第8話 「それが君だ。」 その1
静寂。
崩れたライブ会場に、瓦礫の落ちる音だけが響いていた。
ミソラは震える腕で身体を起こそうとする。
「うっ……。」
喉が痛い。
身体中が痛い。
歌おうとしても、声が出ない。
少し離れた場所では、ピスケがドラムに身体を預けたまま立ち上がれずにいる。
ミスティもジェミニを杖代わりに膝をついていた。
リーチェはライブラを抱き締めたまま、息を切らしている。
誰も、もう戦える状態ではなかった。
「ふふっ。」
アノマリーは楽しそうに四人を見渡す。
「やっぱり。」
「みんなで遊ぶのって楽しいね。」
その笑顔は無邪気で。
だからこそ恐ろしかった。
その時だった。
「初めまして、アノマリー。」
ルナがぬいぐるみの姿から、人の姿へと変わる。
銀色の髪を揺らしながら、一歩前へ出た。
「あら。」
「可愛い子ね。」
「貴方も私の友達になってくれる?」
ルナは肩をすくめる。
「ハッハッハ。」
「ジェネレーションギャップが酷そうだから、遠慮しておくよ。」
「そう。」
「残念ね。」
「なら――消えて。」
アノマリーが右手をゆっくりと持ち上げる。
しかし。
ルナは笑みを崩さない。
「……ステラは元気かな?」
ピクリ。
アノマリーの表情が初めて止まる。
笑顔が消える。
「……。」
「なぁんで。」
「ステラ様のことを知ってるのかしら。」
空気が変わる。
今までの無邪気さはどこにも無い。
底知れない殺意だけが、その場を満たしていた。
ルナは口角を上げる。
「さぁてね。」
「知りたければ。」
「このミソラを倒してみなよ。」
「もう倒されてるよ!?」
瓦礫の中からミソラのツッコミが飛ぶ。
ルナは苦笑する。
「ミソラ。」
その声だけは優しかった。
「まだ、諦めちゃダメだよ。」
(時間稼ぎも……限界が近い。)
(みんな……早く立って。)
ルナは静かにミソラを見つめた。
「ミソラ。」
「君と初めて会った時のことは覚えてるかな。」
「それは……。」
「君は。」
「どんな時でも歌うことをやめなかった。」
「……!」
「どうしてかな?」
ミソラは俯く。
「私は……。」
「魔奏少女になりたかったから……。」
「うん。」
「それも理由だね。」
「みんなの……笑顔が見たかったから。」
「うん。」
「それもある。」
「……。」
「諦めたく、なかったから。」
ルナは優しく笑った。
「そう。」
「それが君だ。」
「歌は。」
「勝つためだけにあるんじゃない。」
「誰かを救いたいって思った時。」
「君の歌は、一番強くなる。」
ミソラはゆっくり顔を上げる。
その瞳から迷いが消えていく。
「だから。」
「歌って、ミソラ。」
「君の歌を待ってる人は。」
「まだ、ここにいる。」
「でも……。」
「もう私には……。」
ルナはそっと微笑んだ。
「大丈夫。」
「ボクが居る。」
「君は一人じゃない。」
「私は…」
「一人じゃない…!」
その瞬間だった。
会場中へ散らばっていた金色の心奏力が、まるで呼び寄せられるようにミソラの周囲へ集まり始める。
「……え?」
ルナの表情が初めて変わった。
「この反応……。」
金色の光はさらに強くなる。
観客。
スタッフ。
シリウス。
避難した人々。
ライブ会場へ残る無数の想いが、一つ、また一つとミソラの歌へ共鳴していく。
ルナの身体へ淡い光が走る。
その瞳へ、見慣れない文字列が高速で流れ始めた。
――《WARNING》
――《Limiter Threshold Exceeded》
――《Safety Lock Error》
――《Output 312%》
「ちょ、ちょっと待って。」
「ボク解除してないんだけど……?」
警告音が鳴り響く。
――《LOCK FAILURE》
――《Security System Offline》
ガシャン。
何かが砕ける音がした。
ルナは思わず目を見開く。
「……え。」
「嘘。」
「リミッターが……壊れた?」
ミソラの周囲へ集まった光は、なおも膨れ上がり続けていた。
まるで。
人々の願いそのものが、歌になろうとしているかのように。




