第10話 始めよう もう一度 その6
〘アノマリス・フェイズ〙
アノマリーの身体から。
赤黒い波動が広がっていく。
「その歌も知ってるよ。」
「私の音で。」
「全部消してあげる。」
その声と共に。
無数の腕が動き始めた。
「っ……!」
ミソラが息を呑む。
歌おうとする。
けれど。
声が出ない。
「……!」
喉は動いている。
確かに声を出しているはずなのに。
音が。
届かない。
ピスケも必死にスティックを振る。
ドンッ!
――。
ドラムが鳴ったはずなのに。
音が消えている。
「そんな……。」
リーチェもライブラの鍵盤を叩く。
指先から心奏力は生まれる。
しかし。
旋律が。
続かない。
「音そのものを……。」
ミスティが目を細める。
「消しているのか。」
巨大な腕が迫る。
――ズガァァァン!!
「くっ!」
ミスティは横へ跳ぶ。
ジェミニを抱えたまま、地面を転がった。
「ミスティちゃん!」
「構うな!」
立ち上がる。
もう一度。
ギターを鳴らす。
――ギィン。
僅かに。
音が響いた。
「……。」
ミスティは目を見開く。
もう一度。
弦を弾く。
――ギィィン。
今度は。
先ほどよりも強く。
「そういうことか。」
ミスティが小さく笑った。
「何かわかったんですの!?」
「アノマリーは音を消しているんじゃない。」
「私たちの音を。」
「同じ音にしている。」
「同じ……?」
「ああ。」
「一度聞いた歌を学習してるんだろう。」
ミスティはジェミニを構える。
「だから。」
「違う音なら。」
ギィィィィン――!!
ジェミニから放たれた二重螺旋が、赤黒い波動へ食い込んだ。
空間が。
歪む。
「なに!?」
アノマリーが初めて驚いた。
「あの時と同じ歌の筈なのに……!」
「違う。」
ミスティが言う。
「同じじゃない。」
ギターの音が。
赤黒い波動を掻き乱していく。
「私たちが居る。」
その瞬間。
ミソラの声が戻った。
「――!」
大きく息を吸う。
そして。
『「信じて」なんて願いは 言葉を超えてゆく』
歌声が。
夜空へ響き渡る。
「……!」
アノマリーの表情が歪む。
「やめて。」
腕が振り下ろされる。
――ズガァァァン!!
ミソラのいた場所が吹き飛ぶ。
しかし。
「ミソラさん!」
ピスケが水輪を蹴った。
空中でドラムを叩く。
――ドンッ!!
金色の心奏力がミソラを包み込み、巨大な腕を弾き返した。
「大丈夫ですわ!」
「ありがとう、ピスケちゃん!」
「礼など後ですわ!」
ピスケが笑う。
「今は歌ってくださいませ!」
『熱を帯びた 君の胸の奥まで 響かせたいんだ』
ミソラの歌が。
さらに強くなる。
リーチェがライブラを鳴らす。
深緑の旋律が。
巨大な腕を切り裂く。
『不協和音が 物語を揺らすほど強く』
「私たちの音は。」
ミスティがジェミニを鳴らす。
「一つじゃない。」
「四つだ。」
『私たちが選んだ その光を灯すだけ』
四人の心奏力が。
夜空で重なった。
アノマリーが吠える。
「やめてぇぇぇぇぇ!!」
無数の腕が一斉に振り下ろされる。
「来ますわ!」
ピスケが空中を駆ける。
一つ。
二つ。
三つ。
水輪を足場にして飛び回りながら。
四方八方からドラムを叩き込む。
――ドン!
――ドドン!
――ドドドン!!
巨大な腕が次々と弾かれる。
「そこだ!」
ミスティが叫ぶ。
ジェミニの音が。
黒い腕の軌道を強引に逸らす。
「合わせる!」
リーチェの指が。
ライブラの鍵盤を駆け抜ける。
深緑の光が。
異形の身体へ突き刺さる。
「届けぇぇぇっ!!」
ミソラが歌う。
金色の心奏力が。
四人の音を包み込んだ。
――ズドォォォォン!!
アノマリーの巨体が大きく揺らぐ。
「きゃああぁぁぁぁっ!!」
黒い霧が。
大量に吹き飛んでいく。
その身体が。
少しずつ。
削れていく。
「効いてる!」
ミソラが叫ぶ。
「まだですわ!」
ピスケが笑う。
「もっと削りますわよ!」
ドラムが鳴る。
光が弾ける。
深緑。
金色。
二重螺旋。
黄金と薄碧。
四つの心奏力が。
異形の身体を容赦なく削り取っていく。
「嫌……。」
アノマリーが後退る。
「嫌だ。」
巨大な腕が。
崩れていく。
「みんな。」
「私の友達なのに。」
その言葉に。
ミソラの表情が僅かに曇る。
けれど。
歌は止めない。
『孤独さえ愛せるよ 君がいれば』
四人の音が重なる。
『どんな痛みも どんな絶望も』
アノマリーの身体から。
また黒い霧が剥がれ落ちる。
『二人で重ねれば 答えになるから』
赤いワンピースが。
少しずつ姿を取り戻していく。
『繋いだメロディを 離さないで――』
巨大な異形だった身体が。
少女の輪郭へ戻っていく。
「そんな……。」
アノマリーが呟く。
「私の方が。」
「ずっと。」
「ミソラちゃんのこと……。」
その声は。
もう。
異形の咆哮ではなかった。
ただの。
少女の声だった。
そして。
サビ。
『出鱈目なリズムで 世界を変えろ!』
四人の心奏力が爆発する。
『たとえそれが罪でも 過ちでも』
金色の光が。
赤黒い霧を吹き飛ばす。
『君と笑い合えてる 未来が欲しいよ』
深緑の旋律が。
崩れかけた身体を包み込む。
『トキメキは 止められない』
二重螺旋が。
黒い波動を貫く。
『当然なんて 蹴飛ばして』
ピスケのドラムが。
最後の一撃を叩き込んだ。
「――――ッ!!」
アノマリーの身体が。
大きく後ろへ吹き飛ぶ。
そして。
四人の声が。
重なる。
「君が――!」
「大好きだよー!」「大好きだー!」
「大好きだぞー!」「大好きですわー!」
四つのシャウト。
それぞれ違う。
それでも。
一つの光となった。
――ドォォォォォォォン!!
巨大な心奏力の波が。
アノマリーを真正面から飲み込んだ。
赤黒い霧が。
次々と剥がれていく。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
その叫び声さえ。
光の中へ消えていった。
ーーー
光が晴れる。
そこに。
アノマリーの姿はなかった。
「……。」
ミソラは荒い息を吐きながら、辺りを見回す。
「消えた……?」
「いや。」
ミスティがジェミニを構えたまま、静かに言う。
「まだだ。」
――ズズズ……。
足元。
崩れた床の隙間から。
赤黒い靄が滲み出してくる。
「……っ!」
ミソラが振り返る。
そこには。
小さくなったアノマリーが立っていた。
赤いワンピースは所々破れ。
白い肌には黒い亀裂が走っている。
それでも。
少女は笑っていた。
「まだ。」
「まだ終わってないよ。」
その足元から。
黒い靄が再び広がる。
「逃げるつもりですの!?」
ピスケがスティックを構える。
しかし。
「待って。」
リーチェが手を上げる。
「……あれは。」
アノマリーの周囲を覆う黒い靄が。
地面へ溶けていく。
まるで。
この場所そのものへ根を張ろうとしているようだった。
「もう一度。」
「全部壊す。」
アノマリーが両手を広げる。
「ミソラちゃんも。」
「ピスケちゃんも。」
「リーチェちゃんも。」
「ミスティちゃんも。」
「みんな。」
「みんなみんな。」
「私と一緒に――」
その瞬間。
ミソラが。
静かに息を吸った。
「……させない。」
「え?」
ミソラの胸元から。
金色の光が溢れ出す。
「もう。」
「誰も壊させない。」
ミスティが目を細める。
「ミソラ。」
「分かってる。」
リーチェもライブラを構えた。
「なら。」
「最後まで付き合おう。」
「当然ですわ。」
ピスケがスティックを握り直す。
「わたくしたちのLive。」
「最後まで聴かせて差し上げます。」
四人が。
もう一度。
魔奏器を構える。
「「「「Live on シュピーレン!!!」」」」
その瞬間。
心奏力が弾けた。
金色。
深緑。
二重螺旋。
黄金と薄碧。
四つの光が。
一つへ重なっていく。
ミソラが歌う。
『伝えたい 言葉があるよ』
光が。
綾小路邸を包み込む。
『思うだけじゃ 消えてくから』
焼け焦げた壁が。
淡い光に包まれる。
崩れた床が。
ゆっくりと元の形へ戻っていく。
「……え?」
ピスケが目を見開く。
炎が。
消えていく。
煙が。
晴れていく。
『伝えなきゃ いけない言葉』
割れた窓が。
元へ戻る。
焼け落ちた柱が。
光の粒となって再生する。
『それはホントの気持ち』
家具も。
壁も。
天井も。
まるで時間が巻き戻るように。
あるべき姿へ戻っていく。
「これは……。」
リーチェが呟く。
「何が起きてるの?」
ミソラにも分からない。
ただ。
歌っている。
歌い続けている。
その歌に。
心奏力が応えている。
「Noise……。」
アノマリーが。
初めて恐怖の表情を浮かべた。
「キャンセリング……。」
ルナが驚愕の色に満ちた瞳を輝かせる。
ミソラを見つめる。
「まさか。」
「ミソラ……。」
「やっぱり。」
「君は――。」
その声を。
金色の光が掻き消した。
『出鱈目なリズムで 世界を揺らせ』
四人の演奏が。
さらに激しくなる。
『予測不能な 私の衝動』
ミソラの歌声が。
夜空へ突き抜ける。
『愛憎もデータも 関係ないよ』
赤黒い靄が。
次々と消えていく。
『心が鳴るなら それが答えだ!』
アノマリーの身体が。
また一つ。
また一つ。
光に削られていく。
「いや……。」
少女の身体から。
黒い粒子が零れ落ちる。
「いやだ。」
それでも。
歌は止まらない。
「私……。」
「もっと……。」
「遊びたい……。」
アノマリーの身体が。
さらに薄くなる。
「もっと。」
「みんなと。」
「一緒に……。」
その声が。
徐々に。
小さくなる。
やがて。
もう。
腕も。
足も。
輪郭すら。
残っていない。
ただ。
赤いワンピースの少女の顔だけが。
光の中に浮かんでいた。
ミソラは。
その少女を見つめる。
「……真理ちゃん。」
アノマリーが。
ゆっくりと目を開く。
二人の視線が。
重なった。
「……。」
ミソラの頬を。
一筋の光が伝う。
涙だった。
それでも。
歌う。
『限界なんて 吹き飛ばして――』
アノマリーの身体が。
もうほとんど消えている。
その表情から。
狂気が消えていた。
『出鱈目なリズムで 世界を変えろ!』
最後の旋律。
四人の心奏力が。
夜空を埋め尽くす。
『たとえそれが罪でも 過ちでも』
赤黒い靄が。
完全に消えていく。
『君と笑い合えてる世界が欲しいよ』
光が。
綾小路邸を包む。
その全てを。
優しく照らしていく。
『トキメキは 止められない』
ミスティのギター。
リーチェの鍵盤。
ピスケのドラム。
そして。
ミソラの歌。
四つの音が。
もう一つの旋律になる。
『当然なんて 消し飛ばして』
ミソラが。
最後の一歩を踏み出す。
そして。
『君が――――――』
息を吸う。
肺いっぱいに。
心いっぱいに。
全部を込めて。
「大好きだよーーーーーーッ!!」
シャウト。
金色の心奏力が。
夜空を貫いた。
アノマリーの顔には。
最初に会った時と同じ。
穏やかな笑顔。
「ミソラ……ちゃん。」
か細い声。
「……うん。」
ミソラは歌いながら。
小さく頷く。
「私も……。」
少女の身体が。
光の粒へ変わっていく。
「大好きだよ……。」
「……!」
ミソラの瞳が揺れる。
それでも。
前を向いた。
大きく。
大きく。
そして。
最後の一節。
――――。
ドラムの激しい連打だけが。
最後まで残る。
――ドドドドドドドドドッ!!
ミソラの荒い息遣い。
「……っ。」
そして。
「Just listen, my heartbeat……!」
最後の一音が。
静かに消えた。
光が。
ゆっくりと晴れていく。
そこには。
もう。
アノマリーの姿はなかった。
ただ。
一筋の風だけが。
開け放たれた窓から吹き抜けていく。
さらり。
ミソラの髪を揺らして。
夜空へ消えていった。
「……。」
ミソラは。
その風を見送る。
「……真理ちゃん。」
返事はない。
けれど。
ミソラは小さく笑った。
「……またね。」
その言葉を。
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
そして。
静かになった綾小路邸に。
四人の少女の息遣いだけが残った。




