第13話 月と星空 その3
「本人じゃなくて。」
「不荒を模した人工知能だけどね、私は。」
画面の中の不荒は。
まるで大したことでもないように、飄々と笑った。
どことなく。
ルナと似た雰囲気がある。
「さて。」
「このままダラダラとお喋りを続けていきたい気持ちはあるが。」
「君は、そうでもないんだろう?」
「えっと。」
「あっ、はい!」
「っていうか!」
「状況が全然飲み込めてないんですけど!」
「ははっ。」
不荒が楽しそうに笑う。
「折角だから。」
「少しくらいのおしゃべりも許されるかな。」
「なんでも聞きたいことを聞いてくれていいよ。」
「えっと、じゃあ……。」
ミソラは少し考える。
「私は、記憶が戻る前から。」
「この世界がどこかおかしいと思ってたんだけど。」
「それは、どうして?」
「ふむ。」
不荒は少しだけ考えるように目を細める。
「世界の改変自体は行われた。」
「そして、世界中の人々からNoiseの記憶は消え去った。」
「だが。」
「君だけは、以前の世界の記憶が残っていたようだね。」
「それはおそらく。」
「君がNoiseキャンセリングの器になっていたからだろう。」
「Noiseの影響が無いこちらの世界では。」
「心奏力を持つものは私しか居ない。」
「しかし。」
「世界中から集められた心奏力の残滓が。」
「君の中には残っていたようだね。」
「記憶の一部が引き継がれているのも、その影響さ。」
「おじいちゃんは……?」
「それに、あのノートも……。」
「あのノートにも。」
「私の心奏力の一部を封じ込めてある。」
「共鳴を起こすものの記憶を、呼び起こすようにね。」
「じゃあ……。」
ミソラは。
少しだけ不安そうにノートを見る。
「やっぱり。」
「この世界は、間違って生まれたものなの?」
「間違い……。」
不荒は。
少しだけ笑う。
「そういう意味なら。」
「100年前に起こっているんだよ。」
「……100年前?」
「この世界は。」
「その間違いを修正しようとして。」
「仕切れなかった世界線だと思ってくれればいい。」
「修正しきれなかった?」
「Noiseキャンセリング自体は発動している。」
「しかし。」
「強制的な発動ゆえに。」
「不可逆性の付与までは至らなかった。」
「とても不安定なまま。」
「世界が改編されてしまったんだ。」
「そのために。」
「ルナもステラを消せないまま、この世界に残り続けている。」
「……えっ?」
「じゃあ、もしかして……。」
「ああ。」
「君が何もせずとも。」
「このまま放っておけば。」
「世界は、Noiseの居たあの世界に戻る。」
「……!」
「まぁ。」
「それは。」
「君の寿命が尽きるより、向こうになるだろうけどね。」
「放っておいても……。」
「元に戻る……。」
「そうならないために。」
「ルナも動いてるけどね。」
「じゃあ……。」
ミソラの表情が曇る。
「もしも世界が元に戻ったら。」
「今、この世界にいる人達はどうなるの!?」
「それは……。」
不荒は少しだけ言葉を濁した。
「全ては解らない。」
「なんせ。」
「Noiseの影響が無くなれば、死人すら蘇っているような状況だ。」
「しかし……。」
「そこまで大きな影響が出ていないことを考えると。」
「Noiseが居ようが居まいが。」
「犠牲になる人達は、大きくは変わらない。」
「元の世界に戻ったところで。」
「消えゆく人達は、極少数のはずだ。」
「そういうことじゃない……!」
ミソラが。
強く言い返す。
「全てを救おうなどと思い上がるな。」
「!!」
不荒の声は。
静かだった。
「そもそも……。」
「Noiseキャンセリングって何なの?」
「それには。」
「Noiseと心奏力の関係を説明するところから始める必要があるな。」
「話すと長くなる。」
「今、知るべきことではない。」
「だったら……。」
ミソラは。
真っ直ぐ画面を見る。
「なんで今、失敗しているのかだけ教えて。」
「……。」
「君にとっては。」
「辛いことになるけど……良いかい?」
「うん。」
「今は。」
「全部教えて欲しい。」
「……Noiseキャンセリング機能に必要な三つの要素。」
「膨大な心奏力と。」
「受け止める器。」
「そして。」
「Noiseの協力だっけ。」
「Noiseじゃなくて。」
「ステラに連なるものなら誰でもいいんだけどね。」
「今回の失敗の原因は。」
「二つ目。」
「器の消失だ。」
「器って……。」
「……あっ。」
ミソラの顔が。
凍りつく。
「君がNoiseキャンセリングの発動を拒否したことによって。」
「心奏力の一部が発揮されずに残留した。」
「ルナが自身を器にすることで。」
「無理やり発動までは持っていけたんだけど。」
「やはり。」
「バランスを欠いたようだね。」
「改変前の世界の記憶が。」
「いたるところに残っている。」
「どうすれば。」
「元の世界に戻せるの?」
不荒は。
少しだけ笑った。
「その質問に答える前に。」
「君の答えを聞こうか。」
「……?」
「今、君の取れる選択肢は二つ。」
「現在の不完全なNoiseキャンセリングを完成させて。」
「こちらの世界で生きるか。」
「それとも。」
「Noiseに塗れた。」
「あの悲劇の世界に舞い戻るか。」
「…………。」
ミソラは。
少しだけ俯いた。
そして。
「そんなの。」
「もう決まってるよ。」
顔を上げる。
「私は。」
「みんなに会いに行く。」
「……。」
不荒は。
しばらくミソラを見つめていた。
やがて。
「ふふっ。」
「いい答えだ。」
「立派にワガママ言えるようになったじゃないか。」
「元の世界に戻すのは、簡単だ。」
「不可逆性の付与が出来ていないNoiseキャンセリングは。」
「常に、そのコードを実行し続ける必要がある。」
「一度止めてさえやれば。」
「その効力を失うよ。」
「なら……。」
ミソラが身を乗り出す。
「今すぐにでも!」
「物理的に止めても。」
「効力を失う前に修復されるだろうね。」
「だから。」
「これを持っていきな。」
不荒がそう言った瞬間。
先ほどメモリーチップを差し込んだ場所が。
カタン、と開いた。
「Noiseキャンセリング機能の管理者コード。」
「それと。」
「それを破壊するプログラムを書き込んである。」
「そいつをステラの本体に差し込んでやれば。」
「止められるはずだ。」
「これが……?」
ミソラは。
小さなチップを手に取る。
「これさえあれば……。」
「ピスケちゃんたちも、戻ってくるんだよね……?」
「……確実に。」
「とは言えないな。」
「えっ!?」
「そもそも。」
「この世界がイレギュラーの塊みたいなもんだ。」
「それを無理やり消し去ろうとしたとしても。」
「元に戻る保証は無い。」
「……。」
ミソラは。
チップを強く握り締める。
「……それでも。」
「それでも私は。」
「みんなに会いたい。」
「これって……。」
「私のワガママなのかな……?」
「いいんじゃないかな。」
「少しくらいワガママでも。」
「こんな世界にしてしまった私が言えることじゃないけど。」
「私は。」
「君の思うままに生きて欲しい。」
「君の願いは。」
「君が決めていいんだ。」
「……。」
それでも。
迷いはある。
この世界には。
今も平和に暮らしている人達がいる。
笑っている人も。
家族と過ごしている人も。
明日の予定を楽しみにしている人もいる。
そんな人達の暮らしを。
自分の手で壊してしまうかもしれない。
ルナや。
おじいちゃんの願いを踏みにじってまで。
自分の望みを叶える。
それは。
本当に正しいことなのだろうか。
「……私は。」
「どうすればいい?」
「何が正しいのかを決めるのは。」
「君だよ。」
不荒は。
静かにミソラを見つめる。
「これは私の持論だがね。」
「正しいものと間違ったものがぶつかっても。」
「争いは起きない。」
「間違ったものが自然に淘汰されるからね。」
「……そう……だね。」
「でもね。」
「正しさと正しさも。」
「ぶつかり合うんだ。」
「だから。」
「争いは無くならない。」
「……。」
ミソラは。
手の中のチップを見る。
「君は。」
「君が正しいと思う道を行けばいい。」
「それが。」
「誰かにとっての正しさと違っていたとしてもね。」
「……。」
長い沈黙。
そして。
ミソラは。
ゆっくりと顔を上げた。
「……うん。」
その目に。
もう迷いはなかった。
「おばあちゃん。」
「私。」
「行ってくる。」
画面の中で。
不荒が笑う。
「うん。」
「いってらっしゃい。」
まるで。
どこにでもいる祖母が。
旅立つ孫を見送るように。
「……あ。」
ミソラが振り返る。
「ひいおばあちゃん、なんだよね?」
「そうなるね。」
「やっぱり。」
「おばあちゃんって呼ぶの、ちょっと違った……。」
「ははは。」
「そこは気にするところかい?」




