第9話 生命の意味は その4
綾小路邸。
「お嬢様。」
「着きましたよ。」
「ええ。」
「ありがとう、堂道。」
車を降り、いつもの玄関をくぐる。
豪奢な屋敷。
それでも、どこか静かだった。
「お父様とお母様は……?」
「旦那様も奥様も、本日はご多忙とのことで。」
「……今日『も』、でしょう。」
少しだけ寂しそうに笑う。
「仕方ありませんわね。」
「わたくし、お部屋へ戻ります。」
階段へ足を向けた、その時だった。
「こんにちはー。」
聞き覚えのある声。
ピスケの肩がぴくりと震える。
ゆっくり振り返ると。
そこには。
阿部野真理が、いつもの笑顔で手を振っていた。
「阿部野……真理さん?」
「えへへ。」
「覚えててくれたんだ。」
「嬉しいなぁ。」
ピスケは周囲へ視線を走らせる。
門。
監視カメラ。
警備員。
どれも異常は見当たらない。
「セキュリティは……。」
「どうやって、お入りになったのです?」
「んー?」
真理は首を傾げる。
「気付いたら、ここに居たよ。」
「……。」
堂道の表情が僅かに変わる。
その瞬間。
屋敷中の照明が、一瞬だけ明滅した。
ピッ。
ピッ、ピッ。
電子音。
「……?」
堂道が懐から端末を取り出す。
画面には。
『SYSTEM ERROR』
の文字。
「馬鹿な……。」
監視カメラ。
電子錠。
警備システム。
すべてが、次々と異常を知らせ始める。
「お嬢様。」
「私の後ろへ。」
堂道が一歩前へ出る。
しかし。
真理はそんな二人を見ながら、楽しそうに笑った。
「ねぇ。」
「とっても。」
「楽しいこと。」
「思いついちゃったんだ。」
一歩。
また一歩。
ゆっくりと近付いてくる。
「阿部野さん。」
「これ以上近付かないでくださいませ。」
ピスケが警戒する。
真理は笑う。
「ねぇ。」
「遊ぼうよ。」
その笑顔だけは。
どこまでも、無邪気だった。
◇ ◇ ◇
「ねー、見てよこれー。」
真理は嬉しそうにスマートフォンを差し出した。
画面には一本の動画。
【やべぇJK二人組が居たwww】
サムネイルには、ゲームセンターではしゃぐミスティとリーチェの姿が映っている。
『またフルコン出してる』
『鬼難易度普通にクリアすんなや』
『なんで片方アフロなんだよ』
『ってか片方シリウスじゃね?』
『解散して何してんだ』
『ケツがエ(規制されました)』
「めっちゃ遊んでる……。」
思わず笑ってしまう。
「楽しそうでいいよねー。」
真理もくすくすと笑う。
「学校からまた何か言われそうだけど。」
「ふふっ、確かに。」
少しだけ肩の力が抜けた。
その時だった。
「ミソラちゃん。」
「ん?」
「私達も遊びに行こうよ。」
「ごめんね。」
「今日はそろそろ帰らないと。」
そう答えると。
真理の笑顔が、ほんの少しだけ止まった。
「……なんで?」
「えっ?」
「私達。」
「友達だよね?」
その声音に、何か違和感を覚える。
「う、うん……。」
「でも今日は。」
「ピスケちゃんとも話したいことがあって――」
「そんなに。」
真理が、小さく呟く。
「あの子がいいの?」
「……。」
「あんな。」
「人間でもない子が。」
背筋が凍る。
「……なんで。」
「そのこと、知ってるの?」
真理は一度だけ首を傾げた。
「あ。」
「そっか。」
「まだ秘密だったっけ。」
にこり、と笑う。
だけど。
その笑顔は、さっきまでとはどこか違っていた。
瞳の奥が、黒く揺らいでいる。
「ごめんね。」
「つい。」
空気が重くなる。
胸騒ぎが止まらない。
「真理……ちゃん?」
「ねぇ。」
一歩。
また一歩。
真理が距離を詰めてくる。
「そんなに。」
「ピスケが大事?」
その声は。
もう真理のものとは思えなかった。
「だったら。」
「邪魔だね。」
ゾクリ、と全身を悪寒が駆け抜ける。
「っ……!」
真理の身体が、不自然に揺らいだ。
輪郭が歪む。
肌が砂嵐のように乱れ。
瞳の奥から、黒い靄が滲み出す。
「見つけた。」
「やっと。」
「見つけた。」
その声だけが、幾重にも重なって聞こえた。
真理の周囲に、黒いNoiseが音もなく渦を巻き始める。
「……!」
白いワンピースが、少しずつ黒へ。
そして、鮮やかな真紅へと染まっていく。
無邪気だった笑顔はそのままに。
その瞳だけが、狂気を宿していた。
「貴方は……!」
ミソラは思わず息を呑む。
「ドームの時の……!」
ルナが低く呟く。
「アノマリーだ。」
「いや……。」
ミソラは首を振る。
「それよりも前に……。」
脳裏へ蘇る。
初めて魔奏少女へ変身した翌日。
校庭の大木の下。
一瞬だけ見えた、赤いワンピースの少女。
あれは見間違いだと思っていた。
でも。
今、目の前に立っている。
「あの時の……。」
少女は嬉しそうに笑った。
「そうだよ。」
「あの時から。」
「ずっと見てた。」
「ずっと。」
「ずっと。」
「ずっとずっと。」
「ずっとずっとずっと。」
「ずっとずっとずっとずっと。」
笑顔のまま。
言葉だけが壊れていく。
「ずっとずっとずっとずっとずっと。」
「ずっとずっとずっとずっとずっとずっと。」
「ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。」
黒いNoiseが少女の足元から溢れ出す。
「なのに。」
「なんでかなぁ。」
笑顔が消えた。
その瞳だけが、ミソラを真っ直ぐ射抜く。
「なんで。」
「あの子なのかなぁ。」
「私の方が。」
「ずっと先だったのに。」
ゾクリ、と全身へ悪寒が走る。
「ルナ!」
「来るよ!」
「ミソラ!」
その瞬間。
アノマリーが地面を砕きながら飛び出した。
ミソラも同時に歌い始める。
「届けぇっ!」
心奏力が爆発する。
黄金色の奔流が一直線にアノマリーへ突き刺さった。
「なんで!」
「なんで!」
「なんでぇぇぇぇぇっ!!」
悲鳴。
怒号。
笑い声。
すべてが混ざり合いながら、赤い少女の身体は光へ呑まれていく。
やがて。
その姿は黒い粒子となり、風へ溶け始めた。
「やった……!」
ミソラが息を切らしながら前を見る。
しかし。
ルナだけは表情を変えなかった。
「……違う。」
「えっ?」
光が晴れる。
そこにはもう、アノマリーの姿は無い。
「消えた……?」
「違う!」
ルナが叫ぶ。
「これは分身体だ!」
「時間稼ぎだったんだ!」
その瞬間――
――ギギィィィッ!!
激しいブレーキ音が響き渡る。
一台の古びたクラシックカーが、ミソラの目の前へ滑り込んだ。
運転席の窓が開く。
「ミソラ様!」
堂道だった。
その顔からは、いつもの余裕が完全に消えている。
「堂道さん!?」
「ピスケお嬢様が!」
その一言だけで、ミソラの血の気が引いた。
「まさか……!」
「アノマリーの狙いは最初からお嬢様です!」
「急いでください!」
ミソラは迷うことなく助手席へ飛び乗る。
「堂道さん!」
「飛ばしてください!」
「承知しております。」
クラシックカーは夕暮れの街を、全速力で駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
綾小路邸。
屋敷中の照明は明滅を繰り返し、警報が鳴り響いていた。
電子ロックは次々と解除され。
監視カメラは砂嵐を映し続けている。
屋敷の最奥。
少女は床へ膝をついていた。
「ぁ……。」
苦しそうに胸を押さえる。
その身体から溢れ出した金色の心奏力は、黒い靄へと吸い込まれていく。
「返して……。」
「それは……。」
「私の……。」
目の前で。
赤いワンピースの少女が、無邪気な笑顔を浮かべていた。
「ふふっ。」
「やっぱり。」
「これ。」
「すっごく綺麗。」
その掌には、黄金色の心奏力。
まるで宝石でも愛でるように眺めている。
「やめ……。」
ピスケが必死に手を伸ばす。
届かない。
意識が、少しずつ遠のいていく。
「ミソラ……さん……。」
小さく零れたその名前だけが、静かな部屋へ響いていた。
【第9話特殊エンディング「生命の(いきた)証」】
元気でいてね 笑っていてね
もう悲しまないで
貴方と積み重ねてた日々が
私の生命の証
何の為に生まれたのか
何の為に生きるのか
解らないまま時は過ぎて
貴方と出会えた
傷つくことも 悲しむことも
共に分かち合えてた
笑いあえてるこの時が
奇跡だと知った
別れの瞬間こそ
笑顔でいたいよ
貴方の前で私
綺麗なままで居たいから
元気でいてね 笑っていてね
もう悲しまないで
私の最後の言葉が 貴方の背中押すなら
私のことは早く忘れて
ただ前だけを見て
貴方の歩んでいく日々が
私の生命の証
一緒に泣いてくれたね
一緒に笑ってくれたね
見つけてくれてありがとう
出会ってくれてありがとう
元気でいてね 笑っていてね
もう泣かないで
貴方の心に残るものが
悲しみだけじゃないなら
私のことは 早く忘れて
時々思い出して
貴方に残る燈火が
私の生命の証
世界に残る証
【おまけ】
「綾小路さんとは、お話できましたか?」
「あっ!」
「奏音先生!」
「……じゃなくてCanonさん!」
「ふふっ。」
「今まで通り、奏音先生で構いませんよ。」
「あ、そうでした。」
「渡しそびれていた物があるんです。」
「バンド結成のお祝いですよ。」
「えぇっ!?」
「Canonからのプレゼントですか!?」
「ひゃっほーい!」
奏音先生は優しく微笑むと、細長いケースを差し出した。
「こちらです。」
「十三の魔奏器の一つ。」
「サジタリウス。」
「私が現役時代に使っていた魔奏器ですよ。」
「思ってたよりド重いの来たぁぁぁぁ!!」
「国宝級じゃないですかこれ!」
「これでNoiseのクソどもをバッシバッシと――」
恐る恐る手を伸ばす。
その瞬間。
ビーッ!!
『適性が0です。』
ビーッ!!
『適性が0です。』
ビーッ!!
『適性が0です。』
「……。」
なおも鳴り止まない。
ビーッ。
ビーッ。
ビーッ。
「……。」
「……。」
「ドンマイ。」
奏音先生はそっと肩へ手を置いた。
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「知ってたけどぉぉぉぉ!!」
「現実を突き付けないでぇぇぇぇ!!」
その日。
サジタリウスは最後まで、ミソラへ一切反応しなかったという。




