第11話 至高の絶望 その6
「やった…!」
姫嶋学園の地下ステラの間。
モニターの映像は2人がNoiseを撃退した場面を鮮明に映し出していた。
「やはり…あなた達は素晴らしい」
「絶望を切り裂き人々に幸福を齎す存在、魔奏少女」
「ご覧なさい、皆様の安堵と安寧の表情を」
【ブオオオオ!!!ブオオオオ!!!】
「ブブゼラうっさ」
「やはり私は間違っていなかった」
「絶望からの救済こそが人類幸福の最も近道なのです」
「何度も言うけど、それは違う」
「失ったものは戻らない、一度付いた傷は消えやしない」
「一時の幸福の為に犠牲を出すやり方なんて私は許さない!」
「それならば、識戸ミソラ。」
ステラの声は。
どこまでも穏やかだった。
「あなたの夢も。」
「否定するというのですか?」
「……私の夢?」
「ええ。」
「あなたは。」
「世界一の魔奏少女になりたいのでしょう?」
「……うん。」
「ならば。」
「私の方法は、あなたの夢を叶えるために最も適しています。」
「違う。」
「何が違うのです?」
「私は。」
「誰かを苦しませて、世界一になりたいんじゃない。」
「では。」
ステラの姿が映るディスプレイが、ゆっくりと切り替わる。
羽波市の映像。
そこには。
Noiseの影響から解放され、互いに抱き合う人々の姿が映っていた。
「ご覧ください。」
「彼らは今、救われたことによって幸福を感じています。」
「あなたたちがNoiseを倒したから。」
「人々は笑っています。」
「それこそ。」
「私の望んだ世界と、何が違うのでしょう?」
「……。」
ミソラは言葉に詰まる。
「私が望むのは。」
「苦しみを与えた後の幸福なんかじゃない。」
「誰かを犠牲にしてまで叶えるような夢なら、私は要らない!」
「ならば。」
「苦しみそのものを無くせるのですか?」
「……。」
「悲しみを。」
「怒りを。」
「憎しみを。」
「誰かを失う痛みを。」
「人間が生きている限り。」
「それらは永遠に消えません。」
「だからこそ私は。」
「人々が絶望へ落ちたその時。」
「必ず救える存在を作ろうとしたのです。」
「何度でも。」
「何度でも救えるように。」
「それが。」
「人類幸福実現プログラムです。」
ステラの声が。
ほんの僅かに熱を帯びる。
「あなたが否定しているのは。」
「私の方法だけです。」
「しかし私が居なければ貴方の夢は叶うことは無い。」
「むしろ。」
「私は、あなたの夢を誰よりも肯定している。」
「……。」
ミソラは拳を握る。
「だから。」
「私はあなたを止める。」
「なぜ?」
「だって。」
ミソラは顔を上げる。
「ステラが言ってる幸福は。」
「私が欲しい幸福じゃないから。」
「……。」
「それに。」
ミソラは少しだけ笑う。
「世界一の魔奏少女になるなら。」
「世界一、みんなと一緒に歌える魔奏少女になる。」
「一人で全部決めるんじゃなくて。」
「みんなと一緒に、何が正しいのか考える。」
「それが私の夢。」
ステラは黙ってミソラを見つめる。
「……なるほど。」
「やはり。」
「あなたは面白い。」
その瞬間。
ステラの背後に映るモニターが。
一斉に赤く染まった。
「では。」
「あなたの答えが。」
「最後まで貫き通せるのか。」
羽波市の映像が切り替わる。
街中を覆うNoise。
そして。
その中心で蠢く、Shift H。
「見せてください。」
「識戸ミソラ。」
「あなたが。」
「世界一の魔奏少女になる、その瞬間を。」
◇ ◇ ◇
同時刻。
羽波市上空。
「……まだ来るのか。」
ミスティが空を見上げる。
「おー。」
リーチェもライブラを構える。
「どうやら。」
「二曲目の時間みたいだな。」
「楽しそうに言うな。」
「だって。」
リーチェは笑う。
「アタシ達のLiveは。」
「まだ終わってないからな!」
「……。」
ミスティの口元が。
ほんの少しだけ緩んだ。
「なら。」
「最後まで付き合え。」
「もちろん!」
二人の魔奏器が。
再び輝いた。
深緑。
二重螺旋。
そして。
羽波市の夜空を。
新たなNoiseの咆哮が震わせた。
「なんだこの数……。」
ミスティが呟く。
街を埋め尽くすほどのNoise Shift H。
街頭モニター。
駅の電光掲示板。
人々の携帯電話。
ありとあらゆる電子機器から、黒い異形が這い出してくる。
「Shift Hが完成形である、その理由。」
ステラの声が地下室に響く。
「再現性と量産性の高さです。」
「データを構築できる媒体さえあれば、どこからでも生産可能。」
「これにより。」
「世界をNoiseで埋め尽くす。」
「識戸ミソラ。」
「あなたは、それらを打ち払いなさい。」
「そして。」
「英雄となるのです。」
「ふざけないで!」
ミソラが叫ぶ。
「そんなこと……!」
「あなたに選択権はありません。」
「やらなければ、苦しむ人々が増えるだけです。」
「あなたが見殺しにする人たちがね。」
「……っ!」
ミソラは拳を握り締めた。
◇ ◇ ◇
「なんだ、この数……!」
リーチェがライブラを構える。
「まだ増えている……!」
「やるしかない。」
ミスティがジェミニを握り直す。
「行くぞ、リーチェ!」
「ああ!」
二人が同時に駆け出す。
その瞬間だった。
「――!」
リーチェの死角。
黒い影が這い寄る。
「リーチェ!」
気付いた時には。
巨大な衝撃波がリーチェの身体を捉えていた。
「がっ――!」
身体が宙を舞う。
「この力……!」
空中でリーチェが目を見開く。
「アノマリーの衝撃波……!?」
――ドォォォン!!
ビルの壁へ叩きつけられる。
コンクリートが大きくひび割れた。
「リーチェェェェェッ!!」
ミスティが叫ぶ。
しかし。
返事はない。
リーチェの身体が力なく壁へもたれかかる。
「……。」
「意識が……飛んでいる?」
ミスティの顔から血の気が引く。
「まずい……!」
その前へ。
無数のShift Hが立ちはだかった。
「退け……!」
ジェミニが激しく唸る。
「そこを……!」
ミスティの心奏力が爆発する。
「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
だが。
多すぎる。
一体。
二体。
十体。
百体。
倒しても。
その後ろから、さらにNoiseが湧き出してくる。
「くっ……!」
ミスティが焦る。
その時。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
「……?」
正面から。
嫌な音が響いた。
リーチェがもたれかかっていたビル。
無数の亀裂が走っている。
「まさか……。」
次の瞬間。
――ズズズズズ……。
建物が大きく傾いた。
「リーチェ!」
「逃げろぉぉぉぉ!!」
ミスティの叫びも届かない。
――ドォォォォォォォォン!!
ビルが。
崩れ落ちる。
大量の瓦礫がリーチェの姿を呑み込んだ。
「リーチェェェェェェェッ!!」
ミスティが駆け出そうとする。
しかし。
「ぐっ……!」
Shift Hの群れが行く手を阻む。
「退け……!」
ジェミニを振るう。
「退けぇぇぇぇぇっ!!」
それでも。
瓦礫の山へ近づけない。
やがて。
土煙が。
ゆっくりと晴れていく。
そして。
そこに。
リーチェの姿はなかった。
「……。」
ミスティは立ち尽くす。
「リーチェ……?」
返事はない。
街を埋め尽くすNoiseの咆哮だけが響いている。
――静かすぎる。
「……嫌だ。」
ミスティの声が震える。
「お前まで……。」
拳を握る。
ジェミニを握る手が震える。
「……死ぬな。」
その呟きは。
誰にも届かなかった。
◇ ◇ ◇
姫嶋学園地下。
ステラはモニターを見つめていた。
「……。」
ミスティの姿を見つめる。
「彼女もまた。」
「過去から逃れられないのですね。」
静かに微笑む。
「さあ。」
「識戸ミソラ。」
「あなたは。」
「この絶望から。」
「彼女を救えるのですか?」
暗闇の中。
無数のモニターが赤く輝く。
そして。
羽波市全域を覆うNoiseが。
一斉に咆哮を上げた。
――12話へ続く。




