#6
◇ ◇ ◇
日付が変わって、まもなく。
侑はようやく、自宅マンションへ戻ってきた。
玄関の鍵を開けると、暗い廊下が迎える。
三和土には、妹の小さなスニーカーが揃えて置かれていた。
リビングのテーブルには、ラップのかかった夕飯。
その横に、小さなメモ。
『チンして食べてね。おかえり』
侑は、そっと寝室の扉を開けた。
妹の零奈は、ベッドの中で寝息を立てている。
布団を蹴り飛ばしかけているのを、静かに掛け直してやる。
その寝顔を見て、ようやく実感した。
「……帰ってきたんだな。」
数時間前まで、自分は神話級の化け物の前に立っていた。
一千万分の一の生存率を、告げられていた。
もし、あそこで死んでいたら。
この子は、たった一人になっていた。
そう考えると、背筋が冷たくなる。
侑は静かに扉を閉じ、リビングへ戻った。
ソファへ腰を下ろすと、全身から力が抜ける。
「はぁぁぁぁ……。」
黒焔竜ヴリドラ。
あの化け物を思い出すだけで、背中に冷たい汗が流れる。
侑は両手を見つめた。
傷一つない。
だが、あの恐怖だけは鮮明に残っている。
「夢じゃ、ないんだよな。」
そう呟いた瞬間。
視界に、蒼い画面が現れた。
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《七曜システム 起動中》
ようこそ。
桜咲 侑。
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「……やっぱり出るか。」
驚きはない。
むしろ、この画面が出てきて少し安心した自分がいた。
「ステータス。」
自然と口にすると、画面が切り替わる。
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名前:桜咲 侑
年齢:20歳
レベル:1
職業:七曜の継承者
称号:
・神話を生き延びし者
・黒焔竜に認められし者
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STR:12
DEX:13
AGI:12
INT:18
LUK:15
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「……ゲームそのものだな。」
一通り眺めて、侑はふと呟く。
「INTが高いのは、意外だな。」
すると画面が反応する。
《回答します。》
《各ステータスは、継承者の資質を基準に算出されています。》
「質問にも答えるのか。」
侑は思わず笑う。
「じゃあ、ステータスはどうやって上がる?」
《レベルアップ・装備・称号・加護・曜日能力により変動します。》
「曜日能力?」
その単語を口にした途端、新たな画面が表示された。
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【月曜日】
剣技
解放済み
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【火曜日】
槍術
未解放
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【水曜日】
弓鬼
未解放
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【木曜日】
武神
未解放
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【金曜日】
魔術
未解放
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【土曜日】
召喚術
未解放
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【日曜日】
七曜
未解放
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「今日は月曜日だから、剣か。」
侑は納得する。
「火曜日になれば、槍になる?」
《はい。》
「全部、切り替わる?」
《はい。》
「じゃあ、剣術は使えなくなる?」
一秒ほど、沈黙。
そして。
《回答》
《経験は失われません。が、武器をインベントリから出せません。》
《各曜日能力は個別に成長します。》
「なるほど。」
つまり、
月曜日に剣を鍛えれば、来週の月曜日はさらに強くなる。
火曜日は火曜日で成長。
曜日ごとに積み重ねていく、システムらしい。
「面白い。」
侑の口元に、自然と笑みが浮かぶ。
ゲーム好きではない。
だが、このシステムは嫌いではなかった。
「そういえば……」
ふと思い出す。
「インベントリ。」
次の瞬間。
目の前に、無数の枠が並ぶ。
一番左上。
そこに一冊だけ、本が置かれていた。
黒い革表紙。
金色の竜の紋章。
――古竜ヴリドラの古書。
侑は静かに取り出した。
ずしり、と重い。
ページを開こうとすると、また画面が現れる。
《閲覧条件を満たしていません。》
《現在Lv1》
《閲覧可能Lv10》
「やっぱり駄目か。」
苦笑しながら、本を閉じる。
しかし、その時。
パラリ...
風もないのに、本の最後のページだけが僅かに開いた。
ほんの一瞬。
そこには、一枚の挿絵が描かれていた。
黒い竜と、小さな少女。
二人は笑っていた。
まるで、どこにでもいる親子のように。
「……。」
侑は何も言わず、本を閉じる。
なぜだろう。
あの一枚を見ただけで、胸の奥が少しだけ締め付けられる気がした。
その理由を知るには、まだレベルが足りない。
キッチンに向かい冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、一気に喉へ流し込む。
冷えた水が身体の隅々まで染み渡り、張り詰めていた神経が、ようやく少しだけ緩んだ。
「なんにせよ……生きて、帰ってきたんだな。」
その一言が、自然と漏れる。
テレビの電源を、小さな音量で入れる。
どの局も、同じ話題だった。
画面には規制線が張られた道路と、夜の街に静かに立つ白い門が映し出されている。
テロップが流れる。
『東京都内で新たな門が出現 二名が無事帰還』
キャスターが、落ち着いた口調で読み上げる。
『本日午後十一時過ぎ、東京都〇〇区で新たな門が確認されました。』
『内部へ取り残されていた二十代の男性と中学生の少女は、無事に帰還し、命に別状はありません。』
『なお内部では、観測史上最大規模の魔力反応が記録されており、現在も門の周辺は封鎖されています。』
映像が切り替わる。
防護服を着た職員たちが、門の周辺で計測機器を設置していた。
『政府は明日、特別能力者管理機関を現地へ派遣し、門の内部調査を行う予定です。』
「トッカンか……。」
侑も、名前くらいは知っている。
特別能力者管理機関――通称、トッカン。
能力者の管理。
覚醒石の使用管理。
そして、門の管理。
この国で"力"に関わるものすべてを統括する、巨大な組織だ。
もちろん、侑とは無縁の世界だった。
――今日までは。
ただ、
「トッカン」という響きに、ほんの一瞬だけ、何かが引っかかった。
どこかで、聞いた気がする。
だが、それがいつだったのか、思い出せない。
気のせいだろう、と侑は首を振った。
テレビを消す。
部屋は再び、静寂に包まれた。
「さて、」
侑は立ち上がり、静かに呟く。
「まずは、自分のことを知るか。」
視界へ、青白い画面が浮かび上がる。
システムは、質問すれば基本仕様を教えてくれるらしい。
インベントリの容量。
収納の仕組み。
一つずつ確かめていく。
そして、一番気になっていることを聞く。
「七曜システム。」
侑は静かに尋ねた。
「お前は、何者なんだ?」
数秒の沈黙。
これまで即座に返答していたシステムが、初めて考えるような間を置いた。
やがて表示された文字は、短かった。
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《回答権限がありません。》
《権限不足》
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「……予想通りか。」
侑は苦笑する。
ならば、質問を変える。
「七曜の継承者は、俺以外にもいるのか?」
今度はすぐに、画面が切り替わる。
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《回答》
《七曜の継承者は、常に一名のみです。》
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侑は息を呑む。
「……常に、一人。」
つまり、
世界中を探しても、この能力を持つのは自分だけ。
代わりも、同じ存在もいない。
その事実の重みが、静かに胸へとのしかかった。
「責任重大だな……。」
思わず漏れた独り言に、システムは何も答えない。
侑はソファへ身体を預け、大きく息を吐いた。
神話級。
ヴリドラ。
七曜。
作り替えられた身体。
そして、この世界で唯一の継承者。
一日で受け入れるには、あまりにも情報が多すぎる。
「はぁ……シャワーで済ませて今日は、寝るか。」
明日も、仕事だ。
零奈より先に起きて、朝飯を作らなければならない。
神話級から生還しようと、それだけは変わらない。
照明を消し、シャワーを浴びた後、寝室の隣――自分の部屋へ向かう。
ベッドへ横になると、疲労が一気に押し寄せた。
瞼が重い。
その時、視界の端で青い画面が静かに点滅する。
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《日付変更まで 00:03:17》
《曜日能力変更待機中》
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「……もう、そんな時間か。」
今日は月曜日。
あと三分で、火曜日。
能力が【剣神】から【槍神】へ切り替わる。
「どんな感覚なんだろうな……。」
――00:00:00。
視界の隅で表示されていたカウントダウンが、静かにゼロを刻んだ。
同時に、蒼い画面が目の前へ展開される。
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《日付変更を確認》
《曜日能力を更新します》
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侑の身体を、淡い蒼色の光が包み込む。
右手に残っていた、剣を握る感覚。
何千回と振るってきたような記憶が、霧のように薄れていく。
代わりに、長い柄を握る感触。
重心。
間合い。
突き。
薙ぎ払い。
回転。
知らないはずの技術が、自然と身体へ馴染んでいく。
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《月曜日能力 終了》
《火曜日能力 【槍神】 起動》
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「……これが、曜日能力。」
侑は右手を、ゆっくり握る。
力は変わっていない。
だが、身体の使い方そのものが変わっている。
剣士だった身体が、一瞬で槍使いへ書き換えられたような感覚だった。
そして、その直後。
新たな画面が、静かに割り込んだ。
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《メインクエストを更新》
【メインクエスト】
『七曜の継承者として成長せよ』
次目標:
・レベル10到達
・次に出現する門を攻略
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そこまでは、いい。
だが、その下に。
権限不足で、半ば黒く塗り潰された一行が続いていた。
《次の門に関わる存在を確認》
《――源光》
《詳細は権限不足により閲覧できません》
「……源光?」
侑は目を細める。
人の名か。
魔物の名か。
それとも、門そのものの名か。
何一つ分からない。
だが、システムがわざわざ名を伏せて表示したという事実だけが、妙に胸に残った。
「次の門……か。」
まだ、何も始まっていない。
それでも、確かに何かが動き出している。
そんな予感だけが、静かに残る。
だが今は、それを考える余裕もなかった。
瞼が、限界を訴えている。
「……面白いことになってきたな。」
そう呟くと、疲労が限界を迎えた。
侑はそのまま、深い眠りへ落ちていった。
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