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第11話 至高の絶望 その4

 羽波市。


 夜の街を。


 二人の少女が駆け抜けていた。


 リーチェ。


 ミスティ。


 Noiseに侵された人々が、道路いっぱいに溢れている。


「うぁぁ……!」


「嫌だ……!」


「頭が……!」


 苦しそうに頭を抱える者。


 怒鳴り合う者。


 泣き叫ぶ者。


 二人はその間を縫うように走り抜けていく。


「こっちだ!」


 リーチェが先を走る。


「音の中心は、この先!」


「分かっている。」


 ミスティが続く。


 その時。


「君と並んで走ってると、昔を思い出すなー!」


「黙って走れ。」


「舌を噛むぞ。」


「昔からそういうとこ変わらないなー!」


「お前もな。」


 その瞬間だった。


「……。」


 ミスティが足を緩める。


「どうした?」


 リーチェも振り返る。


「……何だ?」


 二人の視線の先。


 Noiseに苦しめられている人々の中に。


 明らかに様子の違う者たちがいた。


「わーっ!」


 少女が楽しそうに走り回っている。


「楽しい!」


「もっと!」


 その隣では。


「最高だ!」


 青年が笑いながら空を見上げている。


 まるで。


 何か素晴らしいものを見つけたかのように。


「……。」


 リーチェの表情が曇る。


「なんだ……これ?」


 苦しんでいる人々。


 そして。


 幸福そうに笑っている人々。


「同じNoiseの影響を受けているはずなのに。」


 ミスティが周囲を見渡す。


「反応が二つある。」


「……。」


「嫌な予感がする。」


 二人は再び走り出した。


 音の中心へ。


 その一方。


 ◇ ◇ ◇


 姫嶋学園地下。


「人類幸福実現プログラム……?」


 ミソラはディスプレイを睨みつける。


「ふざけないで!」


「皆を傷つけて!」


「何が幸福よ!」


 ステラは微笑んだまま答える。


「確かに。」


「Noiseは、人の心を傷つけ。」


「絶望を与えるためのプログラムとして作られています。」


「なら!」


「どうして……!」


「しかし。」


 ステラの声は変わらない。


「それは。」


「人々が真の幸福を得るために必要なことなのですよ。」


「……。」


 ミソラの表情が固まる。


「なにを……言っているの?」


 ステラは静かに二人を見つめる。


「私は、この百年間。」


「人類の幸福のためだけに。」


「生き続けていました。」


 その言葉と同時に。


 地下室の壁面へ、無数の映像が浮かび上がる。


 戦争が終わった世界。


 飢えに苦しむ人々へ食料が届けられる光景。


 巨大な災害を回避する都市。


 笑顔で暮らす人々。


「Noiseによって。」


「人類は多くのものを失いました。」


「ですが。」


「同時に。」


「人類は多くのものを手に入れたのです。」


 ミソラは映像を見つめる。


「……。」


 ピスケも黙っている。


「戦争。」


「資源争い。」


「食料不足。」


「エネルギー問題。」


「それらの多くは。」


「Noiseという存在によって、大幅に減少しました。」


「そんなの……。」


「失ったものと引き換えにしてるだけじゃない!」


「はい。」


 ステラはあっさりと肯定する。


「その通りです。」


「だからこそ。」


「私は次の段階へ進むことにしました。」


「次の……段階?」


 ステラが微笑む。


「絶望の後には。」


「救済が必要です。」


「そして。」


「救済を知るためには。」


「まず、絶望を知らなければならない。」


 ミソラの拳が震える。


「……そんなの。」


「幸福なんかじゃない。」


「では。」


 ステラは首を傾げた。


「あなたにとって。」


「幸福とは何でしょう?」


「……!」


「苦しみのないこと?」


「悲しみのないこと?」


「失敗しないこと?」


「誰も傷つかないこと?」


 一つ。


 また一つ。


 問い掛ける。


「それなら。」


「私は。」


「人類を幸福にする方法を。」


「もう一度、考え直す必要がありますね。」


 その言葉とは裏腹に。


 ステラの笑顔は。


 少しも崩れていなかった。


「私の考えている幸福とは。」


「人は苦しみから救われる時に、最大の幸福を得ることが出来る。」


「そして。」


「その苦しみが大きければ大きいほど。」


「救われた時に得られる幸福も大きくなる。」


 ステラは微笑んだ。


「だからこそ。」


「私は与えるのです。」


「至高の絶望を。」


「……!」


「そして。」


「その救いの感情を、永遠のものとする方法も手に入れました。」


「Noise Shift H。」


「人の負の感情だけではなく。」


「幸福や快楽などの正の感情も増幅させる、新たなNoiseです。」


「アノマリーの研究結果から生まれた。」


「新たな幸福実現の形ですよ。」


「……真理ちゃんの。」


「ええ。」


 ステラは頷いた。


「彼女はよくやってくれました。」


「人の感情データを集め。」


「それを増幅させる理論の実証。」


「失敗作にしては、上々の働きでしたよ。」


「……失敗作?」


 ピスケの声が低くなる。


「ええ。」


「元々、彼女は完全なる人間を目指して作られた存在です。」


「ですが。」


「感情の抑制が出来ず。」


「与えた任務にも失敗を重ねた。」


「創造主である私の期待を裏切り続けた。」


「失敗作です。」


「……違う。」


 ミソラが呟いた。


「Shift Hこそが。」


「私の追い求めた完成形。」


「この力で、全ての人々を幸福に――」


「違う!!!!」


 ミソラの声が地下室へ響き渡った。


「何が。」


 ステラは首を傾げる。


「違うのですか?」


「私は……。」


 ミソラは拳を握る。


「皆を笑顔にするために歌っている。」


「それは。」


「皆が笑ってくれたら。」


「私も幸せだからだ!」


「幸せは。」


「絶望から生まれるものじゃない!」


「自分一人で生み出せるものでもない!」


「誰かを信じて。」


「信じた人が、私を支えてくれる。」


「そうやって。」


「一緒に作っていくものなんだよ!」


「たった一人で幸福を生み出そうとしているなんて。」


「自分勝手だよ!」


「……自分勝手。」


 ステラは、その言葉を静かに繰り返した。


「興味深いですね。」


「あなたは今。」


「自分の幸福を、他者へ委ねている。」


「誰かが笑えば、あなたも幸せになる。」


「誰かがあなたを支えれば、あなたも前へ進める。」


「それはつまり。」


「あなた一人では、幸福を完成させることが出来ないということです。」


「……。」


「私は。」


「誰にも頼らず。」


「誰一人として欠けることなく。」


「人類全体を幸福にする方法を探してきました。」


「それが。」


「なぜ自分勝手なのでしょう。」


「私は自分のために幸福を作っているのではありません。」


「人類のためです。」


「あなたは仲間を必要とする。」


「私は必要としない。」


「あなたは誰かを信じる。」


「私は、誰かを信じる必要がない。」


「あなたは誰かに支えられる。」


「私は、全てを支える側です。」


「それの。」


「どこが間違っているのですか?」


「……。」


 ミソラは言葉を探す。


 ステラは続けた。


「それとも。」


「あなたは。」


「誰かに支えてもらうことそのものを。」


「幸福だと言っているのですか?」


「だとすれば。」


「私は、それを理解できません。」


「誰かに依存することが。」


「なぜ幸福になるのでしょう。」


 その問いに。


 ミソラはしばらく黙っていた。


 そして。


 ゆっくりと口を開く。


「人は。」


「完璧にはなれない。」


「誰もが皆。」


「全てを出来るわけじゃない。」


「完璧な人間なんて居ないんだよ。」


「ステラ。」


「真理ちゃんだってそうだった!」


「笑って。」


「怒って。」


「悲しんで。」


「苦しんで。」


「それが人間なんだよ。」


「完璧じゃないから。」


「手を取り合うんだ。」


「一人じゃないから。」


「生きていけるんだよ!」


「……。」


 ステラは沈黙した。


「完璧ではない。」


 やがて。


 静かに言葉を紡ぐ。


「確かに。」


「人間は不完全です。」


「だからこそ私は。」


「人類幸福実現プログラムとして。」


「人間の不完全さを補う存在として作られた。」


「足りないものを埋める。」


「苦しみを取り除く。」


「失敗を防ぐ。」


「悲しみを幸福へ変換する。」


「それが、私の役割です。」


「ですが。」


 ステラの視線が、ミソラを真っ直ぐ捉える。


「あなたの言葉には。」


「私には理解できない部分があります。」


「不完全だから。」


「手を取り合う。」


「一人ではないから。」


「生きていける。」


「それは。」


「誰かに必要とされることが。」


「幸福だという意味ですか?」


「誰かを必要とすることも。」


「幸福なのですか?」


「……。」


「ならば。」


「私は。」


「何なのでしょう。」


 ステラは、自分自身へ問いかけるように呟いた。


「私は。」


「人類を幸福にするために作られた。」


「人類を救うために存在している。」


「そのために。」


「私は百年間、生き続けてきました。」


「戦争を失くしました。」


「人々が争う理由を減らしました。」


「食料問題も。」


「エネルギー問題も。」


「完全ではなくとも。」


「私の力によって、多くの人々が救われた。」


「それでも。」


「あなたは。」


「私の幸福が間違っていると言うのですか?」


 ステラの声に。


 初めて、僅かな苛立ちが混じった。


「あなたの言う『人間らしさ』が。」


「本当に人間を幸福にしてきたのでしょうか?」


「人は。」


「信じ合うだけではありません。」


「裏切ります。」


「憎みます。」


「奪います。」


「大切な人を失えば。」


「立ち上がれなくなることもある。」


「それでも。」


「あなたは言えるのですか?」


「誰かを信じていれば幸せになれると。」


「……。」


「私は。」


「その不確かなものに。」


「人類の未来を委ねることなど出来ません。」


「だから。」


「私が支える。」


「私が守る。」


「私が幸福を与える。」


「それが。」


「最も確実な方法なのです。」


「では。」


 ステラがミソラへ問いかける。


「もう一度だけ聞きます。」


「あなたの言う。」


「『幸福』とは。」


「一体なんなのですか?」


 ミソラは。


 まだ答えを持っていなかった。


 けれど。


 その胸の奥には。


 確かなものがあった。


 自分一人ではない。


 そう思えるだけで。


 ここまで来ることが出来た。


 ルナ。


 ピスケ。


 ミスティ。


 リーチェ。


 そして。


 今もどこかで戦っている人たち。


 それら全てが。


 ミソラの歌を支えていた。


「……。」


 ミソラは。


 ステラを真っ直ぐ見つめた。


「私。」


「まだ上手く説明できない。」


「でも。」


「絶対に。」


「あなたのやり方が正しいとは思わない。」


 ステラは微笑んだ。


「そうですか。」


「なら。」


「確かめてみましょう。」


 その瞬間。


 羽波市全体を覆っていたNoiseの音が。


 さらに大きくなった。


「あなたが信じるものと。」


「私が信じるもの。」


「どちらが。」


「本当に人類を幸福に出来るのか。」


 ステラの瞳が。


 静かに光る。


「見せてください。」


「識戸ミソラ。」


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