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#4


文字が流れるたび、侑の身体から激痛が消えていく。

裂けた皮膚が閉じる。

砕けた骨が繋がる。

失われた血液が満ちていく。

だが、それだけでは終わらない。

筋肉が締まり、骨格が軋み、全身が熱を帯びる。


「……なんだ、これ……。」


侑は、自分の身体を見下ろす。

痩せて頼りなかった腕に、しなやかな筋肉が巻きついていく。

猫背気味だった背筋が伸び、視界の高さが変わっていく。

まともに眠る時間も、食う時間もなかった二十歳の身体が、本来あるべき姿へと作り替えられていく。


《肉体を最適化》


《正式継承完了》


《初期装備を付与します》


《無銘の剣・無銘の槍・無銘の弓――練習用の三種をインベントリへ格納》


その文字と共に、無数の情報が脳へ流れ込む。

レベル。

スキル。

能力。

七曜システムの基礎情報が、一瞬で理解できた。

そして最後に...


---


《本日は 月曜日》


【剣神】


《インベントリより 無銘の剣 を実体化できます》


---


侑の右手へ、インベントリから淡い蒼光がほどけ、一振りの剣が現れる。

無銘の、飾り気のない練習用の剣。

それでも、その重みは確かに掌へ馴染んだ。

触れた瞬間、不思議な感覚が走った。

初めて握るはずなのに何千、何万回と振ってきたような記憶。

身体が自然と、構えを取る。

剣術を覚えたのではない。

身体そのものが"剣士"へ、書き換えられていた。


その直後、世界が動き出す。

ヴリドラの七つの魔法陣が、一斉に光を放った。

侑は反射的に、剣を振る。


ズァンッ!


斬撃が奔る。

黒炎そのものは、斬れない。

だが、迫っていた爆炎の軌道が僅かに逸れた。

その一瞬だけ生まれた隙間へ、侑は飛び込む。


「今だ!」


少女の元へ駆け寄る。


「立てるか!」


「う……うん……。」


少女は涙でぐしゃぐしゃになりながら頷いた。

侑は少女の手を、強く握る。

その瞬間、視界に新たな画面が表示された。


---


《対象確認》


神話級 黒焔竜ヴリドラ


勝率 0.002%


---


「やっぱり無理か……。」


侑は苦笑する。

七曜システムを得ても、この怪物には届かない。

その時、画面が切り替わった。


---


《戦闘を推奨しません》


---


さらに侑の視界へ、一本の蒼い線が浮かび上がる。

森の中を縫うように伸びる光。

その先には、白い門。


《最短生存ルートを表示》


「ナビまで付いてんのかよ……!」


感心する暇はない。

ヴリドラが大きく翼を広げる。


『その力……。』


黄金の瞳が、侑を見据えた。


『七曜か。』


その声には、先ほどまでの興味とは違う感情が宿っていた。

ヴリドラは、七曜を知っている?


『なるほど。』


侑は息を呑む。

だが、考える時間はない。

ナビゲーション画面が、赤く点滅する。


《危険》


《神話級ブレスまで3秒》


蒼い線が、右へ折れる。

侑は迷わず、少女の手を引いた。


「走るぞ!」


「は、はいっ!」


二人は全力で駆け出す。

後ろを振り返らない。

振り返れば、恐怖で足が止まる。

蒼い線だけを信じて走る。

岩を飛び越え、倒木を滑り抜け、谷を跳ぶ。

そのたびにシステムが最適な回避行動を示し、侑の身体は迷いなく反応する。

ヴリドラの黒炎が、森を焼き尽くす。

ほんの数歩後ろを、災厄が追いかけてくる。

それでも、蒼い線はまだ消えない。

前方、木々の隙間から、白い門が見えた。

残り、およそ五十メートル。

侑は剣を握る手に、力を込めた。


「絶対に……帰るぞ!」


少女は力強く頷き、二人は災厄を背に門へ向かって駆け抜けた。

その時だった。

視界の蒼い画面が、再び切り替わる。


---


《緊急脱出クエストを生成》


【クエスト】


神話級個体『黒焔竜ヴリドラ』の縄張りから脱出せよ。


同行対象:少女 一名


制限時間:なし


失敗条件:死亡


報酬:古竜ヴリドラの古書


---


「古書……?」


侑は一瞬だけ、眉をひそめる。

しかし、今はそんなものを気にしている場合ではない。

それよりも、生きることだ。

画面はさらに、文字を映し出す。


《報酬は対象個体が保有する最も価値ある情報資産より選定されます。》


「情報資産……?」


意味が分からない。

だが、考える余裕もない。

ヴリドラの咆哮が、森を震わせた。


『逃がすと思うか。』


巨大な翼が羽ばたく。

暴風が木々を根こそぎ薙ぎ倒し、侑たちの進路を塞ごうとする。

その瞬間、視界の蒼い線が、鋭く右へ折れた。


《推奨回避行動》


侑は迷わない。

剣を、横一文字に振る。

蒼い斬撃が倒れかけた巨木を断ち切り、二人が通れるだけの細い道を作り出す。


「こっちだ!」


少女の手を引き、全力で駆け抜ける。

後方では黒炎が森を飲み込み、大地そのものが溶け落ちていく。

熱風が背中を焼く。

あと数歩遅ければ、死んでいた。

門だけを目指して、全力で駆け抜ける。


『……七曜の、継承者。』


ヴリドラの低い声が響いた。

怒りではない。

どこか確かめるような、響き。


『その剣は、まだ我には届かぬ。』


「そんくらい、わかってる!」


侑は振り返らないまま答えた。


「だからまだ、お前とは戦わない!」


剣を握る手に、力を込める。

ヴリドラの口元が、僅かに歪む。


『力を得た者は、その力を試したくなる。』


『だが貴様は、違うか。』


侑は短く笑った。


「まだ二十歳だけどな。」


「勝てない相手に喧嘩を売るほど、子供じゃない。」


その言葉を聞いたヴリドラは、ほんの一瞬だけ沈黙した。

黄金の瞳が、細められる。

まるで、誰か別の人物を思い出したように。


『……そうか。』


それ以上、言葉は続かなかった。

門まで、あと二十メートル。

あと少し。

あと少しで、帰れる。

その時だった。

ヴリドラは空を見上げ、小さく息を吐く。


『行け。』


侑の足が、止まりそうになる。

聞き間違いかと思った。

だが、次の言葉は確かだった。


『今のお前を殺しても、何も終わらぬ。』


『再び、我が前へ来い。』


『その時は――逃がさん。』


侑は何も答えなかった。

少女の手を強く握り直し、白い門へ飛び込む。

視界が白く弾ける。

森が消える。

熱風が消える。

咆哮が消える。

そして最後に見えたのは。

巨大な黒焔竜ヴリドラが、静かにこちらを見送る姿だった。

その黄金の瞳には、敵意だけではない何かが宿っていた。

――まるで、遠い昔に失った何かを、思い出したかのように。

白い光が、視界を包み込む。

一瞬、身体が宙へ浮いたような感覚。

次の瞬間。

足裏に、硬いアスファルトの感触が戻ってきた。


「……戻った。」


侑はゆっくりと、息を吐く。

見慣れた道路。

赤く点滅するパトカーの警光灯。

野次馬たちのざわめき。

侑にとっては、何時間も戦い続けたような感覚だった。


「お、お兄さん……!」


隣では少女が泣きながら、侑へ抱きついてくる。


「怖かった……!」


「ああ。」


侑は少女の頭を、優しく撫でた。


「もう大丈夫だ。」


その言葉を聞いた途端、少女は張り詰めていた糸が切れたように泣き崩れた。

周囲から、歓声が上がる。


「戻ってきたぞ!」


「二人とも生きてる!」


「救急隊! 急げ!」


警察官たちが駆け寄ってくる。

その時だった。

侑の視界にだけ、蒼い画面が静かに表示される。


---


《緊急脱出クエスト 達成》


対象:黒焔竜ヴリドラ


評価:EX


同行対象保護:達成


生還:達成


---



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