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第2話 綾小路家の招待状 その2



---



 昼休み。


 教室のあちこちで、昨日の話題はまだ冷めていなかった。


「ねぇ、ニュース見た?」


「見た見た! 昨日の魔奏少女!」


「ピンク色の髪だったよね!」


「映像もっと見たかったなぁ。」


 スマートフォンを囲みながら、クラスメイトたちが盛り上がっている。


 ミソラも何気なく画面を覗き込んだ。


 ニュース映像には、校舎を覆う黒いNoise。


 そして、校内放送から響く歌声。


 だが肝心の魔奏少女の姿は、逆光と光の粒子に包まれ、輪郭しか映っていない。


『新たな魔奏少女の正体は現在も不明。関係機関は調査を続けています』


「惜しいなぁ。」


「もうちょっと顔見えそうだったのに!」


「でも歌、めっちゃ良かったよね。」


「ライブとかやってくれないかな!」


 無邪気な会話に、ミソラは思わず苦笑した。


(……バレてない。)


(よかったぁ……。)


 リュックの中から、小さな声が聞こえる。


「運が良かったね。」


(ルナ、静かに。)


「はいはい。」


 昼食を終え、生徒たちは思い思いの時間を過ごしている。


 ミソラも立ち上がろうとした、その時だった。


「屋上、行こ。」


 ルナがぽつりと呟いた。


(え?)


「少しだけ。」


 ◇


 昼下がりの屋上。


 春風がフェンスを揺らしていた。


 人気のないベンチへ腰を下ろすと、リュックのファスナーが少しだけ開く。


 ひょこっと白い耳が顔を出した。


「ぷはぁ。」


「やっぱ外の空気は気持ちいい。」


「誰かに見られたらどうするの……。」


「大丈夫、大丈夫。」


 ルナは伸びをすると、さっきまでの気楽な表情を少しだけ引っ込めた。


「昨日のNoise。」


「……普通じゃなかった。」


 ミソラも自然と真剣な顔になる。


「普通じゃない?」


「あんな大型Noise、本来なら急に街のど真ん中へ出たりしない。」


「誰かが動かしてる。」


「……誰か?」


 ルナは少しだけ黙り込む。


「まだ分かんない。」


「でも、嫌な予感はする。」


 風が吹く。


 屋上に静かな沈黙が流れた。


「まぁ!」


 ルナは急に明るく笑った。


「今考えても仕方ない!」


「せっかく学校なんだから青春しようよ!」


「切り替え早いね……。」


「長生きのコツ。」


「長生きって……。」


 ミソラは思わず笑ってしまう。


 その笑顔を見て、ルナも満足そうに頷いた。


「その顔その顔。」


「笑ってる方が似合うよ。」


 ◇


 放課後。


 一日の授業を終えた校舎は、部活動へ向かう生徒たちで賑わっていた。


「識戸さん。」


 教室を出ようとしたミソラへ、奏音先生が声を掛ける。


「応接室でお客様がお待ちですよ。」


「は、はい!」


 少しだけ緊張しながら、応接室の扉をノックする。


「失礼します。」


 部屋の中には、奏音先生と、一人の老紳士が座っていた。


 黒の燕尾服。


 真っ白な手袋。


 一切の乱れがない立ち姿。


 物理法則を無視した髪型。


 まるで映画から飛び出してきたような、本物の執事だった。


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 老紳士は静かに立ち上がる。


 そして、美しい所作で深々と一礼した。


「初めまして。」


「綾小路家執事、江戸川堂道と申します。」


 落ち着いた低い声。


 それだけで、自然と背筋が伸びる。


「え、あ、識戸美空です……。」


 思わず頭を下げ返す。


 堂道は柔らかく微笑んだ。


「突然の訪問、失礼いたしました。」


「本日は、当家のご息女がぜひ識戸様にお会いしたいとのことで、お迎えに参りました。」


「私に……ですか?」


「はい。」


 それ以上は語らない。


 必要最低限だけを丁寧に伝える姿勢は、執事として長年培われたものなのだろう。


 ミソラは困ったように奏音先生を見る。


 先生は安心させるように微笑んだ。


「もちろん、無理にとは言いません。」


「断っていただいても構いませんよ。」


「……。」


 少し考えた後、ミソラは小さく頷く。


「お話を聞くだけなら……。」


「ありがとうございます。」


 堂道は再び一礼した。


「では、ご案内いたします。」


 ◇


 校門を出た瞬間だった。


「……え。」


 思考が止まる。


 校門前に停まっていたのは、黒塗りの高級車。


 磨き上げられた車体は夕日に照らされ、鏡のように輝いている。


 通り掛かった生徒たちも足を止めた。


「え、何あの車。」


「芸能人?」


「誰のお迎え?」


 堂道は何事もないように後部座席のドアを開く。


「どうぞ。」


「…………。」


 数秒の沈黙。


 そして。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!!」


 校門前に、ミソラの悲鳴が響き渡った。


 ざわめく生徒たちをよそに、堂道は表情一つ変えず、静かにその場へ立ち続けていた。


---


---


 堂道に案内され、ミソラは黒塗りの高級車へ乗り込んだ。


 座席は身体が沈み込むほど柔らかく、車内にはほのかに紅茶の香りが漂っている。


(ひぇぇ……。)


(緊張する……。)


 向かいの席では堂道が背筋を伸ばしたまま座っていた。


 微動だにしない。


 まるで彫刻のようだ。


 車が静かに走り出す。


 数十分ほど街中を走ると、見覚えのある景色は次第に減り、高級住宅街へと入っていく。


 さらに奥へ。


 やがて巨大な門の前で車がゆっくりと停車した。


 門柱には、金色の文字で刻まれた家名。


 ――綾小路。


 重厚な門がひとりでに開き、車は敷地内へ進んでいく。


「う、うわぁ……。」


 思わず声が漏れた。


 庭園には色とりどりの花々が咲き誇り、噴水の水音が静かに響いている。


 洋館という言葉では足りない。


 もはや屋敷だった。


「こちらでございます。」


 堂道がドアを開ける。


「ありがとうございます……。」


 ミソラは恐る恐る車を降りた。


 玄関だけでも、自分の家が何軒入るのだろう。


 そんなことを考えてしまうほどの大きさだった。


 堂道は慣れた足取りで廊下を進んでいく。


 赤い絨毯。


 壁には美しい絵画。


 天井には豪華なシャンデリア。


 まるで美術館を歩いているようだった。


(場違いじゃないかな、私……。)


 思わず制服の裾を整える。


 やがて、一枚の大きな扉の前で堂道が足を止めた。


 コンコン。


「お嬢様。」


「識戸美空様をお連れ致しました。」


 扉の向こうから、柔らかな声が返ってくる。


「どうぞ、お通ししてくださいませ。」


 堂道が静かに扉を開いた。


 広々とした応接室。


 窓から差し込む午後の日差し。


 テーブルには湯気の立つ紅茶と、美しく並べられた焼き菓子。


 そして、その奥には。


 金色のツインテールを揺らしながら、優雅にティーカップを口元へ運ぶ一人の少女。


 まるで絵本のお姫様のような姿だった。


 少女はカップを静かにソーサーへ戻し、にこりと微笑む。


「初めまして。」


「綾小路ピスケと申します。」


 その気品ある所作に、ミソラは思わず姿勢を正した。


「し、識戸美空です!」


「本日はお招きいただき、ありがとうございます!」


「ふふ。」


「そんなに畏まらなくても大丈夫ですわ。」


 ピスケは優しく微笑み、向かいの席を勧める。


「どうぞ、お掛けになってください。」


「し、失礼します……。」


 ふかふかの椅子へ腰を下ろす。


 堂道が音もなく紅茶を差し出した。


「どうぞ。」


「あ、ありがとうございます。」


 一口飲む。


「お、美味しい……!」


「お気に召していただけたようで何よりです。」


 ピスケは嬉しそうに微笑んだ。


 しばらく穏やかな空気が流れる。


 そして。


 ピスケは一度咳払いをすると、真剣な表情になった。


「実は本日、お呼びしましたのは――」


 その瞬間だった。


 堂道が部屋の奥へ歩いていく。


 ガラガラ、と何か大きな物を運ぶ音。


 黒い布に覆われた巨大な物体が姿を現す。


 ミソラは首を傾げた。


「……?」


 堂道は無言で布を外す。


 そこに現れたのは。


 漆黒に輝く、一台のドラムセットだった。


「え?」


 ピスケは優雅に立ち上がる。


 堂道からスティックを受け取ると、椅子へ腰掛けた。


「少々、お待ちくださいませ。」


 一拍。


 静寂。


 次の瞬間。


 **ドドドドドドドドドドッ!!**


 **バシャァァァン!!**


 **ダンダンダンダンッ!!**


 **ドゥルルルルルルルッ!!**


 応接室とは思えない轟音が屋敷中へ響き渡る。


「ひゃあああっ!?」


 ミソラは思わず耳を塞いだ。


 目の前のお嬢様は、さっきまでの優雅さが嘘のように、鬼気迫る表情でスティックを振るっている。


 激しく。


 力強く。


 まるで魂をぶつけるように。


 やがて演奏が終わる。


 ピタリ、と音が止んだ。


 堂道は慣れた手つきでスティックを受け取り、新しい紅茶を淹れる。


 ピスケは何事もなかったかのように席へ戻ると、一口だけ紅茶を口に含んだ。


「……失礼いたしました。」


 そして、先ほどと変わらぬ上品な笑みを浮かべる。


「と、こういう訳ですのーー」


 ミソラは勢いよく立ち上がった。


「いやいやいやいやっ!!」


「どういうわけですかぁぁぁぁぁっ!?」


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