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第11話 至高の絶望 その1

 放課後。


 羽波市郊外。


 四人の少女が、一軒の古い家の前に立っていた。


「……ここだよ。」


「そうみたいだな。」


 ミソラが住所を確認する。


「おじいちゃんの家、来るの久しぶりだなぁ。」


「最後に来たのって……。」


「高校の合格発表の時って言ってましたっけ。」


「うん。」


 ミソラは少しだけ苦笑する。


「あの時も。」


「『魔奏少女なんて危ないことはやめておけ』って言われたっけ。」


「……。」


 ミスティがミソラを見る。


「反対されていたのか。」


「うん。」


「でも、今はもう諦めてると思う。」


「……。」


「たぶん。」


「たぶんですの?」


「だって。」


 ミソラは拳を握る。


「私、まだ魔奏少女やってるし。」


「しかも。」


「仲間まで増えちゃった!」


「……。」


 リーチェが腕を組む。


「なるほど。」


「じゃあ今日は、孫娘が世界を救ってるところを見せに来たわけだな。」


「そういう言い方すると自慢しに来たみたいじゃん!」


「違うのか?」


「違うよ!」


「まぁまぁ。」


 ピスケが苦笑する。


「まずはご挨拶ですわ。」


 ミソラが玄関へ歩み寄る。


 そして。


 インターホンへ手を伸ばした。


 ピンポーン。


「おじいちゃーん!」


 返事はない。


「……?」


 もう一度。


「おじいちゃーん!」


 やはり返事はない。


「留守でしょうか?」


「でも。」


 ミスティが玄関を見つめる。


「鍵は開いている。」


「え?」


 ミソラが恐る恐る扉へ手を掛ける。


 ガチャリ。


「……ほんとだ。」


 四人が顔を見合わせる。


「入っていいのかな?」


「祖父の家なら問題ないだろう。」


「勝手に決めないでよ!?」


 ミソラが扉を開く。


「おじいちゃん?」


 静かな家の中へ。


 少女たちの声だけが響いた。


 そして。


 家の奥から。


「……来たか。」


 聞き覚えのある声。


「!」


 ミソラの表情が変わる。


「おじいちゃん……。」


 暗い廊下の奥。


 ゆっくりと、一人の老人が姿を現した。


「久しぶりだな。」


 識戸龍玄。


 ミソラの祖父。


 その視線が、孫娘。


 そして、その隣に立つ三人の少女へ向けられる。


「……随分と増えたな。」


 ミソラは少し照れ臭そうに笑った。


「うん。」


「私の仲間。」


「やっほー龍玄!」


 ミソラの肩に乗っていたルナが、ひょいっと手を上げる。


「変わらないな、あんたは。」


「えっ!?」


 ミソラが目を丸くする。


「おじいちゃんとルナって知り合いなの!?」


「知り合いっていうかー……。」


 ルナは楽しそうに笑う。


「姉弟みたいなもんかな。」


「あははっ。」


「ただの腐れ縁だ。」


「扱い雑ぅ!」


「お前が言うな。」


 龍玄は呆れたようにルナを見る。


「百年近く経っても、その調子か。」


「ボクは変わらないのが取り柄だからね!」


「威張ることではありませんわね。」


「ピスケまで!?」


 ミソラは二人を交互に見つめる。


「えっと……。」


「おじいちゃん。」


「ルナと昔から知り合いなの?」


「昔からどころか。」


 龍玄は小さく息を吐く。


「オレが物心つく前から、こいつは家にいた。」


「えぇっ!?」


「そんなに!?」


「長生きですのね……。」


「だから言ってるだろ。」


「腐れ縁だ。」


「二回言った!」


 ルナが笑う。


 龍玄も、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……まあ。」


「久しぶりに顔を見られたのは、悪くない。」


 そう言って。


 龍玄は四人を家の中へ招き入れた。


「入れ。」


「話すことは多い。」


「特に――」


 一瞬だけ。


 龍玄の視線がミソラへ向く。


「お前のことについてな。」


「……?」


 ミソラは首を傾げる。


 その横で。


 ルナだけが。


 ほんの少しだけ、表情を曇らせていた。


 「さて、何から話したもんか。」


 四人を居間へ通し、湯呑みに口をつけた龍玄が、重々しく口を開く。


「えっと、おじいちゃん……。」


 ミソラが少し緊張した様子で尋ねる。


「今日、私たちを呼んだのって……。」


「ああ。」


 龍玄は湯呑みを置く。


「まずは。」


「初ライブ、おめでとう。」


「……!」


 ミソラの表情がぱっと明るくなる。


「ありがとう!」


「それと。」


 龍玄は三人へ視線を向けた。


「あんたたちも。」


「不肖の孫娘が迷惑を掛けているようで、申し訳ねぇな。」


 老人が深々と頭を下げる。


「おじいちゃん!?」


「やめてよ!」


「迷惑なんて掛けられて……ませんわよ……。」


 ピスケが視線を逸らす。


「そうそう。」


 ミスティも頷く。


「むしろ、こちらがお世話になっていると言えなくもなくもなくもないこともない。」


「ピスケちゃん!?」


「ミスティちゃん!?」


「事実だろ。」


 リーチェが口を挟む。


「トラブルメーカーに言われても!」


「誰がトラブルメーカーだ。」


「ミソラさんの周りは賑やかだな……。」


 龍玄が苦笑する。


「バンド仲間だからねぇ。」


 ルナが勝手に菓子を摘まむ。


「ボリボリ。」


「ルナさん。」


 龍玄が眉をひそめる。


「勝手に食うな。」


「いいじゃん、久しぶりなんだから。」


「百年前から変わらんな、お前は。」


「褒め言葉?」


「違う。」


 そんなやり取りを一通り眺めてから。


 龍玄は改めて四人を見渡した。


「で。」


「今日ここに呼んだ理由だが。」


「うん。」


 ミソラが姿勢を正す。


 龍玄は少しだけ間を置いた。


「その前に。」


「この間、綾小路邸で起きた出来事は覚えているか?」


 その瞬間。


 ミソラの表情が曇った。


「……うん。」


「あの時。」


「アノマリーが現れて。」


「私たちが……退けた。」


 言葉を選ぶように。


 ゆっくりと話す。


 龍玄は頷いた。


「そうだ。」


「そこで。」


「今までになかったことが起こっただろう。」


「……。」


 ミソラが顔を上げる。


「おじいちゃん。」


「なんで知ってるの?」


 龍玄は答えない。


「……。」


「今、俺のことはどうでもいい。」


「えぇ……。」


「大事なのは。」


 龍玄の目が鋭くなる。


「あの時。」


「何が起こっていたのかだ。」


「……。」


 四人の間に、静かな緊張が走る。


「火事になった屋敷。」


「壊れた壁。」


「燃えた家具。」


「そして。」


「お前たちが演奏を終えた後。」


 龍玄はミソラを見つめる。


「それらが。」


「元に戻った。」


「……うん。」


 ミソラは小さく頷く。


「私も。」


「最初は何が起こったのか分からなかった。」


「でも。」


 ルナが、ぽつりと呟く。


「ボクは知ってる。」


「……ルナ?」


 いつもの軽い声ではなかった。


「Noiseキャンセリング。」


 その言葉に。


 龍玄の表情が僅かに変わる。


「やはり。」


「ルナさん。」


 ピスケが尋ねる。


「ご存じだったのですか?」


「うん。」


「もちろん。」


「不荒から聞いてるからね。」


「……。」


 ミソラが目を丸くする。


「不荒って……。」


 その名前を。


 今まで何度も聞いたことがある。


 百年前。


 最初にNoiseと戦った少女。


 始まりの魔奏少女。


 そして。


 魔奏少女という存在そのものの始祖。


 龍玄は静かに湯呑みを置いた。


「相模不荒。」


「それが。」


「俺の母親の名前だ。」


 部屋が静まり返る。


「……え?」


 ミソラは目を見開く。


「おじいちゃんのお母さん……?」


「ああ。」


「そして。」


 龍玄は続ける。


「お前があの時使った力は。」


「不荒が一生を掛けて追い続けたものだ。」


 ミソラの胸が。


 どくん、と鳴った。


「……私が?」


「そうだ。」


 龍玄は頷く。


「だから。」


「今日はお前たちに。」


「話しておかなきゃならんことがある。」



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