第13話 月と星空 その1
◇ ◇ ◇
ピピピピピ。
ピピピピピ。
ピピピピピ。
「……ん。」
ガチャ。
ミソラは。
けたたましく鳴り響く目覚まし時計を止めた。
時計を見る。
朝のホームルームまでは、あと三十分。
急いで行けば。
余裕で間に合う時間だ。
「ふぁ……。」
大きく欠伸をする。
そして。
いつもの朝が始まった。
いつもの朝食。
いつもの母親。
いつもの家。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい。」
いつもの言葉。
いつもの通学路。
何も変わらない。
――少なくとも。
ミソラには。
そう見えていた。
街頭の大型モニターに。
一組のデュオユニットが映し出されている。
『私たちの新曲、聴いてください!』
緑髪のキーボード担当が。
楽しそうに演奏している。
その隣。
銀髪のギター担当は。
演奏しながら、どこか険しい表情を浮かべていた。
「……?」
ミソラは。
一瞬だけ足を止める。
何故か。
その二人から。
目を離せなかった。
「……なんだろ。」
でも。
理由は分からない。
歩き出す。
その先。
駅前のスポーツショップ。
店頭に並んだスポーツ雑誌の一面には。
最近プロデビューしたという。
とある国の女子サッカー選手が大きく取り上げられていた。
『デビュー以来、驚異の連続ハットトリック!』
「すご……。」
ミソラは思わず呟く。
その写真の隣には。
白髪の少女が映っていた。
何故か。
その少女は。
ベースを肩に担いでいる。
「……?」
また。
胸の奥が。
ほんの少しだけざわついた。
けれど。
その理由は分からない。
「…ラさん…」
「ミソラさん!」
ハッと我に返り目の前の少女に声をかける。
「ピスケちゃ…ん?」
「もう!またそれですの!?」
「私の名前は綾小路 雲雀」
「そんなどこの誰かも解らないような名前じゃありませんわ!」
「あっそうだった…雲雀ちゃ…雲雀さん?」
「なんでそんなに言い淀んでますの?」
「いや…だって…」
「?」https://51629.mitemin.net/i1274828/
「なんか色々デッカイねぇ!?」
「何がですの!?」
雲雀は頬を膨らませる。
「背とか!」
「声とか!」
「あと態度とか!」
「最後のは悪口ですわよね!?」
「ご、ごめん……。」
ミソラは苦笑する。
「それじゃ、妹の世話がありますから帰りますわねー。」
ひらひら。
「あっ、うん……。」
雲雀はそのまま歩き去っていく。
「……。」
ミソラは。
しばらくその背中を見つめていた。
「……何しに来たんだろ、あの人。」
それから。
ミソラは学校へ向かった。
いつも通りの授業。
いつも通りの昼休み。
いつも通りの友人たちとの時間。
何も変わらない。
何も。
「……。」
放課後。
帰り支度をしていたミソラの口から。
ふと。
「あっ。」
声が漏れた。
「そう言えば……。」
「ミスティちゃんは……?」
「……?」
友人たちが顔を見合わせる。
「誰それー?」
「ミソラのいつものやつでしょー。」
「あははー。」
「まだ言ってんのー?」
「……。」
ミソラは。
何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
夕暮れの帰り道。
ミソラは一人で歩いていた。
いつもの道。
いつもの景色。
いつもの帰り道。
なのに。
「……。」
胸の奥だけが。
妙に落ち着かなかった。
忘れちゃいけないのに。
何かを忘れている気がする。
思い出さなきゃいけないのに。
思い出しちゃいけない気がする。
時々。
記憶に霧がかかる。
その向こうで。
誰かと笑っていた気がする。
誰かと歌っていた気がする。
誰かの手を。
強く握っていた気がする。
でも。
誰だったのか。
何を歌っていたのか。
どうしても思い出せない。
「……。」
ミソラは空を見上げる。
夕焼けが。
ゆっくりと夜へ変わっていく。
「……明日も、頑張ろう。」
そう呟いた。
ーあなたは……
「……?」
ふと。
声が聞こえた気がした。
ミソラは足を止める。
「……誰?」
振り返る。
誰もいない。
静かな道路。
遠くを走る車。
風に揺れる街路樹。
それだけ。
「……気のせいかな。」
前へ向き直る。
その瞬間。
ーーあなたは。
ーーそれで良いの?
「……!」
不意に。
誰かに後ろから抱きしめられたような感覚がした。
「えっ……。」
温かい。
懐かしい。
けれど。
どうして懐かしいのか分からない。
視界の端。
風に揺れる。
白いワンピースの裾。
「……!」
ミソラは勢いよく振り返った。
けれど。
誰もいない。
ただ。
夕暮れの風だけが。
静かに吹き抜けていた。
「……。」
ミソラは。
しばらくその場に立ち尽くす。
そして。
ゆっくりと。
鞄へ手を伸ばした。
「……行かなきゃ。」
何故そう思ったのか。
自分でも分からない。
ただ。
このままでは。
何か大切なものを。
本当に忘れてしまう気がした。
ミソラは鞄の中から。
小型の収納機を取り出す。
「よいしょっと。」
収納機が淡く光る。
その中から現れたのは。
少し古い型のエアロバイク。
空気圧を利用して僅かに宙へ浮き上がり。
そのまま走行を可能にする。
風圧式キックスクーター。
「久しぶりに乗るなぁ。」
ミソラは愛機へ足を乗せる。
そして。
地面を。
強く蹴った。
――ブォンッ!!
風圧が弾ける。
車体が浮き上がる。
「行くよ!」
夕暮れの街を。
ミソラは駆け抜けていく。
向かう先は。
――識戸龍玄の家。
◇ ◇ ◇
「おじいちゃん!」
「おお。」
「ミソラか。」
扉を開けた龍玄は。
まるで来ることを知っていたかのように笑った。
「そろそろ来る頃だと思ってたぜ。」
「おじいちゃん!」
「私……。」
「皆まで言うな。」
「……え?」
龍玄は。
ゴソゴソと棚の奥を探る。
「お前が欲しがっていたのは。」
「多分、こいつだろ。」
そう言って。
龍玄が取り出したのは。
一冊の古びたノートだった。
表紙には。
長い年月を経た文字で。
こう記されていた。
――相模不荒・記録ノート。




