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第1話 世界一の魔奏少女! その4

「…………。」


「いや、待って。」


 頭が追いつかない。


「え?」


「誰?」


「何で私の名前知ってるの?」


「ここどこ?」


「待ってたって何?」


 一気に質問を並べる私を見て、ルナは困ったように笑った。


「あはは。」


「やっぱりそうなるよね。」


「うんうん、分かる分かる。」


「……いや分かるなら説明してよ!」


「するする。」


 そう言いながらルナは近くのマイクスタンドをぽんぽんと叩く。


「でもその前に。」


「時間がない。」


 その瞬間。


 ズズンッ!!


 地下全体が大きく揺れた。


 天井から砂埃が舞い落ちる。


「きゃっ!」


 ルナは揺れる天井を見上げ、小さく息をついた。


「思ったより早かったかぁ。」


「何が?」


「Noise。」


 その一言で背筋が凍る。


「この地下にも来るの!?」


「うん。」


「もうすぐ。」


 まるで天気予報でも話すような軽い口調だった。


「そんな呑気なこと言ってる場合じゃ……!」


 言い終わる前に。


 ゴォォォォッ!!


 地下空間の奥から、不気味な唸り声が響いた。


 黒い靄がゆっくりと広がってくる。


 それは廊下で見たNoiseよりも、ずっと禍々しかった。


「っ……!」


 思わず後ずさる。


 逃げようと振り返る。


 けれど、崩れた床は高すぎて戻れない。


「そんな……。」


 逃げ場がない。


 Noiseはゆっくりとこちらへ近付いてくる。


 心臓が痛いほど鳴る。


 足が震える。


 怖い。


 怖い。


 怖い。


 私は結局、何もできない。


 楽器の才能もない。


 誰かを助ける力もない。


 夢ばかり追いかけて。


 いざという時には震えているだけ。


「……やっぱり。」


 震える声が漏れる。


「私なんか……。」


「魔奏少女になんて――」


「なれるよ。」


 ルナが静かに言った。


 その一言で、地下の空気が変わる。


「え……?」


「君ならなれる。」


「だから私は。」


 ルナは真っ直ぐ私を見つめて笑った。


「百年間、待ってた。」


「君を。」


 その言葉には、不思議な説得力があった。


 根拠なんてない。


 初めて会ったばかりなのに。


 それでも。


 その瞳だけは、一度も揺らがなかった。


「でも……。」


「私、楽器も弾けないし……。」


「みんなみたいに才能なんてないよ。」


 ルナは少しだけ首を傾げる。


「うん。」


「知ってる。」


「でもさ。」


「誰が『楽器を弾かなきゃ魔奏少女になれない』なんて決めたの?」


「……え?」


「君には君だけの武器がある。」


 そう言うと、ルナはマイクスタンドへゆっくりと手を伸ばした。


「これ。」


「持って。」


 銀色に輝くマイク。


 どこか懐かしい温もりを感じる。


 私は恐る恐る、それに手を伸ばした。


 触れた、その瞬間――。


 頭の中へ、一つの歌が流れ込んできた。


『前を向いて 涙を拭いて――』


「……!」


 知ってる。


 この歌。


 十年前。


 私を救ってくれた、あの魔奏少女の歌。


「どうして……。」


 涙が零れる。


「この歌……。」


「ずっと。」


「ずっと歌ってきた……。」


 ルナは嬉しそうに微笑んだ。


「うん。」


「ちゃんと届いてた。」


「じゃあ。」


 ルナは一歩だけ後ろへ下がる。


 迫り来るNoiseを見据えながら、優しく笑った。


「歌おうか。」


「世界を救う、一曲目。」


 マイクへ触れた瞬間。


 世界から音が消えた。


 聞こえるのは、自分の鼓動だけ。


 ルナが優しく微笑む。


「大丈夫。」


「その歌は、君の歌だから。」


 私はゆっくりと息を吸い込んだ。


 怖かった。


 逃げたかった。


 それでも――。


 歌いたい。


 その想いだけは、誰にも負けなかった。


 自然と唇が動く。


 歌詞なんて考えていない。


 十年前から、何度も何度も歌ってきた。


 私の憧れ。


 私の夢。


 その始まりの歌。


 ♪前を向いて 涙を拭いて


 マイクが淡い光を放つ。


 地下空間いっぱいに音色が広がった。


 足元へ幾重もの光の五線譜が描かれ、音符が踊るように駆け巡る。


 ♪君は一人じゃないよ


 光が私を包み込む。


 制服のリボンがほどけるように宙へ舞い、眩い光へと溶けていく。


 ♪今すぐ飛び出して


 胸元に月を象ったブローチが輝く。


 白いフリルが幾重にも重なり、スカートが花びらのように咲く。


 ♪とびきりのドキドキとワクワクが君を待ってる


 黒髪がふわりと浮き上がる。


 一本一本が光をまとい、淡い桜色へと染まっていく。


 ♪モヤモヤ撥ね退けて


 腕には銀色の装飾。


 足元には透き通るブーツ。


 まるで歌そのものが衣装を紡いでいく。


 Noiseが咆哮を上げる。


 だが、その声は歌にかき消されていく。


 ♪サプライズ捕まえに真っ直ぐ駆け出そう


 私は一歩踏み出した。


 怖くない。


 もう、怖くない。


 ♪土砂降りの雨が降っても


 Noiseの黒い靄が音に触れた瞬間、霧が晴れるように消えていく。


 ♪光差せば虹が架かるよ


 地下空間へ七色の光が走る。


 ♪伸ばした手は離さないから


 ルナが嬉しそうに頷く。


「そう。」


「それが君の心奏力。」


 私はマイクを強く握りしめた。


 そして。


 サビへ。


 ♪前を向いて 涙を拭いて


 全身を包む光が一際強く輝く。


 ♪君は一人じゃないよ!


 その瞬間。


 長く伸びた桜色の髪がふわりと大きく舞い上がる。


 光が弾けた。


 魔奏少女の衣装を身にまとった私は、静かに地面へ降り立つ。


 Noiseが一歩後ずさる。


 ルナが小さく笑う。


「おかえり。」


「魔奏少女。」


 私はマイクを掲げ、大きく息を吸い込んだ。


 そして。


 満面の笑みで叫ぶ。


「みんなーっ!!」


「盛り上がって行くよーーーっ!!!」



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