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第8話 「それが君だ。」その5

「――それでは。」


「まずはわたくしから行かせていただきますわ。」


 ピスケが自信満々に銀色の蓋を開ける。


「綾小路家の財力を惜しみなく注ぎ込んだ、この一皿!」


「名付けて!」


「デラックスオーシャンシーフードカレーですわ!」


「ネーミングセンスが幼児!」


「牡蠣。」


「アワビ。」


「ホタテ。」


「ウニ。」


「伊勢海老。」


「贅沢に使わせていただきましたわ。」


「完全に値段で殴ってきた!」


 ミスティは一口。


「……。」


「うまっ。」


「これうま。」


「うまいわこれ。」


「食レポも幼児!」


 続いて鈴人が静かにスプーンを口へ運ぶ。


 一口。


 二口。


 ゆっくり飲み込む。


「……素晴らしい。」


「通常、ここまで海産物を贅沢に使用すると、生臭さや磯の香りが先行し、全体のバランスを崩しやすくなります。」


「しかし。」


「この一皿には、それが全くありません。」


「魚介それぞれの個性を殺さず。」


「スパイスが互いの旨味を橋渡ししている。」


「臭みを消すのではなく。」


「素材を引き立てるための調和。」


「火入れも絶妙。」


「牡蠣はふっくら。」


「ホタテは甘みを失わず。」


「伊勢海老も決して硬くない。」


「素材の質も一流ですが。」


「それ以上に。」


「ここまで計算された一皿を作れる料理人としての技術。」


「その腕前に驚嘆を禁じ得ません。」


「食レポうまっ!」


「なんだこいつ!」


 鈴人は照れくさそうに笑う。


「恐縮です。」


「趣味なので。」


「趣味!?」


「趣味でそのレベルですの!?」


 ミスティは静かに頷く。


「同感だ。」


「この一皿。」


「完成度は極めて高い。」


「よろしければ。」


 鈴人が静かに口を開く。


「これほどの技術を、どちらで身につけられたのか。」


「ぜひ、お聞かせ願えますか。」


 ピスケは優雅に微笑んだ。


「ふふっ。」


「わたくしは何もしておりませんわよ。」


「……えっ?」


「レシピ作りから調理まで。」


「堂道のお仕事ですもの。」


「執事として当然の務めでございます。」


 堂道が一礼する。


「影武者だぁー!!」


「今回はミソラシュピーレン内部の対決だよ!?」


「これってありなの!?」


 ミスティは腕を組んだまま頷く。


「……しかし。」


「美味かった。」


「そこ評価するんだ!?」


「仕方あるまい。」


 ミスティは静かに目を閉じる。


「この者に裁定を委ねよう。」


 どこからともなく黒スーツ姿の男が現れた。


「綾小路。」


「失格!!!」


「ピスケちゃんを失格にする時だけ出てくる人じゃん!」


「そんな……!」


 ピスケはガクリと肩を落とす。


「ならば!わたくし自ら作るしかありませんわ!」


「最初からそうして!?」


 しかし、堂道が静かに告げる。


「お嬢様。」


「こちらの食材、一点物につき在庫がございません。」


「何ですって!?」


「しかし!」


「このままでは綾小路の名折れ!」


「ある物で作り直しますわぁぁぁ!!」


 ズダダダダダッ!!


 ザクッ!!


「ぎにゃー!」


「大惨事だー!!」


「ピスケちゃん!」


 ミソラが慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫!?」


 まな板の上。


 包丁を取り落としたピスケの指先を見つめる。


 しかし。


 そこには一滴の血も流れていなかった。


「……あれ?」


 ミソラだけが、不思議そうに首を傾げていた。


「さて。」


「次は私の番だな。」


 リーチェが静かに鍋の蓋を持ち上げる。


 ふわりと爽やかな香りが広がる。


「私は。」


「自分のイメージカラーを活かし。」


「グリーンカレーを作ったぞ。」


「色で決めたの!?」


「発想がシンプルですわね……。」


 リーチェは小皿へ盛り付ける。


「食べてみろ。」


 まずはミスティ。


「……。」


「これもうま。」


「うままま。」


「まぁうまい。」


「何も伝わってこない!」


 鈴人は静かにスプーンを置いた。


「こちらも見事ですね。」


「一般的なグリーンカレーは、ココナッツミルクの甘味と青唐辛子の刺激が主役になります。」


「しかしこの一皿は。」


「野菜そのものの旨味を前面へ押し出している。」


「セロリ。」


「タマネギ。」


「モロヘイヤ。」


「ホウレンソウ。」


「ピーマン。」


「これだけ青味の強い野菜を使用しながら。」


「青臭さは一切感じません。」


「おそらく圧力鍋を使用し、短時間で繊維を崩しながら旨味だけを抽出しています。」


「そこへ挽肉。」


「通常、煮込み料理では形が崩れやすい食材ですが。」


「肉汁をルーへ溶け込ませる目的として考えれば最適解でしょう。」


「さらに。」


「スパイスは本格派。」


「辛味だけではなく。」


「後味に残るレモングラスとコブミカンの葉の香りが非常に上品です。」


「食後にも爽やかな余韻が続く。」


「日本国内でも。」


「この完成度のグリーンカレーには、なかなか巡り会えません。」


「どんだけ語るんだこいつ!」


 鈴人は少し照れながら眼鏡を押し上げる。


「……つい。」


「職業病で。」


「趣味じゃなかったの!?」


「半分趣味です。」


「半分なんなんですの!?」


 リーチェは満足そうに頷いた。


「よし。」


「合格だ。」


「自分で作って自分で合格出してるよこの人!!」


「しかし……。」


 ミスティが腕を組んだまま呟く。


「私は。」


「あまり本格的なのではなく。」


「普通のカレーが良かった。」


「審査員長の舌がおこちゃま!」


「ピーマン……やだ。」


「お前なぁ……。」


 リーチェが苦笑する。


「そう言って昔から好き嫌いするだろ。」


「ちゃんと細かく刻んである。」


「食べられる。」


「嫌だ。」


「味じゃない。」


「存在が嫌だ。」


「子供ですの!?」


 リーチェはスプーンを手に取る。


「ほら。」


「一口だけ。」


「……。」


「はい、あーん。」


「断る。」


「じゃあ。」


 リーチェは器用にスプーンをミスティの口元へ滑り込ませた。


「むぐっ。」


「よし。」


「食べられた。」


「……。」


「…………。」


「……美味い。」


「だから言っただろ?」


「細かく刻めば気付かないって。」


「気付いてはいた。」


「でも。」


「美味しかった。」


「素直なんですのか頑固なんですのか分かりませんわ!」


「いちゃつくなー!!」


 ミソラのツッコミが旅館中へ響いた。


「さて。」


「最後はミソラのカレーだな。」


「うぅ……。」


「二人とも凄いの作ってきたから……。」


「出しにくいよぉ。」


 ミソラは照れくさそうに鍋を差し出す。


「私のは。」


「ほんとに普通だから。」


 蓋を開けた瞬間。


 ふわり。


 どこか懐かしい香りが部屋いっぱいに広がった。


「ほぉ。」


「この香り。」


「実に食欲をそそる。」


 ミスティは一口。


「……。」


「うまっ。」


「あー。」


「やっぱこれこれ。」


「うまいわ。」


「何食っても同じ反応だねぇ!?」


 鈴人も静かにスプーンを置く。


「……なるほど。」


「実に家庭的で素晴らしい一皿です。」


「具材はシンプル。」


「タマネギ。」


「ニンジン。」


「ジャガイモ。」


「牛肉は切り落としでしょうか。」


「ルーは市販品。」


「恐らく八段熟カレー。」


「近年の市販ルーは非常に完成度が高く、それを理解した上で余計な手を加え過ぎていない点に好感が持てます。」


「隠し味は……醤油ですね。」


「コクと香りに奥行きを与える。」


「実に良い選択です。」


「さらに。」


 鈴人はニンジンを持ち上げる。


「全てではありませんが。」


「一部をうさぎ型の飾り切りにしていますね。」


「こういう遊び心は。」


「家庭料理ならでは。」


「実に――猪口才です。」


「猪口才って言われたぁぁぁ!?」


「褒めてます。」


「その間でその言葉を選ぶぅ!?」


「料理は味だけではありません。」


「食べる人を笑顔にする工夫。」


「それもまた技術です。」


「ですので。」


「私は、このうさぎを高く評価します。」


「評価してるんだ!」


「褒め方が分かりにくい人ですわね……。」


「実に、ミソラさんらしい。」


「温かみのある家庭的な一皿だと思います。」


「お前はミソラのなんなんだ。」


 ミスティが真顔でツッコむ。


「さて。」


「綾小路が作り直しているが、まだ時間が掛かりそうだな。」


「仕方あるまい。」


「その間に。」


「私が作った物も食べてみるか。」


「結局作ってたの!?」


 ミソラが目を丸くする。


 リーチェは静かに立ち上がった。


「……不味いな。」


「ミソラ。」


「逃げる準備をしておけ。」


「えっ?」


「それってどういう――」


 ゴトン。


 ミスティが鍋を机へ置く。


 そして。


 蓋を開けた。


 ――ボワァァァァァ……


「くっさぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 異臭が一瞬で部屋中を支配した。


「な、何これぇぇぇ!?」


「ミスティ特製。」


「スーパースタミナカレーだ。」


「名前だけは強そう!」


「ちゃんと味見した!?」


「する訳ないだろ、そんな自殺行為。」


「自分で作っといて!?」


 リーチェは額を押さえる。


「やはりこうなるか……。」


 鈴人は静かに一口。


「……。」


「ふむ。」


「実に興味深い。」


「香りは酷いですが。」


「味は控えめに言ってゲロですね。」


「直球!」


「ニンニク。」


「生姜。」


「スッポン。」


「ニラ。」


「エナジードリンク。」


「漢方。」


「卵黄。」


「精の付きそうな物を思い付く限り片っ端から煮込んだような構成です。」


「スパイスも非常に攻撃的。」


「一口食べただけで体温が急激に上昇しております。」


「食べ物というより。」


「薬物の一種でしょうか。」


 ブシャァッ!!


 鈴人の鼻から勢いよく鼻血が噴き出した。


「鼻血ぃぃぃぃ!!」


「もうちょっと慌てろ!」


 鈴人は鼻を押さえながら頷く。


「効能は。」


「間違いなくあります。」


「評価するとそこなんだ!?」


 ミスティは満足そうに腕を組む。


「やはり成功だったか。」ウンウン


「成功じゃないよ!?」


 ――ガララッ。


「お待たせしましたわ!」


 満面の笑みでピスケが戻ってくる。


「こちらが!」


「わたくし自ら作りましたカレーですのよ!」


「ようやく来たか。」


 ミスティが腕を組む。


「ほう。」


「丼とは珍しいな。」


「期待してくださいまし。」


 ピスケがゆっくりと蓋を持ち上げる。


 ふわぁ……


 鶏ガラの豊かな香りが部屋いっぱいに広がった。


「これは……。」


「なんだこの香りは。」


「こんなカレーは初めてだ。」


 鈴人も興味深そうに覗き込む。


「ほぉ……。」


「米ではなく。」


「麺なのですね。」


「早速。」


 一口。


 ズルズル……


「……!」


「これは。」


「麺を一度揚げていますね。」


「スープがよく絡むよう、ちぢれ麺を選択している。」


「さらに。」


「上に乗せられた卵。」


「これは後乗せではなく。」


「余熱で半熟に仕上げていますか。」


「鶏ガラとの一体感も素晴らしい。」


 ミスティは黙々と食べ進める。


 ズゾゾゾゾゾ……


 あっという間に麺一本残さず完食した。


「……。」


「こんなカレーは初めてだ。」


「これは一体。」


 ピスケは得意げに胸を張る。


「ふっふっふ。」


「これはですわね……。」


 一拍置いて。


「チキンラーメンですわ。」


「全っ然カレーじゃなぁぁぁぁぁい!!!」


「騙されましたわ!」


「審査員まで騙されてるよ!?」


 鈴人は静かに頷く。


「確かに。」


「これは極めて完成度の高いチキンラーメンです。」


「評価するとこそこじゃない!」


 ミスティも満足そうに腕を組む。


「美味かった。」


「だから違うってぇぇぇぇぇ!!」


「材料も時間もなく……。」


 ピスケは肩を落とす。


「これが精一杯でしたの……。」しゅん…


「うん……。」


 ミソラは苦笑する。


「なんか勢いよく包丁振ってたのは何だったんだろうね。」


「さて!」


 ミスティが立ち上がる。


「これですべてのカレーが出揃ったな!」


「薬物とラーメンが紛れ込んでるけどね?」


 鈴人が眼鏡を押し上げる。


「私としては。」


「リーチェさんのグリーンカレーに一票です。」


「食材選び。」


「調理技術。」


「完成度。」


「そして料理と作り手の個性。」


「全てにおいて、一段上でした。」


「ふふっ。」


「素直に嬉しいな。」


 リーチェが照れくさそうに笑う。


 全員の視線がミスティへ向く。


「私は。」


 一拍。


「最近。」


「カレー食べ過ぎて飽き気味だった。」


「だから。」


「チキンラーメンが美味かった。」


「個人的すぎる評価基準!」


「よって。」


 ミスティは高らかに宣言する。


「今回の優勝は!」


「綾小路ピスケ!!」


「やりましたわぁぁぁ!!」


 ピスケが両手を突き上げる。


「納得いかねぇぇぇぇ!!」


 ミソラとリーチェの声が綺麗に重なった。


「あ。」


 ミスティが思い出したように付け加える。


「二位はミソラ。」


「普通で美味かった。」


「三位はリーチェ。」


「本格的すぎた。」


「薬物は?」


 鈴人が静かにミスティの鍋を見る。


「殿堂入りです。」


「何の殿堂ですの!?」


「鈴人さん!本気で居る意味無かったねぇ!?」


◇    ◇    ◇


「では。」


 鈴人は立ち上がり、一礼する。


「私はこれで失礼します。」


「皆様。」


「良き出会いでした。」


「礼儀だけは正しい人でしたわね……。」


 静かに襖が閉まる。


「さて。」


 ミスティは温泉まんじゅうを取り出した。


「綾小路。」


「優勝賞品だ。」


「わーい。」


「喜び方が微妙!」


「そして。」


「副賞もある。」


 ゴソゴソ……


「えっ!?」


「まだあるんですの!?」


 ミスティは満面の笑みで鍋を掲げる。


「ミスティ特製。」


「スーパースタミナカレー。」


「鍋一杯だ。」


 ぷぅぅぅぅぅん……


「……。」


「……。」


「……。」


「……。」


 沈黙。


 ピスケは静かに指を鳴らした。


「……堂道。」


 パチン。


 音もなく堂道が現れる。


「SDGsに努めるのも。」


「執事として当然の務めでございます。」


 そう言って。


 堂道は迷いなく鍋を抱え、一気に流し込んだ。


 ゴク……


 ゴクゴク……


 ゴクゴクゴク……


「…………。」


 ブシャァァァッ!!


 盛大な鼻血が畳を赤く染める。


「堂道さぁぁぁぁぁん!!」


 その隙に。


「逃げるぞミソラ!」


「このままだと私たちまで食わされる!」


「わぁぁぁ!」


「カレー作りはもうこりごりだよぉぉぉ!!」


「待て!」


「まだ半分残っている!」


「追いかけて来ないでぇぇぇぇ!!」


 こうして。


 第一回ミソラシュピーレンカレー王決定戦は。


 誰も幸せにならない形で幕を閉じたのだった。




 ――なんとか旅館から逃げ切った2人。


「ふぅ……。」


「助かった……。」


 ミソラは膝に手をつき、大きく息を吐く。


「作るのはいいとして。」


「何で食べさせようとしてくるの……。」


「さて。」


 リーチェが小さく笑う。


「改めてよろしく頼む。」


「リーダー。」


「あっ。」


「そっか。」


「同じバンドに入るなら、そうなるんだ。」


 ミソラは改めて目の前の少女を見る。


「世界的バンドの元リーダーと組めるなんて……。」


「なんだか夢みたいです!」


「ハッハッハ。」


「そんな大層なものじゃないさ。」


「ちょっと。」


「ストリーミングランキング三十週連続一位を取ったり。」


「十万人規模の単独ライブを開いたり。」


「億万長者番付に最年少で載ったりしてるだけだ。」


「思ってたよりヤバい人引き込んじゃった!」


「それと。」


「朝ごはんはトーストとジャムでよろしく。」


「食事は素朴!」


「っていうか何で私に言うの!?」


「ホテルを引き払ったから。」


「住む所が無い。」


「よく今まで生きてこれたねぇ!?」


「ってかうち来るの!?」


 リーチェは口元を吊り上げる。


「クックック……。」


「ホームレス女子高生を生みたくはないんじゃないかな?」


「自分を盾に脅してるよこの人!」


「カッコ悪!」


 ミソラは苦笑する。


(なんか……。)


(イメージしてたより、とっつきやすい人なのかも。)


 ――なお。


 結局その日のうちに。


 住む場所はミスティが探してくれた。


「何故私なんだ……。」


「一番生活能力がありそうだったから。」


「否定できませんわね。」


「納得しないでくれ……。」


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