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第9話 生命の意味は その2

 放課後。


 職員室の一角。


「初ライブ決まったんですか!!?」


「そうですよね!!」


「いつですか!?」


「明日ですか!?」


「いや、いっそ今日これからですか!?」


「落ち着け!!」


 教室中に奏音先生の一喝が響く。


「……。」


 ミソラはピシッと姿勢を正した。


「……。」


「……。」


「……。」


「落ち着きました。」


「急に落ち着くな!」


「はい!」


「返事だけは元気だな……。」


 奏音先生は深いため息をつく。


「残念ながら、その話ではありません。」


「えぇぇぇぇぇぇぇ……。」


 目に見えて肩を落とすミソラ。


「今度は落ち込み過ぎですわ。」


 ピスケが呆れたように苦笑する。


「ごめんなさい……。」


「先生、続けてください。」


「いや、お前はもう少し感情の起伏を抑えろ。」


「まずは、おめでとうございます。」


 奏音先生は穏やかに微笑んだ。


「最近はどこへ行っても、貴方たちの話題で持ちきりですよ。」


「おうよ!」


 ミソラは得意げに胸を張る。


「何キャラですか。」


 先生は思わず吹き出した。


「ふふっ。」


「相変わらずですね。」


「これから魔奏少女として、本格的に活動していくことになります。」


「不安はありませんか?」


「大丈夫です!」


 ミソラは迷いなく頷く。


「むしろ!」


「ワクワクが止まりません!」


「そうですか。」


 先生はどこか懐かしそうに目を細めた。


「私も昔は、同じようなことを言っていました。」


「えっ?」


「先生も魔奏少女だったんですか!?」


「ええ。」


「ほんの十年ほど前の話ですが。」


「うわぁ!」


「どんな歌を歌ってたんですか!?」


 先生は少しだけ笑う。


「それは……。」


「識戸さんの方が、よく知っているんじゃないですか?」


「……ふえっ?」


 先生は静かに目を閉じる。


 そして、小さく口ずさんだ。


「♪ 前を向いて 涙を拭いて――」


「!!」


 その歌声を聞いた瞬間。


 ミソラの時間が止まった。


「その歌……。」


「その声……。」


 幼い日の記憶。


 絶望しかなかったあの日。


 世界を照らした、一人の魔奏少女。


「ま……まさか……。」


 先生は照れくさそうに笑う。


「当時は。」


「Canonという名前で活動していました。」


「…………。」


 ミソラは言葉を失う。


 十年間。


 何度も。


 何度も歌い続けてきた憧れの歌。


 世界一の魔奏少女になると決めた、そのきっかけ。


「うえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 興奮がようやく落ち着き、職員室に静けさが戻る。


「……まさか。」


「先生がCanonだったなんて。」


「私。」


「十年間ずっと先生の歌を歌ってきたんですよ!」


 奏音先生は照れくさそうに笑う。


「ありがとうございます。」


「そう言っていただけるのは嬉しいですね。」


「今でもあの歌を大切にしてくれている人が居る。」


「それだけで、歌ってきた意味がありました。」


「もちろんです!」


「だってあの歌があったから!」


「私は――」


 そこまで言い掛けて、ミソラは照れくさそうに笑う。


「……世界一の魔奏少女になろうって思えたんです。」


「そうですか。」


 先生は静かに頷いた。


「なら、あの日の私も無駄ではありませんでしたね。」


 穏やかな空気が流れる。


 窓の外では、吹奏楽部の音が微かに聞こえていた。


 しかし。


 その空気は長くは続かなかった。


 奏音先生は一度だけ深呼吸すると、表情を改める。


「……識戸さん。」


「ここからは。」


「担任として、お話があります。」


「……?」


 ミソラも自然と姿勢を正す。


「この話は。」


「綾小路さんにも関わることです。」


 その一言で。


 部屋の空気が静かに張り詰めた。


「実は先日。」


「学園と魔奏協会の方から、一つ連絡がありました。」


 机の上に、一枚の書類が置かれる。


 そこには。


『ミソラシュピーレン 協会登録申請』


 そう記されていた。


「皆さんの活躍を受けて。」


「正式な魔奏少女バンドとして登録するための手続きが始まります。」


「わぁ……!」


 思わず声を漏らすミソラ。


 先生は頷く。


「本来であれば、おめでたい話です。」


「ですが。」


 その声色が少しだけ重くなる。


「登録には、各メンバーの身元確認と、奏器適性データの提出が義務付けられています。」


「…………。」


 ミソラはまだ、その意味を理解していなかった。


「そして。」


 先生は静かに目を伏せる。


「その手続きを進める中で。」


「どうしても、隠しておくことができない事実が一つあります。」

 

「――綾小路ピスケさんについてです。」


「ピスケちゃんの……?」


 ミソラは首を傾げる。


 先生は一度だけ目を伏せ、小さく息を吐いた。


「本来なら。」


「この話は、彼女自身の口から伝えるべきことです。」


「私も、その日が来るまで待つつもりでした。」


「ですが。」


「もう、そうも言っていられなくなりました。」


 静かな声だった。


 けれど、その一言一言には迷いが滲んでいる。


「識戸さん。」


「これからお話しすることを。」


「どうか、最後まで落ち着いて聞いてください。」


「……はい。」


 先生は真っ直ぐミソラを見つめる。


「そして。」


「これは教師としてではなく、一人の大人としてお願いします。」


「願わくば。」


「あの子を嫌いにならないであげてください。」


「……え?」


「これからも。」


「変わらず、あの子の側に居てあげてください。」


 その言葉の重さに。


 ミソラの胸がざわつく。


 嫌いになる?


 ピスケを?


 どうして先生は、そんなことを言うんだろう。


「……はい。」


 戸惑いながらも、小さく頷く。


 先生はその返事を聞いて、ほんの少しだけ安心したように微笑んだ。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「――綾小路ピスケさんは――」


    ◇ ◇ ◇


 放課後。


 夕焼け色に染まる廊下を、二人の少女が並んで歩いていた。


「おっ。」


「ミソラリーダーじゃないか!」


 リーチェが大きく手を振る。


「あっ!」


「リーチェちゃん!」


「……と。」


「ミスティちゃん。」


「二人とも……。」


 ミソラは何度か瞬きを繰り返す。


「なんでアフロなの?」


「アフロじゃんけんの結果だぞ!」


 リーチェは満面の笑みで親指を立てる。


「……。」


 ミスティは不満そうに頬を膨らませた。


「ごめん。」


「何一つ分かんない。」


「細かいことは気にするな!」


「それより!」


「これから街へ遊びに行くんだけど、ミソラリーダーも来るか?」


 ほんの一瞬。


 ミソラは笑いかけて。


 すぐに小さく首を振った。


「ごめんね。」


「今日は……。」


「ピスケちゃんが待ってるから。」


「そっか!」


 リーチェは深くは聞かなかった。


「じゃあ、また今度遊ぼうな!」


「うん。」


「ありがとう。」


 ミソラは小さく笑うと、そのまま音楽室の方へ歩いていった。


 その背中を見送りながら。


「……。」


 リーチェがぽつりと呟く。


「なんか。」


「顔色、悪かったな。」


 ミスティは静かに頷いた。


「おそらくだが。」


「……。」


「お腹が痛かったのだろう。」


「お前って。」


「そういうところポンコツだよね。」


「違うのか?」


「違うと思う。」


「……そうか。」


 二人は顔を見合わせる。


 そして。


「まぁ!」


「今日は遊ぶぞー!」


「程々にな。」


 このあと二人は、街でめちゃくちゃ遊んだ。


◇    ◇    ◇


 ――ガララッ。


 音楽室の扉を開ける。


 夕焼け色に染まる部屋。


 窓際の椅子に、一人の少女が静かに腰掛けていた。


 金色の髪が茜色の光を受け、優しく揺れている。


「あっ。」


 私に気付くと、その少女は嬉しそうに立ち上がった。


「ミソラさん!」


 いつものように駆け寄ってくる。


「お待ちしておりましたわ!」


「先生から、何かお話があると聞いていましたので。」


 ……いつも通りだ。


 何も変わらない。


 笑顔も。


 声も。


 仕草も。


「先生とのお話は、如何でした?」


「うん……。」


 喉が詰まる。


「それがね……。」


 何と言えばいいんだろう。


 どう聞けばいいんだろう。


 そんな私を見て、ピスケちゃんは少しだけ首を傾げた。


「ズバリ!」


「近々予定されている初Liveのお話ですわね?」


「うちも、いよいよ本格始動ですもの。」


 ふふっ、と笑う。


「……うん。」


「そっか。」


「Liveも……あるね。」


「?」


「ミソラさん……?」


 先生の言葉が蘇る。


 ――嫌いにならないであげてください。


 私は大きく息を吸った。


「ピスケちゃん。」


「……はい。」


「先生から……聞いたよ。」


一瞬だけ。


 ピスケの笑顔が固まる。


「……。」


「貴方が。」


「人間じゃないってこと。」


 驚き。


 戸惑い。


 そして。


 ほんの一瞬で。


 その全ては、いつもの穏やかな笑顔へ塗り替えられた。


「……先生から。」


「聞いたんですのね。」


「うん……。」


「でも、聞いたのはそれだけで……。」


 震える声で尋ねる。


「本当に……そうなんだね?」


 その笑顔は。


 私が知っている笑顔じゃなかった。


 そう思いたくなかった。


 だけど。


 その笑顔はどこか寂しくて。


 何かを、ずっと前から諦めていた人の笑顔だった。


「ええ。」


 小さく頷く。


「改めまして。」


 ほんの少しだけ息を吸って。


 まるで初対面の相手へ名乗るように。


「わたくしは。」


「魔奏器ピスケスと申しますわ。」




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