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第10話 始めよう もう一度 その5

 二人の心奏力が重なり。


 金色と薄碧の光が、アノマリーを大きく後退させる。


「なんで……。」


 アノマリーが。


 初めて悲しそうな顔をした。


「なんで……その子なの。」


「私だって……。」


「ミソラちゃんの友達なのに。」


「……。」


「私もその子も!」


「自分の役割を果たしてるだけじゃない!」


 その言葉に。


 ミソラは静かに首を振った。


「違うよ。」


「ピスケちゃんは。」


「誰かを傷つけて喜んだりなんかしない。」


「……。」


「うるさい。」


 アノマリーの表情が歪む。


「うるさい。」


「うるさぁぁぁい!!」


 瞬間。


 綾小路邸の至る所で。


 バチッ!!


 バチバチバチッ!!


 電灯が一斉に明滅する。


「えっ!?」


「な、何!?」


 壁の中を走る電線。


 家中の電子機器。


 監視カメラ。


 照明。


 空調。


 ありとあらゆる機器が。


 次々と火花を散らしていく。


「電子攪乱……!」


 ミソラが目を見開く。


 そして。


 ――ボンッ!!


 どこかで爆発が起きた。


「きゃあっ!」


 炎が一気に広がる。


 カーテン。


 家具。


 壁。


 天井。


 瞬く間に。


 綾小路邸が業火に包まれていく。


「ミソラリーダー!」


 聞き覚えのある声。


「ピスケ!」


「無事か!?」


 燃え上がる屋敷の入口から。


 二人の少女が駆け込んできた。


「あっ!」


「リーチェちゃん!」


「ミスティちゃん!」


「来てくれたんだ!」


「おー。」


 リーチェは燃え盛る屋敷を見回す。


「とんでもないことになってるなー。」


「ライブの時に火を使った演出はあったけど。」


「実際に燃やすとは派手だねー。」


「経験値のせいで呑気すぎる!」


 ミソラが思わず叫ぶ。


「それより。」


 ミスティはジェミニを構える。


「あいつをどうにかするべきだろうな。」


 その視線の先。


 アノマリーが立っていた。


「……。」


 その身体から。


 黒い靄が溢れ出している。


 これまで取り込んできた。


 怒り。


 悲しみ。


 憎しみ。


 孤独。


 数え切れないほどの負の感情。


 それらが。


 今。


 一つに集まり始めていた。


「……うん。」


 ミソラが拳を握る。


「これ以上。」


「あの子を放っておけない。」


「ここで決着をつけるよ。」


「……あいつには借りがあるからな。」


 リーチェがライブラを構える。


「行くぞ。」


「Noiseは滅する。」


「それだけだ。」


 ミスティのジェミニが唸る。


「もう。」


 ピスケがスティックを握り直す。


「好きにはさせませんわ。」


 アクエリアスの輪が。


 五つ。


 一斉に輝く。


「これで。」


 ミソラの心奏力が膨れ上がる。


「終わらせる!」


 金色。


 深緑。


 二重螺旋。


 そして。


 黄金と薄碧。


 四つの心奏力が。


 一斉に膨れ上がった。


「「「「Live on シュピーレン!!!!」」」」


 四つの声が。


 燃え盛る屋敷を震わせる。


「……この曲は。」


 ピスケが目を見開く。


「これは……。」


 ミソラを見る。


「初めてミソラさんと歌った。」


「あの曲……。」


 ミソラも笑った。


「うん。」


「私たちの始まりの曲。」


「――Un chaine Heart Beat。」


 四人の魔奏器が。


 一斉に鳴り響く。


 ドラム。


 ギター。


 ベース。


 キーボード。


 そして歌。


 あの日。


 二人だけだった音が。


 今は。


 四人分の音になっていた。


 金色の旋律へ。


 深緑の音が重なる。


 二重螺旋がそれを支え。


 そして。


 黄金と薄碧の心奏力が、力強いドラムの鼓動と共に加わっていく。


「止められない――」


「このトキメキは!」


 四人の心奏力が。


 一つの巨大な光となって。


 燃え盛る綾小路邸を照らし出した。


 四つの心奏力が絡み合い、夜空を貫く巨大な光柱となる。


「……。」


 アノマリーは。


 その光を見上げていた。


「すごい。」


 小さく呟く。


「とっても綺麗。」


 そして。


 笑った。


「だから。」


「私も。」


「もっと遊ばなきゃ。」


 ――ドクン。


 赤黒いディソナンスが爆発する。


「なっ……!?」


 ミソラが目を見開く。


 アノマリーの身体から、黒い霧が噴き出した。


 赤いワンピースが裂ける。


 白い腕が。


 異様な音を立てながら膨張していく。


「う、嘘……。」


 腕。


 腕。


 さらに腕。


 一本だったはずの腕が黒い肉塊へ変貌し、巨大な触腕のように空へ伸びていく。


「――――!!」


 咆哮。


 もう少女の声ではない。


 羽波市全体を震わせるような異形の音。


 巨大化した腕が振り下ろされる。


 ――ズガァァァァン!!


「きゃあっ!」


 地面が砕ける。


 瓦礫が吹き飛ぶ。


「散開!」


 ミスティが叫ぶ。


 四人がそれぞれ別方向へ跳ぶ。


「うおっ!?」


 リーチェのいた場所を巨大な腕が薙ぎ払う。


 そのまま腕は地面を抉り、建物の壁へ叩きつけられた。


 ――ドォォォン!!


「……デカすぎるだろ。」


 ミスティがジェミニを構え直す。


「おー……。」


 リーチェがライブラを握る。


「これはちょっと……規格外だな。」


「ピスケちゃん!」


「分かっていますわ!」


 宙に浮かぶ五つの水輪。


 ピスケはその一つを蹴り、空中へ飛び上がった。


「そこですわ!」


 ドラムが鳴る。


 ――ドンッ!!


 巨大な心奏力がアノマリーの腕へ直撃する。


 しかし。


「効いてない!?」


 黒い腕が大きくしなる。


 次の瞬間。


 反対側からもう一本の腕が飛んでくる。


「危ない!」


 ミソラが歌声を叩き込む。


 金色の光が腕を弾き返す。


「ありがとう!」


「どういたしまして!」


 アノマリーは笑う。


「みんな。」


「楽しそうだね。」


 巨大な腕が再び振り上げられる。


「私も混ぜてよ。」


 ――ズオォォォォン!!


 夜空を覆い尽くすほどの黒い腕が、四人へ一斉に襲い掛かった。


「散れ!」


 ミスティの声が響く。


 四人が同時に跳ぶ。


 直後。


 ――ズガァァァァン!!


 巨大な腕が地面を叩き潰した。


「うわぁっ!?」


 ミソラの身体が宙へ投げ出される。


 だが。


「ミソラさん!」


 ピスケが水輪を蹴った。


 空中で身体を反転させ、ミソラの腕を掴む。


「きゃっ!」


「こちらへ!」


 二人まとめて別の水輪へ飛び移る。


 その直後。


 ――バキィッ!!


 さっきまで二人がいた場所を、別の腕が薙ぎ払った。


「助かったぁ……!」


「まだ油断は禁物ですわ!」


 ピスケがスティックを構える。


 五つの水輪が一斉に宙へ散開した。


 ドン!


 ドドン!


 ドドドン!


 空中を飛び交うドラムが、四方八方から心奏力を叩き込んでいく。


「そこですわ!」


 巨大な腕が大きく弾かれる。


「今だ!」


 ミスティがジェミニを鳴らす。


 ――ギィィィン!!


 二重螺旋の光が黒い腕へ絡みつき、その動きを縛り上げた。


「リーチェ!」


「ああ!」


 ライブラの鍵盤が鳴る。


 深緑の旋律が一気に駆け抜け、巨大な腕を横から切り裂いた。


「――――!!」


 異形が咆哮する。


 切り裂かれた腕は黒い霧となって崩れ。


 そのまま空中へ消えていく。


「やった!」


 ミソラが拳を握る。


「まだだ。」


 ミスティが短く言った。


「え?」


 黒い霧が。


 再び集まっていく。


 消えたはずの腕が。


 元通りに再生した。


「嘘でしょ……。」


「再生するのか。」


 リーチェが眉をひそめる。


 アノマリーは。


 楽しそうに笑っていた。


「すごいね。」


「みんな、本当に強い。」


「もっと。」


「もっと遊ぼうよ。」


 異形の身体から。


 無数の黒い腕が生える。


「……数が増えた。」


 ミソラが息を呑む。


 十本。


 二十本。


 それ以上。


 まるで巨大な黒い樹木の枝のように、無数の腕が夜空へ伸びていく。


「これは……。」


 リーチェがライブラを握り直す。


「さすがに多すぎるな。」


「弱音か?」


「まさか。」


 ミスティがジェミニを構える。


「なら。」


 リーチェも笑う。


「弾き続けるだけだ。」


「はい!」


 ミソラが歌い始める。


 力強い声が夜空へ響いた。


 ――Aメロ。


『最適解のルート 踏み外してゆけ』


 金色の心奏力が弾ける。


 巨大な腕が振り下ろされる。


 ミソラは歌いながら身を翻した。


 ――ズガァン!!


 地面が砕ける。


『積み上げた計算なんて 今夜だけは忘れろ』


 ピスケのドラムが鳴る。


 ドンッ!!


 水輪を踏み台にして跳躍。


 空中から放たれた心奏力が、別の腕を吹き飛ばす。


『旋律が共鳴する 解き放たれたこの衝動』


 ミスティのギターが重なる。


 二重螺旋が無数の腕の間を縫うように走り、次々とその軌道を逸らしていく。


『守り抜いたその境界線 全部塗り替えてやる!』


 リーチェの鍵盤が鳴り響く。


 深緑の光が一気に広がり。


 四人へ迫っていた腕をまとめて弾き飛ばした。


 ――ドォォォン!!


「やった!」


 ミソラが笑う。


「まだまだ行けますわ!」


「この程度なら問題ない。」


「……。」


 アノマリーは。


 黙っていた。


 その巨大な身体の中心。


 赤いワンピースだけが。


 異形の中で、まだ原型を残している。


 その少女の顔が。


 ゆっくりと笑った。


「……やっぱり。」


「ミソラちゃん。」


「その歌。」


 黒い腕が。


 一斉に止まる。


「嫌い。」


 次の瞬間。


 ――――――ッ!!


 空間そのものが震えた。


「っ!?」


 四人の演奏が。


 一瞬だけ。


 途切れる。


 ミソラの歌声が。


 掻き消された。


「え……?」


 ピスケのドラムが空振る。


 ミスティのギターから音が出ない。


 リーチェの鍵盤も。


 沈黙した。


「な……。」


 ミスティが目を見開く。


 アノマリーの身体から。


 赤黒い波動が広がっていく。


「私の音で。」


「全部消してあげる。」


 その声と共に。


 再び。


 無数の腕が動き始めた。



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