第13話 月と星空 その6
「――ラさん……。」
「ミソラさん!!」
声が聞こえる。
何度も聞いた。
ずっと。
ずっと聞いてきた。
あの声が。
自分を呼んでいる。
「ミソラさん!」
「起きてくださいませ!」
ミソラは。
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「……。」
眩しい。
ぼやけた視界。
白い天井。
「ここは……?」
「良かった……。」
すぐ近くから。
安堵した声が聞こえた。
「目を覚ましたんですのね。」
「……。」
ミソラは。
声のした方へ顔を向ける。
「ピスケ……ちゃん?」
「はい。」
そこには。
見慣れた金色の髪。
見慣れた笑顔。
そして。
「おかえりなさい。」
「ミソラさん。」
「……。」
ミソラの瞳から。
一筋。
涙が零れた。
「……ピスケちゃん。」
「はい。」
「……よかった。」
震える声。
「よかったぁ……。」
「ミソラさん……?」
ピスケが戸惑ったように身を寄せる。
その瞬間。
ミソラは。
ぎゅっと。
ピスケを抱き締めた。
「ちょ、ちょっと……!?」
「ピスケちゃん……!」
「はい。」
「ちゃんと……いる……。」
「……ええ。」
「ここにいますわ。」
「……。」
ミソラは。
しばらく離れなかった。
失いたくなかった。
もう一度。
この温もりを失うのが。
怖かった。
「……。」
ピスケは。
そんなミソラの背中へ。
そっと手を回す。
「大丈夫ですわ。」
「もう。」
「わたくしは、ここにおりますから。」
「……うん。」
ミソラは。
何度も頷いた。
「……ただいま。」
「はい。」
ピスケが微笑む。
「おかえりなさいませ。」
その言葉が。
今度こそ。
胸の奥へ届いた。
――月は。
もう。
ミソラを止めない。
星は。
まだ。
夜空に輝いている。
そして。
空は。
そのすべてを包み込んでいた。
「まだだ……。」
静かになった控室で。
ルナが呟いた。
「……?」
ミソラが振り返る。
「ルナ?」
「まだ終わってない。」
ルナは。
ゆっくりと立ち上がる。
「もう一度。」
「Noiseキャンセリング機能を。」
「一から組み立てる。」
「新たに器となる人さえ見つかれば……!」
「ルナ。」
ミソラは。
静かに近づく。
「もう止めよう?」
「……。」
「ボクは……まだ。」
「無くしていいものなんて。」
「一つも無いんだよ。」
「……っ!」
ミソラは。
ルナを見つめる。
「確かに。」
「Noiseは。」
「たくさんの悲しみも。」
「不幸も生み出した。」
「でもね。」
一度。
言葉を探すように息を吸う。
「人が生きていくのなら。」
「必ずどこかで。」
「失うことも。」
「別れることもある。」
「……。」
「それは。」
「全部、背負って生きていかなきゃいけないんだよ。」
「……。」
ルナは。
何も言わない。
「……だったら。」
小さな声。
「君は。」
「どう責任を取るのさ。」
「Noiseは。」
「これからも人を襲い続けるよ。」
「うん……。」
ミソラは頷いた。
「だから。」
ポケットへ手を入れる。
取り出したのは。
自分の端末。
「私は。」
「それを止めたい。」
画面を見る。
「……あ。」
そこには。
まだ。
ステラの現在位置が表示されていた。
「ステラ。」
「聞いてるんでしょ?」
「……。」
返事はない。
「ステラ?」
「……何の用ですか。」
空間へ。
静かな声が響く。
「貴方との共同戦線は。」
「世界を元に戻すまでだったはずですが。」
「そうだね。」
ミソラは頷く。
「だから。」
「ここからは。」
「私のお願い。」
「ステラ。」
「Noiseを生み出すのを。」
「止めて欲しい。」
「……。」
しばらく。
沈黙。
「馬鹿げた提案ですね。」
「私に利がありません。」
「うん。」
「でも。」
ミソラは。
少しだけ笑う。
「二人で一緒に歌った時さ。」
「楽しかったよね。」
「……。」
「今その話は関係ありません。」
「私は。」
「とっても楽しかったよ。」
「ステラも。」
「そうだったんじゃないの?」
「……関係無いと言っています。」
相変わらず。
素っ気ない。
けれど。
ほんの僅か。
ステラの声が揺れた気がした。
「人を幸せにするのに。」
「絶望なんて必要ない。」
「……それは。」
「私が。」
「それを証明してみせる。」
「……出来るのですか。」
「あなたに。」
「やってみせるよ。」
ミソラは。
端末を強く握る。
「だから。」
「私がそれを証明し続けてる間は。」
「Noiseを止めて。」
「……。」
ステラは。
長い沈黙の後。
「……一度だけです。」
「!」
「ルナを止めてくれた分だけ。」
「猶予を与えましょう。」
「ただし。」
「貴方の言葉が間違いであったと判断すれば。」
「私は。」
「私の方法で人々を幸福にします。」
「それでよろしければ。」
「うん。」
ミソラは。
満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう!」
「ステラ!」
「礼を言われる筋合いはありません。」
「いつまでも。」
「貴方のことを見ていますよ。」
「ミソラ。」
その言葉を最後に。
ステラの気配が。
ふっと消えた。
「……。」
ミソラは。
端末を下ろす。
「……行っちゃった。」
「ミソラさん。」
ピスケが。
不思議そうにミソラを見る。
「今のは……?」
「……。」
ルナも。
しばらくミソラを見つめていた。
「ミソラ。」
「君ってやつは……。」
「えへへ。」
ミソラは。
照れくさそうに笑った。
その時。
――ドヤドヤドヤドヤ!!
「ミソラ!」
「目を覚ましたのか!?」
「ミソラリーダー!」
「身体は平気か!?」
控室へ。
一気に人影が駆け込んでくる。
「ミスティちゃん!」
「リーチェちゃん!」
ミソラの顔がぱっと明るくなる。
「うん!」
「元気一杯だよ!」
「そうか……。」
リーチェは。
ほっとしたように笑った。
「それなら。」
「イケそうかな。」
「何が?」
「Live。」
「……。」
ミソラが固まる。
「……Live?」
「ああ。」
ミスティが。
何でもないことのようにスマートフォンを見る。
「開始まで。」
「一時間を切っている。」
「……。」
「…………。」
「………………。」
ミソラの顔から。
ゆっくりと血の気が引いていく。
「…………え?」
「だから。」
「Live開始まで。」
「一時間切ってるぞ。」
「…………。」
次の瞬間。
「えええええええーーーーー!!!????」
控室中に。
ミソラの絶叫が響き渡った。
「私、今まで何してたのぉぉぉぉぉ!!」
「世界を救っていたんだろ。」
「そうだけどぉぉぉ!!」
「時間的には問題ありませんわ。」
ピスケが冷静に時計を見る。
「今ならまだ準備時間を考慮しても。」
「会場入りは可能です。」
「いやそこじゃないよ!」
「衣装!」
「メイク!」
「リハーサル!」
「曲も!」
「私、何も準備してないよぉぉぉ!!」
「……。」
ミスティが。
静かに頷く。
「いつものミソラだな。」
「褒めてる!?」
「褒めてない。」
「ですよねぇぇぇ!!」
リーチェが。
楽しそうに笑う。
「ほら!」
「行こうぜ、リーダー!」
「世界一の魔奏少女になるんだろ?」
「……!」
ミソラは。
一瞬だけ。
目を見開いた。
そして。
「うん!」
拳を握る。
「世界一の魔奏少女!」
「今日も目指して!」
「行くよーーー!!」
「おー!」
「ええ!」
「……ああ。」
四人の声が。
ドームの控室へ響き渡る。
そして。
その少し後ろで。
ルナが。
小さく笑った。
「……やっぱり。」
「君には。」
「世界を任せても大丈夫なのかもね。」
ミソラは。
もう振り返らない。
ただ。
仲間たちと一緒に。
光の差す会場へ向かって走っていった。




