第13話 月と星空 その4
「ははは。」
「そこは今さら気にするところかい?」
不荒が笑う。
その時だった。
「……随分と。」
「楽しそうだねぇ。」
「……!」
ミソラが振り返る。
「ルナ……。」
いつの間にか。
部屋の隅に。
小さな影が浮かんでいた。
「最初から聞いてたよ。」
「……。」
不荒は画面の中でルナを見る。
「君が来るとは思っていたよ。」
「不荒。」
ルナの声は。
いつもの軽さを失っていた。
「もうやめてよ。」
「何をだい?」
「ミソラに。」
「これ以上、選ばせないで。」
「……。」
ミソラが目を見開く。
「ルナ?」
「ボクは。」
「この世界を守りたい。」
「雲雀も。」
「リーチェも。」
「ミスティも。」
「みんな、この世界で生きてる。」
「それを。」
「君のワガママで全部消すつもりなの?」
「……っ。」
ミソラは。
胸元のチップを強く握り締める。
「分かってる。」
「分かってるよ。」
「でも。」
「それでも。」
「私はみんなに会いたい。」
「……。」
ルナは。
しばらく黙っていた。
「そっか。」
「なら。」
「もう。」
「話しても無駄だね。」
「ルナ……?」
次の瞬間。
「だったら。」
ルナの姿が。
一瞬で大きくなる。
「力ずくでも。」
「止めるよ。」
「えっ――」
ドンッ!!
ミソラの身体が。
横へ吹き飛ばされた。
「きゃあっ!?」
「ルナ!?」
床を転がる。
不荒の声が飛ぶ。
「おやおや。」
「本当に手が早いねぇ。」
「笑ってる場合じゃないよ!」
ルナがミソラへ向き直る。
「ごめん、ミソラ。」
「でも。」
「君にこれ以上、辛い思いをさせたくない。」
ミソラは。
ゆっくりと立ち上がる。
「……。」
涙を拭う。
「ルナ。」
「私だって。」
「ルナと喧嘩なんてしたくない。」
「だったら――」
「でも。」
ミソラが。
チップを握り締める。
「私は。」
「みんなに会いに行く。」
ルナの目が細くなる。
「……そう。」
「じゃあ。」
「来なよ。」
次の瞬間。
小さな身体から。
凄まじい力が解き放たれた。
「ボクを止めてみなよ。」
不荒は。
画面の中で静かに笑った。
「さて。」
「これからが大変だ。」
「ミソラちゃん。」
床に這いつくばりながら。
ミソラが不荒を見上げる。
「ちょっと揺れるよ。」
「えっ!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
不荒が。
軽く手を振り上げる。
その瞬間。
ミソラの身体がふわりと宙へ浮いた。
「えっ、ちょっ――!」
そのまま。
「きゃああああああああっ!!」
廊下へ放り出される。
ドサッ!!
「いったぁ……。」
ミソラは床を転がりながら。
慌てて立ち上がる。
「ステラの場所なら。」
背後から不荒の声が響く。
「君の端末に送っておいた。」
「ここは任せて。」
「行ってきて!」
「……!」
ミソラは。
一瞬だけ振り返る。
そこには。
いつものように笑っている不荒がいた。
「……うん!」
ミソラは両足に力を込める。
そして。
走り出した。
「ミソラ……!」
ルナが追いかけようとする。
「待って!」
しかし。
バチィィィィィッ!!
「――っ!?」
扉をくぐろうとしたルナの身体が。
見えない何かに阻まれた。
「……結界?」
ルナの身体に宿る。
世界中から集められた心奏力が激しく揺らぐ。
それは。
かつてミソラが器になることを拒んだ結果。
ルナ自身が代わりに背負うことになった力。
「行かせてやりなよ。」
「……不荒。」
ルナは。
障壁の向こうから不荒を睨む。
「君は。」
「それでいいの!?」
「いいんだよ。」
不荒は。
いつもの穏やかな笑顔を崩さない。
「不荒は。」
「そのために私を残した。」
「だったら……!」
ルナの声が震える。
「僕は。」
「何のために……!」
不荒は。
少しだけ目を細めた。
「未来を選ぶのは。」
「老人じゃない。」
「若者に託すのも。」
「老人の役目だよ。」
「そんなことは聞いてない!」
ルナが障壁へ手を伸ばす。
「この障壁を解いて。」
「不荒。」
「それは。」
不荒は小さく首を振る。
「出来ない相談だなぁ。」
「ボクに……。」
ルナの声が。
初めて大きく揺れた。
「君を消させないでよ!」
「不荒!!」
「それも。」
「君の正しさだ。」
◇ ◇ ◇
不荒から渡された情報を頼りに。
ミソラはエアバイクを走らせた。
そして。
目的地へ降り立つ。
「……ここは。」
ミソラは。
目の前に広がる光景を見つめた。
かつて。
改変前の世界で。
姫嶋学園が建っていた場所。
そこには今。
古びた廃墟が。
寂しげに建っているだけだった。
「……。」
立ち入り禁止の看板。
ミソラはその下を潜り抜ける。
そして。
廃墟の中へ足を踏み入れた。
「……エレベーター。」
「動くのかな?」
恐る恐る。
スイッチへ触れる。
――ガタン。
「ひっ。」
軋んだ音。
それでも。
エレベーターは動き始めた。
ゆっくりと。
地下へ。
「……。」
ミソラは。
壁へ背を預ける。
まるで昨日のことのように思い出す。
Stella☆の元へ。
このエレベーターで降りていった。
あの日のこと。
「……。」
……まるで。
本当に昨日だったような気もするけど。
「……今は気にしないでおこう。」
エレベーターが。
ゆっくりと停止する。
――ガコン。
そして。
扉が開いた。
「……真っ暗。」
「電気は……通ってるのかな?」
ミソラが一歩踏み出す。
――パチン。
――パチン、パチン。
部屋の照明が。
一つずつ灯っていく。
「……!」
部屋の中心。
そこには。
見覚えのある。
巨大なスーパーコンピューター。
そして。
その前には。
もっと見覚えのある姿が立っていた。
「……来ないで欲しかったよ。」
「ミソラ。」
「ルナ……!」
ミソラの表情が強張る。
「不荒さんはどうしたの!?」
「……。」
ルナは。
静かにミソラを見る。
「ボクがここにいるってことは。」
「言わなくても分かるだろ。」
「……。」
その瞬間。
ルナの身体から。
かつてないほど巨大な心奏力が溢れ出した。
「……っ!」
ミソラが思わず後ずさる。
黄金。
無数の人々の想いを束ねた。
途方もない心奏力。
「君が背負うはずだった心奏力……。」
ルナが。
悲しそうに笑う。
「皮肉なもんだね。」
「それを。」
「君に向けることになるなんて。」
ミソラは。
手の中のチップを握り締める。
「そのチップさえ壊せば。」
「君に出来ることは。」
「何も無くなる。」
「……。」
ルナの周囲で。
巨大な心奏力が渦を巻く。
「これで。」
「終わりだよ。」
次の瞬間。
心奏力の波が。
ミソラへ襲い掛かった。
…。
…。
…。
部屋一面を覆い尽くすほどの。
激しい心奏力の津波。
しかし。
それは。
ミソラへ届くことはなかった。
「……なんですか、騒々しい。」
「人の住処に勝手に入って。」
「何を騒いでいるのですか。」
「……え?」
ミソラとルナの間。
そこには。
不機嫌そうに手を前へ突き出した少女が立っていた。
「痴話喧嘩なら他所でやって下さい。」
「迷惑です。」
「ステラ……。」
ルナは目を見開く。
「そこを退いて。」
「ミソラとケリを付けたら。」
「すぐ出ていくから。」
「なんでステラが……。」
いや。
今は考えている暇はない。
心奏力。
Noise。
ステラ。
この三つが揃っている。
そして。
今の自分に出来ることは――。
「ステラ……!」
ミソラが叫ぶ。
「Noiseを生み出すことって出来る!?」
「……。」
ステラが。
僅かに眉を動かす。
「突然何を言い出すかと思えば。」
「貴女たちは。」
「Noiseを否定していたのではありませんか?」
「いいから答えて……!」
「今。」
「それが必要なの!」
「……。」
ステラは。
少しだけ考えるように目を伏せる。
「現在。」
「直接Noiseを生み出すことは出来ません。」
「Noiseキャンセリング機能が正常に動作している間は。」
「新たなNoiseも無かったことにされます。」
「機能が非アクティブなら。」
「こちらからロックを掛けることも出来ますが。」
ステラが。
ルナを見る。
「そこのルナが。」
「それも許してくれませんしね。」
「……そっか。」
ミソラは。
悔しそうに唇を噛む。
「それなら……。」
「それよりも。」
ステラが。
ミソラへ視線を戻す。
「恐らく。」
「貴女が欲しいのはこちらでしょう。」
クイッ。
指を折り曲げる。
「えっ――」
その瞬間。
ミソラの身体から。
桃色の心奏力が溢れ出した。
「ステラ……。」
「これって……!」
「Noiseキャンセリング機能が働いているとはいえ。」
「心奏力はNoiseシステムの一部を応用したものです。」
「これくらいなら。」
「造作もありません。」
「ステラ……!」
ミソラは。
溢れ出す心奏力を見つめる。
「私は。」
「Noiseキャンセリング機能を止めに来た。」
「……。」
ステラは。
理解できないという顔をする。
「自分で作動させておいて。」
「甚だ理解に苦しみますね。」
「でも。」
「貴女にとっても悪い話では無いでしょ?」
「……。」
「裏がないのであれば。」
ステラは。
一瞬だけ言葉を止める。
「……いえ。」
「貴女は。」
「そんなものがあっても隠せませんね。」
「失礼だなぁ。」
「でも。」
ミソラは。
まっすぐステラを見る。
「力を貸して。」
「ステラ。」
「……。」
ステラは。
しばらくミソラを見つめた。
「甚だ不本意ではありますが。」
「私の目的のために。」
「利用させて貰いましょう。」
「……話は纏まった?」
ルナが。
二人を見ながら口を開く。
「いいよ。」
「今さら一台増えたところで。」
「ボクのやることは変わらない。」
巨大な心奏力が。
再び渦を巻く。
「まとめて。」
「終わらせてあげる。」
「ルナ……。」
ミソラの脳裏に。
いくつもの思い出が浮かび上がる。
あの時も。
こんな場所で出会った。
姫嶋学園の地下。
何度も一緒に歌った。
一緒に笑った。
泣いている時は。
慰めてくれた。
いつだって。
ミソラに前へ進む勇気をくれた。
「……。」
ミソラは。
ゆっくりと顔を上げる。
「私は。」
桃色の心奏力が。
身体を包み込む。
「貴方を越えていく。」
ルナを。
真っ直ぐ見据える。
「「「Live on spielen!!!」」」
――。
魔奏少女。
ミソラシュピーレン。
第13話。
『月と星空』。




