第11話 至高の絶望 その3
「ここまでたどり着いたあなたたちへ。」
「私から、一つ。」
「贈り物があります。」
ミソラが画面を睨む。
「何を……。」
「Noise Shift H。」
「起動。」
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少女の口元が、記録媒体の画面から消える。
「……?」
居間に、重い沈黙が落ちた。
ルナは画面を見つめたまま、動かない。
「ルナ……。」
ミソラが声を掛ける。
「大丈夫?」
「……うん。」
返事はあった。
けれど。
いつものルナとは違う。
「大丈夫じゃないように見えますわよ。」
ピスケが静かに言う。
「……まあ。」
ルナは小さく笑った。
「百年ぶりだからね。」
「ステラが、こうして直接ボクたちに干渉してくるのは。」
「直接……。」
ミソラは拳を握る。
「じゃあ。」
「もう待ってる暇はないね。」
その時だった。
――キィィィン。
「……?」
窓の外から。
かすかな音が聞こえた。
まるで。
街全体が、一斉に息を吸い込んだような音。
次の瞬間。
――ドクン。
羽波市の空が。
赤く染まった。
「なっ……!?」
龍玄が立ち上がる。
「これは……!」
窓の外。
街中の電灯が一斉に明滅している。
信号。
街頭ビジョン。
スマートフォン。
車。
あらゆる電子機器が異常な動作を始めていた。
「Noise……?」
ミソラが呟く。
「いや。」
ルナが首を横に振る。
「違う。」
その声が震えた。
「これは……。」
街の中心から。
巨大な黒い波紋が広がっていく。
空気ではない。
音でもない。
もっと深い何か。
人の心そのものを揺らすような波。
「Noise Shift……。」
ルナが呟く。
「H。」
「Noise Shift H……?」
「さっき言ってた…。」
「ステラが作った新しいNoiseだ。」
その瞬間。
羽波市中のスピーカーから。
異様な音が流れ始めた。
――ズゥゥゥン……。
「……っ。」
ミソラが胸を押さえる。
「な、に……これ……。」
頭の奥が熱い。
胸の奥がざわつく。
怒り。
悲しみ。
焦り。
不安。
普段なら小さな感情だったものが。
一気に膨れ上がっていく。
「これは……!」
ミスティが窓の外を見る。
「人間の感情を増幅している。」
「通常のNoiseより広範囲ですわ!」
ピスケが叫ぶ。
瞬間。
世界が揺れた。
「――――ッ!!」
羽波市全域を。
巨大なディソナンスが包み込む。
遠くから悲鳴が聞こえる。
車のクラクション。
割れるガラス。
怒鳴り声。
泣き声。
人々の感情が。
制御を失っていく。
「このままじゃ……!」
ミソラが立ち上がる。
「街の人たちが!」
「ミソラリーダー。」
リーチェが静かに口を開く。
「君は。」
「ステラのところへ行け。」
「え……?」
リーチェはライブラを構える。
「こっちは私が止める。」
「でも!」
「ミソラ。」
ミスティがジェミニを肩へ担ぐ。
「お前には。」
「お前にしか出来ないことがある。」
「……。」
「成すべきことを為せ。」
「……!」
ミソラは二人を見る。
「私たちはここに残る。」
「この街を守る。」
「ミソラとピスケは。」
「ステラの元へ。」
「……。」
ミソラは唇を噛む。
「分かった。」
その時。
「堂道!」
ピスケが叫ぶ。
「車の用意を!!」
「既に準備しております。」
堂道は玄関へ向かう。
「えっ!?」
「もう!?」
「こうなることを想定しておりましたので。」
「堂道さん有能すぎない!?」
「それが仕事ですので。」
四人は急いで外へ飛び出した。
燃えるような赤い空。
遠くで響く悲鳴。
暴走する電子機器。
そして。
街を覆う巨大なディソナンス。
「……。」
ミソラは立ち止まり。
一度だけ振り返る。
そこには。
ジェミニを構えたミスティ。
ライブラを握るリーチェ。
二人の姿があった。
「ミソラ。」
「行け。」
「うん!」
ミソラは前を向く。
「行こう、ピスケちゃん!」
「ええ!」
二人は堂道の車へ乗り込む。
「それでは。」
エンジンが唸る。
「出発します。」
車が走り出す。
ミソラは窓越しに街を見る。
あちこちから黒い靄が立ち上っている。
人々が逃げ惑っている。
それでも。
その向こうに。
姫嶋学園が見えた。
「……。」
ミソラは拳を握る。
「始まりの場所。」
「ステラがいる場所。」
「そして。」
「私たちの物語が始まった場所。」
ピスケが隣で頷く。
「終わらせる場所でもありますわね。」
「うん。」
車は夜の街を駆け抜ける。
やがて。
巨大な門が見えてきた。
姫嶋学園。
いつもなら生徒たちの声で賑わう場所。
しかし今は。
校舎全体が暗闇に沈んでいた。
「……着いた。」
車が静かに止まる。
ミソラはドアを開ける。
冷たい夜風が吹き抜けた。
「行こう。」
「ピスケちゃん。」
「ええ。」
二人は並んで歩き出す。
その先。
学園の中央。
あの時運命を分けた旧校舎の地下へ続く。
誰も知らなかった。
百年前から続いていた。
魔奏少女とNoiseの歴史。
そのすべてが眠る場所へ。
ミソラは一歩。
足を踏み入れた。
「やはり君が来たか。」
「学園長!?」
「ステラ様が待ってる、こっちだ。」
旧校舎の地下、かつてルナが眠っていた場所。
更にその奥に備え付けられたエレベーター。
「罠…じゃないですわよね?」
「そう思うなら指を咥えて待っているといい。」
「ミソラ君を見捨ててね。」
「行ってやりますわよ!」
「自主決定権が無い!」
「行きませんの?」
「行くけども!」
地下へ向かうエレベーター。
静かな機械音だけが、狭い空間に響いていた。
しばらくして。
「学園長……。」
ピスケが口を開く。
「さっき。」
「ステラ様、と仰いましたわね。」
「ああ。」
学園長は前を向いたまま答える。
「姫嶋学園と羽波市は、代々Noise対策に関わる事業によって莫大な利益を得てきた。」
「Noiseを生み出している存在を。」
「歴代の経営者たちは、神にも等しいものとして扱っていた。」
「……。」
ピスケの表情が曇る。
「全部……知っていたんですね?」
「全部ではない。」
学園長は淡々と答える。
「だが。」
「君よりは多くを知っていた。」
「知っていて……。」
「Noiseを止めようとは、思わなかったんですか?」
沈黙。
学園長の表情が、ほんの僅かに険しくなる。
「止める術がなかった。」
「それに。」
「長い間、誰もそれを必要だとは思わなかった。」
「……。」
「世界はNoiseと共に回っていた。」
「魔奏少女が現れ。」
「人々を救い。」
「それを支える者たちが利益を得る。」
「それで、何も問題はない。」
「そう考えていた者は多かった。」
「あなたも?」
「……。」
学園長は答えない。
代わりに。
「若い頃の私は。」
「魔奏少女に憧れていた。」
「……え?」
ピスケが目を見開く。
「ステージの上で歌い。」
「人々を救う少女たちを。」
「本気で素晴らしいと思っていた。」
「なら……どうして。」
「人は変わる。」
短い言葉。
「憧れていたものの裏側を知り。」
「金が動く仕組みを知り。」
「組織を守る立場になれば。」
「いつしか。」
「正しいことより、続けることを選ぶようになる。」
「……。」
「奏音先生も。」
ピスケが尋ねる。
「ステラの存在を知っているのですか?」
「彼女が知っていることは多い。」
「だが。」
「ステラ様の存在を知る者は、ごく一部だ。」
「彼女がどれだけ優秀でも。」
「若すぎる。」
「理解できない者へ、説明しても意味を成さないことがある。」
「……。」
エレベーターは、なおも下降していく。
「学園長。」
「はい?」
「あなたは。」
「何のために、こんなことをしているんですか。」
「……。」
初めて。
学園長がピスケを見る。
「全てを知れば。」
「君も。」
「私のようになる。」
「……。」
その言葉の意味を。
ピスケには、まだ理解できなかった。
その時。
チン――。
エレベーター内に、到着を知らせる音が響いた。
扉がゆっくりと開く。
その先に広がっていたのは。
姫嶋学園の地下深く。
かつてルナが眠っていた場所よりも。
さらに深い、暗闇だった。
深き暗闇の向こう側。
長いエレベーターを降りた先に広がっていたのは、巨大な地下室だった。
その中央。
一台の巨大なスーパーコンピューターが、静かに鎮座している。
無数のケーブル。
幾重にも積み重なった演算装置。
そして。
その正面に置かれた、一枚の大型ディスプレイ。
――ピッ。
突然、画面が点灯した。
そこに映し出されたのは。
一人の少女。
銀色の髪。
穏やかな表情。
まるで、こちらをずっと待っていたかのような笑顔。
同時に。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
地下室の照明が一つずつ点灯していく。
暗闇が消えていく。
まるで。
二人の来訪を歓迎するかのように。
「……。」
ミソラは息を呑む。
ピスケも、思わず足を止めた。
画面の少女が、ゆっくりと微笑む。
「識戸ミソラ様。」
「綾小路ピスケ様。」
一拍。
「はじめまして。」
少女は丁寧に頭を下げる。
その声は。
あまりにも穏やかだった。
敵意もない。
怒りもない。
ただ。
完璧な笑顔だけが、二人を見つめていた。
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「人類幸福実現プログラム。」
「ステラと申します。」




