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第8話 「それが君だ。」 その2

 瞬間。


 夜空を切り裂くように、金色の心奏力がミソラから天高く立ち昇った。


「……!」


 アノマリーの笑みが初めて止まる。


 金色の光は柱となり、崩壊したライブ会場を昼間のように照らし出していた。


 ミソラはゆっくりと立ち上がる。


 もう、その瞳に迷いは無い。


「歌う。」


「私は……歌う。」


 大きく息を吸う。


 次の瞬間。


「――――ッ!!」


 シャウト一閃。


 轟く歌声と共に放たれた心奏力が、一直線にアノマリーへ突き刺さる。


「っ!?」


 アノマリーは咄嗟に赤黒いディソナンスを展開する。


 衝撃波。


 黒い靄。


 幾重もの防壁。


 しかし。


 金色の奔流は、その全てを押し潰した。


 圧倒的な密度。


 圧倒的な出力。


 歌声は止まらない。


「すごい……!」


 瓦礫の中からリーチェが目を見開く。


「これが……識戸ミソラ。」


 アノマリーは笑う。


「ははっ!」


「凄い!凄いよ!」


 赤いワンピースを翻し、会場中を縦横無尽に飛び回る。


 歌とディソナンス。


 二つの心奏力が夜空を激しく駆け巡った。


「貴方は!」


「私が止める!」


 ミソラが一歩踏み込む。


 その瞬間。


 アノマリーの笑みが深くなる。


「ダメだよ。」


「焦っちゃ。」


 ドォンッ!!


 放たれた衝撃波はミソラではなく、足元のステージへ叩き込まれた。


 轟音。


 ライブステージが真っ二つに裂ける。


「きゃっ!」


 足を取られたミソラが体勢を崩した。


「ほら。」


「言ったじゃない。」


 赤い影が目前まで迫る。


 アノマリーは優しく抱き締めるように、両腕をミソラへ回した。


「一緒に。」


「友達になろ?」


 黒いディソナンスがミソラの心へ流れ込む。


「あっ……!」


「ああっ!!」


 身体から力が抜ける。


 金色だった心奏力が、大きく揺らいだ。


 その時。


 ギィィンッ!!


 深緑。


 金色。


 二重螺旋。


 三つの波動が同時にアノマリーを貫いた。


「……!」


 アノマリーが大きく後退する。


「全く。」


「世話が焼けるなぁ。」


 リーチェがライブラを構え、静かに笑う。


「油断しすぎだ、ミソラ。」


 ミスティがジェミニを肩へ担ぐ。


「忘れないで下さいまし。」


「貴方はドジで、おっちょこちょいなんですのよ?」


 ピスケがスティックをくるりと回す。


「頑張ってるんだけどぉ!?」


 ミソラは思わず頬を膨らませる。


 そのやり取りに、ミスティは小さく息を吐いた。


「……これならやれる。」


 深緑の心奏力が静かに広がる。


「私も力を貸そう。」


「リーチェ……!」


「もう限界だろ。」


「下がっていろ。」


 リーチェは首を横に振った。


「一人で休んでいられるか。」


 ライブラを優しく撫でる。


「それに。」


「久しぶりに君と歌える。」


 ミスティは少しだけ目を伏せる。


 そして。


「……好きにしろ。」


 短く笑った。


 金色。


 二重螺旋。


 深緑。


 そして桃色。


 四つの心奏力が夜空を照らしていく。


「来ましたわ!」


「久しぶりだな!」


「これで決めるぞ!」


 ミソラは仲間たちを見渡す。


 もう、一人じゃない。


「私は――」


「一人じゃない!」


「「「Live on シュピーレン!!!」」」


 その叫びに応えるように。


 リーチェがライブラを力強く掻き鳴らした。


 深緑の旋律が三人の歌へ重なり。


 四人の心奏力は一つの巨大な光となって、夜空を貫いた。


 四つの心奏力が夜空を照らす。


 金色。


 二重螺旋。


 深緑。


 そして桃色。


 互いを拒まず、互いを打ち消さず。


 違う音色が、一つの巨大な旋律となってライブ会場を包み込んだ。


 アノマリーは目を細める。


「……綺麗。」


「でも。」


「そんな歌じゃ、私には――」


 ミソラが大きく息を吸う。


 その隣でミスティがジェミニを構えた。


 ピスケはスティックを握り直す。


 リーチェはライブラを胸元へ引き寄せる。


 四人の視線が交わる。


 誰も言葉はいらなかった。


 自然と息が合う。


 鼓動が重なる。


 そして。


 演奏が始まった。


 柔らかなピアノのようなイントロを、ライブラが奏でる。


 ジェミニのギターが静かに寄り添い、


 ドラムが鼓動を刻み始める。


 ミソラは歌った。


『あの日零れた 涙の音さえ』


『誰かと出会うための 始まりだった』


 リーチェが優しく重なる。


『違う歩幅でも 違う景色でも』


『繋いだこの手は もう離さない』


 観客たちは足を止める。


 避難の途中だった人々も。


 瓦礫の陰で震えていた人も。


 誰もがその歌へ耳を傾けた。


 ミスティのギターが力強く響く。


 ピスケのドラムが心臓の鼓動のように重なる。


『ぶつかり合って 笑い合って』


『遠回りばかりだったけど』


『君がくれた その一音が』


『私の世界を変えてくれた』


 アノマリーが顔をしかめる。


「……何。」


「何なの。」


 金色の心奏力がさらに膨れ上がる。


 四人の音が混ざるたび。


 会場中から淡い光が舞い上がっていく。


 避難していた観客。


 スタッフ。


 堂道。


 シリウス。


 その場にいる全ての人の想いが、歌へと重なっていく。


「そんなの……!」


「そんな心奏力!」


「ありえない!」


 アノマリーはディソナンスを解き放つ。


 黒い衝撃波が会場を覆う。


 しかし。


『響き合え シンフォニア・ユニゾン』


『バラバラの夢を 一つへ重ねよう』


 歌声は止まらない。


『響き合え シンフォニア・ユニゾン』


『この歌はもう 誰にも消せはしない』


 ディソナンスが光へ飲み込まれる。


 初めて。


 アノマリーが後退した。


「嫌……!」


「嫌だ!」


「こんなの知らない!」


 必死に衝撃波を放つ。


 黒い靄が次々と生み出される。


 だが。


 その全てを歌が押し返していく。 


◇   ◇   ◇


 ――うっ……。


 瓦礫の中で、ブレェネリの指先が僅かに動く。


「……。」


 ゆっくりと瞼を開く。


 霞む視界。


 耳へ飛び込んできたのは。


 歌だった。


『1人じゃ届かない空だって』


「……なんだ。」


 身体を起こそうとして、頭に激痛が走る。


「いてて……。」


 ふと前を見る。


 そこには。


 心の底から楽しそうに歌うミソラ。


 ジェミニを掻き鳴らすミスティ。


 全力でドラムを叩くピスケ。


 そして。


 ライブラを奏でながら笑うリーチェ。


「……。」


 ブレェネリは目を見開いた。


(その顔。)


(久しぶりに見たな。)


 脳裏に浮かぶ。


 シリウス結成当初。


『歌うのって、最高だね!』


 そう言って笑っていた、あの日のリーチェ。


 世界最強を目指し。


 勝つことだけを考え。


 いつしか。


 シリウスは"負けないためのバンド"になっていた。


(いつからだ。)


(オレたちは。)


(歌を楽しむことを忘れちまったのは。)


 目の前では。


 リーチェが笑っている。


 『君となら きっと越えていける』


 心から。


 何の迷いもなく。


(……負けたな。)


 アノマリーではない。


 ミソラシュピーレンに。


 そして。


 歌を楽しむ、あいつらにな。


 ブレェネリは静かに笑った。


「……悪くねぇ。」


 その呟きは、誰にも届かなかった。


『泣いてもいい』


『迷ってもいい』


『その全部が 今日へ続いてる』


 ミソラが一歩前へ出る。


「終わりだよ。」


 アノマリーは首を振る。


「違う!」


「私は!」


「私はみんなと友達に――」


 ミソラは優しく笑った。


「うん。」


「だから。」


「今度は。」


「ちゃんと友達になろう。」


 その言葉に。


 アノマリーの瞳が大きく揺れた。


 一瞬だけ。


 黒いディソナンスが弱まる。


 その瞬間を。


 四人は見逃さなかった。


『響き合え シンフォニア・ユニゾン』


『断片(かけら)を繋ぎ 奇跡を奏でよう』


『響き合え シンフォニア・ユニゾン』


『この声はもう 決して途絶えはしない』


『重なり合う鼓動が 夜空を塗り替える』


『絶望さえも 歌へ変えて』


『世界を救う――』


「「「「私たちのアンセム!!!!」」」」


 轟音。


 四つの心奏力が完全に一つとなり、巨大な光柱となって夜空を貫く。


「っ!!」


 アノマリーは両腕を交差させる。


 ディソナンスを幾重にも展開する。


 しかし。


 防げない。


「あっ……!」


 赤黒い靄が次々と剥がれ落ちる。


「いたい……。」


 初めてだった。


 身体が砕けるような痛み。


 心が軋むような恐怖。


「いや……。」


「やだ……。」


 ディソナンスが悲鳴を上げるように霧散していく。


「こんなの……。」


「知らない……!」


 その時。


 アノマリーの足元から黒い靄が溢れ始めた。


 空間そのものが歪む。


「……!」


 ルナが小さく目を細める。


「強制転移か。」


 黒い靄はアノマリーの身体をゆっくり包み込んでいく。


 アノマリーは最後に一度だけミソラを見た。


「ミソラちゃん……。」


 その声には。


 敵意も。


 殺意も。


 もう無かった。


「その歌……。」


「……綺麗だった。」


 次の瞬間。


 黒い靄は弾けるように消え去る。


 そこにはもう、誰も居なかった。


 会場を覆っていたNoiseたちも、主を失ったかのように次々と霧散していく。


 羽波ドームに静寂が戻る。


 夜空には、満天の星だけが静かに輝いていた。


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