わなかった。


「ただいま。」


夜、帰宅すると、零奈が宿題を広げていた。


「おかえり。……ねえ、お兄ちゃん。」


「ん?」


「大丈夫?体調とか問題ない?」


零奈が、じっと兄を見る。


「大丈夫だ。俺はいつだって元気だよ。」


「ふーん。」


零奈は、それ以上追及しなかった。

だが、その目はどこか、まだ何か言いたげだった。

この子は、鋭い。

昔から、侑の嘘にはすぐ気づく。

いつか、全部話す日が来るのかもしれない。


(もう少し、自分でも整理してからだ。)


侑は、そう思うことにした。


◇ ◇ ◇


その夜。

零奈が眠ったのを確認して、侑は静かに家を出た。

向かった先は、家から少し離れた、丘の上。

かつて神社だった場所――今は、誰も訪れない廃神社だ。

朽ちかけた鳥居。

崩れた石段。

割れた狛犬。

ここなら、人目はない。


「……力加減を、覚えないとな。」


このまま無意識に力を出していては、いつか誰かを傷つける。

零奈の前で、うっかり本気を出してしまうかもしれない。

そうなる前に、自分の身体を、自分で制御できるようにしておきたかった。

侑は、境内の中央に立つ。

今日は――火曜日。


「【槍術】。」


小さく呟く。

掌へ意識を集中させると、淡い蒼光がほどけた。


《インベントリより 無銘の槍 を実体化》


光の粒子が集まり、一本の槍が手の中へ現れる。

無銘の、飾り気のない練習用の槍。

だが、握った瞬間。

身体が、勝手に構えを取った。


「……これか。」


昨日まで剣を握っていたはずの身体が、今は完全に槍使いのそれになっている。

突き。

薙ぎ。

引き。

回転。

一つ一つの動きが、まるで何十年も繰り返してきたかのように滑らかだった。

侑は、ゆっくりと槍を振るう。

ヒュンッ、と空気を裂く音。

最初は軽く。

次第に、身体の感覚を確かめるように。

どれくらいの力で、どれくらい動くのか。

どこまでが"普通"で、どこからが"力の入りすぎ"なのか。

一振りごとに、その境界が少しずつ掴めてくる。


「なるほど……身体が理解してるのか。」


技術は、システムが与えてくれる。

その力をどう抑えるかは自分で覚えるしかない。

一時間ほど、侑は無心で槍を振り続けた。

額に汗が滲む。

呼吸が、心地よく整っていく。

数日ぶりに、頭の中が静かになった気がした。


「……悪くないなー、こういうのも。」


槍を止め、夜空を見上げる。

ヴリドラのことも。

七曜のことも。

まだ、何も解決してはいない。

それでも、こうして少しずつ自分の力と向き合っていく。

それしかないのだと、侑は思った。

その時だった...


――ズンッ。


足元から、突き上げるような振動。

侑の身体が、一瞬で強張った。

この感覚を、忘れるはずがない。

三日前。あの夜。

零奈と同じ歳の少女が、飲み込まれた時と、同じ。

冷や汗が吹き出る。


「……門?」


境内の中央。

先ほどまで何もなかった空間が、水面のように揺らめきはじめる。

二本の柱が立ち上がり、その上に笠木が組み上がっていく。

やがて現れたのは、高さ五メートルほどの――白い門。

だが、明らかに前とは違った。

放たれる魔力の圧が、桁違いに重い。

肌がひりつく。

本能が、警鐘を鳴らす。

そして、侑の視界へ蒼い画面が展開された。


---


《門の出現を確認》


《メインクエスト対象個体を検知》


---


侑の背筋が、冷たくなる。

メインクエストの対象。

それは、あの権限不足で伏せられていた名前――。

画面が、静かに更新される。


---


《門主》


《源光 -Genmitsu-》


---


「源光...」


槍を握る手に、力がこもる。

逃げることもできる。

誰かに責任を押し付けることもできる。

このまま家に帰ることも。

だが、この門を放っておけば、いずれ誰かが飲み込まれる。

三日前の、あの少女のように。

零奈のような、誰かが。


「……零奈が寝てる間に、片付けるか。」


侑は、槍を構え直した。

そして、白い門の奥に広がる漆黒を、まっすぐ見据える。

二度目の門が、静かに口を開けていた。



.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ