外伝 ミスティ〜蒼に染まるまで〜 その3
瓦礫の中。
少女は膝をついていた。
周囲には。
無数の奏器。
どれも。
彼女には応えなかった。
「……。」
また。
駄目だった。
怒りを込める。
憎しみを込める。
力を振り絞る。
それでも。
魔奏器は沈黙したまま。
「……私じゃ。」
「足りないのか。」
その時。
瓦礫の向こうで。
一つの楽器が。
淡く輝いた。
「……?」
ギター。
見たことのない意匠。
二つの音色を思わせる、不思議な形。
少女が手を伸ばす。
指先が触れた瞬間。
「――。」
世界が静かになった。
音が消える。
研究員の声も。
警報も。
何も聞こえない。
ただ。
胸の奥に。
何かが触れた。
「……。」
それは。
言葉ではなかった。
声でもない。
ただ。
確かな感覚。
――怒っている。
――傷ついている。
――それでも。
――誰かを守りたい。
少女は目を見開く。
「……。」
自分でも。
忘れていた。
そんな気持ち。
ずっと奥底へ押し込めていた。
「……そうか。」
少女は。
初めて。
ほんの少しだけ笑った。
「お前も。」
「同じなんだな。」
ギターが。
強く輝く。
黒と青。
二つの光が重なり。
少女の身体を包み込んでいく。
「……分かった。」
「私が。」
「お前と戦う。」
その瞬間。
少女は。
初めて魔奏器に選ばれた。
――ジェミニ。
後に。
世界最高峰の魔奏器と呼ばれる存在に。
ジェミニに選ばれた少女は。
その日。
正式に魔奏少女として認定された。
史上最年少。
11歳。
その記録は。
後にも先にも。
彼女ただ一人だった。
「名前は?」
そう尋ねられた。
少女は答えられなかった。
施設では。
名前で呼ばれることすら。
ほとんど無かったからだ。
「……。」
しばらく黙った後。
彼女は。
隣に浮かぶジェミニを見る。
「……名前。」
「必要なのか?」
ジェミニは。
何も答えない。
ただ。
静かに光っている。
「そうか。」
少女は目を伏せた。
「なら。」
「好きにすればいい。」
そうして。
彼女には。
新しい名前が与えられた。
――ミスティ。
それが。
彼女に新しく与えられた名前だった。
◇ ◇ ◇
それから。
半年。
ミスティは戦い続けた。
Noiseが現れれば。
向かう。
電子機器が異常を起こせば。
向かう。
人々が助けを求めれば。
向かう。
ジェミニを鳴らす。
ギターとベース。
二つの音が重なれば。
Noiseは瞬く間に霧散していく。
「……。」
賞賛。
歓声。
取材。
表彰。
そんなものに。
興味はなかった。
「次の任務は?」
それだけ。
ただ。
Noiseを倒す。
それが。
自分の役割だった。
誰かを守るため。
――そう思っていることさえ。
本人は気付いていなかった。
ある日のこと。
「ミスティ。」
「はい。」
「今日の任務は以上だ。」
「分かった。」
帰還しようとした。
その時。
「ねぇ!」
「……。」
振り返る。
そこには。
一人の少女が立っていた。
自分より。
少しだけ背が高い。
年齢も。
一つ上。
緑色の髪を揺らしながら。
満面の笑みを浮かべている。
「君、ミスティだよね!」
「……そうだが。」
「すっごいなー!」
「今日の戦い見てたよ!」
「一人であんなにNoise倒せるんだ!」
「……。」
ミスティは。
その少女を見つめる。
「何の用だ。」
「え?」
「何か用があるから話しかけたんだろ。」
「うーん。」
少女は腕を組む。
「特にない!」
「……。」
「ただ。」
「すごいなーって思ったから。」
「それだけ!」
「……変な奴だな。」
「よく言われる!」
少女は笑った。
「私はリーチェ。」
「よろしく!」
「……。」
ミスティは答えない。
「ねぇ、ミスティ。」
「何だ。」
「今度一緒に歌わない?」
「断る。」
「なんで!?」
「必要ない。」
「必要あるよ!」
「魔奏少女なんだから!」
「……。」
ミスティは踵を返す。
「私は一人で十分だ。」
「あっ、待ってよ!」
背後から。
足音が追いかけてくる。
「ミスティってさ!」
「何だ。」
「友達いないでしょ!」
足が止まった。
「……。」
「図星?」
「……うるさい。」
「じゃあ友達になろう!」
「断る。」
「なんで!?」
「面倒だから。」
「じゃあ面倒じゃなくなるまで話しかける!」
「意味が分からない。」
「私も!」
ミスティは。
初めて。
少しだけ眉をひそめた。
それでも。
少女は。
隣を歩き続けていた。
◇ ◇ ◇
ある日の巡回任務中。
「付いてくるなと言ったはずだ。」
「アタシは年上だぞ!」
「敬え!」
「……。」
ミスティは振り返る。
「私の方が先輩だぞ。」
「敬え。」
「屁理屈!」
「事実だ。」
「ぐぬぬ……。」
リーチェは腕を組む。
「じゃあ!」
「デュオ組んでくれるなら!」
「話にならんな。」
「即答!?」
その瞬間だった。
――ドォォォォン!!
「……!」
街の至る所から黒い霧が噴き上がる。
「Noise……!?」
一体。
二体。
三体。
十体。
二十体。
数え切れないほどのNoiseが、街中へ姿を現した。
「なんだ、この数は……。」
ミスティがジェミニを構える。
「私一人で十分だ。」
「待て!」
リーチェが前へ出る。
「一人じゃ無理だ!」
「私なら倒せる。」
「倒せても!」
「街の人たちが逃げ遅れる!」
「……。」
「それの何がいけない。」
「ダメに決まってるだろ!」
リーチェは叫んだ。
「魔奏少女は!」
「人を助けるために歌うんだ!」
ミスティの手が止まる。
「……なら。」
「どうする。」
リーチェは笑った。
「アタシと組め!」
「二人なら一気に蹴散らせる!」
「……。」
ミスティはリーチェを見る。
理解できない。
非合理的だ。
なのに。
その瞳だけは。
どうしようもなく真っ直ぐだった。
「……分かった。」
「えっ!?」
「一時的なSessionだ。」
「よっしゃ!」
二人は魔奏器を構える。
「「Play to Session!!」」
瞬間。
青と緑。
二つの心奏力が重なった。
ギターの旋律。
鍵盤の旋律。
二つの音が一つになり、街を駆け抜ける。
「うおおおおっ!」
Noiseが次々と光へ還っていく。
逃げ遅れていた人々の前に、光の道が開かれる。
「今だ!」
「こっちは任せろ!」
やがて。
最後のNoiseが消えた。
街に静寂が戻る。
「……。」
ミスティは周囲を見渡した。
誰も傷ついていない。
誰も取り残されていない。
「……なるほど。」
「ん?」
「悪くない。」
「じゃあ!」
「デュオ!」
「正式に組むぞ!」
「……好きにしろ。」
「やったぁ!」
リーチェが笑う。
その笑顔を見ながら。
ミスティはほんの少しだけ。
口元を緩めた。
それが。
後に世界を救う二人の魔奏少女。
最初のSessionだった。




