第10話 始めよう もう一度 その4
黒い霧が。
ミソラの胸を覆う。
「いやあぁぁぁぁぁ!!!」
金色だった心奏力が。
アノマリーの指先に触れた瞬間。
ゆっくりと。
黒く染まっていく。
「私が……。」
「私がピスケちゃんを……。」
震える声。
涙。
絶望。
アノマリーは嬉しそうに笑った。
「うふふ。」
「とっても素敵な顔よ。」
「ミソラちゃん。」
その時だった。
「……それは。」
「違いますわ……。」
「……?」
倒れ伏していた少女の指が。
ピクリと動いた。
「あらぁ?」
「ピスケちゃん……?」
アノマリーが首を傾げる。
「不思議ね?」
「心は全部、食べ尽くしてあげたはずなのに。」
少女は。
ゆっくりと顔を上げる。
「よくもまぁ……。」
「思い出したくもないことを。」
「ズケズケと……。」
「……。」
アノマリーの笑顔が止まる。
「初めて会った時から。」
「馴れ馴れしいんですのよ。」
「アノマリー。」
綾小路ピスケが。
ゆっくりと立ち上がる。
身体は重い。
心奏力は空っぽ。
それなのに。
胸の奥だけが。
今までに感じたことのないほど熱かった。
「……。」
あいつの笑顔を見ると。
腹が立つ。
ミソラを泣かせたことが。
許せない。
自分が何も出来なかったことが。
情けない。
悔しい。
腹が立つ。
そして。
何よりも。
目の前で泣いている友人を。
「……助けたい。」
その想いだけが。
はっきりと胸に残っていた。
「……そっか。」
ピスケは。
自分の胸へ手を当てる。
「これが。」
「これが…思春期ってやつですのね」
金色の光が輝き始める。
誰かに与えられた「雲雀」ではなく。
誰かに望まれた「ピスケ」でもない。
これは。
自分自身が抱いた想い。
自分自身の心。
そして。
自分自身の心奏力だった。
「誰かに望まれたからじゃない。」
「誰かに頼まれたわけでもない。」
ピスケは。
震える手でスティックを握り締める。
「私が。」
「私が、そうしたいからそうするんですの。」
「……。」
胸の奥から。
今まで知らなかった感情が溢れてくる。
怖い。
悔しい。
腹が立つ。
悲しい。
そして。
「泣いている友人を。」
「助けたい。」
その瞬間。
ピスケの身体から黄金の光が溢れ出した。
「……改めまして。」
一歩。
前へ出る。
「わたくしは。」
黄金の心奏力が弾ける。
「綾小路ピスケと申しますわ。」
「……!」
アノマリーが初めて後退する。
「なに、それ……。」
金色の心奏力が。
ピスケの身体を包みこむ。
その光へ。
もう一つの光が重なった。
薄碧。
眠っていた魔奏器。
アクエリアス。
「……あなたも。」
「ずっと待っていてくれたんですのね。」
金色と薄碧。
二つの光が絡み合う。
そして。
ピスケの周囲へ、水の輪が浮かび上がった。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
輪は宙を泳ぐように回転しながら、次第に速度を増していく。
「アクエリアス。」
ピスケが。
初めて自分の意思で、その名を呼ぶ。
「行きますわよ。」
光のスティックを振り抜く。
――ドンッ!!
ドラムの音と共に。
巨大な心奏力が屋敷全体へ広がった。
激しく掻き鳴らされるドラムの音色。
その中心で金色の少女は笑っていた。
「――Get outta hereですわーーーー!!」
「結局そこなのぉーー!?」
ミソラが叫ぶ。
だが。
アノマリーは吹き飛ばされながらも笑っていた。
「ふふっ。」
「すごいね。」
黒い靄が再び集まり始める。
「でも。」
「まだ遊べるよ。」
「……!」
ミソラが立ち上がる。
「ピスケちゃん!」
「うん!」
ピスケが振り返る。
「ミソラさん。」
「一緒に。」
「……うん!」
ミソラが歌う。
ピスケが叩く。
金色の歌声と。
黄金と薄碧の心奏力が重なる。
その瞬間。
屋敷を包んでいた黒い霧が。
大きく揺らいだ。
「二人なら……!」
「もっといけますわ!」
「行くよ!」
「ええ!」
初めて。
ピスケは。
自分の心で。
自分の音を奏でた。




