第11話 至高の絶望 その5
「何が本当の幸せなのか。」
「まだ、私には分からない。」
ミソラは。
それでもステラから目を逸らさなかった。
「だから。」
「見せてあげる。」
「……何を?」
「自分じゃない誰かを。」
「信じるってことを。」
胸の奥へ手を当てる。
「ミスティちゃんと。」
「リーチェちゃんが。」
「『任せて』って言ったんだ。」
「だから。」
「私は信じる。」
「二人なら大丈夫だって。」
ミソラは拳を握る。
「お前なんかに。」
「負けない。」
「……。」
ステラは静かにミソラを見つめた。
「信じる。」
「それが。」
「あなたの答えですか。」
「うん。」
「今は、それでいい。」
◇ ◇ ◇
羽波市。
Noiseに苦しむ人々の中に。
明らかに様子の違う人々がいた。
「楽しそう……。」
笑いながら走り回る者。
何かに夢中になっている者。
幸せそうな顔で、はしゃいでいる者。
「……。」
ミスティの表情が険しくなる。
「同じNoiseの影響を受けているはずなのに。」
「正反対の反応をしている。」
「まさか。」
リーチェが顔を上げる。
「これが。」
「Shift H……?」
街の中心から。
異様な音が響き続けていた。
それは。
羽波市全土へ広がっていく。
負の感情だけではない。
喜びも。
幸福も。
快楽も。
あらゆる感情を。
際限なく増幅させながら。
その時。
二人は同時に足を止めた。
「……なんだ?」
街の中心。
異様な音が響いている。
その中心に。
一体の見慣れない人型Noiseが浮かんでいた。
通常のNoiseとは明らかに違う。
しなやかな肢体。
機械仕掛けの翼。
そして。
全身から放たれる、不気味な旋律。
「……あれだな。」
リーチェがライブラを構える。
「やるぞ。」
「言われなくても。」
ミスティがジェミニを握り直す。
「行くぞ。」
瞬間。
人型Noiseから。
巨大なディソナンスが放たれた。
街を包み込む。
その音を聞いた人々の感情が。
次々と暴走していく。
「うわぁぁぁ!!」
「笑え!」
「もっと!」
「楽しい!」
「もっと楽しくしろ!!」
泣いていた人間が笑い。
笑っていた人間が怒り。
怒っていた人間が、さらに怒り狂う。
「……。」
ミスティは歯を食いしばった。
「感情そのものを。」
「増幅させているのか。」
「厄介だなー。」
リーチェは、それでも笑った。
「ミソラ達は。」
「ステラの元に辿り着いたか……?」
ジェミニの音が響く。
「ははっ。」
リーチェが笑う。
「こっちもそう長くは持たねーぞー。」
「暢気に笑っている場合か。」
「アタシ達が笑ってなきゃ。」
「皆も笑えないって。」
「……。」
ミスティは一瞬だけリーチェを見る。
「相変わらず。」
「お前とは意見が合わんな。」
「そうかー?」
リーチェは肩をすくめる。
「昔よりかはマシでしょ。」
「……。」
「かもな。」
ほんの僅かに。
ミスティの口元が緩む。
「……。」
「おっ?」
リーチェが目を丸くする。
「今、笑った?」
「初めて見た。」
「うるさい。」
「ハハッ!」
その笑い声が。
異様な街の中に響いた。
そして。
「リーチェ。」
「なんだ?」
ミスティが静かに呼ぶ。
「死ぬなよ。」
「……。」
リーチェは一瞬だけ目を見開く。
そして。
「そっちこそ!」
二人は魔奏器を構える。
「「Play to Session!!」」
かつて。
二人が初めてSessionを組んだ時と同じように。
リーチェが拳を突き出す。
しかし。
あの日と。
一つだけ違った。
ミスティが。
自分から拳を合わせた。
――コツン。
「……へへっ。」
リーチェが笑う。
「今なら。」
「世界も救えそうな気がする。」
「……。」
ミスティも。
ほんの少しだけ笑った。
「……そうかもな。」
二人の魔奏器が。
同時に輝く。
深緑。
そして二重螺旋。
異なる二つの旋律が。
再び一つになる。
◇ ◇ ◇
ミスティ&リーチェ。
デュオ楽曲――
『Braze Braver』
ギターが鳴る。
鍵盤が響く。
その瞬間。
街を覆っていたディソナンスへ。
二人の心奏力が一直線に突き刺さった。
♪「遮るなら――!」
♪「灰になるまで焼き尽くせ!」
深緑の光が街を駆け抜ける。
♪「境界線は。」
♪「私たちが引くものじゃない!」
黒い音波を切り裂く。
♪「歪な夢でも。」
♪「その拳で掴みとれ!」
リーチェの旋律が加速する。
「背中は任せろ!」
ミスティのジェミニが唸る。
「道は。」
「私たちが拓く!」
心奏力が爆発する。
♪「高まる熱量を!」
♪「全身に纏って!」
リーチェが瓦礫を蹴り飛ばし、空中へ跳ぶ。
♪「眼前の景色も!」
♪「吹き飛ぶ速度で!」
二人の姿が交差する。
ギターとキーボード。
二つの音が重なった。
♪「二人の鼓動が。」
♪「交差するその刹那!」
――ギィィィン!!
火花のような心奏力が弾ける。
♪「絶望を――!」
♪「切り裂く!」
ディソナンスが大きく揺らいだ。
人型Noiseが咆哮する。
「――――!!」
しかし。
二人は止まらない。
♪「振り返る必要なんてないよ!」
リーチェが笑う。
♪「君が見るべきは。」
♪「まだ先の地平!」
ミスティが続ける。
♪「行け。」
♪「私たちの――。」
♪「最高傑作!」
四方へ放たれたディソナンスが。
二人の旋律によって次々と砕けていく。
そして。
二人の声が重なる。
「「Braze Braver――!!」」
巨大な光が。
羽波市の夜空を駆け抜けた。
「焼き付けろ!」
「その存在を!」
「「Braze Braver――!!」」
「誰も追いつけぬ!」
「加速の果てへ!」
「「Braze Braver――!!」」
「終わるはずのない!」
「夢を繋いで!」
「「Braze Braver――!!」」
「闇を切り裂き!」
「光を灯せ!」
人型Noiseの身体に。
無数の光の亀裂が走る。
「「Braze Braver――!!」」
「限界なんて!」
「打ち砕いていけ!」
二人の心奏力が。
一つになる。
「その魂を焦がして――!」
「「Braze Braver!!」」
轟音。
閃光。
街を覆っていたディソナンスが。
一気に吹き飛んだ。
その中心で。
人型Noiseが大きく揺らぐ。
そして。
黒い粒子となって。
夜空へ溶けていった。
「……。」
静寂。
少しずつ。
街の人々の感情が戻っていく。
リーチェは肩で息をしながら。
ミスティを見る。
「……やっぱり。」
「二人だと楽だな。」
「合理的だからな。」
「そこは素直に『楽しい』って言えよー。」
「……。」
「……。」
「……楽しい。」
「おおっ!?」
「二度は言わない。」
「へへっ。」
リーチェは笑った。
その頃。
別の場所では。
ミソラとピスケが。
ステラと向き合っていた。
そして。
羽波市全体を覆うNoiseの音は。
まだ。
止まってはいなかった。




