第9話 生命の意味は その1
夜。
綾小路家の庭園。
月明かりだけが静かに庭を照らしていた。
「お嬢様……。」
堂道が静かに頭を下げる。
「そろそろ……。」
「ええ……。」
ピスケは小さく頷いた。
「分かっておりますわ。」
「いつまでも……。」
「隠しておけることではありませんものね。」
夜空を見上げる。
あの日から。
ミソラたちと過ごした日々が脳裏をよぎる。
笑って。
一緒に歌って。
一緒に戦って。
「皆さんが大事だからこそ。」
「わたくし自身の口で。」
「伝えなければなりませんわ。」
堂道は何も言わない。
ただ静かに一礼した。
「……きっと。」
「皆様なら受け入れてくださいます。」
その言葉に。
ピスケは少しだけ寂しそうに笑う。
「そうだと……。」
「嬉しいですわね。」
◇ ◇ ◇
シリウス解散から、数週間。
世界は、まだ静かな混乱の中にあった。
世界最高峰の魔奏少女バンドの突然の活動終了。
そのニュースは瞬く間に世界中へ広がり、各国のメディアは連日その話題を取り上げていた。
さらに追い打ちをかけるように現れた、新たな脅威――Noise・アノマリー。
従来のNoiseとは一線を画すその存在に、不安を覚える人々は少なくなかった。
そんな中。
一つだけ、世間の注目を集めているバンドがあった。
『シリウスのリーダー、リーチェ・アルモニアが電撃加入!』
『新世代魔奏少女バンド"ミソラシュピーレン"とは!?』
『期待の新人バンドに世界中が注目!』
連日のようにニュースサイトへ記事が掲載され、SNSでは話題が尽きない。
『あのライブ映像見た!?』
『新曲めっちゃ良かった!』
『リーチェが加入した理由気になる!』
『次のライブまだ!?』
そんな話題で溢れていた。
◇ ◇ ◇
「ふっふっふ~♪」
姫嶋学園、昼休み。
ミソラはスマートフォンを眺めながら、満面の笑みを浮かべていた。
「ほら見て!」
「また私たちの記事!」
「この前よりコメント増えてるよ!」
画面をピスケへ突き出す。
「『次のライブ絶対行きます!』だって!」
「『世界一の魔奏少女になれ!』だって!」
「いやぁ~!」
「人気者って困っちゃうなぁ~!」
「まだ何も困っておりませんわよ。」
ピスケは呆れたようにため息をつく。
「えぇ~?」
「だって見てよこれ!」
「フォロワーもまた増えてる!」
「もうすぐ一万人!」
「すごくない!?」
「確かに凄いとは思いますが……。」
「浮かれ過ぎですわ。」
「大丈夫大丈夫!」
ミソラは胸を張る。
「もうすぐ初ライブだし!」
「リーチェちゃんも居るし!」
「絶対大成功するよ!」
その言葉に、リーチェは苦笑した。
「まだ開催日すら決まっていないぞ。」
「細かいことは気にしない!」
「勢いが大事!」
「今の私は無敵だからね!」
ルナが肩の上でくすくすと笑う。
「ミソラって分かりやすいよねぇ。」
「褒められるとすぐ調子に乗る。」
「うっ……。」
「否定できない。」
ミスティは静かにゼリー飲料を口へ運ぶ。
「調子に乗れる時に乗っておけばいい。」
「……?」
「どういうこと?」
「人生。」
「山もあれば谷もある。」
「いつ落ちるか分からない。」
「縁起でもないこと言わないでよ!」
「今は絶好調なんだから!」
その時。
教室の扉が開いた。
「識戸さん。」
奏音先生だった。
「少し、お話があります。」
「……私?」
「はい。」
「放課後、職員室へ来てください。」
それだけを告げると、先生は静かに教室を後にした。
「何だろ?」
「ライブの話かな!」
「もしかして出演依頼だったりして!」
「また浮かれておりますわ……。」
ピスケは苦笑しながらも、小さく目を伏せる。
――もう、隠してはいられませんわね。
誰にも気付かれないほど小さく。
そう呟いた。
数日前。
綾小路家。
執務室へ差し込む夕日が、静かに部屋を橙色へ染めていた。
「お嬢様。」
堂道は一冊の書類を差し出す。
「学園より提出書類が届いております。」
「提出書類……?」
ピスケは受け取り、一枚ずつ目を通していく。
氏名。
年齢。
所属バンド。
使用魔奏器。
そして。
――奏器適性登録。
その文字を見た瞬間。
ページをめくる手が止まった。
「……。」
さらに読み進める。
『ミソラシュピーレン初ライブ開催に伴い、協会登録情報を更新いたします。』
『各メンバーのプロフィール及び奏器適性データをご提出ください。』
『後日、適性測定及び取材を予定しております。』
静かに書類を閉じる。
部屋には、紙の擦れる音だけが残った。
「堂道。」
「はい。」
「……もう。」
「隠しておけませんわね。」
堂道は何も驚かなかった。
最初から、その時が来ることを知っていたように。
「ええ。」
「遅かれ早かれ、公になるでしょう。」
「ライブ。」
「取材。」
「協会登録。」
「ここまで注目されれば、隠し通すことは困難です。」
「……そうですわね。」
ピスケは小さく笑う。
けれど、その笑みはどこか寂しかった。
「本当は。」
「もう少しだけ。」
「普通の高校生で居たかったですわ。」
初めて出来た友達。
一緒に笑って。
一緒に歌って。
一緒に馬鹿なことで騒いで。
そんな何気ない毎日が。
何よりも愛おしかった。
「ミソラさんは。」
「受け入れてくださるでしょうか。」
堂道は迷うことなく答える。
「堂道には分かりかねます。」
「ですが。」
「お嬢様。」
「堂道は、お嬢様が何者であろうと。」
「お嬢様として、お仕えして参りました。」
「……。」
「もし皆様が本当の友人であるならば。」
「きっと同じ答えを出してくださるでしょう。」
その言葉に。
ピスケは少しだけ目を潤ませながら微笑んだ。
「……そうですわね。」
「疑うなんて。」
「失礼でしたわ。」
ゆっくりと立ち上がる。
窓の向こうでは、夕焼けが街を優しく包んでいた。
「皆さんが大事だからこそ。」
「わたくし自身の口で。」
「ちゃんと伝えますわ。」
その瞳には、もう迷いは無かった。




